08/02/25 21:38:38 O7JIE+E70
>>685
個人的にはやはり時刻表昭和史の
時は止まっていたが汽車は走っていた。
まもなく女子の改札係が坂町行が来ると告げた。父と私は今泉駅のホームに立って、米沢発坂町行の米沢線の列車が入ってくるのを待った。
こんな時でも汽車が走るのか、私は信じられない思いがしていた。
けれども、坂町行109列車は入ってきた。
いつもと同じ蒸気機関車が、動輪の間からホームに蒸気を吹きつけながら、何事もなかったかのように進入してきた。機関士も助士も、たしかに乗っていて、
いつものように助役からタブレットの輪を受けとっていた。機関士たちは天皇の放送を聞かなかったのうだろうか、
あの放送は全国民が聞かねばならなかったばずだが、と私は思った。
昭和二〇年八月一五日正午という、予告された歴史的時刻を無視して、日本の汽車は時刻表通りに走っていたのである。
の一文ですね。
氏の淡々とした、簡潔な文章の中にも氏の特別な思いというか、やはり終戦を告げる天皇の詔は特別な物だったというか・・・・
正直、何と言ってよいか判りません。言い方は変かも知れませんが鬼気迫るものを感じる文章です。
こんな感じは最長片道切符の旅でも時刻表20000キロでもこの後の文献でも感じる事のできなかった物です。
筆舌に尽くしがたいと初めて感じた文章でした。