04/04/14 11:20
1979年(昭和54年)1月26日午後2時半ごろ、梅川昭美(あきよし/30歳)は、ミロク社製の上下2連式12番口径(口径18.5ミリ)猟銃1丁、散弾実包33発(うち2発はすでに装てんしてあった)を携え、
友人に盗ませたライトバンで、大阪市住吉区万代(ばんだい)東1丁目15番地の播磨(はりま)町交差点西南角にある三菱銀行(現・東京三菱銀行)北畠(きたばたけ)支店の駐車場前に乗りつけ、北通用口から同店1階に押し入った。
1973年(昭和48年)7月26日付けで梅川は猟銃所持の許可を得た。許可申請を受けた住吉署は当然、資格をチェックした。そのとき、梅川の少年時代の犯歴が判ったが、少年法60条には「少年のとき犯した罪で刑に処せられ、
執行を終わったりした者は資格に関する法令の適用を受けない」と規定されている。また、銃刀法5条の許可基準もクリアしたので、住吉署は、この見るからに危なそうな男に猟銃の所持を許可せざるを得なかった。
所持許可は5年ごとに更新されるが、このときも梅川は法令違反をしておらず、住吉署は許可の更新をした。
梅川は許可がおりて4日後の7月30日、大阪の浪速区の銃砲店で、住吉警察署の鉄砲所持許可書を見せて、20万円でこのときの猟銃を買っている。以来3年間、クレー射撃ばかりしていたが、その後、狩猟にも出かけるようになった。
梅川は午前中に理髪店で、パーマをかけたばかりのアフロヘアの頭に黒いチロル帽を斜めに被り、黒い服、サングラス、白マスクをしていた。ゴルフバッグから猟銃を取り出して構え、行員34人と来客17人に対し、大声で2回連呼した。
「みんな伏せろ!伏せろ!」
同時に、天井に向けて連続2発威嚇発射した。すざまじい轟音が響きわたり、銃弾はコンクリートの天井をえぐった。破片がバラバラと床に降り注いだ。</p>
女と子供たちの悲鳴が湧き起こった。客も行員たちも一斉に腰を浮かせていた。このとき、何人かの客が慌てて逃げ出した。男女の2人の行員もこれにまぎれ込んで逃げた。奥の方にいた数人の行員は2階への階段を駆け上がって逃げた。</p>
支店長の森岡浩司(47歳)は、2階にいたのだが、銃声を聞くと1階へ駆け降りていった。森岡は1週間あまり前の17日に、ここの北畠支店に着任したばかりだった。</p>
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