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670 :無名草子さん:2007/08/19(日) 11:53:28
崩壊する幕府や古河公方を復興し旧都鎌倉を奪還すべく逆賊北条を討つべし! 天険に囲まれ沃野千里の越後より義を奉じて南伐する謙信。
小田原攻撃を前に出師の表を弥彦神社に奉り諸将に誓う!「いまは仏のいう末法の世でこれを正法に戻すのが悲願である。決して領国・領地を奪うつもりはない」と。
旧都鎌倉府で関東管領職を禅譲され晴れて関東宰相になった謙信公は古河公方や足利将軍家の為に病をおして越山する。
公方を擁して専横する北条は関東を乗っとろうとする野心ムキだし。 関東の混乱に乗じて甲斐の悪魔も上野国へ侵攻。
室町の命運は独り謙信の双肩にかかっていた。 そして謙信進めば北条退がる。謙信越後に戻らば北条進む・・・ 天才謙信を恐れて戦わない北条。
そして冬風悲し春日山。ついに北の守護神は流れ星とともに世を去る。 賊徒北条討伐に南伐すること13回。足利将軍を支え手取川で織田軍を破り上洛寸前の死であったため諸国は暗闇のように嘆いたそうです。
だが謙信を恐れた欲深で姑息な第六天魔王信長も武田も北条もまた滅亡する。 上杉の命脈は米沢で保つ事ができ義を真っ当できました。また謙信は可憐な女性のような姿だったので女性説もあります。
671 :無名草子さん:2007/08/19(日) 11:54:43
北条氏綱は息子の代で自立しようとし、野心を隠し足利晴氏を表向きには立てたフリをしたが娘の芳春院をムリヤリ嫁がせ公方の義父になり専横し関東を横領しようとした。
子の北条氏康はたちまち野望を表し人徳の人足利晴氏は川越に心ある武士をまとめて蜂起するも氏康に敗れ幽閉され1560年に崩御なされた。
それとともに将軍に認められた次期公方の藤氏を排し傀儡に氏綱の娘の生んだ次男義氏を公方に擁立・・・ この時に己の無力さに謙信は号泣し卒倒したという。
怒る謙信は小田原に侵攻するも関東を横領した財力で小田原は要塞化していたので旧都鎌倉の防衛の難しさを悟り古河城を奪回し正式に長男藤氏の古河公方就任を宣言。
1566年に悪党北条は謙信の留守中に藤氏の身柄を誘拐し幽閉していたが、ついに氏康は処刑する。
1570年には義氏の監視役に息子北条氏照を後見役に古河に戻すが天才謙信が1578年に死去すると北条は安心し1583年に義氏は謎の死を迎える。
死ぬ時に「謙信があと7年延命の儀式に成功してさえいれば…」とうわ言を言っていたという。
かねて義氏の一子梅千代丸も北条は毒殺していたのでここに関東王として北条は君臨した。
公方の志士達は義氏の美しき娘を後継者に宣言し衰微した足利を支え対抗したのであった。この危機を救ったのが太閤さまだった。
こんなストーリーで宮城谷小説書いてくれ。