07/08/27 14:43:21
ネタって事で
一つよしなに
151:名無し三等兵
07/08/27 15:19:25
じーちゃんは軽度の近視だったが重度だと偽って内地勤務
152:uaa
07/08/27 15:25:54 jdwJlZGv
>>151
山下清は視力検査で「読めません」と答えて徴兵を免れた。
153:名無し三等兵
07/08/27 16:28:26 NGBIWIle
じいちゃんの父ちゃんは、シベリア出兵したが長男ということで
早々に帰還させられた。 勲八等を受けた。
帰国後は女郎屋を経営、萩だったから戦艦長門の水兵さんには特別に
女学生を用意したって聞かされた。
つまり、オイラは女郎屋の孫ざんすw
154:名無し三等兵
07/08/27 16:51:44
>>152
ドランクドラゴンの塚地で裸の大将が復活するようです。
155:天草四郎 ◆mWxYIpwpGs
07/08/27 17:15:50 dP9KEuLn
>>91遅レスでスマン!
うちの実家でも生産者なら徴兵回避出来たと聞きました。うちの爺様は熊本で
大規模に炭焼きやってました。特殊技能なので俺の親父の弟(叔父さん)は
年齢10代後半だったが炭焼きを続けられたと言ってました。彼は「生産者」なら
兵隊に行かなくても良かったと今でも言ってます。
156:名無し三等兵
07/08/27 17:35:24
じーちゃんは長男だったので徴兵されんかった
でもじーちゃんの弟二人のうち一人はシベリア抑留
もう一人は軍艦に乗って未だに帰ってこない
157:名無し三等兵
07/08/27 19:35:50 u6y6ohii
おやじの父親(1918年生まれ)は、どもりが激しい理由で召集を免れたと聞いた。
おかんの父親は中国戦線へ出撃。1944年に除隊。理由は不明。
父親の兄弟は次男が1944年10月フィリピン東海上で戦死。(海軍だったのでレイテ沖海戦?)
三男がインパール作戦で戦死。四男もインパールに出撃したけど、英軍の捕虜になり帰還。
158:名無し三等兵
07/08/27 20:39:53
>>144
どちらかというと、ほのぼのスレ向きの話だなw
159:名無し三等兵
07/08/27 21:13:13
徴兵検査で不合格になるのは
結核、肋膜炎
性病
低身長
きつい刺青
不具
160:名無し三等兵
07/08/28 00:38:59 Tr0Fanvp
何年か前、NHKで放送した「映像の20世紀」だかっていう番組の、
神風特攻隊が出撃する前に、別れの盃を交わすシーンに、俺のひい爺ちゃんが映ってる。
ビデオに撮った爺ちゃんは、毎回それを見て泣いてる。
161:名無し三等兵
07/08/28 10:10:19
祖父の弟は酔っ払うと「大陸でクーニャンをコマして……」とか「同期はみんな
死んだけど俺だけ生き残った」みたいな話を始めて親戚の眉をひそめさせていた。
普段からホラ吹きで有名だったので戦争話もどこまで本当かはわからないけど、
結構悲惨な目にも遭った筈なのに戦争の話をしてるときはいつもやけに楽しそう
だった。
162:名無し三等兵
07/08/28 13:21:34 qLoKjR1L
俺の祖父は俺が2歳の時に98歳で亡くなったので
戦争体験を聞けば良かったと悔やまれる
そして97歳の祖母もあとを追うようになくなった
ん?何か不自然か?
163:名無し三等兵
07/08/28 14:45:23
>>162
ネタにもなんない事書くなYO 大W
164:名無し三等兵
07/08/28 14:55:36
>>138
おらは熊本だがそんなことあるべ。
普通死ぬだろう。
敵兵に対してスコップを使うべ。
165:名無し三等兵
07/08/28 15:08:46
>>159
うちのじいちゃんは、戦時中二十代半ばだったが、
腎臓疾患のため徴兵検査不合格、勤労動員で工場へ行った。
166:名無し三等兵
07/08/28 15:22:18 3VSHZItC
うちのじいちゃんは満州いってソ連につかまって親指一本腐って収容所から脱出してきたという
167:名無し三等兵
07/08/28 15:48:08 57JusUpz
俺のじいちゃんはチョップでM4シャーマンを撃破したそうだ。
168:名無し三等兵
07/08/28 16:12:37 FoU1wP9p
俺のおじいちゃんは士官の従者(身の回りの世話をする人)をやっていた。場所は満州で。
終戦間際になると日本行きの列車に偉い軍人さんばかり乗っていたそうだ。
しかも家族連れで。家族まで連れていくのはおかしいぞと思ったそうだ。
これは大変と仕えていた人に頼み込んで自分も偉い人と一緒に列車に乗せてもらったそうだ。
鼻が効くおじいちゃんは戦後マネーゲームで大儲け。
169:名無し三等兵
07/08/28 23:35:42
>>167
キングコングかよ・・・
潜水艦に乗っていた方はいるかな?
170:名無し三等兵
07/08/28 23:40:31 1N/G2oPb
俺の爺ちゃんはラッパ手で銃撃されて死んでもラッパを放さなかったらしい。
171:uaa
07/08/29 01:40:47 QuPs+rqK
>>170
つ死後硬直
珍しくなかったらしいね。
172:名無し三等兵
07/08/29 02:00:54
>>171
ちょっwwおまwww
ラッパ手がラッパを、旗手が連隊旗を放さなかったと言ったら
そこは立派な死に様だったと褒めるところだろw
173:名無し三等兵
07/08/29 10:43:40
ひでぇ言い草だなw
>>170
謹んでご冥福をお祈りします。
それはともかく、終戦直後だか直前だが記憶があやふやだが、
じいさんは疎開してた秩父から
児玉基地方面で空戦みたいのを見た、と言っていた。
当時の爺さんは何分にも幼少だったもので、
ここの日時の記憶が定かではないという。
児玉基地はたしか陸軍の特攻機地でもあったはずで、
首都邀撃任務も担当していたはず。
厚木の連中が児玉に脱出したのは8/21だから、この件とは無関係だと思う。
174:名無し三等兵
07/08/29 11:02:43
昔の話だがもう亡くなってるから言うが昔、釧路市駅前にM模型店が有った。
そこの親父が終戦時、満州から97式戦闘機の空きスペースに妻子を乗せて北海道まで逃げて来たと
言ってた。当時、俺は子供だったのでフーンと聞いていたが本当だったのかな?
175:名無し三等兵
07/08/29 12:07:44
模型繋がりだが
ガキの頃通っていた模型店のじいさん
南洋に出兵していて乗ってた艦が撃沈
浮遊して救助を待っていたがその間フカの背鰭がいっぱい見えて怖かったそうだ
数年後、ニュースに幼児猥褻で捕まったのを見て吹いた
ショタコンだったらしい
176:uaa
07/08/29 14:44:44 MEiSTRuy
>>172 >>173
>>170 の元ネタ知らんのか?
戦後、死後硬直説が浮上。
>>175
同性愛は軍隊で覚えたのかな?
177:名無し三等兵
07/08/29 14:47:42
>>170
木口小平ですな。
178:名無し三等兵
07/08/29 14:58:30
>>176
事件以来怖くて店にいってないからわからんぜよ
ただ、数年前に店の前通ったら店舗面積が増えてたw
179:名無し三等兵
07/08/29 15:31:24
三年前に亡くなった母方の曽祖父のはどこに出征したかは知らないが体に被弾して
銃弾の破片が体に残っていたそうだ。また、歳だったからか「憲兵が来る。憲兵が来るぞ。」
とうわ言の様に繰り返していたそうだ。当時は憲兵は将兵から忌み嫌われていた存在らしいが本当だったんだな。
友人の爺さん(御存命)は南方に出征していて機関銃手はだった。それで、何故か敵兵に囲まれ戦友と二人で敵を相当数倒したらしい。
あと、頭部に瀕死の重症を負った兵士がいて一日中痙攣を繰り返していたらしい。マンゴーだったか、ドリアンはうまかったそうな。
友人の所は田舎で20数人~40人徴兵されたんだが帰還できたのはその爺さんを含め3人だけだったそうな。
腕っ節が強く相撲の大会で優勝した経験もある強い男の人だったから帰ってこれたのかと納得した。
180:名無し三等兵
07/08/29 17:22:10
>>174
97式戦闘機の航続距離は、約800kmしかない。満州から北海道までは、一気には
飛べない。
嘘くさいね?
181:名無し三等兵
07/08/29 19:12:21
九七式重爆ってことはないか・・・
182:名無し三等兵
07/08/29 19:51:28
終戦で軍人に対する民間人の態度が豹変したのがショックだったと言ってたな。
183:名無し三等兵
07/08/29 22:29:27
>177
最近の若いもんはマジで木口小平を知らないそうだ。
184:名無し三等兵
07/08/29 22:38:46 1EW27xd+
木口小平でググってみた。
寝ながらウチワ扇いでいた人みたいなもんか。
と書いていて思ったが、昔の人は
こんな暑い中戦争やってたのか。
大変だったんだなー。
185:名無し三等兵
07/08/29 22:50:23
満蒙開拓団団員だった祖父は現地招集されて、
長春(だったかな?)の三角山で陣地構築に明け暮れた。
そんな最中、毎日の古兵殿のビンタに
堪忍袋の緒が切れて現地召集の人数名と供に
「毎日毎日こんなにビンタされたんでは、あんたと一緒には死ねません!」
と抗議したそうな。
あくる日からビンタが無くなったそうだ。
186:名無し三等兵
07/08/29 22:50:58
>>184
>寝ながらウチワ扇いでいた人
んんん?
国語の教科書で、必ず落書きの標的になる横顔の写真の人か?w
187:名無し三等兵
07/08/29 23:03:04
衛生兵(伍長)としてカンボジアに派遣された祖父の話です。
インパール作戦が頓挫し、隣国のビルマから、
負傷した兵士が続々と後送されてきました。
カンボジアまで送られてくる負傷兵はかなり幸運な連中なのですが、
中には途中で力尽きてしまう兵隊も少なくありませんでした。
その中に半分になったザボンを抱えたまま息絶えた、
若い兵隊がいたそうです。
そして彼の鞄にはどっさりと日本の軍票が・・・
インパール作戦の壊滅的敗戦によって、
通貨としての信用を失った軍票ですが、
捨てるに捨てられず、
腹上のザボンが彼の最期の宝物になってしまったようでした。
合掌(-人-)
188:あげ
07/08/30 00:21:40 yBhE6Eci
人殺しの子孫が大手をふるって歩いてるんだな。
きもちわりいぞ
189:名無し三等兵
07/08/30 00:46:39
人類始まって以来の歴史の中で
戦争・紛争・内戦しなかった国家・地域・民族ってある?
190:名無し三等兵
07/08/30 00:59:20
>>188
おまえの棚は月にあるんだろう。
191:名無し三等兵
07/08/30 01:04:41 1Ag11neg
今年で88才の祖父の話。
第5方面軍に所属していて、
昭和17年から同19年まで幌筵島に派遣されたらしい。
黙々と経理の任務をこなす割と平和な毎日。
昭和19年頃からは食糧事情が悪化して、
米の備蓄は大量にあったみたいだが
おかずが全くなく、毎日サケを捕まえて食べたそうだ。
それがトラウマになり、大のサケ嫌い。
外食に連れて行くと毎回「当時はサケしかなかった」と言いカツ丼を食べる元気さ。
当時のアルバムをめくると、流氷の上で両手にサケをつかみ
無邪気な顔で笑っている祖父がいた。
192:名無し三等兵
07/08/30 01:13:14 4E18B8FK
はげ
193:名無し三等兵
07/08/30 01:18:27 ep8nRPa4
うちのひい爺ちゃんは、歩兵第29旅団・歩兵第18連隊(愛知、豊橋編成)所属でした。でも同部隊はグァム・サイパン守備隊で玉砕しているにもかかわらず 何故か戦死地がフイリッピン、セブ島になっててフイリッピンで戦死したって爺ちゃんは言ってる。
なんで!?
爺ちゃんに会う時は毎回聞くんだけど、かならずセブ島って言うし遺品があるって言っても見せてくれないわ曖昧だし…
おかしくないかな?
194:名無し三等兵
07/08/30 02:11:26
うちの亡くなったおじいちゃんは、大発の艇手で中国で渡河訓練のあと南方に行ったらしいが
その海路でお決まりの潜水艦攻撃で他の輸送船は何隻も沈んだそうな。
現地に着いてからは空襲で折角陸揚げした荷物をやられて、とても情けなかったそうな。
たまに空中戦で撃墜される飛行機を見て、仲間と手をたたいて喜んでると
落ちてきたのは日本の飛行機だったとか、勇ましい話は全然無かったナァ・・・。
今でも不思議なのは夜間に大発で航行してると、敵の魚雷艇から魚雷攻撃を受けて
「真っ赤な火の玉みたいなのが(魚雷)水中を突っ走ってきて生きた心地がしなかった」
て言ってたんだけど、魚雷って水中で赤く光るのかなあ??夜光虫が光るなら青白い色だし
曳光弾を見間違えたのかと、聞きなおしたけどはっきりと魚雷だって言ってた。
そんなおじいさんに子供のころ「戦争で何人殺したん?」って聞いてしまったことがあった。
おじいさんは苦笑いしながら「一人も殺してないよ」って言ってた。
ごめんね、おじいさん^^;
あと現在存命中の叔父さんは零戦や雷電にも乗ってたそうで、神雷部隊の最初の攻撃に
護衛としてついていったそうです。
別のお亡くなりになった叔父さんは、343空で整備員だったそうです。
195:uaa
07/08/30 04:20:27 dkVP9H74
>>183
現代版木口小平
観光バスの事故で、カラオケマイクを握ったまま死んでたおっさん。
新聞読んで笑ってしまった。
>>194
魚雷で大発を攻撃するのは無理だと思う。やはり曳光弾では?
魚雷だとしたら、周りの輸送艦を狙ったんだと思う。
うちの祖父さんも乗ってた輸送艦が魚雷攻撃を受けたことがあるが、
積荷が自動車・トラックで、船の喫水が浅かったため、魚雷が船の下を通過したそうだ。
俺も「何人殺した?」って聞いたことあるが、
「白兵戦では二人。拳銃でも数人は殺った」と軽く答えてた。
196:名無し三等兵
07/08/30 06:10:22 EUkkIVIZ
>>194
中国大陸に派兵された人はほとんど紛争すらしてないよ
現地の人と仲良くやって別れを惜しんで帰ってきた
って人が大半だよ
大陸は戦闘行為目的の派兵じゃなく治安維持目的とからしいね
俺もすげー誤解してたなあ
197:名無し三等兵
07/08/30 11:18:19
>>189
ここ60年くらいの日本は人類史上奇跡的なほど
素晴しい国だと思うよ。
198:名無し三等兵
07/08/30 12:41:48
>196
中国人は自国軍隊をまったく信用していないから来て欲しくないし
戦場になったらかなわんから適当に上手くあわせてたんだよ。
たくましい連中だよ(w
199:名無し三等兵
07/08/30 17:40:12
>>180
>>97式戦闘機の航続距離は、約800kmしかない。
いや、あの爺さんは真顔で言ってた!
誰か?M模型店の近くの人で聞いた人居ないかな?
200:名無し三等兵
07/08/30 18:31:46
航続距離 627Km 補助燃料時800Km
201:名無し三等兵
07/08/30 18:43:33
うちのおじいちゃんはソロモン諸島に行ったと言ってたな
確か、日本海軍の大将の死体を捜しに行かされたとか
202:名無し三等兵
07/08/30 21:02:39 YnuFNKpg
海兵団に入団した爺ちゃんはあまりの修正に耐えかねて脱走しようとしたが
途中で海軍大尉に捕まった。
修正されるかと思ったら格納庫に連れていかれ、そこにはピカピカの零戦があった。
大尉に「我慢したら零戦の操縦士になれる」と説教されて思い直した。
203:名無し三等兵
07/08/30 21:03:28
修正w
204:名無し三等兵
07/08/30 21:31:05
我慢して・・・我慢して・・・その果てに特攻が待っているのでありますか?
205:名無し三等兵
07/08/30 21:41:30
俺が子供の頃、一人で遊んでいると、
物置の奥から古びた防毒マスク?が見つかった。
そのよく分からないが恐ろしい印象を与えるモノと
布袋様似のじい様の印象が噛み合わず、暫く誰にも話せなかった。
いつもにこにこしていたじい様は、戦争を語らない人だった。
206:名無し三等兵
07/08/30 21:41:44
>>202
いい大尉さんじゃん
207:名無し三等兵
07/08/30 22:15:43
皆さん立派な爺さんをお持ちですね。
うちの爺さんはは戦前警官だったのでタダで映画館に入ったとか
朝鮮人の暴動で警官だけにボコボコにされたとか
戦中は兵隊で満州にいって慰安所の世話になったとか
しょっぱい話ばかり。
208:名無し三等兵
07/08/30 22:37:54 DzLKcuYy
>>129
兵隊やくざだろ。
209:名無し三等兵
07/08/30 22:53:00
>>170
昔の教科書に載っていたキグチコヘイかね?
210:名無し三等兵
07/08/30 22:54:11
終わったネタにレスつけんなよ
211:名無し三等兵
07/08/30 22:55:18
>>183
まあな。
212:名無し三等兵
07/08/30 23:21:54
>>207
そういうのはオモテのメディアに載らないから
むしろ価値がある。
詳しく教えて。
213:名無し三等兵
07/08/31 00:33:17
うちのじいちゃんは赤紙がきて満州に行くことになったらしいけど中国についてから赴任地まで行くのに汽車で行ったらしいけどとにかくめちゃくちゃ遠くまで連れて行かれたって言ってた。
満州とソ連の国境のあたりにいたらしい。なんせ寒くて風呂上りに手拭いを一振りすると凍るらしい。近辺の川や湖は全部凍ってて休みの日(?)にはそこでアイススケートしてたらしい。
でなんかの事情で内地に帰って来たんだけど、しばらくしてソ連軍が攻め込んできてそこの部隊の大佐は銃で自殺したって行ってた。運よく助かったみたい。
214:名無し三等兵
07/08/31 00:42:40
女房の祖父(故人)は、衛生兵として中国戦線に従軍していたそうです。
昭和15年には、軍曹で勲七等青色桐葉章を受勲し、報奨金400円をもらった
そうで、大卒初任給の半年分くらいに相当したとか。家にはその時の勲章
と賞状が残っています。
戦中の話を詳しく聞く機会がなかったのが残念ですが、赤十字の旗を立て
ていたにもかかわらず、野戦病院に迫撃砲を撃ち込まれたそうで、戦時賠
償とかの話がTVで出ると、「敵も味方も、やってたことは皆同じや。」
と憤慨していたとか。
終戦時は篠山に駐屯していて、最終階級は曹長だったそうです。
215:名無し三等兵
07/08/31 01:13:44
>>202
見た見たそのシーン
凄いなお前の爺さん!
近頃の映画のワンシーンになったんだから
大尉役は永島だよな
つーか、夏休みは終わったんだからもう書くな
オムツ忘れるなよ
大wwww!
216:名無し三等兵
07/08/31 02:10:09
>>215
永島ってなんだ?
若大将だろ
217:名無し三等兵
07/08/31 14:44:37
うちの爺さんは結婚以来、飽きることなく飲む打つ買うの三拍子。
四半世紀にわたる壮絶な家庭戦争の末、婆さんに逃げられ討ち死にした。
218:名無し三等兵
07/09/01 02:06:47
俺の爺さんは海軍の整備兵だった。
零戦等を整備してたらしい。
一応真珠湾では加賀に乗ってたらしい。
それから暫くは赤城に乗ってたが整備兵不足でトラック島→ラバウルとかに行ったそうだ。
爺さんは整備兵にしては眼が非常に良かった為に整備以外の時は見張り等もしたらしい。
219:名無し三等兵
07/09/01 02:59:51
自分の祖父母とは全く関係ない話なのだが、20年ほど前の小学生のとき
田舎からの東京旅行で初めて靖国の遊就館に連れて行ってもらい、展示の
彗星艦爆をwktkしながら観ていたら、初老の女性が話し掛けてきて、
「自分は戦争中学生動員で工場で航空機を作っていたが、自分達が作り上げた
飛行機はこんなボコボコのものではなく、もっとたくましく美しい姿だったんだよ。」
とおっしゃっていた。当時は実物の兵器を目の当たりにした感動に水をさされたような
気持ちにもなったが、展示物一つでも戦時中の記憶を持つ人にとっては受止め方が
違うのだ、ということは勉強になった。
あのご婦人はお元気だろうか。東京で暮らし始め、訪れた靖国で彗星を見るたび
に思い出します。
220:名無し三等兵
07/09/01 04:21:31 fRMkV+KN
禿げちらかした町内会長が、昔ベーリング海で熊と格闘した、禿は熊にやられた。戦争は旨いもんだ。とか言ってた。ベーリング海に熊なんておらんのちゃう?とか言ったけど爺は無視。
何日かして家に白菜持ってきて、船に上がってきたんだよ、熊。おりがちょきっとしばき回したら逃げてった。とか言ってさいなら。
海に熊なんておらんやろ思いながら今に至る。
いやさ、なんかおもろかったから晒す。もしかしたら海の動物かも。
221:名無し三等兵
07/09/01 10:58:10
父島の戦跡ツアーいくつもりだけど…父島って空襲と艦砲射撃だけだっけ?
222:名無し三等兵
07/09/01 12:34:28 e0Hwq8B1
>>221
艦砲射撃は知らんが、空襲はあった。
ブッシュ元大統領が父島を空襲した際、対空砲火により撃墜されたのは有名。
223:名無し三等兵
07/09/01 12:50:07 gUJQYSsD
うちの死んだ爺さんは中国の方に行ってた。
歩兵部隊の大隊砲って大砲を扱っていたらしく、部品を背負って
道の無いところでも行軍してたそうだ。
それが祟って内臓痛めて満州の病院に入院したが、退役して帰国。
その間に国で子供が餓死したんで、帰ってからは昼も夜も関係なく
残った家族の為に働いたんだそうな。
224:名無し三等兵
07/09/01 13:01:28
>>220
ロシア人の事なんじゃ? >熊
当時の比喩ではそう言う事が多いぞ。
ちなみに中国人は豚。
225:名無し三等兵
07/09/01 13:03:57
>>220
それはロシア人のことを言っているのかい?
226:名無し三等兵
07/09/01 15:13:21
>221
藪親父、せっかく撃墜したんだから捕まえて食べておいたら・・
イラクの人たちも平和に暮らせたとおもうのです。
227:名無し三等兵
07/09/01 18:46:31 eXBWxtIf
>>226
親子でイラク攻撃してるしw
228:名無し三等兵
07/09/01 20:48:25 fRMkV+KN
>>225
人間じゃないと思う。3mはあったとか言ってたから
229:名無し三等兵
07/09/01 21:09:35
俺の友達のひいじいさんの話なんだが、
何でも「無謀な作戦指導によって日本軍に大損害を与えた」功績に
免じて戦犯訴追を取り止めて貰ったんだそうだ。
あと、戦後、わざわざ防衛庁まで押しかけて
「俺の作戦指導は間違ってなんかいない!」と熱弁を振るったりしたらしい。
しかも自分の葬式では「俺は間違ってないよ」という文書を
参列者に配布させるような真似までしたらしい。
230:名無し三等兵
07/09/01 21:39:08
つまらん
231:名無し三等兵
07/09/01 21:50:49
>>229
そ、それってインパール作戦を進めた牟田口の事では?
佐藤師団長かわいそ杉・・・。
他にもノモンハン、ガダルで日本人を大量死させた辻も憎い。
232:名無し三等兵
07/09/02 00:16:17
>>229
誰? 栗田?
233:名無し三等兵
07/09/02 00:34:38
爺ちゃんは大学で動物学の研究やってたんだが、軍から「役立たずの研究ばかりしねえで何か、食料増産のためになる研究しろや、ゴルア」と
言われてかちんと来て「じゃあうなぎの養殖の研究するぜ、だから鰻集めてこいや」で爺ちゃんのもとに集まった大量の鰻は研究室のみんなと
家族でおいしくいたいだたらしい。ちなみに鰻の養殖なんかむりなのはわかってたのこと。
234:233
07/09/02 00:37:29
×いたいだたらしい
○いただいた
235:名無し三等兵
07/09/02 00:45:53
俺の爺さんは宇都宮太郎だ!!
と水餃子を食べながらいってみる
236:名無し三等兵
07/09/02 00:52:15
今日、入院してる爺ちゃんをお見舞いに行って来た。爺ちゃんは元海軍通信兵兵長。
胃癌なんだがもうあまり長く持たないみたいだった(意識が朦朧)。
俺はよく幽霊もんなんか知ってたから「もう誰か迎えに来てる?」って聞いたら「おばあちゃん(爺ちゃんの母)」と。
それでちょっと泣きそうになりながらも、実は近々自衛隊にいくので生意気にあるお願いをしてみた。
「あのさ、俺も軍隊にいく以上、もしかしたら早めに死んでしまうかもしれない。そしたら靖国神社で会おうよ・・・」と言ったら首を大きく縦に振ってくれた。もう今日一日泣きそうだよ。
くだらん話スマソ
237:名無し三等兵
07/09/02 01:02:59
>>232
>しかも自分の葬式では「俺は間違ってないよ」という文書を
参列者に配布させるような真似までしたらしい。
っていうエピソードで牟田口だと思った。
ホンマにそんなことやったらしいから、インパールの白骨街道で亡くなった方達も浮かばれないよな。
238:名無し三等兵
07/09/02 02:34:01
当時の社会情勢うんぬんもあるが
天皇より何より自分達の信念が全て!
の軍幹部が多過ぎたわけだ
だから戦争になってコテンパンに負けたんだがなー
スレ違いスマソ
239:名無し三等兵
07/09/02 23:44:46 S2w4YkOD
英国帰りの祖父(故人)は貿易を営む実業家だった。真珠湾のラジオを聞き敗戦を予見したそうな。民間レベルでもインテリ層では開戦時から悲観論も多かったとか。祖母共々憲兵嫌いだった。
終戦直後の動乱期は進駐軍の通訳をして食べ繋いだりもしたらしい。
明治生まれには珍しい、英語堪能で見識豊かな国際派の祖父でした。
240:名無し三等兵
07/09/03 01:03:41
憲兵の孫だけど
嫌われていたのは町の巡査
奴らよりはかなり良心的と言ってたよ
241:名無し三等兵
07/09/03 01:42:44
自分で言ってりゃ世話無いよ
人が感じるものだからね
242:名無し三等兵
07/09/03 04:32:12
俺の爺さん、陸奥が自爆した時の生存者らしい。
丁度その時、軍医と一緒に甲板で釣りをしていたらしく、
爆発が起こって「ヤバイ!」と感じた瞬間、
軍医と一緒に海に飛び込んで逃げたんだそうだ。
243:名無し三等兵
07/09/03 14:27:03 vJWVV1r8
>>239
二・三年前に、太平洋戦争中の衆議院の議事録が公開されたという記事を見てたら
真珠湾奇襲直後の『けしからぬ流言飛語』の例として「アメリカが双葉山(69連勝の
不世出の大横綱)なら、日本はふんどし担ぎだ。とても勝ち目は無い。」という『街の声』
を取り上げている。
普通の街の大人でも、この程度の認識はあったんだよ。
244:名無し三等兵
07/09/03 18:47:42
戦闘しない後方はだいぶ士気が下がってる部隊があったって聞いたことある
情けない話だからあまり話してくれないけど
245:名無し三等兵
07/09/03 20:53:42
>>244
水木しげる先生の戦争マンガ『総員玉砕せよ!』
でも、玉砕に走る若い連隊長を古参の中隊長がそんな事を言って諌めようとしてたね。
「なんでそんな奴らの為に俺ら死ななきゃならんの?」って。
これのTVドラマ版↓、ぜんぜん期待してなかったけれど戦闘場面とかけっこう良かった。
URLリンク(www.nhk.or.jp)
246:名無し三等兵
07/09/03 23:54:48
うちの爺さんは、朝鮮のとある街の警察署長だったらしい。
軍人じゃないけど、それっぽい制服を着て、軍刀(?)を突いて
椅子に座ってる写真が飾ってある。
終戦直後、爺さんは連行されたって。
ばあさんと子供(漏れの親+おばさん)たちは
復員船で舞鶴に命からがら引き上げてきたらしい。
もちろん、ウチの墓には爺さんの骨は入ってない。
247:名無し三等兵
07/09/04 05:15:15 kQvnTjUy
>>246ニダーの餌食になってしまったのだな……終戦直後の朝鮮も相当な騒乱だったらしいな。
近所の婆さんが朝鮮からの引き上げ者なんだが、避難の際集団で橋を渡った時前を行く人が川岸から狙撃された。皆荷物を捨てて腹這いになり、狙撃の銃弾の中を必死に渡ったと言ってたな。
248:名無し三等兵
07/09/04 05:48:03
近所のじいさんがようつべにある
戦前の東京のカラー映像見ていきなり発狂した。
これはワシの知り合いじゃ!!知り合いじゃ!!
どうせ勘違いだろwって思う。
249:名無し三等兵
07/09/04 08:29:10
爺ちゃんは壊疽で左足切ったんで戦争にはいかなかったんだが
戦後は街で傷痍軍人演じてた。けっこういい稼ぎになって家族楽々養えたらしい。
その頃使ったアコーデイオンをよく弾いて聞かせてくれたがうまいもんだった。
250:名無し三等兵
07/09/04 08:30:21
>246>247
親戚のばあ様から聞いたけど終戦直後、その様にチョンに殺された日本人は
1000人や2000人では済まないそうな。
強姦なんて、その何十、何百倍・・・
ぜひ、謝罪と賠償すべきだな。
251:名無し三等兵
07/09/04 11:25:01
戦後略奪した駅前などの一等地も返せよな。
もちろん借地料、賠償金、謝罪もセットでな。
252:uaa
07/09/04 17:03:06 Fq/2Uah6
>>249
アコーデイオン持った傷痍軍人って20年くらい前までいたよな。
戦争行って来たにしてはやけに若い奴www
253:名無し三等兵
07/09/04 18:31:04 0RqdW6k1
家のじいちゃんに聞いた話だが、戦争後半の時に特攻隊に志願して、訓練を受けていたら終戦してしまったらしい。
この時、ばぁちゃんと出会ってなかったらしいので、もう少し戦争が長続きしていたら、ここにレスすることも出来なかったと思う。
254:名無し三等兵
07/09/04 21:35:01
>>250 >>251
お気持ちはよ~くわかるんですが
そんなことを言ってはどこかの後ろ向きな人種と一緒になってしまいますよ。
「もう戦争は終わった」し、賠償も国家間で済んでるんですから前向きに生きましょう。
255:名無し三等兵
07/09/04 21:49:19
ばーちゃんの話によると、俺の大叔父にあたる人が満州の満鉄で
働いていたらしい。その人は満人の襲撃で殺され、首が杭の上に
置いてあり、体は線路の上に放置してあったらしい。
256:名無し三等兵
07/09/04 22:29:59
>>254
最低でも戦後61年間日本国が被った様々な不名誉と被害だけは
帳消しにしたいのだが・・・
もしかしてザパニーズさん?
257:名無し三等兵
07/09/04 22:37:23
>252
兵隊乞食て商売がありましてな・・。
258:名無し三等兵
07/09/04 22:47:29
>>256
ザパニーズなら「賠償も国家間で済んでるんですから」なんて書きませんよ(苦笑)
かの国は絶対に帳消しなどしてくれません。
不当な賠償請求が1つ通ればきっとまた別の要求を出してきますよ。
こちらが誠意を持って接しても裏で舌を出している。
哀れなことにそういう国民性のようですから・・・。
259:名無し三等兵
07/09/05 00:31:32
>256
ホント、不名誉と被害は帳消しにしたいと思う。
が、戦後、及び腰になってしまった日本人にげいいん(なry
があるのかもしれないね・・・
>254
ソソ、もう戦争も終わったし、賠償も済んでるんだから、
今更「従軍慰安婦」問題とか出してもらいたくないよね。
特別に永住の許可をもらってる人も、不満があるなら
帰国すりゃいいのに・・・。無理して日本に居て貰わなくても
いいと思うんだけど。
そもそも日本人じゃないんだから。
外国に行ったら、郷に従わないとねw
260:名無し三等兵
07/09/05 00:49:02
>>259
何より重要なのは向こうの国のは「ありもしない言いがかり」で
こちらは正当な抗議なんだよねw
日本人ならこの二つを同義と捉えられないはず
261:sage
07/09/05 01:04:50
2連投お疲れ様
げいいん=×
げんいん=○
次は日本語の復習をしてからだな
262:名無し三等兵
07/09/05 01:15:16
みなさんの先祖で、ナチスドイツのハニトラにかかって三国同盟に
賛成した海軍軍人はおられませんか?
(参考)
「昭和史の論点」坂本多加雄 他著 文芸春秋 2000
p127
保坂「ドイツでは、メイドの名目で若い女性を日本の武官と一緒に住まわせた
といいます。これが実質的な現地妻だった。」
263:名無し三等兵
07/09/05 01:24:29
>>262
その頃から、日本人はメイドに弱かったんだね…
264:名無し三等兵
07/09/05 02:56:24
メイド・イン・ジャパ(ry
265:名無し三等兵
07/09/05 05:21:00
俺が幼稚園の頃、じいちゃんに戦争の話してっていったらこんな話をしてくれた。
外国のな、島にせめていったんだよ。
戦艦で、大砲いっぱい撃ってから、船で島に攻めるんだ。
そしたら、島から戦車がでてきてな、わしら動けんくなった。
そしたら、戦艦がきてくれて、また大砲を撃ってくれた。
戦車が壊れたので、どんどん先に進むと、敵も味方も入り乱れて
どっち向いても、敵も味方もいるんでな、どっちにも撃てなくなったんだ。
相手も撃ってこなかった。しょうがないから、みんなで(敵も味方も)呆れて笑ってたら
誰かに肩撃たれて(傷跡残ってる)な、そのまま船まで運ばれて
(家まで)帰ってきたから、その後のことは知らんw
この話はたぶん作り話だと思うけど
実際にそんなことあったのかなぁ
従軍はしていたらしいし、肩の傷も銃創みたいだったけど
本当はどこで何をしていたのか、墓の中までもっていった爺さんでした。
266:名無し三等兵
07/09/05 07:13:54
>>265
ハスキー作戦参加者乙
267:名無し三等兵
07/09/05 11:03:02
近所のご老人から聞いた話
玉音放送があった数日後、近所に住む少々仲の良かった半島の方が
人格が変わってしまったそうです。
それまでは、普通の日本人と変わらなかったのに、ある日を境に
ヤクザ以上の野蛮な人になってしまったそうです。
268:名無し三等兵
07/09/05 12:32:26
十年近く前だけど、祖父の葬式の時、沢山の戦友会の人達が来てくれた。
「今、私達がこうして生きているのも、隊長殿の決断のおかげです。本当に感謝しています。」
って、みんな口々に言っていた。
祖父の命日には、戦友会の人達が毎年訪れてくれていたが、年々少なくなり、遂に今年は誰も来なかった。
聞いた話だと、高齢化で戦友会も解散したらしい。
戦時中、祖父が率いた部隊はフィリピンにいたらしいが、詳しい話を聞いていなかったのが本当に悔やまれる。
269:名無し三等兵
07/09/05 12:38:40
某観光名所の近くの商店のおじいちゃんの話。
漏れ「(某観光名所)ってどうやって建てたんですか?
昔のことですから大型クレーンもないでしょうし、
昔の人はすごいですねぇ。」
店主「馬で材料を運んで全部人の手で作ったな。
でも危険なところは朝鮮人か食い詰めた日本人が
やったな。」
漏れ「え?え?」
詳しく聞いてみると朝鮮人や食い詰めた日本人が
タコ部屋みたいな感じで働かされてて、
とくに危険な箇所をやらされてた、とのこと。
今となってはその朝鮮の人たちは「強制労働ニダ!」
なんて言ってるんだろうか・・・。
戦争体験じゃなくてすまん。
270:名無し三等兵
07/09/05 13:27:27
「それでも当時は半島祖国にいるよりマシなくらしが出来たんだよ。」
って、そのじいさん言い忘れてるよ。
271:名無し三等兵
07/09/05 13:40:13
うちの爺様から十年以上前に聞いたはなしだが
関東大震災のとき火事場泥棒していた挑戦人を
とっつかまえて、皆でぼこぼこにしたそうだ。
やつらは死人の着物まで平気で持っていくとお
こっていた。
泥棒とかは挑戦人、日本人の差別無く皆ぼこぼこ
にされていたそうだ。
272:sage
07/09/05 13:57:47
その通りだね
スレ違いだが
一つごく普通の例を挙げれば
当時半島の人達の住居にはトイレが無かった
と言うか、トイレで用をたす概念が無かった
全て外(あたりかまわず)で用を足していて
だからどこへ行っても強烈な異臭がした
ついでにもう一つ
某国営放送で識者とゲストのユンソナの会話
ユンソナ
「日本の女性はなぜ肌を露出して街を歩いているのかが不思議」
識者
「当時韓国の既婚女性で子供がいる人は全員乳房をあらわにして、
私は既婚で子持ちと体で意志表示していたんですよ」
ユンソナ「、、、。」
273:名無し三等兵
07/09/05 14:10:20
このスレはあまり差別主義っぽくないので、
挑戦関係の話も本当っぽく感じる・・・というか
「偏見をなくそう」というバイアスを持っちゃうと
黒いとこをスルーしちゃったりとかあるし。
それにしても2ちゃんやるまで日本と韓国がこんなに
ややこしい関係だとは全然知らなかった。
274:名無し三等兵
07/09/05 14:30:16
>>268
万歳突撃を選ばず、降伏して沢山の部下の命を大事にしたんだろね
275:名無し三等兵
07/09/05 14:31:53
挑戦人のすべてが悪いやつではないんだろうけど
悪いやつが多いというのは事実だな。
276:sage
07/09/05 15:07:22
挑戦の反日教育は日本人が思っている以上
異常なくらい日本をコケ降ろしてから
本題の小中華思想に入るんだよ
ゴミみたいに見るのが当然と教えられるんだから
たまったもんじゃないぜ
277:名無し三等兵
07/09/05 15:15:16
>>275
悪く見えない奴が元凶。
278:名無し三等兵
07/09/05 16:19:31
親類のおばあさんから聞いたことあるけど
戦争が終わってしばらくは挑戦人が、「朝鮮進駐軍」
と名のって、やりたいほうだいしていたそうで
鉄道には無賃乗車、日本人から略奪した当時は貴重
な物資を闇市で売って大もうけ、警官でも集団で
襲われて殉職するしまつ、この朝鮮進駐軍は好んで
戦時中の特攻服(日本軍の飛行服?)を着ていたそ
うで、特攻服を見ると若い女性は直ぐに隠れた、
捕まると強姦されるからだって
当時、日本に残った挑戦人に良い人などいないそうだ
なぜなら、まともな挑戦人は皆、国へ帰ってしまった
からなんだって
あと、戦後大陸から引き上げて来る際、半島を通った
日本人は筆舌にしがたいほどの、あらゆる暴行を挑戦
人からうけたそうだよ。
279:名無し三等兵
07/09/05 16:38:18 1OyIlBjI
オイラの父ちゃんのジーちゃん、陸軍大学出て、中将までいった。
そいでもって、トーちゃんから大学進学するとき防衛大学受けろといわれた。
そのときの人脈ってまだ使えるとか言われた。
じゃが、トーちゃんが公安関係の仕事しとるから、まさかと思って受けなかった。
280:名無し三等兵
07/09/05 16:52:57
>父ちゃんのジーちゃん
ヒイじいちゃんかな?
その文章では、防大無理でしょw
281:名無し三等兵
07/09/05 17:11:42
>>269
貧しいとはこーゆーことだよな。
昨晩シルクロードをみてたら、石油マネーで潤うサウジに出稼ぎしている
外国人労働者が登場したのだが、まぁ・・・ですわ。
282:名無し三等兵
07/09/05 18:26:33
俺のオヤジは子供の頃、ある日突然家中の障子やふすまがカタカタ鳴りだした。「どこかが米軍にやられてんだろ?」とお袋が言った。次の日の新聞には「岩手県釜石に鑑砲射撃」との見出し。遠く離れた秋田の山の奥まで聞こえたとは…戦争恐るべし!
283:名無し三等兵
07/09/05 19:41:18
>>282
うちの親父は釜石で育ったそうだが、チンポコ出して川で泳いでたら、
釜石沖の空母から飛んで来た艦載機に、狙われたって言ってた。
あまりにも低空飛行だったから、爆笑してる米軍パイロットの顔まで見えたらしい。
284:sage
07/09/05 20:41:43
終戦間際は
ゲーム感覚で笑いながら無差別殺戮をしたんだよ
アメ公は
285:名無し三等兵
07/09/05 20:42:08
>>283
東北沖にまで空母来てたんだね
なんかスゴいな
286:名無し三等兵
07/09/05 20:49:23
>>285
それどころか白昼堂々艦砲射撃もやってる(つまり、大砲を撃ってる軍艦が陸地から肉眼で見える)
でも、日本は既に反撃する力がなかった
287:名無し三等兵
07/09/05 21:01:36
>>278
2年前親戚の子供達に
「何で総理が(靖国)神社に行くとテレビで怒られるの?」って聞かれて
ちょうど良いからいろんな事を教えてあげた、
そのとき日本のヤクザの大半は朝鮮半島の人で云々言った後
徴賎進駐軍の話をしたら家のばあさんが急に(((;゚Д゚)))ガクガクブルブルして
「徴賎進駐軍?ありゃあ本当に怖いよ」と一言だけ言った
大叔父さん(元警官)は会うといつも三国人がいかに恐ろしかったかの話
爺さんも帝都で補助憲兵で終戦を迎えたが9月半ばまで東京に居たため
徴賎の人を嫌ってた
288:名無し三等兵
07/09/05 22:01:41
岩手県の釜石って、当時は東洋最大の鉄の鉱山だっけか??
そりゃ標的になるわなぁ…
289:名無し三等兵
07/09/05 22:34:18
>>284
特にパイロットには覚醒剤(アンフェタミン)の服用をさせていたといいますから
ラリッたアメ公が「人間と思ってない日本人」を子供であれ何であれ撃ち殺したんですね。
その感覚あればこその「原爆」だったんでしょうね。
覚せい剤は日本でも特攻隊に使ってたとの話も有りますが、民間人相手じゃないしね~。
ちなみにアメリカでは今でも戦争の際に使ってるそうです・・・。
290:sage
07/09/05 23:04:46 a5zs6bCJ
>>289
米軍のアンフェタミン服用は今は許されていないよ
特攻隊員が飲んだと言われている麻薬も史実では確認されてはいない
当時アンフェタミンを飲んだ米軍パイロットが無抵抗の日本の一般人を
虫けらのように追いかけ回し「楽しがって」殺したのは>>284の通り確かな史実
大戦直後では撃墜されて生きて両手を上げている
日本のパイロットを体中蜂の巣のようにされて殺したくらいは沢山ある
291:名無し三等兵
07/09/05 23:07:07
>>特攻隊員が飲んだと言われている麻薬も史実では確認されてはいない
そりゃそうだ、飲んだのは覚せい剤だから。
292:名無し三等兵
07/09/05 23:40:23
>>291
飴玉?
293:名無し三等兵
07/09/05 23:42:49
sage間違うわ、麻薬と覚せい剤を間違えるわ・・・。
あと、大戦直後に撃墜??なんじゃそりゃ??
こりゃ信憑性無いなw
294:sage
07/09/06 00:08:20 WDXYHm9t
すまん訂正
戦争が終わった直ぐと解釈されても仕方がない
大戦直後=×
大戦開始直後=○
だ
勘弁してくれや
295:名無し三等兵
07/09/06 00:27:15
↑ヲイ!
ダメだこりゃ('A`)
296:名無し三等兵
07/09/06 00:51:59
大戦中に、撃墜されて生きて両手を上げている
日本のパイロットを体中蜂の巣のようにされて殺したくらいは沢山ある
じゃないの?
297:名無し三等兵
07/09/06 01:18:19
昭和30年代に書かれた某小説が最近復刊されたんだが、三国人という表現がまずいというので、
そこが「アジア人」になっている。全く違うものだと思うが
298:名無し三等兵
07/09/06 10:05:15
マジでchonを頃したくなった。
299:名無し三等兵
07/09/06 11:16:58
>>291
夜戦パイロットが覚醒剤を「ブドウ糖」ということで軍医から投与されていた
って話が以前、航空ファンに載ってなかったっけ?
300:名無し三等兵
07/09/06 11:33:46
釜石で思い出したけど、近くの場所かどうか分からないが、「後藤野飛行場」ってゆう、日本で最も北から特攻機が飛び立った基地があったらしいね。
301:名無し三等兵
07/09/06 11:47:23
URLリンク(messages.yahoo.co.jp)
在日の本音です。 こわいね。
302:名無し三等兵
07/09/06 12:15:02 qNLYE3nx
スマトラへいってたじっちゃん、食料が尽きたので鳥を食べようとして撃ったら
バラバラになって食えんかった。おまけに敵に見つかりえらい目に遭った。と言ってた
ダムダム弾なんか使うわけないし、そんなにバラバラになるものなのかな。
貫通しそうな気がするけど。
303:名無し三等兵
07/09/06 13:13:45
>>302
そりゃ拳銃程度なら貫通で済むけどライフルならバラバラになるべ。
まして鳥なんて飛ぶために中身スカスカなんだから。
304:名無し三等兵
07/09/06 13:37:00
>>300
今の北上市後藤野にあったヤツだな
ちなみにその近くの山では、確か中島の飛行機工場も建設されてたりしたよ
305:名無し三等兵
07/09/06 14:46:48 DuwV5zOi
じいちゃん、町内会の防衛隊にかり出されて福山航空隊の警護をしたんだって。
基地には春嵐じ?パナマ運河を爆撃するための艦爆があったそうな。
町内のおじさんたちと銃の形をした木を持って歩哨に立ってたらしい。
当時17歳。
そしたらP38(双胴の悪魔)に機銃掃射されてチビッたそうだ。
グラマンやP51にも機銃掃射されたらしいがP38が一番怖かったらしい。
大火力だからな。
パイロットの顔はもちろん、ゴーグルの中の青目まで見えたそうだ。
まるで鬼に見えたそうだ。
それにしても艦載機でもないのに何処から飛んで来たのだろうか?
危険のない任務と言われいたけど、しょっちゅう空襲があるので
村長さんに頼んでもらって任務を解いてもらったそうだ。
あのでかい戦艦大和は秘密裏に建造されたのに、何処から春嵐の情報が漏れたのだろうか?
306:名無し三等兵
07/09/06 14:48:39
空気銃だって、スズメを撃つとき、4.5mmだときれいに貫通するが、5.5mmだとバラバラ
になってしまうことがある。
307:名無し三等兵
07/09/06 15:05:52
>>306
通報しますた
308:名無し三等兵
07/09/06 15:58:53
動物愛護団体の者ですが
309:名無し三等兵
07/09/06 15:59:48 K55Vt1oR
タンソニュット空港の端っこで、米軍のファントムをライフル銃で撃墜した
っていう、ジジイの自慢話がベトコンの間で流行ったことあったよな
あれって、マジなのかよ?
310:名無し三等兵
07/09/06 16:06:30
>>309
運転手に当たれば落ちるわな
311:名無し三等兵
07/09/06 16:36:31
>306-307
違法改造エアソフトガンじゃなくて狩猟用の空気銃のことだよ
312:名無し三等兵
07/09/06 16:39:44
>>306
動物愛護団体の方からきますた
313:名無し三等兵
07/09/06 16:50:49
スズメは、狩猟許可されているよ。
314:名無し三等兵
07/09/06 17:01:38
狩猟免許を持っていれば、猟期中(11月15日~2月15日)にスズメを撃つことに
何等問題は無い。
315:名無し三等兵
07/09/06 17:05:34
バラバラになってしまうかとがわかっていながら5.5を使うことに鬼畜性を感じる
316:名無し三等兵
07/09/06 17:09:18
だから、スズメ撃ちには4.5mmが適当だという主張だが?
何が問題なのか?
317:名無し三等兵
07/09/06 17:20:21
>>316
もういいよ変態
318:名無し三等兵
07/09/06 17:24:50
>>317
法律で認められているんだぞ!
何だ?その書き込みは?
真性の基地外か?
319:名無し三等兵
07/09/06 17:34:54
>>299
覚せい剤やコカインも広義では麻薬だが、麻酔などにはできず中毒性もないらしい。
気分が高揚し、常用すると錯乱状態になる。
余談だがアヘン、モルヒネ、ヘロインの三兄弟が痛みを消し新陳代謝を変調させる薬物。
ラリッたりはしないが中毒性があり、やる気を無くす。数年で危険な禁断症状に至る。
それぞれ原理は違うが劇薬で、過剰摂取すれば一発で死ぬ。常用すると睡眠や体調管理ができなくり廃人になる。
320:名無し三等兵
07/09/06 17:42:34
>>318
殺生してることを声高に主張するなバカ
321:名無し三等兵
07/09/06 18:44:59
>305
もともと機密保持の意識が低い。イージス艦の情報流出どころじゃない甘さ。
テスト部隊や会社の従業員から噂がながれでた。
前線は新型を心待ちにしてたから格好のネタになったわけ。
烈風もかなり正確な情報が流れてたな。
322:名無し三等兵
07/09/06 19:14:54
それが事実なら晴嵐だろう?
春嵐は架空戦記(紺碧の艦隊)
323:名無し三等兵
07/09/06 19:32:14
うちの裏の秋田犬のおじいちゃんが戦時中大陸で春麗をいっぱい犯したって言ってた。
太ももがボンレスハムみたいで重労働だったって言ってたよ。
もちろん犬だから獣姦で、戦争犯罪にはならないんだってさ。
324:名無し三等兵
07/09/06 19:41:17 Tlymvr0X
>>320
ベジタリアン?
植物にも命は有るんだ
325:uaa
07/09/06 19:45:37 mJ9WwEo7
>>323
栃ノ嵐の息子か?
326:名無し三等兵
07/09/06 19:54:00
いまのお菓子メーカーが
戦争中に飴でもうけた話を読んだキガス
327:名無し三等兵
07/09/06 20:04:58
>>320
お前さんは、何も食べることができず、飢え死にするのを待っているのか?
328:名無し三等兵
07/09/06 20:51:17
スルーしろよ
329:名無し三等兵
07/09/06 20:51:56
>>309
「イントルーダー怒りの翼」でその話のオマージュのような
シーンが冒頭にあるよね。
330:k
07/09/06 21:00:29 KH5jaeP7
人殺しの子孫が偉そうにしてるスレでつねw
331:名無し三等兵
07/09/06 21:18:46
>>330
朝鮮人は人間じゃないから殺しても殺生にならないよ。
332:名無し三等兵
07/09/06 21:22:37
スルーしろよ
333:名無し三等兵
07/09/06 22:09:25 +aH8wDhM
kinenkan-mikasa.or.jp/epi/matsuyama.html
↑四国の人間が好きになった!
334:名無し三等兵
07/09/07 00:00:33
>>333
これ↓を貼れと言われた気がした
URLリンク(nukkorosu.80code.com)
335:名無し三等兵
07/09/07 03:08:07 i8mlkFM8
間違ってハン板にかき込んじゃったw
マルチまがいスマソ
俺の父方のじいさまは、身長だか体重だかが足りなかったので乙種合格になってしまった。
そういう訳で、外国の戦地にはいかず、東京の局所防衛に回された。
じいさまは学は無いが、商人の家の生まれなので数字には強い。
そんな理由で任されたのが、高射砲の三番砲手。
じいさまの説明では良くは分からなかったが、どうやら
数字がいっぱい飛び交うポジションらしい。
当時血の気が多かったじい様は、鬼畜米英に一矢報いようと意気込んでいた。
しかしじいさまがそこで見たのは、敵機の墜落する姿ではなく、
戦闘になるたびに散っていく、高射砲前面に配置された一番砲手、二番砲手の姿。
飛び散る血しぶき、そして肉片。
そして次の戦闘までには、砲手が補充されてくる。
そしてまた、名前も覚えぬ間に散っていく。
そんなじいさまは運良く生き残り、未だ存命。
じいさまは最近、すこしボケてきた。
もうあの頃のことを話してくれることは無いだろう。
この話を聞いたとき、俺はまだ小学生だったが、
そんな人がいて、今の自分と日本があることを強く感じた。
本の上ではなく、リアルに感じられる「日本史」そのものであったからだと思う。
336:名無し三等兵
07/09/07 03:10:35
局所→局地
スマソ。どこ守ってんだw。
337:名無し三等兵
07/09/07 03:52:49
>>336
いい話なのに、噴いたじゃねぇか(w
局所を守るのも大事だぞ!ウン。
338:名無し三等兵
07/09/07 09:59:45
朝鮮進駐軍は殺人、暴行、強姦、略奪集団だった
怖いのは、今でも同じ町内に住んでいたりすることだね
339:名無し三等兵
07/09/07 11:53:39
俺の爺ちゃんは知覧の整備兵だったんだが、ある特攻隊員と親しくなって
いろいろ面倒を見ていたらしい。そして明日、出撃という日になって
自分は女性を知らないのでぜひ遊郭につれていって欲しいと頼まれた。
それではということで遊郭につれていきなじみの女郎に心づけを十分にわたしやさしく
教えてやってくれと頼んだ。それで彼は一晩過ごし
満ち足りた顔で返ってきた。爺さんはどうだったと聞いたら彼は「もう思い残すことはありません
本当にありがとうございました」と礼を言った。そして彼は出撃していった。
2、3日たって爺さんが遊郭に出かけ例のなじみの女郎を呼んだら、彼女は手に包帯をしていた。
どうしたんだと聞いたら、彼女は泣いて語り始めた。「自分は母を早く無くして女性に触れたことがない。
手を触らせてもらえませんか」と彼は頼んだらしい。そして彼女の手を握り、故郷のこと、友人のこと、学問のことを
とりとめもなくしゃべり、いつしか彼女の膝枕で眠ってしまたらしい。
「この手は一生誰にもふれさせない。それがあの子の思いに対し私ができること。」と彼女は語りながら泣き続け
爺さんも涙が止まらなかった。
こういう人の犠牲のおかげで今の日本があると本当に思います。
340:名無し三等兵
07/09/07 12:21:13 XktzAmfp
俺が泣いた。
341:名無し三等兵
07/09/07 12:45:20
漏れも泣いた
342:名無し三等兵
07/09/07 13:18:45 09+AH/dt
うちの母方のじーちゃん八路軍だったよ。
トンネル設計の仕事だってさ
343:名無し三等兵
07/09/07 13:51:49
>339
こ~ゆ~エエ話は
松本さんとかにパクラレないように
みいなよく覚えとけ
344:名無し三等兵
07/09/07 15:02:37
>>339
まじにコックピットの続編にできそうな話だ。
M本0痔さんなら飛びつくかも。
345:名無し三等兵
07/09/07 15:15:44
>>336
皇居じゃね?
346:名無し三等兵
07/09/07 15:15:47 ZXzonrP+
>うちの母方のじーちゃん八路軍だったよ。
つ~ことは、おまい、1/4ほど支那人かよ?
347:名無し三等兵
07/09/07 16:03:51 99bTa5Xd
>>339
昔読んだ本宮ひろ志のマンガに似た話しがあったような気がしたが。
あるいは本宮氏がその話しを取り入れて描いたのかもしれない。
どちらにしても切ない。
348:名無し三等兵
07/09/07 16:11:47 M+ITaMwb
>>343
もう漫画になってるよ…
本宮だったかな?
349:名無し三等兵
07/09/07 16:21:47 M+ITaMwb
かぶってた…orz
350:名無し三等兵
07/09/07 16:36:28
>>347>>348
多分、『ゼロの白鷹』だ。
歴戦のパイロットである主人公に、新品隊長の少尉が女郎屋に連れていってもらって、そんな展開になった。
その日、その姐さんは手に包帯を巻き、取った客に「何だその包帯」と言われたんだっけな?
そんな風に記憶してる。
351:名無し三等兵
07/09/07 17:38:46
今帰宅したんだがいきなり泣かされた
352:名無し三等兵
07/09/07 17:53:44
>>339のおじい様は>>350のモデルになった方なのかな?
353:名無し三等兵
07/09/07 17:59:43
>>350の話を>>339がアレンジした話しだったとしても俺の感動は変わらない
354:名無し三等兵
07/09/07 18:50:51
>>353
おまいは俺か
お主は拙者か
貴殿は磨呂か
355:名無し三等兵
07/09/07 21:40:26
中国に行ってた俺の爺ちゃん、一時帰国するとき何を思ったか
戦場に落ちてた頭蓋骨を拾ってみやげに持って帰ったそうだ。
それを果物かごに入れて実家の玄関に飾ったが、爺の親父が
見つけてぶったまげ、気味が悪いから捨ててこいと怒られた。
仕方がないので陸軍病院に持ってったら歯科医が喜んで引き取ったそうな。
356:名無し三等兵
07/09/07 22:18:08
十数年前に死んだうちの爺ちゃんは、片頬に変なくぼみがあった。
子供の頃、「なんで?」ってきいたら、「弾丸が頬を貫通して、(運良く?)開いていた口から出ていった。」と。弘前入営で、支那方面に行っていたらしい。
婆ちゃんは終戦の間際、ど田舎だから空襲もないしと畑仕事に行こうとしたら、グラマンに機銃掃射されたと。
倒れ込んだすくそばを、弾丸が掠めていって怖かったと。でも一回しかこなかったから、遊び半分で撃ったんだろうねと言っていた。
357:名無し三等兵
07/09/07 22:28:19
続いて
婆ちゃんが持っている写真に、若い婆ちゃんと、スゴく格好良くて綺麗な馬が写ったものがあった。
どうしたんだろうと思ったら、とても良い馬だから、偉い人が乗るようにと徴用されたそうだ。ホントかわからないけど。「どこに行ったかわからないけど…、きっと戦地で死んだんだろうね」
婆ちゃんは少し懐かしいような、悲しいような顔で話してくれた。
長くてかつ、微妙にスレ違いでスマン
358:ハゲ
07/09/08 01:42:03 VZkALNxm
久々の名作だな
つーか
爺さんを婆さんに置き換えたのを読んだが
359:名無し三等兵
07/09/08 06:38:45
あなたのお馬さんの戦争体験を教えて下さい!
360:名無し三等兵
07/09/08 06:40:28
親父の田舎には軍馬として徴用されて死んだ馬達の慰霊碑がある。
361:名無し三等兵
07/09/08 06:53:34
>>339
どっかで聞いた話のような…
362:名無し三等兵
07/09/08 08:15:43
>>356
あれ?弘前って空襲無かったっけ?
俺五所川原の近くのドがつく田舎だけど電車襲われたし、家から歩いて30分の駅にも掃射受けた話を聞くよ?
当時子供だったおばあちゃんも「子供心に飛行機の音が怖かった」って言ってたよ。
当時の田舎の人は老若男女畑仕事に精を出してたんだってね。
工場で生産労働とかしなかったんだろうか・・・;
地元の戦争話は知っておきたいんだけどな・・・なかなか聞く機会が無いよね。
363:名無し三等兵
07/09/08 09:34:00
俺の婆ちゃんは、戦争中に見たという、沖の方から数十機もの米軍機が飛んで来た話をよくしてくれた。
それまで飛行機なんて一度も見た事無かったらしく、轟音を響かせ、しかも一糸乱れずに編隊を組んで飛んで来る様子が、不気味で怖かったそうだ。
何レスか前に、釜石の話が出ていたけど、うちの婆ちゃんの家はそのさらに北にある街で、鉱山の工場や橋、さらには墓所まで機銃掃射や爆撃を受けたみたい。
釜石艦砲の時と時期が同じみたいなので、その時の米空母から発進して来たんだと思う。
364:名無し三等兵
07/09/08 09:55:23
戦争体験が後世に伝えられていくのは、本当いい事で大切な事なんだなと、このスレ読んでつくづくオモタ。
365:名無し三等兵
07/09/08 09:57:39 KIaRbQHH
>>362
356です。
弘前出身ではないのです。当時、青森出身者は青森5連隊に、それ以外、岩手出身者とかは弘前入営が多かったようです。
爺ちゃんは、地元が騎兵連隊とかしかなかったんで、弘前入営したみたいですね。
366:名無し三等兵
07/09/08 10:46:51
>>360
靖国神社にも、馬の慰霊碑あるよね
あと軍犬のも
367:名無し三等兵
07/09/08 12:18:32 HuEjtmqg
>>360>>366
当方、千葉県在住ですが
こちらにも沢山ありますよ
朽ち果ててとても読み取り難いのですが
徴用軍馬慰霊、馬頭観施音?と彫ってあったかな?
殆どが日露戦争当時の古いものですが
馬は当時の農家の貴重な労働力
家族の一員であったと思われます
その馬を徴用された人々の気持ち
察して知るべし、ですね・・・
368:名無し三等兵
07/09/08 12:31:45
茨城出身ですが自分のとこにも馬頭の慰霊碑よく見かけます
369:名無し三等兵
07/09/08 12:37:34
>>367
千葉は御料牧場もあったからな。
馬産はいまや北海道にかなり集中してしまっているが、
かつては御料牧場を中心に、千葉から茨城にかけては最良の馬産地だった。
馬頭観音が多いのもその名残と言える。
370:名無し三等兵
07/09/08 14:10:38 4Zq0pxOu
うちのじいちゃんが話してくれたんだけど、小学生のころ空襲で逃げてるとき目の前に焼夷弾が落ちてきたけど不発で助かったらしい…
371:名無し三等兵
07/09/08 20:17:07
>>365
失礼しました;なるほど、意外ですね。岩手出身者が弘前へと。。。
県は県で統制されているものだとばかり・・・;
自分自身まだ若くておばあちゃんの世代でも終戦近くで小学生だったので、
ましてやひいじいちゃんは神経関係の病気で赤紙免除(?)で戦争はやっていないのでなかなか知る機会がなく・・・
最近になってそのひいおじいちゃんの姉の息子が南で戦病死したのを知って興味を持ち始めたんです。
骨はもちろん遺品も帰ってこないらしく、国から勲章と戦死した場所と靖国に合祀されましたという通知のみ。
>>365さんのように近い身内に戦争体験者がいるのは、そういった話を聞けるという点においてとてもうらやましく思います。
372:名無し三等兵
07/09/08 20:19:25
>>370
「だから君がいる」
偶然って神秘的ですな。ほんと。
373:名無し三等兵
07/09/08 22:24:21 ExzW/Yxs
>>360>>366>>367
ノシ 仙台にもあります
けど地元でも知らない人が多いかも
うちは父方母方とも戦争のことは話してくれなかったなあ
374:名無し三等兵
07/09/09 00:39:30
米軍偵察機が爆弾落としてきたから慌てて伏せたが爆発せず
不発弾かと思いきやよく見たら増槽だったとか言ってたな
375:名無し三等兵
07/09/09 04:03:58
埼玉の浦和には空襲は無かったんだけれど
空襲任務の帰りがけに余った焼夷弾をよく落としていったそうだ。
ウチの隣の靴屋さんの大旦那が、えらい目にあったよ、
と生前よく話してくれた。
376:uaa
07/09/09 04:56:06 wzeMVWkT
うちの祖父さんが言ってたけど、
飛行機から落とされる爆弾は、落ちてくるのを見て伏せれば大丈夫だから怖くないけど、
榴弾砲は怖かったそうだ。
手の甲には死ぬまで砲弾の破片による傷跡があった。
377:書籍スレから。
07/09/09 05:33:27 KIyL56A4
412 ZII ◆RPvijAGt7k 2007/09/09(日) 05:19:48 ID:KIyL56A4
どこに書けば良いのか迷ったのですが、雑談スレだとすぐに流れてしまいますので、
ここに書きます。
私は比島戦遺族会「曙光会」に入っています。私の血縁者に比島戦での戦死者は
いないのですが、3年前、札幌駅前通りにあるアテネ書房で戦記を漁っていた
ところ、実父を比島戦で亡くされた方に声を掛けられ、入会したのです。
で、その曙光会の紹介で「戦場体験放映保存の会」から手紙が来ました。
今月21日に日比谷公会堂で集いを開くそうです。会では、15万人の大戦からの
生還者の証言をDVDに収めようと言う壮大な目論見を持っており、今回の集いを
その端緒にしようと言うものです。私は集いには参加できませんが、1000円の
カンパはするつもりです。もしこのDVDができたら当然買います。
手紙には8月6日付の東京新聞のコピーが添付されています。
関心のある方は是非どうぞ。
378:名無し三等兵
07/09/09 20:01:09
うちの爺様
最初の原隊が山形第32連隊から北部18部隊に転属になって
衛生兵兵長になる目前で、支那終戦を迎え
大陸からは、LSTで帰って来たって言ってました。
ちなみに、未だに健在!(婆さんが亡くなってから一寸衰えましたが)
今日、二人で飲んでていろんな事聞いたら
一番怖いのは、機銃掃射で
一発当たる、当たった部分が吹っ飛ぶって言ってました。
後、自分の目の前、約10m位まで小銃弾の弾道が
近くなってくると、命中弾が多くなるような事を言ってました。
379:名無し三等兵
07/09/09 20:25:30
みんなでごはん一口分出し合ってどぶろく作ってたそうです
380:名無し三等兵
07/09/10 00:36:06 0+Jc+knI
うちの死んだ爺様が昔、話してくれたんだが
プロペラが六つもある爆撃機でサイパンに爆撃しにいったそうな。
でも途中でトラブって海に不時着。運良く米軍に拾われて捕虜になって終戦。
その後どうなったか聞いたら、米国に連れて行かれたらしい。そこでなんかやっていたらしいが、詳しくは教えてくれなかった。
当時は退屈な話だと思っていたが、今考えると六発の爆撃機なんてないもんな。
もっと生きている間に聞いておけばよかった。
ちなみに遺物にはそれに関係しそうなものは無し。真相は闇の中。
親に言わせると捕虜になった後、米国に行って終戦後しばらく経つまで帰ってこなかったのはホント。
だけどなにやっていたかとか、爺様の階級とか所属とかは知らない。
でも少なくとも嘘をつくような人ではなかった。
381:名無し三等兵
07/09/10 00:39:01
>>380
三枚ペラの双発で六つ。
乗っていたのは銀河あたりじゃないの?
382:名無し三等兵
07/09/10 01:00:15
>>375
そりゃ浦和は昭和9年まで県庁所在地なのに『町』だったし、鉄オタ的に言えば、1985年まで
特急が停まらない唯一の県庁所在地の駅だった。米軍にも華麗にスルーされたんだろう。
383:名無し三等兵
07/09/10 01:04:19
>>382
那覇なんて無粋なことを言う気はないが、
大津や奈良に停まる特急ってあったんだっけ?
384:名無し三等兵
07/09/10 02:17:58
>>383
堅いこというなよ、大津は一時期特急が停まってたし、奈良は近鉄がある。
浦和の場合、確か東北線・高崎線の普通列車にもラッシュ時以外は
スルーされ続けてた筈。
385:名無し三等兵
07/09/10 15:53:23
うちの爺様は岩手だけど、なぜか秋田の迫撃砲部隊に入隊したそうだ
386:名無し三等兵
07/09/10 18:13:19 hwy6suZC
うちの父方の祖父→昭和20年徴兵され海軍入隊、舞鶴で高射砲部隊に配属され、
弾運びをしていた。舞鶴で終戦。
うちの母方の祖父→昭和20年徴兵され陸軍入隊、釜石の部隊に配属され、同地で終戦。
祖母の兄→陸軍の憲兵で少尉
母方の祖父の兄弟→海軍の水兵
387:名無し三等兵
07/09/11 21:45:42
うちの祖父は、引き上げて帰ってきたとき、祖父の兄(特攻隊?だったらしい)が死んで残された
その嫁さんと子供3人を不憫に思って結婚して養ったそうだ。
すごい人だなと思っていたが、最近日本一行軍した部隊に所属してたことを知り
ますます、すごいと思った。
ちなみにすごい元気に生きてます
388:名無し三等兵
07/09/13 02:16:33
曾祖父は関東軍の剣道指南役だったらしい
祖父は反抗して歯医者に
引き上げの時家族の歯の中に宝石を入れて帰国
389:名無し三等兵
07/09/14 12:23:01 k7Qskn0Q
下がりすぎ
390:名無し三等兵
07/09/14 17:35:35 s9ZFdeEG
親戚のおじいさまは、暗号手をしていたほどで頭がよかった。
戦後も、長年にわたり自分の日記を暗号で書いていた。
しかし、加齢と共にその日記が解読できなくなってしまった。
家族のものにも、何がなんだかワカランままである。
391:名無し三等兵
07/09/14 18:31:43
父方の曾祖父はビアクで玉砕。
母方の曾祖父はニューギニアで戦死。
392:名無し三等兵
07/09/14 18:34:27
>>390
ヴィオニッチ写本乙
393:名無し三等兵
07/09/14 18:36:31
>>391
岩手の人?
旧軍の中でも、東北の部隊は、粘り強く勇猛だったらしいですね。
394:名無し三等兵
07/09/14 20:14:19
母方の爺様は当時としては大柄で柔道の先生をしていた。
召集されて満州へ行ったそうだけど、
ある日、敵陣へ突撃し敵塹壕へ飛び込むと敵兵が3人うずくまって
死んだフリをしていたそうだ。
こっちは、まさに真剣、必死に戦争しているのに、何たることと
頭にきて、1人づつ思いきり壕の外へ放り投げた。
その豪快さたるや、敵兵は数mも宙に舞ったそうで、
あたりの敵兵2~30名が一目散に逃げて行ったそうだ。
395:名無し三等兵
07/09/14 21:04:06
>>394
漫画みたいな光景が浮かびましたw
飛び散る青服w
396:名無し三等兵
07/09/14 23:45:29 uv6i+9CW
>>392
ピーターラビットのミス・ポターもそうだったよ。
397:名無し三等兵
07/09/14 23:56:59
>>396
ヘンリー・ダーガー乙
398:名無し三等兵
07/09/15 18:45:54
ゲリラに協力しているらしき村を焼き討ちし、老人から女子供まで一カ所に集めて、機銃射撃や銃剣で突き刺し皆殺しにしたそうだ。
399:名無し三等兵
07/09/15 20:47:42 xlPRVRCz
生前、大日本帝國軍人だった爺さんが前から来た高校生カップルを見て
爺「なんだ!あの格好は?」
女のだらしなくズリ落ちた靴下、男のだらしなく垂れ下がったベルト
俺「あれはルーズソックスって言うだよ」
爺「それじゃ男はルーズベルトだな!」
400:名無し三等兵
07/09/15 21:38:51
わははははははは!!
と言って欲しかったのか?コリマに15年だ!!
401:名無し三等兵
07/09/16 02:45:07 I5Gza7lZ
高知出身のうちの祖父は鯨部隊?とやらにいたらしい、5人兄弟のうち3人はサイパン等で戦死しているそうだ。
爺ちゃんはもう亡くなっているのでこれ以上詳しくは分からないのですが、鯨部隊について何か知っている方はいませんか?
402:名無し三等兵
07/09/16 02:51:48
>>401
南国土佐を後にして 中支へ来てから幾歳ぞ 思い出します故郷の友が
門出に歌ったよさこい節を “土佐の高知のはりまや橋で 坊さん
かんざし買うをみた“ よさこい よさこい
月の浜辺で焚き火をかこみ しばしの娯楽のひとときを わたしも自慢の
声張りあげて 歌うよ土佐のよさこい節を “みませ見せましょ
浦戸をあけて 月の名所は桂浜“ よさこい よさこい
国の父さん室戸の沖で 鯨釣ったと言うたより わたしも負けずに励んだ
あとで 歌うよ土佐のよさこい節を “言うたちいかんちや おらんくの
池にゃ 塩吹く魚が泳ぎよる“ よさこい よさこい
403:名無し三等兵
07/09/16 03:02:43 I5Gza7lZ
402
主な歌とは歌詞が違いますね、戦地で兵隊さんが歌っていたのでしょうか?
祖父にもっと昔話しを聞いておくべきでした。
404:名無し三等兵
07/09/16 11:10:54
>401
たぶん日本で一番お金持ちの戦友会だろうなぁ・・。
印税のお陰で。
405:名無し三等兵
07/09/16 15:14:17 N8jgzX5z
名はあかせないが連合艦隊の将官でした。
1944年に某島にて玉砕しております。
406:名無し三等兵
07/09/16 15:33:15
>>405
南雲さんか。
407:名無し三等兵
07/09/16 19:10:10 k6ctpb3w
おかんの父親は第10師団所属で、満州事変・日中戦争を転戦していました。
まだ幼少だった頃に「中国でラクダに乗った事がある」「こっちは一発ずつなのに
敵さんは何発も撃ち返してくる」「中国は広い」を聞かせてくれた事がある。
その後満州駐留、昭和19年に帰国し除隊。
第10師団は昭和19年にルソン島に投入されているが、何故おじいさんが除隊に
なったのかは不明。もしルソンに行っていたら戦死していたと思う…。
漏れが小学生になる前に亡くなってしまったが、漏れが生まれるまで国民服を
着ていたらしい。
408:名無し三等兵
07/09/16 19:24:13
お前が生まれてからは人民服なわけだな?
409:名無し三等兵
07/09/16 19:28:51
本当は聞いた事も無い祖父の話だが、聞くに堪えない戦争犯罪を犯して、日本の名誉を汚したそうな。
本人はまったく反省したそぶりも無く(そりゃそうだ)お前等ミリヲタの気分を胸くそ悪くさせて
やろうかと思って書き込むよ藁
なんて奴が非常に多いんだな?
410:名無し三等兵
07/09/16 20:59:19 khkrFxBg
父方祖父、工兵部隊に居たらしく、支那からパプアニューギニアに転戦して、終戦迎える。ワニを見たと自慢している。今も元気。 母方祖父、海軍に居たとの事。駆逐艦に乗っていたらしく、二回撃沈されて、二回とも無事だった。でも今はいない。
411:名無し三等兵
07/09/16 21:35:24 0sFpsyPM
漏れの祖母が経験した戦争↓
北海道の田舎町で挺身隊として電話交換手の仕事をしていた。
隣接する郵便局の局長が隠居所として造ったはなれが軍の将校の宿舎に
なっていた。当時、祖母は「熊部隊の隊長様」と呼んでいたらしい。
終戦間際に田舎町に米海軍艦載機の空襲があり、祖母のいた電話交換所も
銃撃を受けた。祖母は命令でギリギリまで交換台を死守することを義務付け
られていた。銃弾が交換所のガラスを突き破る状況になって、祖母は電話線
を切断して郵便局の裏山の斜面にある防空壕へ退避。そこにはズラリと軍刀
を持った将校がいた。16歳の自分には死守命令を出し、いつも「鬼畜米英
なにするものぞ」と威張っていた将校たちがいち早く防空壕に逃げていることに
祖母は怒りがこみ上げてきたそうだ。そんな将校たちを祖母はキッとにらむと
恥ずかしそう「隊長様」以下みな目線をそらしたそうだ。この時に軍に対する
信頼は崩壊したそうな。
412:名無し三等兵
07/09/16 21:51:28
>>411
で、北海道のどこさ?管内でいいから言ってみ。
413:名無し三等兵
07/09/16 22:08:32
熊部隊なら、旭川では?
414:名無し三等兵
07/09/16 22:10:42
熊兵団のことか?師団だろ。
熊のトップなら中将だ。
なんだよ熊部隊隊長様って。
415:名無し三等兵
07/09/16 22:50:06
>>414
単に『熊兵団から派遣されて来ている隊長』って程度の意味でそう呼んでたんじゃね?
じいさま、ばあさまの昔話に突っ込んだってしょうがねぇだろ?
416:411
07/09/16 22:50:16 0sFpsyPM
>>412
根室管内の中標津町武佐(むさ)地区の武佐郵便局(現在は廃止?)だよ。
交換手の仕事以外にも近くの陸軍計根別飛行場の造成にも動員されたそうだよ。
>>413
終戦時の熊部隊(第七師団)本部は帯広。
>>414
師団長ではないはず。終戦後、山からゾロゾロと700~800人の兵隊が
下りてきたと祖母が言っていたから大隊規模で少佐くらいか?
417:名無し三等兵
07/09/16 23:32:32 8V75LvgQ
小学生の俺が「戦争について教えて」
って言うといつも慰安婦の話ばっかだったw
慰安婦は欲しがりません勝つまではとか関係なく
派手だったらしいよ
平気でとんでもない事とか言ってたし戦後もロクに働かずに風俗で遊びまくってたらしい。
性格はやたらすぐにキレるし
誰にでも怒鳴り散らすし
浪費が激しく贅沢で
口がわるくてわがままで
ひどいもんだったようだ。
それで家族はみんな軽蔑していたが
戦前は真面目で勤勉で極貧から陸軍士官になった程働き者だったようだ。
今思えばベトナム帰還兵で有名なPTSD
みたいな症状だが、日本ではあまり聞かない気がする。
こういう人ほかにもいませんか?
418:417
07/09/16 23:34:53 8V75LvgQ
スマン
携帯からだから文章めちゃくちゃだw
悪いが主語とかは脳内補充して読んでくれorz
419:名無し三等兵
07/09/16 23:41:04
>>417
PTSDよく聞くよ。
「あの人は戦争にいってから人が変わった」って。
420:名無し三等兵
07/09/17 02:25:07 V30cvkck
俺の親父は、戦争中呉で電気溶接を、学徒動員でしてたそうだ。もちろん、
大和も見たそうな。46Cm砲の砲身には、細い学生ならはいれたそうな。
何か、色の違う潜水艦も見たそうだ。ドイツの、らしい。日本のねずみ色より
明るい色で塗ってたらしい。呉は、爆撃と機銃掃射で大変だったらしい。
海に飛び込んで逃げたって言ってた。防空壕違いで皆、同級生が吹っ飛んで、
跡形もなかったとか、空襲のときは、電車道(路面電車ね)真ん中を歩いて
も、両端の家の火災で熱くてたまらなかったそうだ。空襲で沈んだ伊勢?型
戦艦には、戦後家を焼け出された人が住んでたって。
溶接で小型潜水艦(海竜?)の中の溶接もやってたそうだ。あと2年、戦争
が続いてたら、オイラは存在しなかったんだろうな。親父海軍で潜水艦で特攻
して。
421:uaa
07/09/17 03:02:40 OzYMZjGW
>>419
俺が知ってる祖父さんは信心深く、毎日朝晩の読経を欠かさなかった。
祖父さんが死んだ後、祖父さんの従弟と話をしていて、話題が祖父さんの若い頃の話になった。
戦争へ行く前は全く信仰心が無く、墓参りとか寺への挨拶となると従弟に押しつけて逃げ回っていたそうだ。
422:名無し三等兵
07/09/17 03:14:11
祖父から聞いた話。
戦前・戦中と町にあった大きな鉱山に、朝鮮半島から沢山の労働者が働きに来ていた。
ほとんどが家族連れだった。
朝鮮人の子供達や女性は、農家の仕事を手伝ってくれたので、野菜などの食料を分けてあげた。
戦後、鉱山が閉山になっても、地元が気に入ったのか、帰化して今もずっと住み続けている人達もいる。
祖父曰く、彼らは自由な生活だったようだし、ちゃんと給料も貰っていた。
しかも家族連れなので、戦後騒がれている強制連行な筈は絶対に無いとの事。
423:名無し三等兵
07/09/17 10:49:48
もうすぐお彼岸です。
仙台の在住の方、東北大病院裏の柏木や新坂町、北山周辺の古いお寺のお墓に
お参りして、墓誌を見て下さい。昭和17~18年に20代で亡くなった男性のお名前が
多いことに粛然とした気持ちになるでしょう。
東京在住の方、大江戸線・半蔵門線の清澄・白河駅からほど近い深川江戸資料館の
周辺は、お寺の団地?になっています。
墓地に入ると、割れたり欠けたりした墓石が多いのに気付かれると思います。墓石には
大抵建立年月日が刻まれているので、見て下さい。ほとんどが昭和20年3月10日以前
です。
B29が投下した焼夷弾の炎は、墓石まで焼いたのです。
424:名無し三等兵
07/09/17 12:01:06
>>423
わしらの地方では、
戦死した人は単独でオベリスク風の先の尖った墓を建てるのじゃが東京では違うのかね?
(一族墓には入らない/というか遺骨そのものが無い)
まず、正面には戒名、『○○義国居士』とか『□□忠烈院信士』、通常より1~2ランク上(本来なら高額)の戒名だ
おお、すごいなー、と右側を見ると、『陸軍歩兵伍長 勲△等 従□位 ○○○○』と叙勲/位階付きで本名、
ますますすげー、と左側を見ると戦死時の状況が書いてあり、
『・・・にて優勢なる敵を防戦中に腹部負傷、後方にて治療を受けるも戦死』
「あああああ、長い時間苦しんで死なれたんだなぁ...」と落ち込む、という按配だ
425:名無し三等兵
07/09/17 12:36:02
うちらんとこは正面に位階勲等氏名、横に戒名
裏面に功績だな・・。
ただし負けた後に立てたお墓は正面に軍人戒名、横に氏名
裏に建立者名かな。
426:名無し三等兵
07/09/17 12:36:33
父方母方ともに生まれる前に亡くなっているので両親に聞いた話
母方の祖父
警察官。戦中または戦後まもなく病死
父方の祖父
満州でハーレーに乗ってた?父親もうろ覚えなんでこのくらいしかわからなかった
ちなみに父親の本籍は横浜らしいです
427:名無し三等兵
07/09/17 13:41:50 9AbDXKAH
>>417
昔遊郭だった地域に住んでいるんだが、元慰安婦のばあちゃんがいるよ。
特アが騒いでいる性奴隷なんて聞いた事がないし、むしろ待遇は良かったとか。
幼心に一番強烈だったのは、「兵隊さんを一人一人相手していたら身がもたん。短時間で
兵隊さんの性欲を満たすテクニックをやるのが結構難しい(大意)」なんて言っていたなぁ。
今はお好み焼き屋を経営してる。
428:名無し三等兵
07/09/17 14:33:33
>>423
仙台に来て2年目ですけどそんなのあったんですね。
彼岸迎えたら行って見たいと思います。
429:名無し三等兵
07/09/17 16:50:47
>>424,425
母から聞いたところでは、太平洋戦争開戦前、大陸で戦死された方は、まだ日本も
余裕があり、戦死者の絶対数も少なかったためか、盛大な葬儀で立派なお墓が
作られたそうです。
戦争が激しくなるとそれどころではなくなったと聞きました。
多分>>424さんの書いたようなお墓は、建立年月か戦死年月を見ると開戦前なのでは
ないでしょうか?
更に東京の下町地区に限ると、江戸時代に方々の寺を集めて寺町にしたり、関東大震災後
の都市計画で同様のことがあったそうで、お寺の敷地は狭いのです。
したがって墓地も墓石がびっしり立ち並んでいる状況で、戦死者の立派なお墓はあまり
見かけません。(青山墓地のような広大な墓苑は別ですが。)
430:名無し三等兵
07/09/17 17:25:03
>>428
特別な記念碑が有る訳じゃないですよ。青葉城址の護国神社周辺に
忠魂碑ならありますが。
墓誌というのは墓石の脇の石碑や墓石そのものに、葬られている方の
お名前を刻んだものです。
仙台の北山は伊達政宗の仙台開府以来のお寺が多く、そのため
仙台に長く住んでいる家のお墓が多いのだと思われます。
したがって第2師団に従軍し、ガダルカナルで戦死された方のお墓が
多いのではないかと推測します。
431:424
07/09/17 17:31:49
>>429
インパール戦線でした・・・
あれから墓碑の事を良く考えたのですが、
「もう俺は腹を撃たれて駄目だからおまえらだけでも逃げろ・・・」
という様な状況だったのかも知れないです...
432:名無し三等兵
07/09/17 18:57:49
>>431
そうですか。
東京近郊都市の我が家が檀家になっている寺院(建立は江戸時代)の墓地の特等席に
戦死された方のお墓がありました。形は普通でしたが大きな立派な墓石で、五芒星の下に
『故 陸軍歩兵曹長 勲×等 ○○ ○○ 之墓』と彫ってあり、建立は昭和14年頃でした。
しかし何かの事情で無縁墓になっていたようで、寺院が墓地の整理をした時に撤去され、
他の無縁墓の墓石と一緒に墓地の一角に移されました。なんとも罰当たりな気がします。
433:名無し三等兵
07/09/17 19:03:56
上海で壊滅した101師団だろうか・・。
434:名無し三等兵
07/09/17 19:32:06
>何かの事情で無縁墓
3/10に残された家族全滅
435:名無し三等兵
07/09/17 20:04:24
>>434
あう(泣く)
436:名無し三等兵
07/09/17 20:48:06
>>434
頼む、よく読んでくれ。その寺があるのは東京近郊某市。当時は田舎町で空襲にも遭っていない。
下町の小さい寺院の墓地じゃ、巨大な墓石は無理。
下町の墓地には俺のお袋の実の母親(つまりは俺の実のばぁちゃん)が葬られている。
俺の母方のじぃちゃんとばぁちゃんは離婚して、直後にばぁちゃんは病死した(戦前のこと)。
その後じぃちゃんが再婚したこともあり、お袋はじぃちゃんと再婚したばぁちゃんが亡くなる
まで、離婚した実のばぁちゃんの墓がどこにあるか調べることも出来なかった。
やっと深川の寺に墓があることが分って、墓参りに行って驚いた。墓石は角が割れ、ヒビが
縦横に入ってボロボロ。そしてそういう風に傷んだ墓石がその墓地にはそこここにあった。
不思議に思って一つ一つ見て行くと、それらのお墓は全部戦前の建立。戦後のお墓には
傷んだ墓石は一つも無かった。
寺に確かめるとやっぱりその当たり一帯は空襲で火の海だったそうだ。
もちろんその墓地の墓の墓誌を見ていくと、命日が昭和20年3月10日の方がポロポロ見つかる。
437:名無し三等兵
07/09/17 22:01:53 BznfDHx/
墓石の文字を読んでいると、初期の戦線の頃は戦死した状況が詳しく書かれているけど、レイテとか、インパールとかになって来ると~方面にて戦死と言う風にしか書かれていない。
438:名無し三等兵
07/09/17 22:13:20
9年前に他界したウチのじーさまは
半島で衛生兵をやっていたそうだ
今なら面白い話が色々と聞けたかもしれないのに、惜しい
何はともあれ色々乙でした>じーさま
439:名無し三等兵
07/09/17 22:56:08 BSsqNrTT
>>432
日中戦争の初期に戦死して子孫は俺と俺の兄弟しかいない(らしい)先祖がいるんだが…
墓の場所知らないし出身地知らないし
名前しか知らないし昔「骨はない」と言われたくらいしか覚えてない
無縁仏として撤去されてる可能性大なんだが…
今時家が途絶えるなんて珍しいし、その無縁仏もうちみたいな理由じゃない?
440:名無し三等兵
07/09/17 23:21:31
>739
親の代までなら戦死の恩給あるだろう・・。
爺様の戸籍謄本でも請求してみやがれ。
441:名無し三等兵
07/09/17 23:22:59
ロングパス出ましたー
442:名無し三等兵
07/09/17 23:45:07
>>440
傍系だと恩給なんか出ないんだよね
443:名無し三等兵
07/09/17 23:48:11
父方の祖父の話
函館で空襲があった時、船がいくつか函館と海を挟んでいるうちの村の方向に逃げてきたらしい
祖父は消防団の団長?をしていて、海辺を見回っている最中に岩に激突した船を発見
中に倒れている、一見無傷そうな船員を介抱しようとして、声をかけながら仰向けにした
お腹にぽっかり穴が空いていたらしい
機関砲でやられた、と聞いた
自分が幼い頃死んでしまったので、うろ覚え
うちの村は潜水艦の分屯地だったらしい
戦後はそこを隔離病棟にしたそうで
だけど山が側にあり、住宅地は狭く細く風も強い土地柄のせいか、空襲は全く無かったそうだ
444:哀ー
07/09/18 00:58:34
哀しいかな
少子化で無縁墓は増えるばかりだろうな
弔う人も無くただ朽ち果てるのみか
無情だなー
445:名無し三等兵
07/09/18 01:16:22
>>278,>>287,>>338
遅レスだが俺は普段でも朝鮮人が大嫌いなので、TVニュースなどで
在日朝鮮人犯罪なんかが報道されると、思わず「チョン死ね!」とか言う。
すると、必ず母が真顔で「そんなこと言うもんじゃない!」とたしなめる。
差別がいかんという意味ではない。もし隣近所に在日がいて聞かれたら
どうするんだと、マジで恐ろしがっているのだ。
母は終戦当時まだほんの子供だったのだが、その時祖父母から在日朝鮮人の恐ろしさを
嫌というほど聞かされ、戦後60年以上たった今でもトラウマになっているそうだ。
話を聞いただけでこの有様なのだから、実際に朝鮮進駐軍の横暴ぶりを目撃した人は、
さぞかし恐ろしかったんだろうな。まして被害にあった人は...
446:名無し三等兵
07/09/18 06:26:28
まーた嫌韓厨か…
447:739
07/09/18 08:25:45 MdXQ3xjW
韓国じゃあ立場が逆でその話伝わってるよ
在米韓国人のおばんとかの殆どが「僕は日本人です」って言うと感情的に
日本人留学生にしつこく朝鮮人の暴走の逆ヴァージョンみたいな話するからイヤになる。
毎回みんな「にっていわるいねーれいぷはんのしそんでごめんねーぷぷぷwww」
って適当に答えてるが
時々本気で信じて変な知恵つけられて「帰国したら反天皇運動する」とか
おかしな事こと言い出すのもいるが…やはりFラン大でワロタwww
448:名無し三等兵
07/09/18 09:13:43 thzY9B1/
父の伯父が上海で憲兵を…終戦間際、戦死公報&遺品は木片と一枚の写真
何故か憲兵MPの腕章…ホルスターはどう見てもコルト・ガバメント…
国際都市ならではの装備?
449:名無し三等兵
07/09/18 11:23:05
>446
まーた在日乞食か…w
450:名無し三等兵
07/09/18 14:02:36
>>449
在日乙
451:名無し三等兵
07/09/18 15:51:32 GQLhk0X7
祖母の父は戦時中は通信兵だったらしい…終戦まで生き延びたんだけど、直ぐに病死。30代でなくなったそうだ。
452:名無し三等兵
07/09/18 17:58:04 ATuEonSI
アンパンマンの作者「やなせたかし」先生は元陸軍暗号兵だったらしいな。大陸で戦友の死を見取ってたらしい。
453:名無し三等兵
07/09/18 18:22:44
○○駅前の食堂は、空襲で一家全滅した友人家族の土地を
挑戦人がくすねた土地だと、爺様から聞いた。
友人の親戚が抗議にきたが挑戦進駐軍に半殺しにされたそ
うだ。
454:名無し三等兵
07/09/18 18:42:24
まーた嫌韓厨か…
455:名無し三等兵
07/09/18 18:45:25
オヤジが晩年の曽祖父から聞いた話。
曽祖父は陸軍の将官で南方で敵と遭遇
大した数じゃないと思って総攻撃を命じたら
とんでもない大軍&重火力で壊滅状態になった。
拙いと思って逃げて、曽祖父は助かったって笑ってたらしい。
456:名無し三等兵
07/09/18 18:56:40
>>456
そんなことヘラヘラ書き込むな
457:名無し三等兵
07/09/18 19:16:53
おまえがな~
458:名無し三等兵
07/09/18 19:19:00
>456
志村~
459:名無し三等兵
07/09/18 21:36:29
今は亡きじいちゃんの話だ。WWⅡ開戦の時の事だが、
上官「これより我が軍は、真珠湾攻撃によりアメリカ合衆国との戦争に突入する」
祖父「うはw 自由の国に勝てる訳ねぇwww 日本オワタwww」
上官「こらwww そんなこと言っちゃ駄目www」
みたいなやりとりがあったらしい。
じいちゃんは今で言うニートだったが、やればできる子だった。射撃大会で貰った賞が今もある。感想は、
「適当にやって帰ろうと思ったら、何か当たってた」
中国で通信兵をやることになったらしいが、一度だけ待ち伏せを食らって戦闘に巻き込まれた。
両軍とも、失禁して何か喚き散らしながら銃を乱射していたそうだ。
弾はまともに当たらないし、流弾で死ぬ者も居たらしい。
じいちゃんは隠れていたが、隣にいた友人が目の前で死んだと言っていた。
「映画みたいに撃てるわけねーよwww」だそうだ。
そして、俺はじいちゃんの若い頃の顔にそっくりらしい。若い頃のじいちゃんを知ってる人が驚いてた。
ニートにならんように気を付けようと思う。
460:uaa
07/09/19 02:01:14 Mbvqcycr
>>448
海外勤務の憲兵はMPの腕章も使ってた
URLリンク(moijan4.hp.infoseek.co.jp)
461:名無し三等兵
07/09/19 02:35:00
祖父は通信兵だった。そして亡くなった仲間を供養する為に、生前娘夫婦と一緒にサイパンへ行った。
もう一人は知り合いのおじさんで、既に亡くなっているが戦争に行きカタワだった。
南京大虐殺はあったみたいな話をチラッと漏らしていたが、奥さんに止められてしまい聞けなかった。
462:名無し三等兵
07/09/19 02:37:51
>>461
付け加えです。
そのカタワのおじさんは前にいた戦友が爆撃を受けてくれたから
自分は片腕を亡くしただけで済んだと言ってました。
463:名無し三等兵
07/09/19 04:17:20
そのおじさんはどこの戦地にいったんだ?
南京あたりか?
464:名無し三等兵
07/09/19 04:22:03
沖縄の観光ガイドの爺さんから聞いた話だけど、
米軍に包囲されて、絶望的な状況でも全く降伏する気配もなく、抵抗を続ける日本軍陣地に、
米軍の捕虜になった日本人が、フンドシだけの姿で投降を呼びかけに来たらしいが、
「おまえみたいな裏切り者がいるから、負け戦になったんだ!コノヤローッ!!」
って軍刀を持った日本軍将校達が怒り狂って、
数人がかりで、メッタ斬りにして殺したのを見たらしい。
465:名無し三等兵
07/09/19 04:34:00
>>464
たしか前スレでも、
基地外隊長が、投降を呼びかけにきた人を刀で切り捨てて、
双眼鏡で一部始終を見てた米軍の総攻撃を喰らって、部隊が壊滅し、自分は片腕を失ったってゆう爺さんの話を見た。
466:名無し三等兵
07/09/19 11:11:41
>>464
沖縄サヨクの言うこと信じるなよ
皇軍を悪者にしたいだけだ
467:名無し三等兵
07/09/19 11:51:06
皇軍w
468:名無し三等兵
07/09/19 13:44:26
>>463
その人は高知在住でした。
どこの部隊だったとか詳しい話は父が聞いてると思うので、
機会があったら聞いてみます。
469:名無し三等兵
07/09/19 15:01:45
うちの大婆さんは終戦の1ヶ月ほど前に大阪の近くで
空中戦を見たそうです。米も日本も同じような戦闘機
で日の丸がなければ、どっちが見方かわからないほど
だったそうです。
そのうち見方の戦闘機が煙を吹いてしまい、周りの皆
がパイロットの安否を気づかう中、 パッと落下傘が
開き、皆ほっとしたそうです。
しかし、卑怯極まりない敵機がわざわざ戻ってきて、
その落下傘を羽の先に引っ掛けたそうです。
そのため、パイロットは田んぼに落ちて戦死してし
まったそうです。
米兵は本当に卑怯だと言っていました。
470:名無し三等兵
07/09/19 15:18:38
>>464
観光ガイドは信用出来ないよ。
白梅学徒隊の追悼碑がひめゆり部隊より小さく祭られているのを
不思議に思って観光ガイドのばあちゃんに聞いたら、
「人身御供にされたから、マスコミでとりあげられない」と言っていた。
調べたら、現在も生きている人が多いのと、規模と死傷者の違いから
ひめゆりが取り上げられる事が多いだけだった。
学校の先生がそれを鵜呑みにして熱弁していたけど。
471:名無し三等兵
07/09/19 16:33:26
>470
白虎隊みたいなもんか。
472:名無し三等兵
07/09/19 17:19:05
パラオ旅行に行った時、海岸で出会った現地の爺ちゃんが「コンニチワ、日本人デスカ?」と流暢な日本語で話かけてきた事がある。
その爺ちゃんは、日本統治時代の懐かしい思い出話を沢山教えてくれた。
「マルヤマサン」という若い日本兵に、本当の弟みたいに大変可愛がってもらった事。
戦後ペリリュー島に戻ってみると、至る所に優しかった日本兵達の遺体が、無惨に放置されていて、しかも米軍は遺体があるのもおかまいなしで、ブルトーザーで漠然と整地していた。
そんな好景を見て、みんなで泣いた事。
自分は、今でも立派な日本人だと思っているし、
ペリリューを守る為に玉砕した、マルヤマサン達大勢の日本兵に感謝したいから、死ぬまでに一度靖国神社を訪れたい事など、涙を浮かべて話てくれました。
473:名無し三等兵
07/09/19 17:38:52
>>465
降伏呼びかけに来る裏切り者殺すのってそんなにヘンなことか?
抵抗を続ける敵陣地に捕虜を交渉役で送り込めばどうなるか…
捕虜が殺されても自分たちの負担が減るだけだし、
降伏に応じなくても敵は精神的に疲弊させられる。
そういう効果を狙ったんだろ。
474:名無し三等兵
07/09/19 17:57:24
>472
そのパラオのお爺さんに日本国籍をあげたいね。
糞挑戦よりどれだけ良いか。
475:名無し三等兵
07/09/19 21:43:39 8uqzI5i/
嫌いなら関わらなければいい話。朝鮮が嫌いなら心にしまっておけばいいじゃないか。
ネットで書いたらその朝鮮人と同じことしてるわけだし。
君が朝鮮系のヤミ金業者に不当額の返済を迫られてて
遠洋漁船乗せられたり内臓抜かれたりしていなければの話だがwww
476:名無し三等兵
07/09/19 21:46:57
丸山さん、14師団2連隊かな?
みとっぽ
477:名無し三等兵
07/09/19 22:13:52
>>473
国際法違反だし。
478:名無し三等兵
07/09/19 22:20:35
>>477
国際法典に「いけません」と書いてあって違反すると国際警察に逮捕されて国際裁判所で裁かれるのか?
479:名無し三等兵
07/09/19 22:22:49
>>478
アメリカ様に裁かれます
480:名無し三等兵
07/09/19 22:43:25
>>469
落下傘引っ掛けるのは日本もやってますので…。
481:名無し三等兵
07/09/19 23:26:59
この前テレビでやってた釣瓶の番組に出てきたお爺さんは
どえらい経験をしてたね。
が、聞き取りをしたスタッフが全く軍事を分かってないようで、
??な事柄ばかりだったのが残念だったなあ。
482:名無し三等兵
07/09/19 23:30:12
>>469
大阪府交野市にP51に落とされて落下傘降下中に
落下傘を切られて墜死した飛燕パイロットの碑がある。
中村少尉という。
道路工事で飛燕の残骸が発見されて新聞にも出た。
483:名無し三等兵
07/09/19 23:34:48 KP1UDK9M
海防艦乗りだった親父は2度撃沈されている。
1度目、朝鮮のどこかの河口付近で触雷。
親父は航海士で艦橋にいたらしいが、上から見張り兵が落ちてきた。
その見張り兵、手すりに手をついていたら衝撃で両腕複雑骨折。
触雷時の上下振動がすごいので、艦上では決して手をついてはいけないのだそうだ。
艦長は遁走。
浅瀬だったため着座して沈没を免れる。
輸送船にも乗った。
25mm連装機関砲をつけようというので土嚢で固定した。
案の定グラマンにみつかったので機関砲を撃ったら、3発撃ったところで反動で銃座が転倒。
グラマンは撃たれたことに気づかずに去っていったとか。
2度目は終戦後、復員者を満載して帰国寸前に原因不明の大爆発。
親父は艦橋ごと海中に落ちる。
鼻がもげたが助かる。
広島を通ったら焼け野原で呆然となったそうだ。
幸いにも鼻は2007年の今もついてる。
484:名無し三等兵
07/09/19 23:59:36
>>483
生えた?
485:名無し三等兵
07/09/20 00:19:10
>>472
たしかペリリュー上陸の時に米兵が沢山死んで、血で真っ赤に染まった浜辺が、
「オレンジビーチ」って呼ばれてたよね??
486:名無し三等兵
07/09/20 01:18:58 guOX4WNz
>>484
親父に新しいパン焼いてもらったんだろ
487:名無し三等兵
07/09/20 02:40:08
>>478
おいおい、そんな事言ったら便意兵も全然アリって事になるじゃねーかよ!
488:名無し三等兵
07/09/20 04:09:00
>>487
「便意兵」ってのは確かに汚いよね。敵対しないふりをするわけだから。
489:名無し三等兵
07/09/20 04:19:18
一人酒してたらこのスレに迷い込んで、
せっかくだから俺のじいちゃんの話でもする。
俺自身知識がないからひょっとするとおかしい所あるかもしれんけど、
そこんとこはてきとーに諸兄の脳内で補完して下さいませ。
490:名無し三等兵
07/09/20 04:21:53
じいちゃんは当時大学生で成績もわりに良かったとかで、
召集されたのは最後の方。
厳しい時代だったけど、家はそれなりに裕福だったみたいで、
親戚からお金を集めて餞別をかなりもらったらしい。
支度を整えて、皆で呑み遊んでもまだ1円程余ったってことで、
見つからないようにズボンの裏地に縫い付けて戦地に持っていったらしい。
やたら長い時間列車に乗って、着いた所はソ連との国境。
ホントに暇で、おかげで寄せ集めだった部隊の人とも仲良くなれた。
ある日いきなり、攻めて来ないハズだったソ連が攻め込んできて、
戦車やらで来るソ連軍にこっちは毎日誰かが指名されて、
手榴弾やらなにやら担いで戦車に踏まれにいってた。
運よく戦車がひっくり返れば突撃。それの繰り返し…
いつか指名されてもされなくても辛かったって言ってた。
491:名無し三等兵
07/09/20 04:24:15
続き。
結局あっという間に制圧されて、
どこに連れてかれるのかと思えば、そのままシベリアへ抑留…。
そこでの生活は本当に悲惨だったようで、多くは語ってくれなかったけど、
朝起きると隣の人が凍っていた話、壁に寄りかかってたら背中がくっついて皮膚が?げた話、
吹雪がやんだ後の日なた気持ち良さ、暖かいボルシチのおいしさ…。
断片的に聞かせてもらった。
時は流れて8年後。
船に乗って地元の港まで来たはいいけど、迎えがないと家まで帰れない状態。
港は市場で賑わってて、色んな屋台が出てた。
「せっかくやからうまいもんでも食らうて待っといたろう。」
ってことで、シワシワの1円札を持って歩き回ったけど、
物価が違いすぎてて何も買えない…
んで、無理矢理売ってもらった煙草をふかしながら迎えを待ってた。
そんな話をしながらロングピースに火を付けたじいちゃんがかっこよく見えた。
492:名無し三等兵
07/09/20 05:31:12
>>488
日本軍もやっちゃったのは汚点だったよね。
沖縄戦末期じゃ仕方なかったかもしんないけど
493:名無し三等兵
07/09/20 09:54:05
じいちゃんはフィリピン山中をさまよっているときに
味方の兵隊から見慣れない肉を・・・
494:名無し三等兵
07/09/20 11:05:01
>>487
ウンコしたいからちょっとタイム、とか言って油断させて攻撃してくるのは汚いな
495:名無し三等兵
07/09/20 11:48:45
>>488は「」まで付けてるけどわざとなの?
496:名無し三等兵
07/09/20 18:23:39
便衣兵だって言いたいんだろうけど、どうでもいいよなあw
497:名無し三等兵
07/09/20 18:34:34
そういやフィリピン戦線に出征してた祖父も、
住民に紛れ込んで攻撃して来るゲリラに、もの凄く悩まされたって言ってたなぁ…。
498:太平洋のアキレス腱
07/09/20 21:31:22 Ueq58K/J
曾祖父は大型貨物船の船長をしていた。家には帰れずとも外洋を駆け巡り、船乗りである事を誇りに思っていたそうだ。
昭和16年になり戦争の暗雲が立ち込めた頃、怪我か病気だかで陸上勤務を命じられた。ベテランの誇りを失いひどく落ち込み立ち直らすのに大変だったらしい。しかし、その後の日本商船隊の末路を見れば……いい時期に船を降りられたのかもしれない。
ロクな護衛もなくシーレーンは寸断され、日本が世界に誇った商船隊は壊滅した。かつての仲間達が海の藻屑となっていったのを曾祖父はどう思っただろうか。
戦後は多くを語らぬまま逝かれたが、復興した造船業を見ることができたのが唯一の救いか……
499:名無し三等兵
07/09/20 22:26:56 /7+41DmK
うちのじいちゃんは、中国東北部からラバウルに転戦した。
山本五十六が飛行場から前線視察に飛び立つのを見送ったそうだ。
その後、山本長官機が撃墜されたと聞いた時、「負けるかもしれない」と思ったと言ってた。
あと、飯を炊く「飯ごう」をなくした時、上官に死ぬ寸前まで殴られて悔しかったと言っていた。
500:名無し三等兵
07/09/20 22:30:56
500
501:名無し三等兵
07/09/20 22:36:56
土人と黒人の違いから教育する必要があるようだのー
502:名無し三等兵
07/09/21 00:11:45
飯盒なんて無くさねーだろ
虐めで同僚に捨てられたんだろうな
503:名無し三等兵
07/09/21 01:44:23
>>492
故意に人減らしをしようと企む国とは違うからね。
504:uaa
07/09/21 05:18:05 bcOV/C6g
>>502
無くしたら他人のを盗むのが日本軍の常識。
「蹴られたら蹴返せ」(蹴る=盗むの隠語)と言う諺が軍隊にはあった。
誰かが無くしたり破損したんで員数合せのために盗んだんだろう。
泥棒した話は”丸”とかの戦争体験談でよく出てくるが、面白いよ。
中国大陸で出張中に拳銃を盗まれた下士官が出張が終わるまでに何とか調達した話は、筆者の文章力もありワクワクした。
訓練中に銃剣鞘を破損てしまい、酒を飲んで寝ている古参兵の部屋に忍び込んですり替えた大胆な新兵にもワラタ。
505:名無し三等兵
07/09/21 12:40:52 8bAFBqcV
>曾祖父は大型貨物船の船長をしていた
そうか、俺のジーちゃんもそうだったが、船ごと徴用されて、海軍大尉に
なって、下士官の敬礼に照れていたそうだ。
終戦当時、関門海峡で機雷に引っかかり、爆発させることなく船ごと
座礁させて船から下りた。 下りて、バーちゃんのやっていた女郎屋の
亭主になったが、さすが現職を退いてボケが早まったらしいが、カーちゃん
に言わせると数学や英語が得意でおかげでカーちゃんは山口高等師範?
現山口大学に入学できたそうだ。
余談が多くてすまんがw