04/06/29 21:15
>>69
娘も出るようですよ(・∀・)ニヤニヤ
まぁそういうこと?で、とりあえず・・・7
○忠勝の戦友
(榊原康政)忠勝と家康軍の双璧を成した智勇兼備の将です。
その武勇は忠勝に勝るとも劣らずで、吉田城攻略、姉川合戦などで戦功を上げています。
また達筆であり、小牧・長久手の戦いでは秀吉を批判した檄文を書いて激怒させました。
その後秀吉が攻めてきたところを檄文によって集まった援軍と共に返り討ちにし、さらにその名を轟かせました。
関ヶ原の後、老中職に就きますが「老臣が権を持つは亡国の兆し」といって辞退、1606年5月14日に病没しました。
(井伊直政)今川家臣・井伊直親の息子で家康お気に入りの猛将です。
武田軍から引き継いだという「井伊の赤備え」部隊を率いて大活躍しました。
彼は軽い甲冑を着ていた忠勝とは対照的に重い甲冑を着ていて、さらに疵だらけだったといいます。
関ヶ原の戦いで島津豊久を討ち取りますが、銃弾を受けて2年後に亡くなりました。
直政はとても他人に厳しい人物で、少しでも罪を犯したら切り捨てるため、「人斬り兵部」といわれていました。
ですが自分にも厳しく、容姿端麗な為、家康に気に入られて上野箕輪十二万石(家臣の中では一番多い)を拝領しました。
この二人と忠勝を合わせて「徳川三傑」といい、
この三人にさらに酒井忠次を筆頭においたのが「徳川四天王」といわれます。