08/03/25 10:51:20
ここに出て来るメモは、現代史の昭和天皇の戦争責任論について考える上で重要なのだそうだ。
しかし、歴史学者が、これらの言葉から戦争責任論について推論していくのは些か無理がある。
昭和天皇の言葉の推移を見ていると、強気になったり弱気になったりとその時々で大きく変化しており、
雑談程度のもの。そんな言葉にどの程度の重みを置くのか。
客観的に見ると、メモから分かるのは、いつも昭和天皇の中には弱気と強気が同居していただけの事。
それ以上、それ以下の何物でもない。
常に強気、常に弱気、と言った具合で一方付いていることはない。
言葉と言うものは発せられた時点で受け取り手の受け取り方に委ねられる。メモから戦争責任を論じる
には、記録が断片的過ぎ、そこから判断すると言うのは、己の見方(主義・主張)を昭和天皇の発言の中
に投影したに過ぎない。