あなたのおじい様の戦争体験を教えて その11at ARMY
あなたのおじい様の戦争体験を教えて その11 - 暇つぶし2ch200:194
06/05/07 01:48:06
ウチのじい様を始め、町内の方々の戦争体験をまとめた本??

其の中の他の方で
「武蔵でレイテ作戦に」(第2集)
「ミッドウェイ海戦で空母が撃沈されるのを見た」(第2集)
「秋水の開発に関わった」(第3集)

軍版的におそらく「イイ」的なものがありました。
まだ全部見ていないので・・・

一応
ISBN4-944093-19-1 C3021 P1000E(第2集)です。
1000円なのかな??

第3集まであるようです。自分の手元には第1集が無い状態です・・・

睦沢町歴史民族資料館に問い合わせれば買えるのかな???

電話番号上げてもいいのかな・・・


201:名無し三等兵
06/05/07 02:14:49
まあ、こういうところでリンクを貼る方もいますから問題ないでしょう。
なかなか貴重な体験談が載っていそうな本ですね。

202:194
06/05/07 02:46:07 hC+rVHYs
んでは
「睦沢町民の戦争体験」

編集元:睦沢町立歴史民俗資料館
URLリンク(www.town.mutsuzawa.chiba.jp)

発行元:睦沢町教育委員会
Tel:0475-44-2509  FAX:0475-44-1729

ホントはじい様のところだけ詳細を書きたいですが、文章をまとめる能力が・・・



203:名無し三等兵
06/05/07 06:09:38
 うちのじいちゃんは北支派遣軍岡田中隊だったかどこやらかにいて中原作戦に参加したそうな
そこでの話は聞いてて非常に鬱になる話だったから割愛するが
 その後の仏領インドシナでのハノイかどっかの基地攻略戦ではハリウッドもびっくりな戦果を上げたようである
でその内容というのは
 四万の敵軍がこもる基地を二千の日本軍が包囲した
 昼間に直接攻撃したら負けることは明白だったため夜間攻撃をすることになった
 で各小隊から10人ずつ志願してそれを二つに分けて特攻隊(後の神風じゃなく特殊部隊みたいなものらしい)を編成した
 基地に五人で一列に並んで侵入、最後尾の一人が基地の敷地内に入ったところで打たれて倒れた。
 その時祖父は前から二番目。で目的に建物に近づく。まずは四人中二人が正面から建物の正門にダイナマイトを
 仕掛けるために突撃。しかし失敗。二人は戦死
 そこで正面から近づくのは不可能と見た祖父はぐるりと建物の周りを迂回するようにして正門に接近ダイナマイトを
 仕掛けて見事正門破壊成功。
 そして二人で背中合わせで基地内に潜入。基地内には臆病穴とよばれる銃丸が無数にあいていたが。どこからも銃撃なし。
 で指揮官がいると思われる部屋を発見。扉の上の臆病穴から敵将校を確認。手榴弾を2つ臆病穴から押し込んで離脱。
 爆発が起きドアが破壊されると戦友に背中を守ってもらいながら、現地語で「ここは日本軍が包囲した。逃げ場はないから降伏しろ」
 みたいなことをいったら敵指揮官(中佐)が降伏。(実際は包囲はしていない)でその指揮官をつれて建物から脱出。捕虜を後ろ手で縛るとうまく走らせることができないので
 前でくくってはしらせたらしい。建物を少し出たところではったりに気づいたのか敵が撃ってきた。戦友が倒れる。祖父は必死で走りぬいて
 生還することができた。しかも敵の中佐というおまけ付き。
最初は作り話かと思ったがうちの呆け老人が何度も何度も同じこと繰り返し話すのはやっぱり実体験してるからだろうか。


駄文スマソ

204:203 
06/05/07 06:19:53
その後はなんかほのぼのしてる
サイゴンでバナナ買おうとお金出したら現地民が木を丸ごと一本切り倒して
もって帰れといわれたとか
自称山田長政の子孫のちょんまげ現地民酋長に俺が守ってやるから軍隊やめてここで住めといわれて
大あわてで断ったとか
憲兵の人が入院したから予備憲兵に抜擢されて周りからうらやましいといわれたとか
歩哨にたってたら幽霊が出て調査したところ妊娠中に撃たれて生き埋めにされた女の人の死体が見つかって
あまりに気の毒だから隊のみんなで供養したら出なくなったとか

あとじいちゃんの話を聞いてるとびっくりするのが、じいちゃん含む歩哨にたってた兵隊さん全員マジの幽霊見たのに全然怖くなかったらしい。
鉄砲持ってる敵兵と先任ビンタの方が怖いとのことらしい。

205:203 
06/05/07 06:24:15
こうやって書いてるとじいちゃん、ほんとに日本のために体張ったんだなって思う。
腕撃たれてるし、爆弾の破片受けてるし。

呆け老人なんて書いてごめんよ(つnT)

206:名無し三等兵
06/05/07 09:10:30
>>204
そういうのみるとさ、ベトナムが日本軍に食物を供給したせいで、餓死者が出たってのは、
やっぱり共産勢力のプロパガンダなのかな?とか思うんだけどね。

207:名無し三等兵
06/05/07 11:53:05 4xNVqPGI
死んだ叔父は海軍にいた。
たいした艦じゃなかったらしいが、2回もボカチンを食らったのに
まったく無傷で救助された。
子供の頃は「船が沈んだら泳げば助かるに決まってるじゃん」と思ってて、
これがどれだけの体力と幸運が必要なことか分からなかったよ。

208:名無し三等兵
06/05/07 14:11:47

うちの爺さまは満州の奉天守備隊所属。職業軍人として騎兵科に入り、最終階級は中尉。
戦闘経験は匪賊討伐とノモンハン事件。連隊長が極楽トンボだったので苦労したらしい。
爺さま自身は真面目な人だったけど、騎兵ってのはとかくプライドが高くて向こう見ず、洒落っ気が多くて
振る舞いが派手だったので、歩兵科なんかからはあまり好かれてなかったとか。

で、爺さまは兵科対抗の剣道大会でナントカ流の達人を破って表彰状をもらったりして、一目置かれてたらしい。
匪賊討伐やノモンハンでの戦闘の詳細については退屈だろうから省く。軍歴の最後は終戦間際のソ連軍満州侵攻。
ロスケが裏切りやがったと毒づいてから、まず民間人を避難させ、次に自分の家族を、最後に自分自身が逃げてきたとのこと。
今90歳だけど、もう一度満州に行って馬を走らせてみたいと言ってる。でも婆さまがいい歳して戦みたいことはやめろと
止めてるので、今のところ実現してない。

209:名無し三等兵
06/05/07 15:13:17
”睦沢町民の戦争体験”のことを睦沢町立歴史民俗資料館に問い合わせてみました
取っておいてもらおうと思ったのですが、曰く「取り置きしなくても大丈夫ですよ」とのことでしたw
来週の土日に突撃して3冊ともGETするつもりでおります・・・たのしみだー

210:名無し三等兵
06/05/07 15:15:59
爺さまの話……と言っても、戦争経験と言えばカボチャ持ってて
捕まったぐらいです。
ただし、父親が大阪に出稼ぎに行って、空襲で死んだそうです。
破片?が肩から腰に貫通したとか。で、佐藤栄作首相の時に
戦死者全員に勲章を渡すというのがあってその勲章はあります。
ちなみに、爺様の母親が遺族年金をもらっていたせいで、爺様は
ろくに働かず、婆様がずいぶんと苦労したそうですorz

211:名無し三等兵
06/05/07 17:08:52
ただし、婆様には戦争経験はありまして……。
昭和二年生まれ。終戦しばらく前に勤労奉仕で兵庫に行くところ、
家の手伝いができなければ困るということで
町で女工を斡旋していた人に頼み込み、地元の工場で
ボルトを作る作業ができることになりました。
ちなみに兵庫の工場では待遇が悪く、食事もあまり出なかったとか
いう話を聞いていたそうです。これはうわさで、真偽のほどは分かりません。
さて終戦間際、空襲警報があり近くの竹林に逃げたそうです。
最年長で班長を任されており、逃げ遅れた者がいないか
確認していたため、避難が最後になりました。そこを
艦載機のグラマンに機銃掃射されたそうです。
バリバリバリという音で、ものすごく怖かったというのを今でも覚えているとか。
もっとも、そのときの艦載機は双翼機だと言い張っております。ありえないんですけどね。

212:名無し三等兵
06/05/07 17:10:09
もう一つは、隣町に行ったときの話で、当時の国鉄は乗る人の数が決まっており、
切符を売り切ると窓を閉められたそうです。夕方で渡し船もなく、
仕方なしに鉄道の鉄橋を友人と渡って帰ることになりました。
そこで汽車が来て、作業員用の足場に移動して汽車をやり過ごそうとしたときでした。
米軍機が現れ、汽車に機銃掃射を仕掛けたのです。
鉄橋の柱にしがみつくしかできず、ものすごく怖かったそうです。
もちろん友人共々無事でしたが、汽車がどうなったかは聞いていません。
二度も機銃掃射を受けて生き延びられ、ものすごく運がよかったと言っております。
灯火管制やら電力不足で、灯りを手元にまで持ってこないと針仕事もできなかったとか
(電力不足は戦後かも)いろいろ大変だった話は聞いています。
芋のツルを食べるのはデフォルト。カボチャの種がおやつだったという話も
聞きました。

ちなみに、近くに南京戦に参加した人がいます。
南京では酷いことをした、と言っていたようです。
酷いことの中身は知りません。聞きたいのですが、
本人が忘れたいらしいので、無理には聞けません。
あまり親しくもありませんし。

ところで遅レスですが。>>45のお話、英軍ではなく蘭軍ではないのでしょうか。

213:名無し三等兵
06/05/07 17:56:26
>>211
双翼機って何か分からんのだが。P38じゃなくて?

日本侵攻時、イギリス軍が軽空母を派遣していたらしくて、
シーファイアが撃墜されている。
ソードフィッシュ(複葉機)が搭載されていても不思議はないんだけど。

214:210,211,212
06/05/07 18:32:40
>>213
失礼いたしました。複葉機です。上下に二枚羽根があった、と申しておりました。

以前初心者スレで質問したことがあるのですが、
シーガルなる複葉機を米軍も所持していたらしいです。
ところが私の祖母が襲撃された場所は京都府南部なんですよ。
いくら末期でもそこまで複葉機が来るのか? 角度で尾翼と主翼が
二枚になっていたように見えたのじゃないの、という答えでした。
沿岸部ならあり得る話なんですけどね。>複葉機

215:194
06/05/07 19:04:53
>>209
おおっ
買えるんですね?
お気をつけて向かってください。

お昼に行くのであれば資料館の近くに、大通りから見にくいですが、
「中村寿司」という寿司屋が安くて美味いと評判です。


すいません・・・スレ違いですね。

じい様の手記のなかに、「P軽爆」という言葉があるんでうSが・・P-38ですかね?
じい様曰く「双発で、10発爆弾落とした後、機銃掃射していく」と言ってました。

>>191
ウチのじい様も「コンソリデットの哨戒機」と言ってました。

216:213
06/05/07 20:55:56
>>214
シーファイアの撃墜は千葉だったと思うからイギリス軍ではなさそう。
角度上の見え方や記憶の変化かもしれんね。

ただ東京方面に飛来した艦載機はまちがって長野の方まで迷い込んだ
というから艦載機が来たのは沿岸部だけとも言えない。

東京方面に行く攻撃機は琵琶湖を目標に飛び、
琵琶湖を起点に各地方に行ったらしい。ただし大型機の話だけど。
だから航空機はそれなりに見た地域だと思う。

>>211
>兵庫の工場では
おそらく噂。配給制度だったから、そんな事はないはず、と思いたい。
兵庫は中小の工場が多い地域だが、部落があるから
悪いイメージと噂があったのかもしれんね。
「サーカスの人さらい」が素朴に信じられていた時代だから、
その手の噂がまことしやかにささやかれていたんだろうと思う。

>>212
>南京戦
南京戦以降に南京に駐留した部隊の人によると
その手の噂は聞いた事がなかった、と言っていた。
こういう事(当時は手柄にあたる)は戦場では語り継がれるそうだが。

217:210,211,212
06/05/07 23:12:08
>>216
脱線気味ですが、司法に関わる者が法を破ってはいけないと、闇米などを
取り締まっていた検事だか裁判官だかが配給以外の物を口にせず、
栄養失調で死んだという事件がありますよ。
祖母も配給だけでは足りなかったと言ってました。
ただ、住んでいたところが田舎ですので、実家にいればなんとか食べてはいけたようです。
なので、親元から離れると食糧事情が心配ということはあったようです。
祖母は兵庫に行かずに地元に行ったはずなので、正確な兵庫の工場の食糧事情は
分からないはずです。ですが、もしかしたら兵庫が嫌で帰ってきたというような
話だったかもしれません。退院したら聞いてみます。

南京に関しては、中国共産党が言っているような内容かどうかは
分かりません。多分、あそこまで無茶な内容だとは思えません。
ただ、本人が酷いことと言っているということは、
恐らく手柄話にはできないことなのだろうと思います。
亡くなった爺様の知り合いなので縁遠いのです。話を聞いてみたいとは
思っているのですけど、機会がないです。それに、うかつなことを聞いて
機嫌を悪くされると、近所づきあいもありますしね。

218:213
06/05/07 23:45:29
>>218
>配給以外の物を口にせず
それは知ってる。脳内解釈で誤解を招いたな。
配給品をピンハネして食事が悪いと噂されていたのかな、と思ってさ。

殺戮が手柄話なのではなくて、首都入城(重要拠点陥落)の苦労話
は一般的に手柄話(「一番乗りした部隊は・・・」)になるって意味。

誤解させてスマソな。

219:名無し三等兵
06/05/08 00:22:56
自分の爺さんのことじゃないけど、
「画家・藤田嗣治の20世紀」って番組見て日本の画壇の爺たちがいかに腐ってたかってわかったな。
フランスで人気画家になった藤田をさんざん腐しながら、
戦争画家として共に日本で活動したあとには「有名なあんたが一人で戦争画家たちの戦争責任かぶってくれ」ってw
朝日新聞なんかもこんな調子で戦争責任を政治家や軍人におっかぶせて
自分は巻き込まれた被害者でございますってな変節に走ったんだろうね。
戦争画にも最後まで誇りを持っていた藤田が、道理で日本のメディアに軽視されてきたわけだ。
番組中に紹介された藤田の戦争画はすごい迫力だった。

220:名無し三等兵
06/05/08 03:22:39
配給分しか食べなくて云々って戦後の話じゃなかったっけ??

221:名無し三等兵
06/05/08 12:54:56
>>219
今も十二分に腐ってるけどな、日本画壇は
戦後の腐れ具合は、アサピーが高潔に見えるくらいだからなぁ

222:名無し三等兵
06/05/08 13:06:09
>>221
そんなに酷いのか?((((((;゚Д゚))))))ガクガクブルブル

223:名無し三等兵
06/05/08 13:43:44
>>219
三宅翁ほどに禿同。


224:名無し三等兵
06/05/09 01:54:15 GG6brGVE
戦争画では、もしかすれば史上最高!

225:名無し三等兵
06/05/09 10:41:51
サイパン玉砕の絵はフランスのオパイ丸出し女神が率いる有名な戦争画に匹敵する名画だと思うよ。

226:名無し三等兵
06/05/09 12:20:02
なんだかすごい人なんだね~と思いググって見ると
東京国立近代美術館で展覧会やってるね。いってみるか

227:名無し三等兵
06/05/09 14:12:57
マジ?今度行ってみるよ。

228:名無し三等兵
06/05/09 14:26:05 bXNMx4eT
靴が大きすぎますって言ったら貴様が靴に合わせろだってさ

229:名無し三等兵
06/05/09 14:45:34 YIvsB8US
最後の一年志願兵らしい、少尉で再召集されて内地で軍需工場と砲兵工廠
の間を調整する連絡将校をやってたらしい、随分いい目にあったって話だ

230:名無し三等兵
06/05/09 15:32:29 V6P3urJG
昔知り合った人でさ。
大和特攻の際に、それに随行した駆逐艦の機銃手だった人。
そのときのお話・・・

機銃をバリバリ撃っていたら、向こうから急降下爆撃でポッと爆弾を落としてくる。
「あんな遠くから落としてもあたらないよ」と思っていたら、見る見る爆弾が迫ってきて次の瞬間
キーン
気付いたら甲板に倒れていて、戦友も死亡。また空を見上げたら急降下爆撃機が。爆弾が見る見る大きくなり
キーン
(続く)


231:名無し三等兵
06/05/09 15:35:16 V6P3urJG
気付いたら、海の上。艦は沈没しかかっていた。
あわてて漂流物にしがみつく。
目の前を大和が進んでいる。
「大和。おまえ頑張れ!」
声援を送るも、立て続けに攻撃をくらい、沈没。
その人はそのまま漂流物にしがみつき、海の上を漂う。
(続く)

232:名無し三等兵
06/05/09 15:38:52 V6P3urJG
その木材(だかなんだか)にはもう一人しがみついていた。
海上は沈没した艦の重油が厚さ10センチにもなっていたそうで
揮発するその匂いで失神しそうになる。
お互いに励ましあい、そのまま漂流。日が沈む。
急速に体力が商務していくのが分かる。
(続く)


233:名無し三等兵
06/05/09 15:42:01 V6P3urJG
失礼、「消耗」ね。
木材にしがみついていた相棒は
「このままではジリ貧だ。泳いで助けを呼んでくる」
その人は止めたが、制止を聞かず泳ぎ始める。
しかし重油の溜まった海では、いかほども泳ぐことも出来ず
10メートルほど泳いだだけで沈んでしまう・・・
「もうだめだ」
死を覚悟するその人。
(続く)

234:名無し三等兵
06/05/09 15:48:28 V6P3urJG
しかし、暗闇の海の中、大声をあげるとそれに応える声がする。
姿は見えないが、近くにもう一人漂流している男がいるのだ。
お互いに励ましあい、漂流は続く。
だが、その人の呼びかけに対し、相手の方は元気がなくなってくるのが分かる。
「頑張れ!」
励ますその人。

235:名無し三等兵
06/05/09 15:51:44 V6P3urJG
そのとき。救助のポンポン船がやってきた!
限界直前で救出されるその人。
「向こうにも生きている人間が1人いる。助けてやってくれ」
しかし船長は
「だめだ。エンジンが焼け付く寸前だ。」
そのまま舟は回れ右をして帰ってしまう。
すぐ近くに漂流している、お互いに励ましあった戦友を海上に残して・・・
(続く)

236:名無し三等兵
06/05/09 15:55:55 V6P3urJG
その人は自分の体験を「沈没大学」と呼んでいたよ。
正規の大学は出ていないし、学は無いが
一連の体験をしたことで、人生の生きる意味や無常観を味わい
ありえない経験をしたと。
どんな難関の大学を卒業するよりも教えられたことは大きいと。

復員してからもすごい体験してる。
ちなみに柔道7段。小柄だけどスゴい強い。

237:名無し三等兵
06/05/09 16:13:51 v25Qr8Xy
ウチのじいさんは工兵だったよ。
線路作ってたって・

238:名無し三等兵
06/05/09 16:23:34
>>188
俺の実家(北海道東部。当時は村)だったが、港と灯台があるために戦争末期には
度重なる空襲と艦砲射撃を食らっていたそうな。
そのときの被害写真と詳細な記録も残ってるぞい。
海に面した灯台のある崖を穿り返すと、今でも機銃弾やら何やらがポロポロ出てくるそうな。
もっとも、そこには通常の手段では行けないんで俺には探せないんだが……。
戦後、不発弾もいくつか掘り返してるらしい。
北海道も意外と危険だったと言う話。

英語ベラベラのインテリじいさんの話(俺の同級生の祖父)。
南方(場所の詳細は忘れた)で、味方部隊とはぐれて彷徨っていたら、
斥候の米兵とばったり出くわした。
お互い数秒見つめあった後、超至近距離で同時に発砲開始。
共に左足を撃ち抜いて、地面に転がりながらも素手で殴り合い。
そのうち疲れて、二人とも地面に転がって冗談言いあって笑ってたんだと。
やがて、米軍の本隊が到着して、捕虜になったそうな。

お互いに射撃が下手だったのが良かったな、と豪快に笑っておられました。
どこまでホントかはシラネ。
結構、人を食ったじいさんだったから。
ちなみに見せてもらった銃創だが、左足の太もも外側の肉がごっそりと抉られておりました。

239:名無し三等兵
06/05/09 16:32:57 V6P3urJG
>>238
いい話だねえ

240:名無し三等兵
06/05/09 19:32:27
>>230-236もうちょっと文章纏めろ。
1回で足りるじゃねーか、無駄にスレ埋めやがって

241:名無し三等兵
06/05/09 20:27:44
オヤジが近衛師団だか連隊にいて、習志野あたりで「今日もとどかねーなー!」とかいいながら高射砲撃ってたようだ。
近衛と名が付くだけあって、戦中に食い物で苦労したことは全くなかったそうだ。

242:名無し三等兵
06/05/10 00:36:40
>>238
なんか松本零士のシリーズにありそうな話だ。
>>240
携帯からの書き込みかもしれん。
そうカリカリしなさんな。

243:名無し三等兵
06/05/10 00:45:19
こないだ喫茶店でパソいじってたら
80前後くらいのジイ様に話しかけられたので(パソが珍しかったみたい)
逆に戦時中の事を色々と聞いてみた

最初は海軍航空隊配属だったが後に海竜に乗ることになったそうな
「訓練ばかりで珍しい(面白い?)話はないよ」との事だったが
「回天じゃなくて良かった。一人ぼっちな上にメクラなんて俺には扱い切れん」
とおっしゃってました。

だけど当時の事はあまり話したがらない様子だったので
早々に切り上げました
酒巻少尉と同じ会社に勤めてたそうなので
その事も聞いておけばよかったと後悔しきり

もっと詳しく聞いてみたかったなぁ・・・

244:地域密着団体
06/05/10 03:50:37 TjiqZqz6
奈良県認証・特定非営利活動法人「戦争体験保存会」
URLリンク(www.sensou.com)

奈良では上記のような団体が講演会を主催しています。
ちなみに次回は5月21日(日)の13:30より
「なら100年会館・小ホール」(JR奈良駅より徒歩すぐ、
近鉄奈良駅より徒歩約15分)で開催とのこと。
近場で興味のある人は行ってみてはいかがか?


245:名無し三等兵
06/05/10 16:31:57
このスレが中心となって戦争体験保存会をつくるべきではないか?

246:名無し三等兵
06/05/10 19:29:43 CiNJPvdM
ちょっと質問なんですが、うちの祖父は太平洋戦争で現地で農業をやるんだか、
現地で農業を教えるとかで南方に行ったらしいんですが、それって何兵なんでしょうか?


247:名無し三等兵
06/05/10 19:33:51
>>246
現地で自活する為に派遣されたのかな?


248:名無し三等兵
06/05/10 19:35:41 T3ZygFs1
軍属ではないですか?
技術を教えるということであれば。
農業技術を日本の兵隊に教えるということは
寡聞ながら知りませんが
おそらく南方の占領した国の政府に教えたということではないでしょうか?

249:名無し三等兵
06/05/10 20:18:13 sAeuzEC/
国鉄の助役試験に受かってから召集されたので鉄道工兵で初年兵教育をすっとばして
大陸へ持って行かれ上等兵で小さな駅の駅長をやらされたらしい、この辺の事情は
通過部隊の将校下士官も承知の事らしく、みんな駅長さんと呼んで大事にしてくれたって
言ってた

250:名無し三等兵
06/05/10 20:51:52
戦争の真っ最中に召集解除なんてあるんでしょうか?
うちのじいさん途中から工場の指導をしていたみたいなんですが

251:名無し三等兵
06/05/10 22:10:45
僕の爺ちゃんは高崎の連隊で支那の大原に駐屯してたって聞きました。

それから一旦内地に戻って来て再召集が掛かったんですけど、部隊の大部分は南方戦線へ送られる途中で、輸送船もろとも海の底だったみたいですが、
何故か爺ちゃん他一部の将兵は居残り部隊?
に成り死なずにすんだって言ってました。

居残り部隊なんてあったんですかね~?

因みに爺ちゃんの階級は曹長か兵曹長だったと思います。
帯刀が許されるのが曹長からだったかな?

僕が小さい頃、軍刀が飾って有りましたが親父が指紋付けて錆させちゃたみたいです。
指紋を付けてほったらかしにしてたら錆るんか?

252:名無し三等兵
06/05/10 22:39:40
>>250
ありますよ。
熟練工を根こそぎ召集してしまい、現場が混乱してました。
ので、召集解除しました。

253:名無し三等兵
06/05/10 22:42:40
>>251
刀を触ったら保護していた刀油が取れちゃって、そこから錆びが発生したのかな?
>四~六ヶ月もたつと油は乾燥してしまい錆の原因になります。三ヶ月に一回は新しく油を塗りかえてください。
って刀剣屋さんも言っているくらいだから、こまめな手入れが必要みたいだね。

254:246
06/05/11 00:29:10 dvs/+GqV
レスいただきありがとうございます。
祖父は召集されたらしいのですが軍属も召集されるのですか?
南方に行くときにシンガポールによってそこで英軍からのぶんどり品のコンビーフの缶詰がうまかったらしいです

255:名無し三等兵
06/05/11 00:55:33 IH0bqHCQ
祖父は研究所で……本人は決して詳細は話してくれなかったけど、戦争の話しは「話したくもない」と亡くなるまで言ってた…。そのまま墓まで持っていくなんて…まさか例の部隊の生き残りだったのか…

256:名無し三等兵
06/05/11 01:38:55
>>246
厳密に言えば、徴用ですが、以前徴用された方にお話を聞いたときには、
召集という言葉を使っておられる方もいました。

軍属といっても色々な職種がありますし、雇用形態も様々で、
時期によっても違います。

軍の募集に応じた人たち
特定の職能を持った人を徴用するため、徴兵同様役場の兵事係が本人に連絡した

あなたのおじいさまは後者のケースだと思います。

日本軍の軍政は海軍と陸軍で地域を分けて担当していました。
シンガポールに立ち寄られたのでしたら、陸軍の南方軍軍属で、
ジャワ、スマトラあたりに行かれたのかな。




257:名無し三等兵
06/05/11 01:38:57
俺の爺ちゃんはいつも叱られる時、「申し訳ありません」と言ってたらしい。
ある日そういって謝ると上官が「お前、誰に申し訳ないと思ってるんだ」と言われたので
爺ちゃんはひらめいて、姿勢をぴっと正して
「天皇陛下であります!!」と言ったらその上官は驚いて許してくれたらしい。

258:246
06/05/11 02:18:34 dvs/+GqV
>>256
そうですかありがとうございます。
あと南方の話ですがあなたの言うとおりでニューギニアの西にある島に行ったそうです。
日本からシンガポールに行くときかシンガポールから島に行く時かわかりませんが
その際、乗っていた輸送船がアメリカの潜水艦に沈められて一晩中海に浮いていて翌日ぐらいに駆逐艦が助けにきてくれたそうです。

259:名無し三等兵
06/05/11 03:37:54
うちの父方の曾爺さんは第二次が始まる前くらいに満州に渡ったらしい
しかも現地で女郎郭(娼館?)を経営して結構な財を築いたそうだ
しかし終戦頃にこちらに戻って来る途中金銭の類はほとんど無くなってしまったらしく
戻ってきてからは刑務館になったらしいが・・・

そう言えばつい最近父方の親戚筋の人達に合ったのだが、
目つきがどう見てもカタギのものではありません本当にありがとうございましたw

まぁ普通に考えて向こうで一山当てようなんて輩の中で真っ当な人の方が少ないわな
特に満州帰りのおっさん方はその気質をもろに受け継いで気合の入り方が違うと言うか覚悟完了してると言うかw
就いてる仕事は普通なのに眼光が普通じゃないのが印象的だったなぁ

でもやっぱりこういう事を生業にしていた人も戦争を食い物にしてたことになるんかな?

260:名無し三等兵
06/05/11 03:48:01 5aH/TZp4
内の母方の祖父(故人)は終戦から十年ぐらいまでインドネシアから帰って来なかったみたい、母親にその理由を聞くと祖父は婿養子だったらしく肩身がせまかったらしい、何をしてたか聞くと現地の人と一緒に何かしてたらしいけど詳しい事は母親も知らないみたい、何してたんだろ?

261:名無し三等兵
06/05/11 06:14:28
>>260
バリ島のビーチの夕暮れが素晴らしくて帰りたくなかったんじゃね?たぶん時間を忘れるほどケチャダンスを踊ってたんだよ

262:名無し三等兵
06/05/11 09:25:44
家の祖父はシベリアに抑留されてたらしい。詳しくないからわからんが、【第なんとか師団シベリア抑留なんかとかかんとか本】が棚にあった。
シベリアってどうだった?って訊いたら「つらかった…」と。
それ以上は訊けませんでした…

263:名無し三等兵
06/05/11 11:21:47 RMzSrLjp
叔父さんが満州から帰るとき、もちろん軍人。ソ連兵に捕まったらしいが、着けていた高級時計を渡したら許してくれたらしい。

中学校の先生のおじいちゃんは、沖縄戦で腹が減って、米軍キャンプに盗みに入ったところ、捕虜になった。
彼の部隊は全滅したらしい…

264:名無し三等兵
06/05/11 11:45:19
任務を離れてxxをしている間に部隊全滅って話は、たいてい創作。

265:名無し三等兵
06/05/11 13:24:01
>>260
きっとインドネシアには、あなたそっくりの・・・

266:名無し三等兵
06/05/11 13:55:33 wg4Eqzbr
昔、バイト先のおばちゃんは、若かりし頃、爆心地付近で原爆のファイヤーを見たらしい。
が、今も元気な鉄人女傑。やっぱり 戦前の人間は違う。それとも嘘か?


267:名無し三等兵
06/05/11 14:14:52 jrZ0gmfr
>>266
いや、爆心地ちかくでも運良く助かった人はいるはず。
塀のかげだったり、爆風や閃光の射線上に
障害物があった場合は助けるケース、あったみたいですよ。
あとは放射能だけど、被爆しても100%白血病を発病するわけではないし。
可能性が飛躍的に高いというだけで。
とはいえ、その人は強運の持ち主であることには変わらない。

268:名無し三等兵
06/05/11 14:24:44
爺さんから聞いた話に似てるので転載。

日本のエンジンは部品レベルで交換がきかない。
なぜなら、工作機械の貧弱な制度により、一機一機が「京都の職人さん仕事」のように
各々の部品のすり合わせで丁寧に仕上げる事で完成するからである。
したがって田中さんチームが仕上げたエンジンと、山田さんチームの作ったそれは、例えばピストンリングを交換すると動かなくなる。
やがて戦地で修理の必要が発生したりするとさらに事態は悪化する。
現地の整備員チームが合わない部品の現物合わせを行い、さらに現地「大竹さんチームアレンジ」がなされる事でやっと動作するようにしなければならないからである。

こうして「xxさんチームアレンジ」が何回も何回も繰り返される事で部品の「当初精度」はどんどん劣化していき、
もはやカタログスペックの維持すらできなくなっていくのである。



合わせ目につけるゴムのシールがお粗末だったり、
現物あわせで、ヤスリ倒さなければ隙間だらけになるってんで
ヤスリすぎたシリンダーカバーが、今度は高さが足りずにピストンと干渉するから
内側を削るなどそれはそれは苦労したらしい。
それでもオイル漏れは中々直らない。

戦地で部品交換したエンジンでまともなものは殆どなかったらしい。

269:名無し
06/05/11 15:06:14 G6tTD/GF
はじめまして 当方の無くなった祖父ですが、海南島で終戦を迎えたそうです。 サイドカー付きオートバイ?に上官を乗せたり、偵察をしていたそうですが、当時の所属部隊などを調べる方法がありましたらお教えください。
海軍所属、本籍は徳島です。 宜しくお願い致します。

270:名無し三等兵
06/05/11 15:47:09
>>269
旧海軍の軍人の軍歴に関する資料は、戦後、厚生労働省に引き継がれています。
照会は厚生労働省社会・援護局業務課にどうぞ。


271:名無し三等兵
06/05/11 18:58:33
あげ

272:名無し
06/05/11 19:15:47 G6tTD/GF
名無し三等兵様 ありがとうございます。 さっそく、問合せをしてみます。 ご親切に対応していただき、感謝いたします。

273:名無し三等兵
06/05/11 21:21:32 /cAZOQ1m
>>260
終戦後約十年間インドネシアで帰ってこないって…
あなたの祖父は凄い方ですね。
「インドネシア独立のために戦ったのです」
「ムルデカ」でググッてみてください。


274:名無し三等兵
06/05/11 23:41:50 MFMzVQRi
私のおばあさんは、学徒動員で広島の日立造船因島工場で、爆撃に遭い、防空壕に逃げ込むときに、みんな、われ先で人間の醜さを知ったそうです。今でも、汚い捕虜の白人にいい思い出がなく、外人とくに白人が嫌いらしく、握手するときは露骨に嫌な顔をします。
特攻隊に若者が行かされて、大人は生き残ったと、目を据えて当時の大人の卑怯を呪詛しています。

275:名無し三等兵
06/05/11 23:56:30 5jo3t+dj
俺のひい爺さんは海軍の輸送機乗りで、バナナやパイナップルやさとうきびを積んで沖縄と台湾を往復していたらしい。
いや、ただそれだけなんだが。

276:名無し三等兵
06/05/12 00:25:53
>>260
「ムルデカ」は映画にもなってるでよ。

277:名無し三等兵
06/05/12 00:44:06
俺のじいさんは、呉で商いを営んで女性を多く雇っており、空襲の際に
みんなで防空壕に逃げ込むにあたり、”壕の壁ぞいに居るように”との
指示をだして、雇っていた人は全員助かったそうです。
ただ、壕から出るとき倒れた人たちの上を「堪忍ね」と泣きつつ踏んで出たそうです。

278:名無し三等兵
06/05/12 02:16:56
>>277
なんで真中の人は倒れちゃったの?

279:名無し三等兵
06/05/12 07:02:51
>>278
しりあいの軍人さんに、「防空壕に避難するときは壁沿いに」と教えられ
そのとおりにしただけらしい。なぜかはわかりません。

280:名無し三等兵
06/05/12 08:12:11 LcmIVjS6
260です、ムルデカくぐってみました、インドネシアで独立戦争に参加した日本兵のことみたいですね、どうりで祖父が話したがらなった理由がわかった気がします、母方の実家は戦後暫くたって○価に改宗しましたから。

281:名無し三等兵
06/05/12 08:35:23 s+M8gWnH
>>268
少数生産品や特注品ならば、工作精度が飛躍的に向上した現代でも、そのようなことがあるけどね。
ウチの会社なんかはそれ。設計も製造も〇〇スペシャルだらけで、各担当者が居ないと大混乱。


ただでさえ混乱してる戦地で、部品の組み合わせ・すり合わせをするのは多大な労力を強いられますね。


282:名無し三等兵
06/05/12 08:59:36
>>269
支那方面艦隊 海南警備府ですね
開戦時の部隊でしたら、 第1水雷隊 鴻(おおとり) 隼(はやぶさ) 鵲(かささぎ)鵯(ひよどり)
               横須賀鎮守府第4特別陸戦隊(横四特)
               舞鶴鎮守府第1特別陸戦隊(舞一特)
               佐世保鎮守府第8特別陸戦隊(佐八特)
               第15・16警備隊
               海南通信隊
               その他警備府直轄

四国は佐世保の所轄です

軍歴証明 で検索をかければわかるのですが、270氏の言うとおりです。
そのほかにも手がかりはたくさんあります。
たとえば、
陸軍でも、海軍でも、部隊名が暗号で、軍隊内の住所や通信のコールサインに
なっていました。これがわかればすぐに解決します。
家族も手紙のあて先になるので知っていることがあります。
自分の聞いた限りでは、末期の国内決戦師団以外の本人は全員
覚えておられました。陸軍の部隊暗号については全国の県立図書館で調べることができます。
海軍なら私で説明できます。

283:名無し三等兵
06/05/12 11:27:11
今でも大学教授を務める義理の父(嫁の父)。
今の学生は、戦争前の日本の生活水準が 『現在の日本』 と同じように、
当時(1940頃)のアメリカと殆ど変わらないと思っているって驚いていた。
とんでもない誤解だが、これも戦後教育の「近代史は適当カリキュラム」のお陰だと嘆いていた。

284:名無し三等兵
06/05/12 16:31:39 fPz8wpR9
うちのじいちゃんの家族全員、じいちゃん以外、
結核でアボーン。

親戚の奇特なおばあさんに一人、ひきとられる。
溺愛されながらそだてられるも、15になったらオリも
戦争にいくよと言って親戚のおばあさん(ひいばあさんっていっちまってもいいかな)の制止「アンタが死んだらアンタの
ウチ終わりだよ」も聞かず予科練甲種うけにいくも家族状況とか
体格で案の定落ちる。ショックで他の県でブラブラしたあと
帝国大学で給仕みたいなことやってすごす。それから一年、学問ちょっとやってメシ喰って、
遊んでたら太りだして体格も良くなって、予科練乙種になんとか合格、
あこがれの制服姿をきた生意気そうなボウズ頭の青年の写真をいまだに家宝のように大事に持ってる。
モールスの才能があったので九州の基地にいって2ヵ月後戦争終結。
その後、警察予備隊、陸上自衛隊で教官やったあとちょっとえらくなってデスクワークがふえてつまんなく
なったからっていって帰ってきた。戦争とか戦闘機とかの話はよくするけど自衛隊の話はあまりしない。
無反動砲撃って部屋ほどの的壊したときの快感をよく話していた。
自衛隊やめてきたのは、たぶん人間関係でなんかトラブったなと俺は踏んでる。


285:名無し三等兵
06/05/17 04:07:11
保守

286:名無し三等兵
06/05/18 19:31:38 xW4n6lbe
保守上げ

287:名無し三等兵
06/05/18 23:04:38 m+oJbNXX
大東亜戦争に出征した祖母の弟(故人)の話

彼は中国大陸の青山に出征した。
戦時中に一度もアメリカ軍の飛行機を見た事が無かったし
自分で鉄砲を撃った事も一度も無かったらしい。
天国に近い状態だったらしい。

他戦線の惨状を聞いた事がある漏れとしては信じられない。

288:名無し三等兵
06/05/19 01:02:44
>>287
まあ、山東半島みたいな後方ならそうじゃない?

289:名無し三等兵
06/05/19 09:07:43 Q3/o8ZeF
華北戦記という本があるが、おもろい!山東半島でのものがたり。

290:名無し三等兵
06/05/19 10:29:10 iiCi6lLV
>>280
インドネシア独立のために戦ってたのでは?
うちの祖父母は、ロミオとジュリエットみたい…っていうか、
爺さんオランダ人よ。

291:名無し三等兵
06/05/19 11:48:51 3ILzIDny
クオーターか。いいなあ。
おまいイケメソなのか?

292:名無し三等兵
06/05/19 12:26:37 iiCi6lLV
>>291
ガ━(゚Д゚;)━ン
女ですが何か
(>_<)
ちなみに、オランダとの混血はあんまり外人フェイスにはならないと思う。

293:名無し三等兵
06/05/19 13:49:32
15年ほど前にくたばっちまった父方の婆様

死ぬ直前に何度か錯乱状態になって、「周りが燃えてる!」と叫んで
暴れそうになった事があった。
医者が言うには今までの人生で強烈な印象として残った記憶がフラッシュバック
しているのではないか?との事だったが婆様の人生で隣近所が火事になった事は
たった一度しかなかったのでおそらくその時の記憶なんだろうと普段弱音を一切
吐かなかった婆様だけに特に親父兄弟はしんみりしていた。

名古屋空襲の中、親父(当時3歳)や生まれたばかりの親父の弟を抱きかかえて
必死に逃げ延びたんだろうなあ。

294:名無し三等兵
06/05/19 14:56:41
>>293
くたばっちまいまちたか。

295:名無し三等兵
06/05/19 16:00:10
この間じいちゃんにきいてみた
「このえ」とかをやってたらしい

296:名無し三等兵
06/05/19 17:21:20
>>295
「近衛」ですな。


297:名無し三等兵
06/05/19 17:26:46
すごいジャマイカ

298:名無し三等兵
06/05/19 17:37:32 iiCi6lLV
びっくりした。
近衛文麿を殺ったのかと…

299:名無し三等兵
06/05/19 17:46:30 mT3wO6nt
うちのじいちゃんは、満州でなんかの隊長でシベリアにずっと行ってたらしい

300:名無し三等兵
06/05/19 17:53:20 IxoIhNAZ
うちのじいさんは特攻隊ですた。鹿屋に居たみたい。
じいさんのお兄さんは隼に乗ってて中国で戦死。

301:名無し三等兵
06/05/19 19:37:21
私は遅くに出来た子供なので、祖父ではなく父に従軍歴があった。
予備士官学校をでて歩兵小隊長。北京近郊に駐屯していたらしい。
今度戸籍謄本を取り寄せて、軍歴を調べてみようと思う。


302:名無し三等兵
06/05/19 20:12:38
>>293
。・゚・(ノД`)・゚・。

303:名無し三等兵
06/05/19 20:15:17
>>298
むしろ姦ったのかとオモタ

304:名無し三等兵
06/05/19 21:03:03 RWPdrzOr
うほっ

305:名無し三等兵
06/05/19 22:06:23
オレの爺ちゃんは当時、電気技師だったのと徴兵検査に落ちて、ずっと東京の工場
で勤労奉仕してたらしい。それで東京大空襲で工場が焼け落ちたので、親戚のいる
いる茨城に疎開した。そこでマルクス主義にかぶれてしまい、村の人達に共産主義
の素晴らしさを説いてたら、案の定、憲兵に目をつけられ、逮捕される寸前で終戦
になった。
そんな爺ちゃんでも祝日には必ず家の前に日章旗を立ててたなぁ

306:名無し三等兵
06/05/19 22:28:02 nDGl3oGb
>>305

>>そんな爺ちゃんでも祝日には必ず家の前に日章旗を立ててたなぁ

戦争が終わってしばらくしたらマルクス主義を捨てたのでは?

307:名無し三等兵
06/05/19 22:37:06
>>306
うーん、そうかも・・・
もっといろいろ話聞きたかったのに去年の冬に逝っちゃったからなぁ・・
やっと政治とかについて話が出来るような歳になったのになぁ・・・

308:名無し三等兵
06/05/20 00:28:41 AR0EMwQp
つい先日、ある老夫婦から仕事上の依頼があり、お宅へうかがった。
仕事の話は割りとすぐに終わり、夫婦の地元の昔話で盛り上がった。
夫婦とも戦前から茨城・水戸に住んでおり、街の変わり様を驚くほど
克明に覚えておられ、非常に興味のある話をして下さった。
そのうちの一つとして、昭和20年8月の水戸の空襲より数ヶ月前、
西原町(当時の常磐村)に米軍機が墜落した話をお聞きした。
飛行機が墜落した話自体は私の義母から聞かされていたが、それが
日本軍機との格闘戦で墜落した米軍機であり、パラシュートで操縦士が
脱出し、憲兵隊に身柄を拘束・連行された...という話まで、
この老夫婦から聞けるとは思わなかった。
偕楽園の芝生には無数の不発焼夷弾が刺さっていたこと、常磐神社に
逃げ込んだ友人達は皆焼死してしまったことなど、8月の空襲の様子も
細かく教えていただいた。
老夫婦からお聞きした話は、その夜、自分の子供達にも話して伝えた。

309:名無し三等兵
06/05/20 02:25:56
俺が学生時代に亡くなってしまった祖父の話だが
零戦のパイロットだったそうだ
零戦の各型の事をよく聞かされたな
21型は腕次第で相手がなんでも低空なら生き残れるんじゃ
52型は棺桶じゃ…マトモに飛ぶのも運がいるわい(たぶん製造精度かと)
あと、紫電改に乗る前に終戦なったって言ってた。

310:名無しさん@そうだドライブへ行こう
06/05/20 04:39:09
アメリカと戦争したってフラグだろ?
同盟国だよ。

311:名無し三等兵
06/05/20 07:07:19
>>310

 フラグ→フラッグ→flag:旗、旗状の細長い物、主義主張。
                {コンピューター用語}:実行中のプログラムの状態についての情報を示す変数や指標。

 ブラフ→bluff:はったり、こけおどし、ウソ、そしてそれらはったりの様な事をする時の態度。
          【用例】「―をかける」


312:名無し三等兵
06/05/20 12:55:07
>309
似たような話なら・・・。
鹿屋まで21型で出てきた特攻隊から飛行機供出させて52型で出撃させたとか・・。

313:名無しさん@そうだドライブへ行こう
06/05/20 14:54:18
また小学生?が出現ですね。
昭和と言う時代にアメリカとガチンコ勝負して負けました。
そのことについて、あなたの教員に聞かない方が懸命です。
偏ったオトギバナシになるので。

70歳前後の親類に機会があれば聞いて見てください。真実はそこにあります。

314:名無し三等兵
06/05/20 15:01:39
>>306-307
愛国心とマルクス主義が衝突するとは限らん。
まあドグマティックな共産主義者は、日の丸反対、天皇制反対だろうが、
本質は労働者を搾取から解放することでしょ。

だったら、日の丸と天皇制のもとで、
共産主義的経済を構築したってかまわんはず。

・・・て、軍部主導の統制経済が、ちょうどそんな感じか。

315:名無し三等兵
06/05/20 18:19:54 cvlfqqWS
うちのじいちゃんアカだけど、昭和天皇の例の帽子ぬいでカメラ
目線で笑ってる写真を部屋の一番みえるところにデカデカと張
っているぞ。

316:名無し三等兵
06/05/20 20:21:50 9L0Pwk5e
アカにも右寄り団体と左寄り団体が存在しているのかなあ。
「アカ=反皇族」と一概に言う事が不可能みたいだね。

317:名無し三等兵
06/05/20 21:30:46
団体ではなく個人として存在する

318:名無し三等兵
06/05/20 22:22:36
街宣右翼の元祖みたいに言われる故・赤尾敏とかは、
右翼だけど、天皇家は象徴として残して、国の運営システムを
社会主義的な弱者保護や福祉重視でやるべき、みたいな主張だったよね。

319:名無し三等兵
06/05/20 22:25:19 iQVCmQNO
「赤い宮様」なんてのもいたしねえ

320:名無しさん@そうだドライブへ行こう
06/05/20 23:30:03
>>319
kwsk

321:315
06/05/21 00:24:48 o4Onh3+P
うちのじいちゃんは個人的に昭和天皇が好きで尊敬しているって
いうのもある・・。家族の写真でも無く、額縁にいれて飾られている
のはその昭和天皇の写真だっていうことに小さいころ違和感を感じていた。

だけど今ではあたりまえだけど、天皇がマスコミの前で国民に脱帽して
微笑んでいるのは「当時」を生きた人間からすると尊敬するべき国家のシ
ンボルとして映るんじゃないだろうか?

たぶんじいちゃんの思うところをまとめると
318さんの考えみたいなのになると思う。

322:名無し三等兵
06/05/21 00:25:42
>>320
三笠宮殿下について調べてみるよろし

323:名無し三等兵
06/05/21 04:31:39
身長が高いと海軍だったらしい。

324:名無し三等兵
06/05/21 11:29:06
うちの婆さんも昭和・平成天皇の写真居間に飾ってて年末に皇室カレンダーを
知り合いに配りまくってる。

でも天皇を中心とした大日本帝国の復活を夢見てる電波な婆さんなんだよな。疲れる・・・

325:名無し三等兵
06/05/21 11:54:23
俺のじーちゃんは父方、母方ともに存命なんだが、母方のじーちゃんの話は凄かったな。
山梨生まれで、多分地元で召集されて陸軍に入隊したらしいが、南方面の戦線に(詳しく言われたんだが忘れた)行ったと聞いた。
船を3度乗り換えて、敵の潜水艦を避けながら進んで、やっと任地について一月もしない終戦を迎えたらしい。
で、ここから先が凄い話で、15日の終戦を知らず、25日だか翌月15日まで、現地の連合軍と撃ち合っていたとか。
どうやって終戦の知ったのかは話して貰ってないが、その後は2年ほどイギリス軍の捕虜に。
やっと日本に帰って来れた時は、感無量で船の上で泣きまくったと言う。

ちなみに数年前のGW中に、俺がサバゲに行こうと準備してたら、俺の持ってた電動ガンや装備にえらく関心を示してた……。
一通り説明を聞いて、ぽつんと「こんなのが日本にあったらなぁ」と呟いてたのが印象に残ってるな。

父方の方は詳しく知らないけど、海軍航空隊(霞ヶ浦に志願したと言ってたので、多分そう)で訓練を受けたとか。
訓練修了が終戦の1~2週間前で、もう少し遅かったら特攻隊に行かされる筈だったとも。

ところでこの中で、戦時中ドイツに行った潜水艦って何隻あるのか、ご存知な方いらっしゃいますか?
数年前に他界した、自分の書道の先生が戦時中、空技廠に居てドイツにジェットエンジンを貰いに行ったと、聞いた事があるので。

326:名無し三等兵
06/05/21 12:44:35
>>325
ドイツとの往復に成功した潜水艦は、イ8の1隻のみ。
シンガポールやペナンまで帰ってきたところで撃沈された潜水艦が3隻ありますが。
URLリンク(yokohama.cool.ne.jp)

ジェットエンジンを入手に行ったのなら、イ29だと思います。
資料の大半はイ29とともに失われましたが、一部の資料はシンガポールで降ろして、
飛行機で内地まで運んでいるので。

327:名無し三等兵
06/05/22 00:43:09 DL8tfpc0
うちの爺様は駆逐艦夕雲にのっていたらしい。しかし沈没時に病気で入院し下船していたため命拾い。次は何のってたかしらんが、潜水艦の雷撃?で沈没。しかしうちの爺様は無傷で救助されたらしい。10年前に亡くなりましたがもっと聞いとけばよかった。つたない文章スマソ

328:名無し三等兵
06/05/22 02:39:10 yDUBk2gX
うちのじいさんの兄貴だけど、職業軍人だったらしくて海軍の下士官だった。
空母とかいろいろ乗ってたらしいけど最後は駆逐艦「朝霜」にのって菊水作戦で大和と一緒に
沖縄に特攻する途中に機関のトラブルで落伍して艦載機に撃沈されて戦死

329:名無し三等兵
06/05/22 10:15:37 Fn1Os1j+
家のじいちゃんは虫垂炎になって戦場には行かなかった

330:名無し三等兵
06/05/22 13:45:31
うちの爺さんは徴兵を逃れるために検定前日に醤油をがぶ飲みしたがなんともなく
屋根から飛び降りて骨折を試みたが異常なし。
それを聞いた隣人から

「そんなに頑丈なら死なないからとっとと言って来い!」と突っ込まれたそうです。

案の定甲種合格で海軍へ。
なんやかんやで案の定生還し、私の父を含む6男2女を儲け、まだ健在です(78歳)。

331:名無し三等兵
06/05/22 14:56:30
うちの祖父(今年84歳)は歩兵連隊で東南アジアに行ってました。
仲間がどんどん死んでいってかなりキツかったそうですが、なかでも
普段から冗談を言って隊の雰囲気を和ませていた人が死んだときは
部隊の空気が沈んだそうです。

332:名無し三等兵
06/05/22 15:22:26
>>330
兵役法による徴兵年齢は大戦末期に一番下がったときにも19歳なんですが。

333:名無し三等兵
06/05/22 17:02:49
>>332
突っ込み最もだが、ジサマの年齢を正確に覚えてる孫が居るかどうかのほうが難しいんじゃね?
許してやれや。

334:名無し三等兵
06/05/22 17:58:27
>333
予科練かなんかに志願したんちゃいますか?中学から学校推薦で。


335:名無し三等兵
06/05/22 18:53:44
>>332
78歳なら甲種予科練十五期ですかね
当時の空気で志願はしたが試験場から逃げ出したり
入隊後に脱走した人もいたそうだし

志願はしたが入隊前に考えが変わった人もいると思いますよ
一次試験から入隊まで二ヶ月もあるんですから

336:名無し三等兵
06/05/22 21:45:00 db5q+rYd
>>328 マジかよ凄いな やっぱり朝霜は生存者皆無なのかね…

337:名無し三等兵
06/05/22 22:26:54
>>328>>336
「朝霜」は第21駆逐隊司令小滝大佐、艦長杉原中佐以下、
乗組員326名全員が戦死しています。
最後の模様も米軍側の写真が公開されるまで不明だった・・・

338:名無し三等兵
06/05/22 22:59:32
駆逐艦なのに300人超って乗りすぎでは?

339:名無し三等兵
06/05/22 23:13:03
>>338
大戦末期は普通。機銃操作要員が大幅に増えてるから。

340:名無し三等兵
06/05/22 23:50:01 Dhh0hDnm
沈没当時はまだ生存者はいたんだろうね。
潮に流されて全員が助からなかったのだと思う。

341:名無し三等兵
06/05/22 23:55:35
>>339
機銃などの要員が増えているのはわかるが開戦時の2倍とは。
居住性なんて考えたくないなぁ。

342:名無し三等兵
06/05/23 03:52:12
父方の爺は憲兵隊だったそうだが話を聞く前に死んでしまった。

母方の爺は輜重隊で馬を牽いて物資輸送してた。
中国、ビルマと転戦。
夜間輸送中にイギリス軍と遭遇してしまい、
馬ともども川の中に浸かってやり過ごしたといってた。
途中で部隊交代のため日本に帰ってきたが、
船の中ではいつ潜水艦にやられるかとずっと不安だったそうだ。

戦争は嫌だ、戦争だけはこりごりだ。
とよく言ってた。
本年88歳。

343:名無し三等兵
06/05/25 01:42:43 ZxVBDEGr
嫁のじいちゃんは、陸軍航空士官学校の中隊長をやってた人です。
あと満州でノモンハンにも参戦したみたいで、そのときも中隊長みたいです。

結婚するだいぶ前に亡くなっているので直接はしていませんが、
嫁や婆ちゃんから聞いた話で興味を持ってしまった。

家を壊すんで、戦友会とかの冊子をいただいてきました。
今狙ってるのは、出征前の遺書です。

親族でじいちゃんの戦争中の足跡に興味を持つ人がいなそうなので、
俺がこれからいろいろ調べようと思います。




344:名無し三等兵
06/05/25 05:00:23
うちの祖父は高射機関銃分隊の分隊長で階級は曹長でした。
当時24、5歳なんですが、そんな若くて曹長になんかなれるんですか?


345:名無し三等兵
06/05/25 05:56:06 9Qs43QGQ
明治43年生まれの祖父は11年前に天寿を全うしました。
関東軍鞍山独立守備隊にいて、昭和10年代?に上海でカメラを買って帰国。
その後、また大陸にいたらしく、昭和20年頃南方への派遣を控えて一時済州島で待機。
その時肺結核を患い、そのまま終戦を迎えて南方へ行かずに済んだ。
その後長崎の南風崎に復員したが、息も絶え絶えだったらしく、
祖母が1000km近くも列車に乗って迎えに行ったとのこと。
その祖母も今は90歳。
祖父が元気な時にもっと色々聞いておくべきだったと後悔していますが、
私が成人してからは癌との闘いで、とても話を聞ける状態ではありませんでした。

私が中学生の頃、酔った時など、戦場の話を喋っていたのを思い出す。
中国で、軍靴で蛇を踏んづけて皮をめくって、食べた話や、疲労困憊していた時に、
小銃を構えて立ったままでも寝てしまったことなど、断片的に話は聞いています。

軍隊の非人間的な待遇など愚痴ることもありましたが、近所に戦友もいて
思い出話はほんわかしていた気がする。

ところで、祖父の軍歴を調べるのは、厚労省?で具体的にどうすればいいのでしょうか。
遠く別居している祖母も高齢ですので、この1年以内を目標に、
私のルーツでもある祖父の足跡を何とか辿りたいと思います。

おじいちゃん、家族の為、日本の為、ほんとに、ご苦労様でした。

346:名無し三等兵
06/05/25 07:03:59
>>345
ガイシュツですが、
陸軍の場合の『軍歴照会』は、御爺様の御本籍地の県庁で恩給・援護関係業務の担当部課に尋ねてくだちぃ。

御本籍地の町や村が、まだ昔から残ってる場合は、
そこに兵事係関係の資料が残ってる場合もあります。

347:名無し三等兵
06/05/25 12:12:50
今、厚労省に軍歴照会をしている者です。
それを知るまでが大変だったんですが…まあ、なんとか。
母方の祖父が職業軍人(海軍)でした。明治45年生まれで、
昭和56年に亡くなりました。
先日、母の実家から海軍機関兵曹長(薄紫の兵科線が入っていたので)
と思われる肩章(片方)、と襟章(両方)が出て来て、孫の自分が頂きました。
母の話によると、水兵服でスケートをしている写真等もあるそうで、兵からの
叩き上げだと思われ、伯父・伯母達もよく覚えておらず、軍歴を照会する事
にしました。
一昨年亡くなりました母方の祖母の話によると、相当威張っていたらしく、
食事とかも豪華な者を食べていたそうで、家に帰っても威張り散らしていた
ので「ウチの中は軍隊じゃありませんよ!」と怒ったそうです(笑)。
以前、少尉の任命状などがあった記憶があるので、その事も合わせて、
母とも相談し、可愛がってくれた祖父の事を忘れない為にも、軍歴照会を
する事にしました。

軍歴照会は「厚労省調査資料室資料第三係」が行っているそうです。
長文失礼致しました。結果が出て、書き込みたいと思いましたら、また
書かせて頂きます。

348:名無し三等兵
06/05/25 13:19:17
スレリンク(army板)l50

349:名無し三等兵
06/05/26 04:59:45 UCZU5kRL
>>346
アドバイスありがとうございます。
母方の祖父ですが、軍歴照会はスムースに行くのでしょうか。


>347厚労省に照会ですか。
やはり、文書での問い合わせでしょうか?
具体的にどのような作業だったのか、参考までにご教示下さいませんか。

350:名無し三等兵
06/05/26 07:12:23
>>349
>>347さんの例は海軍の軍人さんの場合です。
(陸軍→各都道府県 / 海軍→厚生省、と扱いが違うのです)

『軍歴照会』、都道府県によって 若 干 対応は違う様なので、
該当の都道府県にとにかく一度お尋ねくだちぃ。



351:名無し三等兵
06/05/26 11:12:28
>>343
>今狙ってるのは、出征前の遺書です。

京本正樹を思い出した。

352:名無し三等兵
06/05/26 11:59:27
>>349
私の場合>>350さんが言われるように、海軍ですので厚労省です。ちなみに、問い合わせ辿り道は、
「市役所」→「市内にある海上自衛隊総監部の広報」→「厚労省」でした。
私が住んでいる所は、旧軍港(鎮守府・工廠・海軍某学校・海軍病院まであった)なので、調べる
のが簡単でした。

私も母方の祖父を調べているので、軍歴照会の時は母の名前で請求しました。というのは、孫の自分
の代まで提出すると、厚労省の場合請求者と被照会者が肉親である証明を添付しなければならないの
で、戸籍謄本が2ついるので費用が嵩むからです。

ちなみに、海軍の場合で厚労省に言われた事は…
1.軍歴を照会したい、という事を書く。
2.被照会者の姓名・本籍・生年月日
3.判る範囲での軍歴や手がかり
4.請求者と被紹介者の関係が証明出きる公的書類(亡くなっていたなら、それが証明出きる事)
5.請求者の免許書等本人確認が出来る物のコピー

これを厚労省に送れば、数ヶ月(その時の忙しさによって違うようです)で、軍歴が「あれば」厚労省から
送ってくれるとの事でした。返信用封筒や切手はいらないとの事です。

353:名無し三等兵
06/05/26 14:33:16
>>350
「若干」ていうか、そもそも軍歴を保管してない都道府県もあるし。

さすがに「捨てちゃいました」というのは聞いたことがないけど、
「昔、県庁が火事にあって焼けちゃったんです」ってのは確か複数ある。

354:名無し三等兵
06/05/26 15:05:12
>>352の者ですが、ちなみにですが総監部広報によると、最近は個人情報保護がうるさくなって、
以前にも戦友の軍歴照会の問い合わせがあったそうですが、個人情報保護の観点から拒否さ
れたそうです。まあ、この世相では悪事を働く不逞者がいますから仕方が無いとは言え、何とも
やるせない気分になりますね。古き良き日本は戻らないでしょうね。



355:名無し三等兵
06/05/26 15:06:24 nwp+vQV+
消防のとき聞いた話なので、記憶違いがあるかも知れんが・・・

北方にて任務についていた俺のじーちゃん。(千島列島のことかな?)
まあ北方だからあれさ、たいしたことなく終戦を迎えたらしい(ってことは占守島じゃないな、いたトコ)。
部隊は本土に帰ることになり、ある日、輸送船が来た。が、俺のじーちゃん寝坊したか何かで置いてけぼりにされたらしい。(俺にもその遺伝子が・・・ orz)

次の日、別の輸送船にのりこんで、「ヤッター帰れる!!」とばかりに船上で仲間と大はしゃぎ。見しらぬ人とも肩組んでさわぐうち、一人が叫んだ。「おい!何だあれは?」指差す先、霧の向こうに黒い塊が・・・

何だったと思う?
それは、昨日乗り損ねた輸送艦の艦首部分だけが浮いているものだった・・・ (触雷したらしい。)
霧の中、まるで艦首だけでも本土に帰ろうかとするその姿は、怖いとかそういうのを通り越して乗っていた人の執念すら感じたらしい。
                   拙い文章スマソ    






356:名無し三等兵
06/05/26 16:04:42
>>354
「悪事を働く不逞者」がいたから「個人情報保護がうるさくなった」んですけどね
元々「古き良き日本」はフィクションでしかないのですよ

357:名無し三等兵
06/05/27 09:46:51 2MEVQR93
ヒストリーチャンネル 「戦記ドキュメント 20世紀の記録」
URLリンク(www.historychannel.co.jp)

19:00-19:30 戦記ドキュメント『日露戦争から第一次世界大戦~世界強国の行方~』
19:30-20:00 戦記ドキュメント『ナチスドイツと第二次世界大戦~世界強国総力戦~』
20:00-20:30 戦記ドキュメント『太平洋戦争史』
20:30-21:00 戦記ドキュメント『戦後の冷たい戦争』
21:00-21:30 戦記ドキュメント『列伝・戦争と英雄』
21:30-22:00 戦記ドキュメント『戦うニッポンの素顔』
22:00-22:30 戦記ドキュメント『戦うニッポン皇軍』
22:30-23:00 戦記ドキュメント『20世紀の兵器』
23:00-23:30 戦記ドキュメント『戦後の日本~国破れて山河あり~』
23:30-00:00 戦記ドキュメント『戦後の世界~超大国米ソの狭間で~』

ついでに。
17:00-19:00  映像の世紀『世界は地獄を見た』
  第二次世界大戦のナチスによるユダヤ人の大虐殺、そして原爆という地獄の日々ををカメラは克明に写しとっている。


358:名無し三等兵
06/05/27 15:22:44 6QYXX2Xd
うちのじーちゃんは海防艦の水測員で鎮海湾を拠点とし連日潜水艦狩りをやっていたそうだ。
爆雷落としたあと沢山魚が浮いてきたんで喜んで獲って食ったら魚の身が爆圧でボロボロで滅茶苦茶不味かったそうだ。
俺が海自に入り九州の田舎から横須賀教育隊に入った年、突然体を壊し入院。
見舞いに行くと固太りの大男だったじーちゃんは見る影もなくやせ細っていた・・・
それでも冗談交じりに「ついにお前にも赤紙が来たか」と笑い、「横須賀で水測の学校にいたことがあるが、海が綺麗だぞ。下士官になるのは三十人に一人、厳しいが頑張れよ。」と励ましてくれた。
横須賀の海は汚かったし下士官になれる割合も今と昔は違うのだが嬉しかった。
実は入院前のじーちゃんとは仲が悪く余り話した記憶が無かった・・・それから十年近い時が過ぎ俺は曹の階級を手にした。
奇しくもじーちゃんの言うとおり曹昇任の倍率は高かった。
じーちゃんの励ましのお陰か下士官としての第一歩を踏み出したと思う・・・少しは恩を返せたのだろうか・・・?
長文本当にスマン。初書き込みです。

359:名無し三等兵
06/05/27 15:23:43


360:名無し三等兵
06/05/28 23:10:07
>>358
全海自が泣いた。

361:名無し三等兵
06/05/28 23:15:34
うちのじーさんは三菱の水島の工場で検査員技師長だったらしい。
複葉機を作る部署にいて毎日多くの部品を作らねばならず
ある日無茶な生産を命じられて怒って上司の部屋に怒鳴り込んだらしい。
そのとき上司に一緒にいた日ごろえらそうにしていたお目付け役の軍人が
一言「よろしく頼む」といって頭を下げたのが印象に残っていると
酔ったときよく言っていた。

友人の親戚の爺さんは暴れん坊で近所の嫌われ者で働くとこがなく
軍へ。そこでけんかに強く体力もあるので出世して大和の甲板長
に。沈没したが持ち前の体力と強運で生還。戦争が終わった後は
ニコニコ笑う優しい爺さんになったんで近所のものは驚いたそう。
しかししばらくは近所のものは乱暴物が帰ってきたといって
道をよけて通ったらしい。
友人が大和の事を聞いたときは「世間で言われているほどいい話じゃないよ。
おえらいさんは全員途中で逃げ出したしな。」とポツリと一言
言っただけだったという。

362:名無し三等兵
06/05/28 23:30:36
親戚の家庭教師のおじさん(若く見えるが結構年だった)
は陸軍で満州へ。大戦末期で食糧事情が悪く一緒に居た嫁さんが
流産するなど大変だったらしい。終戦時にシベリアへ。
そこで九死に一生を得て日本に。帰ってきたばかりのときは食い物も
職も無く大変なときに姉(母方の婆さん)助けられ死ぬまで
感謝していた。
(母親3人兄弟に「俺が死んだら星になって見守ってやる」と言ってた)
戦後は勉強して教師になり教員免許を大切にしていた。

363:名無し三等兵
06/05/29 16:27:00
>358

若い時には気がつかないが、
子や孫が自分と同じ道を歩み出したときは、
最高に嬉しいだろうな。

と親不孝者が言ってみる。

364:名無し三等兵
06/05/29 20:45:43
358です。
363さん、そう言っていただけると嬉しいです。
じーちゃんもばーちゃんも生きてるうちに恩を返せなかったので今になって悔しいです。
ここで色々話を語り継ぐのも恩返しのうちだと確信してはおりますが・・・

365:名無し三等兵
06/05/29 21:40:20
うちのおじさん(父方の婆さんの兄貴)の話。
陸軍幼年学校出の中尉。
ビルマ戦線で戦ったとのこと。
戦後英軍の捕虜となったらしいが、その後現地で行方不明に…。
当時家族はずいぶん心配していろいろ調査をしたけど
結局行方知れずになった。

小隊だか中隊だかを率いてたらしいからそのときの
部下だった人にも話を聞いたらしいけどやっぱり
よくわからなかった。
現地人に殺されたかもなんて聞いたらしいけど、やっぱり
真偽は不明だった(アーロン収容所の会田雄二さんの本を
読む限りビルマ人がそんなに凶暴には見えないけど…)。
おじさんに何があったんだろうか?
因みに九州の小倉の人です。

366:名無し三等兵
06/05/30 02:00:36
身内のかたにこういう事を言うのは失礼だとは思うけど
その経歴を見ると

若年の将校が古参兵相手に威張り散らして
収容所や帰還船でリンチを受けるって話は良く聞くな。

なんて、思いが頭をよぎります。

367:343
06/05/30 02:09:55 sx9IgLgS
遺書確保してまいりました。
あと、士官学校時代の同期会のアルバムや
直筆で書いてある自刃のしかたのメモ書きやらです。
大収穫でした。

おかげさまでちょっとずつ分かってきました。
満州時代(S13~)は野戦重砲兵連隊所属だったみたいです。

嫁はマニアックな俺に呆れ顔です。
じいちゃんから直接話を聞いてみたかったな。


368:名無し三等兵
06/05/30 05:18:45
うちのじいちゃんは南昌攻略のための修水河渡河戦で戦死したんだけど
中尉から大尉への一階級特進だった

二階級特進の少佐になれば恩給額が上がるって
ばあちゃんが言ってたw

369:名無し三等兵
06/05/30 07:15:13
>>366
よく聞く噂ですよね…実際あったと思いますけどね。特に陸軍では。
ウチのジーサマも相当威張り散らしていたようだったけど、叩き上げ
だったから大丈夫だったのかな?

370:名無し三等兵
06/05/30 12:55:26
ウチの祖父は終戦時18歳で志願で海軍に入ったって聞いたから16年後期かな?
で広島にいて、汽車に乗って地元に戻る途中に原爆の雲を見たそうです。
でも、当時の我が家は九州の福岡航空隊の近くにあったから佐世保海兵団のはずなのに何故か広島にいたらしい。
大昔に「大竹」「学校」っていう単語を聞いた覚えがあるからもしかしたら潜水学校かもしれない。


戦後は、もう一度旧制中学に入りなおして農協の支店長まで勤めたんだけど、
今は末期ガンでまともな言葉が出ない状態で後はお迎えを待つだけになってしまってます・・・
これらの話は全部子供のころの寝話やばあさんからの伝聞で、分かってる話の全てです。
もっとキチンと聞いとくべきでしたorz

371:名無し三等兵
06/05/30 13:12:00
うちの曾おじいちゃんは、上海で、イギリス人女性をレイプしようとして襲い掛かったら
その亭主に殴り殺されそうになったので、鉄砲でその男の太腿を撃って逃げてきたそうですが、
復員後、それをさも自慢げに話して近所の人に変人扱いされていたそうです。
戦後、そのことでB級戦犯として逮捕されたけど、無罪で投獄は免れたそうです。
それも、自慢げに(後略
本当に最期までクソみたいな男だったって、おじいちゃんが言っていました。
ボクの代で、この話は封印して置こうと思っています。

372:名無し三等兵
06/05/30 14:48:55 sK31jE1u
曾祖父砲兵としてシベリア出兵!祖父!機械化歩兵!関東軍で満州!父10施設大隊春日井!自分7師団某戦車連隊勤務!

373:名無し三等兵
06/05/30 15:25:06 1S8hkCE5
基本的な質問で申し訳ありませんが、
厚生省への「軍歴照会」では、何が分かるのですか?

戦死した祖父の死地を訪ねたく思い、色々と調べ中です。
ちなみに陸軍中佐で、ビルマで戦死したのですが。

374:名無し三等兵
06/05/30 15:40:15
>>373
当該軍人についての人事記録がわかります。
何という部隊に所属していたのか、いつどのような階級になったのか、など。

ところで陸軍の軍人の場合は、厚生労働省ではなく本籍地の都道府県が
軍歴を引き継いでいます。

375:名無し三等兵
06/05/30 15:40:44
インパールか・・・
ご愁傷様でした。

376:名無し三等兵
06/05/30 16:12:09
真珠湾攻撃に護衛の零戦乗って参戦
5年前にハワイに旅行して、よろこんでアリゾナ記念館
行ってきた。

377:名無し三等兵
06/05/30 16:47:14
>>376
真珠湾攻撃参加者ですか。
ご長寿をお祈りします。

378:名無し三等兵
06/05/30 17:58:02 DgCwryb9
終戦時でも三十人も残ってなかったんじゃ。なんでもいいから回顧録かかすなり聞き書きするなり記録残すのが藻前の義務だ。




まさか、藤田少佐じゃ?

379:名無し三等兵
06/05/30 18:00:20
ネタだべ?

380:名無し三等兵
06/05/30 18:33:49
当方の祖父は支那戦線です。
福井の鯖江の連隊(50番台?)で幹候上がりの中尉でした。
戦後、同じ中隊の下士官だったひとが手記を自費出版され、
同中隊長だった父もちらちらでてきます。
再招集後、昭和19年大阪陸軍病院にて戦病死してるので、本人から
直接話をきいたことはありませんが、
数年前だったか、その自費出版された手記がテレビで紹介され、
徐州作戦時に、中隊長命令で一か村殲滅、虐殺があったそうです。
(おそらく村全体で利敵行為があったとか、
 蒋介石軍の兵站があったとかそんな理由で出されたのでしょう)
思わず、この時の中隊長はわが祖父ではなかったかと思い、
自分は大量虐殺者の子孫かと、
その時には全身に悪寒がはしりました。
後で、父にその点問いただすと、祖父が中隊長になったのは
九江戦の時と聞かされ、胸をなでおろした次第です。

381:名無し三等兵
06/05/30 18:45:06
〉379
ネタって言うなよ~!
気い悪くして詳細書いてくれなかったらどうする!

382:365
06/05/30 21:00:19
>>366
実際その可能性はありますね、おばあちゃんには
言えないけど…。
ビルマ人が日本兵を襲撃したって話はほぼなかった
そうですし、戦後も互いに結構仲が良かったらしいからね。

そういえば会田雄二さんも嫌いな連隊長が戦死した
ときはみんなで万歳三唱したそうです。
実は捕虜仲間のウチゲバで死んだ人って結構いるら
しいね。
ただまあ中には日本をあきらめて現地で嫁さんを
もらった人も結構いるらしいから、個人的には
そう信じたいんですが…。

383:名無し三等兵
06/05/30 23:01:28
うちの祖父は陸軍に入りビルマで戦っていたそうだ。
その後もビルマに思い残りがあったらしく、何度か行っていた。
今はもう他界してしまったため話を聞く事は出来ないのが残念だ。

384:名無し三等兵
06/05/30 23:08:22
半島人の日本兵が日本人の上司をリンチしたのかもしれないよね。

385:名無し三等兵
06/05/30 23:26:05
違うと思います

386:名無し三等兵
06/05/31 09:39:29 bK8aLo3S
12年ほど前に父親がビルマの山奥へ出張に行った時
現地の老人から「日本兵は勇敢だった」と言われたので
ビルマに駐留した日本兵の規律は保たれていたと思う。
場所:ビルマとタイ国境付近

387:373
06/05/31 12:09:28 4GKynFVA
>>374
ありがとう!
当人(祖父)の、本籍地の県庁に問い合わせればいいのですね?

>>383
私の祖父も陸軍でビルマでした!
祖父は戦死しましたし、配偶者である祖母も亡くなっており、
詳しい話を聞くことができません。

・・・で、私はビルマの、祖父の亡くなった地にお参りに行きたいのですが、
女一人ではまずいのでしょうか。

388:名無し三等兵
06/05/31 14:40:09
>>387
その通りです。が、都道府県によっては散逸・焼失等の理由により
保管できていない場合もないとは言えませんので、その点はお含み置きを。

一般論として、南方の戦地だったところに女性一人で慰霊に行く、というのは
主として現地の治安上の理由からお勧めできません。
厚生労働省が戦没者慰霊事業の一環として、戦地への(主として遺族による)
慰霊巡拝を実施することもありますので、都道府県に軍歴照会をされるのであれば
あわせてお尋ねになってみてはいかがでしょうか。

389:名無し三等兵
06/05/31 14:54:00 4MsjuBHP
水産講習所を卒業後、海軍士官の試験を受けたが不合格、兵卒はいやじゃと
医専に入学、卒業後に入隊したのは結局船舶工兵隊で出来るんだからとすぐに
五百トンくらいのボロ舟の船長をやらされたらしい、朝鮮と内地の間で石炭
なんかを運ぶうちに終戦、朝鮮銀行紙幣で上手いことしたらしい


390:名無し三等兵
06/05/31 15:18:08 9TH4SyDi
>>387 私は家族、子供をつれて5年前、
観光もかねてだけど、ビルマ行ってきました。祖父は、泰緬鉄道の収容所で働いていました。
皮肉な事に敗戦の後は自分が収容される羽目になり、脱走したわけですが・・・・
当時英軍の先鋭となって戦ったゴルカ兵の方も引退して、シャン高原や、インレー湖の奥のほうに沢山住んでおられました。
マンダレーやバガンの方には、慰霊にこられた方達の石碑が寺の中にあり私も少しですが寄付してきました。
ビルマはとても人も穏やかで治安のよさはタイに比べはるかに良いと感じました。もし、おじい様が亡くなられた場所を特定できるなら
行く事は女一人でも充分可能だと思います。ただ、国境付近はまだまだゲリラが支配してる地域が沢山あるので、そのあたりであれば難しいと思いますが・・・


391:名無し三等兵
06/06/01 00:07:01 mX4naJ20
最近母方の婆さまから聞いた話しだけど、
婆さまは、昔奄美に住んでいて終戦前の食料不足のため学校の授業で畑をつくっていたみたいで、
学校の帰り道
空襲警報が鳴り響いた
直後に、上空から飛んできた飛行機に機関銃を撃たれたといってました。幸い警報がなった直後に急いで近くの土手に転びながら逃げ込んだらしく無傷だったと聞きました。
あとB-29が夜中に空襲したため逃げ遅れた近所の中学生が犠牲になったとも言ってました。 ところで奄美みたいな所でも空襲や機銃掃射されるんでしょうか?戦略上何にも得にならないと思いましたが(;^_^A

392:名無し三等兵
06/06/01 00:32:23 7K9JmQwd
空襲からの帰途、余った弾薬を適当な所に“棄てる”部隊もいたようです。
戦闘機などは眼下に日本人を発見すると、からかう意味で銃撃したり、
激しい空中戦で異様な興奮状態に陥るのと日本人への憎悪から、本気で殺しに行くこともあった。

393:名無し三等兵
06/06/01 00:50:00
>>391
奄美大島にもそれなりに海軍陸軍の軍事施設もあり、
物資の集積などもありましたので仕方ないでしょう。

ちなみに、『戦艦大和ノ最後』に出て来る、
大和の第二艦隊とすれ違う輸送隊は、奄美大島からの帰りの便です。
六隻で呉を出て、三隻しか戻れませんでした。


394:名無し三等兵
06/06/01 01:31:07 mX4naJ20
392 393 レスありがとございます。爆弾を棄てていく なにも町に落とさなくていいのに(゚ω゚Ⅲ)アブナェー
393さん 奄美の南部瀬戸内という町の海岸に作られた軍の特功に使用された ボートなど残っていますがそういうものがあったから標的になったんでしょうか?

395:名無し三等兵
06/06/01 01:37:34 9D0/5HNu
終戦まで
ずーっと横須賀基地

396:名無し三等兵
06/06/01 01:43:59 kVYVy+MM
6月初の最新ニュースが出たぞ!!!!!!!!見ろ、これが中国の実力。
あんなにアメ公真赤になってたのに、中国の実力で吹き飛んじまった。

米、対イラン協議参加の用意=ウラン濃縮停止条件に-対話へ方針転換・国務長官
URLリンク(headlines.yahoo.co.jp)

イランと直接対話の用意 ライス米国務長官
URLリンク(headlines.yahoo.co.jp)

結局中国の11兆超巨額油田契約をきっかけにアメ公あぼーん。

これが中国の実力。
財布ぽち国民は見ろ。

明日に攻め込むんじゃねえかってレベルであんなに緊迫してたのに、
アメ公吹き飛んじまったな。

>対話へ方針転換
>対話へ方針転換
>対話へ方針転換

(´,_ゝ`)プッ アメちゃん全くご愁傷さま。

ますます中国フリークになりそうだ。
中国万歳!!資本主義者どもの死亡フラグが立ったようだな。

397:名無し三等兵
06/06/01 02:12:05
オマイラに聞きたいのだが、
うちのジーサンは昭和19年に召集されて
(それまでは製鉄会社(戦後、数社合併して現在の新日鉄)で働いてた)
一等兵曹で終戦なんだけど普通は二等水兵からじゃないの?


398:名無し三等兵
06/06/01 02:31:52
>>397
末期だとポツダム昇進というのがありました。
でもポツダム組みでも一階級昇進で退役だから
元々の階級は2等兵曹ということになります。
徴兵2年目で2等兵曹っていうのは??
もしかして製鉄会社の技師養成校出てたり、
軍関連の専門校出てたりして特技章を持ってたんじゃないですか?

399:名無し三等兵
06/06/01 04:14:24
うちのじーちゃんは全く兵隊に行ってない。
明治45年生まれなんだけど、兵役検査のときに
身長が足りないことで落とされたらしい…

んで、大地主の一人娘で未亡人だった祖母のとこに婿養子。
戦中戦後の食糧難の時でも、白いご飯しか食べなかったという。
家が空襲に遭ってる時も、芸者をあげてドンチャン騒ぎ。
書けば書くほど情けなくなってきた…orz

400:名無し三等兵
06/06/01 04:17:33
>>399
遊ぶ人がいないと芸者さんも困るだろ
適材適所さ

401:名無し三等兵
06/06/01 04:29:03
>>400
フォローサンクス

戦後も家計を支えていたのは祖母で
じーちゃんは遊んでただけ。
しかも不摂生がたたり脳血栓で倒れ、約15年も寝たっきり状態になり
祖母に迷惑だけをかけていった。
ばあちゃんは尊敬してるけど、じーちゃんには全くしてない。

402:名無し三等兵
06/06/01 05:38:35
尊敬は出来ないが寝たきりにならなければ生き方は羨ましいな。
逆玉に乗ってやりたい事だけやって生きたという感じだな

403:名無し三等兵
06/06/01 17:41:37
ウチの爺様も戦争体験無かったんだよな。

プチ富農の母方婆様のウチに養子に来た爺様は、師範学校出の秀才で、
開戦時には教頭だか校長だか。
ダンナが師範学校出というのが、婆様の自慢だったらしい。

生徒と一緒に学校の校庭を耕してカボチャを作って、その蔓でおかゆを作ったか。
理科室のエタノールをちょろまかして、若い先生と酒盛りしたとか。
なんか全然深刻な話が無かった。
唯一戦争っぽいのが、名古屋に向かってB-29が飛んでいったときの話ぐらい。

父方のほうは北海道の田舎だったんだけど、爺様が早死に。
俺の親父が子供の頃に終戦を迎えたそうな。
そもそも食糧で苦労した覚えが無いところに、配給で砂糖が回ってくるように
なったのが嬉しかったそうで。
こっちも全然深刻じゃない。


考えてみれば婆様は健在なので、いろいろ聞きに行ってみようかな。
爺様の自慢話ばかり聞かされそうな気もするけど。

404:名無し三等兵
06/06/01 18:06:12
>>394
>そういうものがあったから標的
もちろんそうでしょうが、最大の理由は
 「単に通り道の途中にある島だったから」
でしょう。

405:名無し三等兵
06/06/01 20:00:38
>>397
俺の祖父は水兵だったけど
兵曹って本当に怖かったらしいな

406:名無し三等兵
06/06/01 21:28:45
>>405
叩かれるの覚悟でいうぞ!
「へーそう」

407:名無し三等兵
06/06/01 21:49:36
鬼の一水
地獄の兵曹


408:名無し三等兵
06/06/01 23:11:44
>>397
2度目の御奉公だったんジャマイカ

409:名無し三等兵
06/06/01 23:31:24
2度目で済んで生きて帰れたてのはマシなふでつよ。

うちの爺様なんか現役入れたら3度目、いや4度目が来たと婆様が嘆いていた。

まぁ、おかげで階級だけはあったもんで近所の国民兵やら2等兵の方々からは
楽しとると思われてんだが、案外、ウースンやら南京やら激戦地回らされてるしで・・。

410:名無し三等兵
06/06/02 00:34:13
>>405
自分が生まれる前に死んだが元海軍2等兵曹のじぃさんは怖かったと
叔父達から聞いた。
勉強を怠けたり、言葉遣いが悪かったりすると石炭ストーブで使う火掻棒
でがっつりぶん殴られたそうな。子供の躾でコレだから
軍隊じゃ凄まじかったのだろう。

411:名無し三等兵
06/06/02 03:16:22 7dfeMvnF
皆さんにとっては、お爺さんお婆さんの年代のお話でしょうが、
少々年配の私は、父親や叔父が出兵していた年代です。
父親からは、子供のときから戦争中の話を何度と無く聞かされました。
上官には絶対服従。殴られるのが日課のような生活。
上官の気分次第で殴られたようである。
中には、つらさに耐えかねて首をつって自殺した者もいたらしい。
軍人勅諭を覚えさせられて、覚えられなければぶん殴られる。
皆それで苦労したらしい。上官も殴られながら、覚えてきたくちなのだろう。
たまたま父は、記憶が良いほうだったらしく、
全部覚えて、すらすら答えてしまった。
それを上官に憎まれ、つまらない言いがかりをつけられ、
記憶を失うほど殴られたそうである。
自分の戻る場所が分からなくなり、周りの者もさすがに心配したらしい。
そんな戦争中の、人権を無視された暴力の記憶があるせいか、
どんなに怒っても、私には一度も手を挙げたことがなかった。

412:名無し三等兵
06/06/02 03:31:36 7dfeMvnF
父の所属していた部隊は、中国の黄梅と言うところにいたという。
そこでの生活は、のんびりしたもので、
村人も日本兵にやさしく、子供達も大変なついていたそうである。
食料も豊富で、腹一杯食べれたそうである。

しかし、戦争の激化によって、父の所属部隊にもついに南方への移動命令が出された。
移動中に父は、腸チフスにかかったそうである。
出航する間際まで、上官に一緒につれて行ってくださいと、
泣いて何度も訴えたが、却下され残留を命じられた。
戦友は「○○お前がうらやましい。」とぽつんともらしたという。
自分の運命を予感していたのでしょうね。

部隊は、南方へ出航して間もなく、敵軍に攻撃され撃沈全員戦死。
残ったのは、父ともう一人、同じく腸チフスにかかっていた二人だけだったそうである。
戦争の悲惨さは、語ろうとしても、語りつくせるものではないと思うが、
昨今の世相の流れを見ていると、
次世代に、やはり語り継いでいかなくてはならないことを強く感じます。

413:名無し三等兵
06/06/02 03:42:11 7dfeMvnF
叔父は沖縄の生き残りだが、
食料が無くて、蛇やかえるまで食べたという話を聞かされた。
背中に残る、銃弾の破片の痕などは見せられたが、
当時の激戦の様子は、あまりにも悲惨だったせいか、
あまり話したがらない。

414:名無し三等兵
06/06/02 08:59:35
>>411
そんな年代の人が午前3時に2ちゃん?
ダウト

415:名無し三等兵
06/06/02 09:29:29 7dfeMvnF
>>414
工場での二交代制勤務をやってたので、
夜起きてることは、まったく平気なんです。

416:373
06/06/02 11:26:53
>>388
色々とご親切にありがとうございます。
昨日、家にある資料を色々と調べて、卒業年次や軍歴など、ほぼ分かりました。

仕官学校の同期の方の二世会なんていうのもあるようですが、
資料が古いので、まだ会は存在するのか??誰に連絡を取っていいのか??
ともかく、一度都道府県に問い合わせをします。

・・・しかしですね、疑問なのですが、
私の祖父の出身地と、祖父が所属していた師団の皆さんの出身地は、
全然違うのです。
祖父は本部から、中途派遣されているので。
この場合の問い合わせも、祖父自身の出身地の県庁でいいのでしょうか。

417:373
06/06/02 11:30:03
>>390
うちの祖父の没地は、国境付近ですね。
チン高原のあたりです。
一人で行くのはマズそうですね・・・

同じ師団の方に、問い合わせをしてみようと思います。

418:名無し三等兵
06/06/02 16:28:01
父方のじいさんに軍歴は無いので、ひいじいさんのことを
ひいじいさんは軍医だったので文豪の森鴎外の直属の部下だったこともあった。
親父がひいじいさんに「森鴎外ってどんな人だった?」と聞いたら
「頭の形がかなり変わった形の人だったw」と答えたそうだ。
あと軍人としてはけっこうさばけていた人だったとか。
ひいじいさんは日露戦争に従軍し、乃木大将揮下の第三軍に配属されたので
旅順攻略戦と奉天会戦のときに野戦病院で治療に当たったけど、
両会戦については、「この世の地獄を見た」としかいわなくて、詳しく語ることは無かったそうだ。


419:名無し三等兵
06/06/02 16:41:13
俺の姉の旦那が自衛官なんだけど、
結婚する前に姉が彼を家に連れてきたとき
祖母が深深と頭を下げてた。
祖父は俺のオヤジがまだ祖母のお腹の
中にいるとき、沖縄に特攻でいってしまった

420:名無し三等兵
06/06/02 17:49:05
スレの趣旨とはややずれるが、
一家の主を戦争で亡くされたご家族もさる事ながら、
やっとの思いで日本に戻ってきたら家族全員が
空襲で亡くなっていた方の衝撃はいかなる
ものだったのか、想像もつかない。

421:名無し三等兵
06/06/02 17:54:50
前者は、まだ納得できると思うが、
後者は・・・。辛いな。

422:名無し三等兵
06/06/02 18:47:03
>>416
>この場合の問い合わせも、祖父自身の出身地の県庁でいいのでしょうか
 だ か ら 、一度問い合わせて確認してくだちぃ。

423:名無し三等兵
06/06/02 21:52:42 FCz4PIfe
俺の爺さんは黒竜江近くで戦ったと、バッチャが言ってた。
伍長だったらしい。
戦後事故で死んでしまったけど。

424:名無し三等兵
06/06/03 00:41:41
>>423
第二師団?

425:名無し三等兵
06/06/03 04:38:17
>>380
あなたはあなた。
爺さんが仮に民間人の殺害行為をしていてもそれは無関係でしょ。
現代社会においては連座制は完全に根絶されているのです。また根絶されなければ
なりません。
いかなる理由があろうとも、親族による犯罪に対する処罰・補償・罪悪感
の本人への転嫁は、絶対に否定されるべきです。

第一古今東西民間人の中に敵兵が紛れ込んでいるとうまく分離できずに民間人に
被害が出るのは常識。支那戦線、ベトナム、イラクなど。

426:名無し三等兵
06/06/03 09:26:29
>>380
鯖江は36連隊ですね。
「手記」の具体的な題名が判れば教えてください。
多分別ですが
『歩兵三十六聯隊中支方面ニ於けケル行動概要』
という本があります。これも篤志家が作られた
4分冊、地図が豊富で実名で記されたとても詳しい本です。
地元でしたら図書館に有ると思いますので
参考にされたらいかがでしょうか。

427:名無し三等兵
06/06/03 10:06:43
誤;『歩兵三十六聯隊中支方面ニ於けケル行動概要』
正;『歩兵三十六聯隊中支方面ニ於ケル行動概要』
「け」 が一本多かった。orz

428:名無し三等兵
06/06/04 20:14:57
>>416
郷土連隊という制度ではあっても、高級士官は別。警察の下っ端が
地方公務員であっても、キャリアは全国各地に飛ばされる国家公務員
でしょ。

429:416
06/06/05 13:57:38
>>428
なーるほど。
その例え、すごくよく分かりました。

ついでに質問ですが、この時代の官位(等級?)に付いている、
「現」とか「予」とか「補」って、なんですか?
なんとなくは分かりますが・・・
現=現職? 予=見習い? 補=副?


430:名無し三等兵
06/06/05 14:16:15
現に軍務についてる「現役」とか、年限で現役を退いた後一定の間、服する「予備役」とか
その後の「補充兵役」とかの役種を表してるんじゃないですかね。

431:名無し三等兵
06/06/05 18:36:55 VezJRaVn
うちの祖父は満州で通信兵だったらしい
写真あるのだが当時簡単に撮れたものなのか?
あと上官のもある。

432:名無し三等兵
06/06/05 18:40:09
簡単じゃなくても、写真をとって家族に送るのは、普通のことでは?

433:名無し三等兵
06/06/05 18:43:16 VezJRaVn
そうなのかな、しかしいい雰囲気の写真だうpする?

434:名無し三等兵
06/06/05 19:26:41
自分の祖父は戦場で映画フルメタルジャケットの
狙撃されるシーンみたいな状況に出くわしたそうで、
撃たれた奴を助けにいけと命令されたけど
誰も怖がって行かないときにうちの祖父は志願して
助けに走っていって無事に助け出したそうだ。

435:名無し三等兵
06/06/05 23:13:11 ooEVS+xD
無事に負傷兵を救出したので金鵄勲章をもらったの?

436:名無し三等兵
06/06/06 01:33:00 ZnAV7bab
俺の祖父30年前に亡くなった 戦争中は中国に行って撃たれて 最後まで足に弾が入ったままだった 亡くなって火葬した時に その弾を見た

437:名無し三等兵
06/06/06 02:51:53 D7W2q8AL
軍オタじゃないので詳しくわからないんです。どなか分かる方がおられた教えて下さい。
うちのじいさんはもう亡くなってしまって分からないのです。
うちの爺さんはフィリピンに一番最初に上陸した部隊なんだそうですが、どなたかご存じないですか?

438:こ
06/06/06 03:12:40 FCk76Not
戦争の話は興味があっておじいちゃんの話はよく聞いていました。
一番印象に残ってるのは、
捕虜二人の背中に火をつけてどっちが長い距離を走れるかみんなで賭けをしていた事があったらしいです。
あと、いきなり敵の戦闘機が現われてすぐに身を伏せたら機関銃の弾が何発も飛んできておじいちゃんは助かったけど隣の人は死んでしまったらしい。
戦争って日本の今の時代じゃ考えられない事だけど実際六十年前にはあっと思うと恐いですよね。

439:名無し三等兵
06/06/06 10:19:01
>>438
そんな話はなかったって漏れはおじいちゃんに聞いたよ

440:名無し三等兵
06/06/06 11:13:44
都合の悪い話は全てなかったことにするんだよね

441:名無し三等兵
06/06/06 11:50:21
>>439
当学校ではイジメは存在しないとか言ってる先生みたいだ

442:名無し三等兵
06/06/06 12:41:48
うちの父方の爺さんは近衛兵として大阪城の警備をしていたらしい

ちなみに、親戚にはモンテンルパで処刑された中尉がいます


443:名無し三等兵
06/06/06 13:50:30
うちの爺様が亡くなって一年くらい経った頃だろうか。
戦友の方からお電話があって爺様が存命していると思っていたらしい。
亡くなったと聞いて電話口の声が沈んでいたっけ。。。
以下戦友の方のお話。

昭和19年2月入隊。
大阪に在ったという下士官学校でて(伍長)8月に台湾へ。
高射砲の部隊に配属されていたらしい。
(8連1中隊?660人)
日本から台湾へ行くときに27隻から13隻に減っていて
「サンタク丸」という船(輸送船?)で行ったらしい。
その後フィリピンへ行くことになって輸送船6隻で行こうとした所、
エンジンの不調?で台南に引き返したそうな。
残りの5隻はそのままフィリピンに向かいイギリスの艦載機に全部撃沈されたそうです。
(爺様はそれで助かって俺がここに居るのか)
昭和21年に復員、通信員をしていたそうです。

駄文、長文で申し訳ございませんでした。
ちなみにサンタク丸についてどなたかご存じないでしょうか?

444:名無し三等兵
06/06/06 13:51:01
>>442
ピリピンで何やったんだよ

445:名無し三等兵
06/06/06 13:59:55
>>444
若いヒリピン娘を次から次へと(rya

446:名無し三等兵
06/06/06 14:29:14
マジレスするが、皇軍ほど軍規の厳しい軍隊は、有史以来存在したことがない。
軍規以前に、陛下に授かった名誉ある軍服に恥じる行為を行う日本軍人など、そもそも居ない。
慰安婦はすべて志願制で、佐官級の高級優遇を受けていたし、その組織的運用は、軍規士気の
維持に役立ち、占領地域の治安維持に貢献した。
日本軍ほど虐待、陵辱を行わなかった軍隊は他にない。


447:名無し三等兵
06/06/06 15:56:19

   〃∩ ∧_∧
   ⊂⌒(  ・ω・)  はいはい軍規軍規
     `ヽ_っ⌒/⌒c
        ⌒ ⌒


448:名無し三等兵
06/06/06 16:03:14
ホロン部も酷使もイラネ

449:名無し三等兵
06/06/06 17:00:44 TsabvVaf
叔父から聞いた話ですが、南方からの復員船が給油のため別府に着いた時
豆腐を食べて何人もの戦友が死んでいったとか、、、、
生きて帰ってきて、もうちょっとで故郷だっちゅーのによ
と、ポツリと言ってました

南方でも早い段階から補給が止まった部隊では餓鬼と
化とかしていたようで、生き残るため叔父も禁断の選択をしたようですが
今でも駐屯していた島の名前は言いません



450:名無し三等兵
06/06/06 17:07:13 4Ng+SP8Q
祖父じゃなくて曽祖父だが海軍の輸送船に乗ってた

451:。
06/06/06 18:03:55 FCk76Not
>>439
俺は>>438だけど本当におじいちゃんはそう言っていた。
なんでそんな話をしてきたかはわかんないけど、
戦争は恐ろしいものって、
いうのを伝えたかったんじゃないかな?
っつか、うちのおじいちゃんは台湾に行ってたらしいんたけど、
台湾はそんなに危険じゃなかったらしいんですがそうなんですか?

452:名無し三等兵
06/06/06 18:13:21
>>449
豆腐がくさってたのかねえ

453:名無し三等兵
06/06/06 18:21:35
>>451
結果だが、戦場になってない。
インドネシア、ベトナム、シンガポール、ラバウルなど、メシの心配だけしてればよかった。
硫黄島は、覚悟の上。
トラックは、勝つつもりがちょっとあった。



454:。
06/06/06 18:29:11 FCk76Not
>>453
そうなんですかありがとうございます。
僕はおじいちゃんをリスペクトしているので、
戦争で血を流さなくてよかったなーと思ってます。
ってか、うちは親父は自衛官で、
うちのおやじは戦争映画とかめちゃめちゃ好きで、
それに影響され僕も戦争映画、戦争の話にはすごい興味あるんですよね。
おじいちゃんの家は鹿児島なんで昔、知覧基地にも行った事もあります。

455:名無し三等兵
06/06/06 19:00:44 j5ef4Wii
中学時代の夏休みの宿題で戦争体験者の話をレポートに
まとめる宿題があったときに、祖父からかなり詳細に聞いたのだが、
そのレポートを紛失してしまった。当時はあまり関心がなく
階級は上等兵で機関銃を担当、中国に行ってたということしか
分からない。祖父の軍歴を調べたいが方法が分からん。

456:名無し三等兵
06/06/06 19:15:00
>>455
軍歴照会のしかたはさんざんガイシュツでこのスレでも2~3回見た記憶がありますが、
・もとの陸軍の軍人については、退職時の本籍地を管轄する都道府県庁の援護担当課
・もとの海軍の軍人については、厚生労働省社会・援護局業務課調査資料室
が軍歴資料を(存在すれば)保管しています。

陸軍と海軍の区別くらいつくでしょうから、該当するほうに電話するなり手紙を書くなりして
ご照会ください。


457:名無し三等兵
06/06/06 20:21:43
>>438=>>451
あのさー。あーた何歳なの?

458:名無し三等兵
06/06/06 21:03:33
うちの爺さんは満州で人差し指を負傷し、麻酔のない切断手術したらしいw
物凄く痛かったらしく泣き喚いたら、看護婦さんに
「あなた男でしょ」と平手打ちを貰ったそうです

459:名無し三等兵
06/06/07 05:29:29 GQW4GTtc
空母千歳の整備兵としてエンガノに参加したじいさんを見つけた。
じいさんが仕事前ってことでほとんど話はできなかったが。
玄関にエンガノ岬沖海戦に参加した小沢艦隊の空母から駆逐艦までの、すべてのWL模型を並べてた。(丁型駆逐艦のうち2隻が、なぜか特型になってる洒落もあったが)
乗艦たる千歳と、宮崎なので日向が一番前の目立つとこに置いてあった。
機会見つけて、じっくり話を聞きたい。

460:VIPPER
06/06/07 06:00:52 0Mf+jauQ
         ∧_∧   ┌──────
       ◯( ´∀` )◯ < 僕は、白河ことりちゃんと鷺澤頼子ちゃんと水越眞子ちゃんと柚姫ちゃんと真田さんと
雪代巴ちゃんと安藤まほろさんとセリオちゃんとエクレールちゃんと本庄美風ちゃんとキンギョのランちゃんと
縁川小石ちゃんとシーズちゃんと黒沢みなもちゃんと冬出ゆりちゃんと二ノ舞きさらぎちゃんと風椿玖里子ちゃんと
国分寺こよりちゃんと遠野泉奈ちゃんとマリニアちゃんとフェイ・シンルーちゃんと藤堂志摩子ちゃんと福沢祐巳ちゃんと
東葉月ちゃんと水原明鐘ちゃんと藤村静流ちゃんと橘一夏ちゃんとメノリ様とノエルちゃんと真紅ちゃんと水銀燈ちゃんと
柏葉巴ちゃんと沢近愛理ちゃんとキララちゃんと高遠七瀬ちゃんと直江シェロちゃんとフェイト・テスタロッサちゃんと高町なのはちゃんと
八神はやてちゃんと涼宮ハルヒちゃんと朝比奈みくるちゃんと長門有希ちゃんと鶴屋さんちゃんとホシノルリちゃんと森野苺ちゃんと
木之本さくらちゃんとアニタ・キングちゃんと神山満月ちゃん!!!!
        \    /  └──────
       _/ __ \_
      (_/   \_)
           lll


461:455
06/06/07 14:54:57 y90JCnwX
>>456
ありがとうございます。
父から聞いた話では祖父は陸軍上等兵で南方の激戦地とは
異なり相撲や野球も楽しんでたとのこと。もう故人なので
詳細は分かりませんが、本籍地は京都府南丹市です。
京都府だから歩兵20連隊か歩兵9連隊だと思いますが、
必ずしも歩兵だったとは限らないので、役所で調べてもらいます。
調査依頼に際して何か提出する書類は必要ですか?

462:名無し三等兵
06/06/07 15:39:17
>>461
京都府だと保健福祉部高齢・保険総括室高齢・援護室
URLリンク(www.pref.kyoto.jp)
が所管しているのでそちらに確認が必要ですが、

一般論としては、もとの軍人本人の本籍地が確認できる資料と、
請求者(あなた)ともとの軍人の関係が証明できるものを求められると思います。

463:442
06/06/11 15:12:16
>>444
遅レスですが罪状は捕虜虐待です
ただ、着任前の部隊長がやった事だから冤罪だというのが遺族会の見解です

ちなみに、父が独身時代に参加した法事(何回忌かは忘れた)に、後に防衛庁長官になった人や、当時の陸自幕僚長などが参列していたらしいです

464:名無し三等兵
06/06/11 16:51:29
★緊急事態発生!!日本に朝鮮人が押し寄せる法案が可決間近!?★

自民党が本来推進していた「北朝鮮人権法案」とは、北への「経済制裁のみの法案」でした。
これに対し民主党も二月に「北朝鮮人権侵害救済法案」として「独自案」を国会提出。
これは「脱北者を難民と認定し、日本の定住資格を与える」という条項を盛り込んだものです。
法案成立を急ぐ自民党は、ここへ来て民主案(脱北者支援)も受け入れる考えに方針を転換…
脱北者支援について「施策を講じるよう努める」の明記で合意しました…

スパイ防止法さえ無い日本が脱北者の移住を支援… orz

そんなことをすれば、どの様な事態に発展するかは火を見るより明らか!
法案は6/13可決予定です!時間が有りませんので今直ぐ抗議行動に結集して下さい!!

【政治】"脱北者の保護・支援に努める" 与野党が「北朝鮮人権法案」で一本化…今国会で成立へ★3(N速+現行スレ)
スレリンク(newsplus板)l50
【日本終了】朝鮮人を日本に大量移住 反対 OFF2(抗議運動作戦本部)
スレリンク(offmatrix板)l50

大量の北朝鮮難民の定住を許可し、税金で養おうとする仰天法案成立寸前です
民主党、長島議員のブログ炎上中
URLリンク(blog.g) oo.ne.jp/nagashima21
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465:名無し三等兵
06/06/13 02:45:23 hyE0cbFc
>>8-464
全部、創作まる分かりだから嫌になるな!
ホントに前線で戦った人、空襲を逃げ惑った人たちなかなか口開かんよ。

お前ら不謹慎にも程があるぞ!
総理が窃盗自白しても最高裁も検察/警察も捕まえない狂人どもの島。
白人どもが維持管理している国ではないキチガイどもの収監所島日本。
その島のキチガイ囚人のお前らは、これから数年後、太平洋戦争よりもっと酷い目に遭う!

今回までの日本が犯した世界のルール違反は、太平洋戦争直前の大日本帝国が行った事の比ではないからな。

よくぞここまで人間未満にまで堕ちた、とほくそえんでるぞ。

466:名無し三等兵
06/06/13 05:33:00 G04IeUp5
>>465
日本語でおk

467:名無し三等兵
06/06/13 06:45:52
>>465

>卓也は、大きく開かれた愛美の口に、ペニスの先端をそっと含ませてゆく。
「さあ、しゃぶれ」
 愛美はかすかに頭をもたげて、ペニスを口腔に呑みこんでゆく。
 お尻の穴で汚してしまったペニス……ごめんなさい。お口できれいにしてあげるから、許して……。
 そう心の内で呟きながらしゃぶれば、胸の奥からなにかがジーンとこみあげてくる。
 舌で舐め啜り、一生懸命しゃぶりたてる愛美の顔を、卓也は真下に見おろし、ほくそ笑んだ。乾いた目尻の涙の跡に、新しい涙が伝い流れるのが見えた。
「うれしいか? そんなにうれしいのか」
「うれしい……うれしいわ」
 愛美は両手を卓也の股の下にくぐらせてお尻を抱きかかえると、恥辱されることのうれしさに、恥辱の悦びを知ってしまったうれしさに、うっとりと酔いしれていた。
 萎えきらないうちに、ペニスが愛美の口のなかでムクッムクッと身をもたげはじめる



までは読んだ。

468:名無し三等兵
06/06/13 11:10:43
>>465
せっかく俺たちがネタスレを楽しんでるのにマジレスで水を注さないでほしい
頼むから空気読んでくれ 

469:名無し三等兵
06/06/13 11:23:16
>太平洋戦争よりもっと酷い目に遭う!

1.基地外国家にミサイル打ち込まれる
2.基地外国家に領土を不法侵略される
3.基地外国家に無差別爆撃される
4.基地外国家に血税をたかられる
5.基地外国家に難民を押し付けられる(すでに大量流入中)
6.基地外国家に知的財産を盗まれる
7.基地外国家に歴史を歪曲される
8.基地外国家に少々おつむの弱い国民が洗脳される
    I
   中略
    I
9999.基地外国家にこびる議員が増え国が滅びる


470:名無し三等兵
06/06/13 18:45:55
おじいちゃんは長いことハルピンの領事館つき海軍武官(といっても下士官)だった。繁華
街に洋風の喫茶店があり、非番のときには良く寄っていたそうで、何でも、そこのでウエイ
トレスをしていた美しい中国人娘を気に入ってしまってたかららしい。
大戦末期、ソ連が攻めて来るってんで、町中がひっくり返ってるとき、書類の焼却を手伝
わされているときに、虫の知らせでその店にいったら、メチャクチャに荒らされてて、床で
その娘が陸軍の兵2~3人にレイプされているところだった。
そのとき、お爺ちゃんを見た件の兵士(曹長だったそうだ)は「へへ、いい女だろう?前から
目をつけてたんだ、お前もやらないか?」と言って、奥歯の銀歯を光らせてニヤリと笑ったそうだ。

たまらずおじいちゃんはその場を立ち去ったが、そのときの彼女の泣き顔と悲鳴は今でも忘れないと言っていた。

471:名無し三等兵
06/06/13 19:54:13
その時期に兵が町中にいること事体が疑問なのだが。

472:名無し三等兵
06/06/13 19:58:53
やっぱりこういう場合女の人は終わったら殺されちゃうの?

473:名無し三等兵
06/06/13 20:05:45
じいちゃん、シンガポールで捕虜になったって言ってた。
イギリス軍の陸軍病院で働いていた。
イギリス兵はアホばっかりだし、インド兵は宗教上の理由なのか血を嫌うので、
医者からすると言葉が通じなくても手先が器用で物覚えが早い日本兵のほうが使いやすかったらしい。
簡単な手術くらいは任されてたらしいよ。

474:名無し三等兵
06/06/13 21:26:38 5ft0aRNk
殺されちゃうかもな、てかメチャクチャにされるんじゃね…?

475:名無し三等兵
06/06/13 21:45:35
>>465
ひろゆきの発言とか理解して無いだろ

476:名無し三等兵
06/06/13 21:45:45
ヒント:ネタスレ


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