【道三の放った】濃姫(帰蝶)総合スレ【毒苺】at SENGOKU
【道三の放った】濃姫(帰蝶)総合スレ【毒苺】 - 暇つぶし2ch287:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/20 12:56:49 7aG1ITCz
個人的意見じゃないというなら、武功夜話が発表された当時の記事に
生駒氏が3子の生母で確定!!なんて記事はあるのかどうか調べてきたらどう?
そんなの見かけた事すらないけどね。
3子の生母の側室が、実は正室扱いだった!!みたいな論調は
見た事あるけどね。

288:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/20 12:58:44 7aG1ITCz
>>2871行目が抜けたな。

>>284
武功以前に、3子の母が生駒と認識されてない史学なんて個人的意見じゃないか?

289:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/20 13:26:48 5f9TSKoH
濃姫の話しようぜ。

290:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/20 14:32:46 7aG1ITCz
>>289
ごめん、もうやめるわ。
必要以上に生駒生母を否定する御仁に、ちょっと熱くなってしまった。

291:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/20 15:21:23 4VAvLS5W
>>287
>個人的意見じゃないというなら、武功夜話が発表された当時の記事に
>生駒氏が3子の生母で確定!!なんて記事はあるのかどうか調べてきたらどう?
>そんなの見かけた事すらないけどね。

あんたが見たことないだけだろ?
歴史マニア本を全部目を通したのか?
そういう偏った意見が個人的見解というんだよ。

>3子の生母の側室が、実は正室扱いだった!!みたいな論調は
>見た事あるけどね。

正室扱いなら織田家の菩提寺に葬られ、信忠が喪主をつとめ、
もっと立派な戒名もらってるだろうさ。
そういう側面から真偽を考証してないのも困りもんだな。

292:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/20 16:25:35 5nVT7H/7
>>291
他でスレ立ててやれ
単に荒らしだおまえら

293:バロン曽志崎
06/12/20 17:09:48 9VtTxmUx
>>278
上にも書きましたが、匿名掲示板で攻撃されても痛くもありませんので、別に
名無しで荒らしたりしません。
いい加減、わざわざ出張してきてこちらの書き込みまでチェックしていただか
なくても結構ですよ。
文句は自治にでも言って下さい。IPでも調べてもらえばいいじゃないですか?

294:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/20 18:29:48 T5GET+PY
今まで信忠は生駒の子だと思い込んでて疑ったこともなかったけど
違う可能性も0ではないんだな。
確かに嫡男の生母の実家にしては生駒家は影が薄いし。
「濃姫には子供がいない」ってのも思い込みかもしれないし
何にしろ、色んな可能性を考えた方がいいってことだな。

295:バロン曽志崎
06/12/20 21:17:05 2TIGHWZ8
ちょっと、スレ違いですが、某所で話題が出たので。
「信長公記」の古写本の一つ「安土日記」に「三州岡崎三郎(信康)殿逆心の
雑説申候、家康ならびに年寄衆上様(信長)へ対し申し勿体無く御心持然るべ
からざるの旨」の記載がある事が発表されてから、信長が信康の殺害を命じ
たという説は疑問視されています。
「家忠日記」によれば、信康が自害(天正7年9月15日)する一年も前の天正6年
9月の時点で家康は家臣らに信康の許へ出仕する事を注意しており(9月5日条
「岡崎在郷無用之由、被越仰候。」、22日条「吉田左衛門尉(酒井忠次)所よ
り、家康各国衆岡崎在郷之儀無用之由申来候。」)、徳姫が徳川家を離れる
のも、信康自害から半年も経っての事です(同書天正8年17日条「おハり(尾張)
御新造(徳姫)様、美濃江一円ニ御越候とて、浜松(家康)殿岡崎江御越候。」、
同月20日条「御新造様送りニ、尾州おけはさま(桶狭間)迄越候。」)。
信長や徳姫が主導したならば、自害後、早々に実家に戻った方が自然でしょう。
関ヶ原後、尾張に入封した松平忠吉が、生駒家の旧知を安堵し(慶長6年松平
忠吉朱印状)、生駒利豊(徳姫の従兄弟)を尾張衆として召し出した事からも、
信長・徳姫の策謀とは考えづらいでしょうか。

296:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/20 21:28:25 DIlVl02J
バロンさん、よろしかったら松姫スレの方に書き込んでくださいませ。

297:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/21 00:02:51 FxqSwRCn
>>295
やっぱり、信忠無能説が幅を利かせていた為に、
それらの文献の検証が、進まなかったのが痛いですね。


298:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/21 00:29:45 qK+3wxX6
歴史作家といわれてる人々も、ただの過去記事の踏襲で執筆するしね。

299:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/21 11:48:58 tPGHfh43
>>295
表向きは武田との内通があったと思われる妻子を
家康の裏切り行為ということで処罰した、というあくまで徳川家の問題だから
五徳が早々に立ち去る理由もないし、正室として葬儀や
法要をすますまでは嫁先にいても不思議じゃないと思う。
実家に戻る際に家康のところに立ち寄ったり、徳川家で後年信雄を改易した後に、
信雄の世話になっていたであろう五徳のために所領を与えたりしてるから、
そのあたりからも五徳はこの件に関してはなんにも後ろめたいことはないと思う。

300:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/22 08:01:57 UQNCAS0w
基本的に生駒家は家柄が低いんだよ。
吉乃が濃の実家の家来の嫁だった事で室に入れただけ。
濃の家来が代わりに生んだという意味合いしかない。
それぐらい織田家の奥を濃がきっちりコントロールしてたんだろう。

301:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/22 10:43:11 9ZHwJBqY
>>300 そいうことを書くとまた感情的にいきりたつ人が約一名いるからさw
生駒家の家柄がたいしたことないのは誰でも知ってるし。

302:バロン曽志崎
06/12/22 12:41:38 zWYEzev7
あいも変わらず粘着な連中ですね。
あんたらは濃姫が「未だ氏素性も解らない成り上がり者の小娘」とか書かれ
る事が荒らし行為に当たると思わないの?
だから姫スレの連中はウザがられるんだよ。

303:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/22 13:36:06 HUcmYkJ/
確かに道三は「未だ氏素性も解らない成り上がり者」だな。
子供の頃、明智の姫と呼ばれてたというのは、あながち創作でもないかもな。
成り上がり者とされるよりも、名門明智の方を強調した方がよいという事だな。

304:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/22 13:54:20 9ZHwJBqY
未だ氏素性も解らない成り上がり者でも美濃国主の姫で信長正室
>>>越えられない壁>>>
素性はっきりだけど地方土豪あがりの娘でただの側室

どんなに濃姫を落としいれようとあがいてもしょせん側室だしね、残念だねw

305:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/22 14:00:36 bt6xSBtP
>>304
もう、いい加減にしなよ。
そんな風に煽ってるのを見るのは、正直いい気分じゃない。

バロンさんが生駒家に執着してるというよりは、
あなたの方が生駒家排斥に執着してるように見える。


306:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/22 14:05:02 9ZHwJBqY
>>305自作自演乙!

307:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/22 14:06:25 bt6xSBtP
自作自演って、自分に否定的意見だと、全部バロンさんなの?

308:バロン曽志崎
06/12/22 16:20:47 zWYEzev7
図星だったからムキになって書き込んでいるんでしょう。
史板の方で好き勝手やってればいいのでは?

309:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/22 18:07:38 TlvzlE6X
バロンみたいな煽り屋が来るとスレが荒れるんだよな。
面白がって怒らせようとわざと煽り返す奴も出てくるし。
どっちもいい加減にしてほしいよ。

310:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/22 18:33:51 9ZHwJBqY
釣ってみたら、見事釣れたのが笑ったw

311:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/22 18:40:28 bt6xSBtP
濃姫の話をしたら?

312:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/23 00:54:01 JUeWFGf3
>>311
釣り宣言=敗北宣言

313:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/23 00:54:57 JUeWFGf3
ごめんアンカーミスッた。
>>311すまない。>>312>>310あて

314:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/23 01:25:17 yqRPwsBw
>>312 誰が見てもあっさり釣られて方が負けだろw
残念でしたw

315:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/23 02:17:46 fLfxQ2LO
史板で荒れてると言われてたが、なるほどね
史板の正室オタはこいつなのか

316:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/23 03:28:34 6Kmh7IWO
正室も側室も、みな動乱の世を懸命に生き抜いたであろうのに


317:バロン曽志崎
06/12/23 10:18:26 IVbaki+u
「言経卿記」の記述はこれね。
天正10年1月25日条 ※[]は補書。
「白川(雅朝)女中ヘ、平家二巻カナ書之遣了。前右府[信長公、]妾[御ナヘ、]
ヨリ内々堂上少々被申云々。」
同年5月12日条にも同じく「御ナヘ」とある。

318:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/23 20:43:24 QT9o9AYd
>>317
ごめん
現代訳してちょうだい

319:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/24 17:21:20 ECcRPA/w
遠山家の娘を養女にして織田家に輿入れさせたらしいね。

320:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/24 18:33:45 PHg6heeN
津島港の管理で莫大な富を得たが、所詮は素性の知れぬ守護代の庶子。
土田家の土田城は、木曽川と飛騨川が合流する木曽川流通の上流の拠点。
その土田家と下流の荷受地津島港管理者の間で縁組を繰り返して生まれたのが信長。
血筋の悪い織田家が、ようやく名家を向かい入れたのが明智の娘の娘の濃。
これでも織田家では断トツで由緒ある家柄の娘で、清和系源氏の血筋。
しかし、子供が生まれず、結局土田家の後妻の生駒を向かい入れる事に。
元明智家の家臣の土田家の後妻と言う事で、明智の娘と呼ばれた濃も奥の管理上好都合だった。
ちなみに信長の母の土田御前は、弟の信行を跡取りにしようとして失敗し奥での力を失っている。
濃は家来に子供を生ませ、それを養子にする形で嫡男をゲット。
結局、信長はその後も武家の名門の血筋との婚姻が出来ず、
家督争いは信忠一人勝ち。
その信忠も、武家の名家の血筋とは婚姻できず、嫡男の秀信も土豪の娘の子供。
結局、親子2代で武家の棟梁の源氏の血筋を入れられなかった事が、
織田家が幕府を開けない大きな要因になった。

321:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/25 01:04:32 oSNu/zAu
>>320
あんまり面白くない。

322:中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y
06/12/25 01:22:14 xcatpGJx
>>318
(言経が)白川の女中へ、仮名書きの平家物語二巻を持ってった。
前右府(信長)の妾御ナヘ(お鍋)より内々に堂上に対して申されてたことである。

ちなみに5月12日は
(言経は)白川妻より平家(物語)9巻の書写を依頼される。
先日書写した前右府(信長)妾御ナヘ(お鍋)のためだとのこと。

323:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/25 22:05:48 n/H49zJE
>>322
サンクス。よくわかりました。
山科家っていうのは、平家物語や源氏物語を保管・管理する仕事だったんですかね?
それで、依頼を受けて書写してやるのは、内職なのかな?と思いました。

324:中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y
06/12/27 02:34:28 S+yaobPY
>>323
そんくらいてめぇで調べろやカス。

325:奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T.
06/12/27 22:15:16 HM7iq4eM
なかなか甘くないツンデレ野郎であった。

326:中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y
06/12/28 10:17:10 XkF3tTcU
>>323
公家の家格と職掌が確定するのは後白河院政期からと言われるが
山科家のそれが確定するのは教言の時代で、摂家に比較して新しい部類だな
最初に山科が家職として獲得したのは楽所別当といわれる宮廷雅楽を司る令外官
山科は特に後小松天皇から直接相伝された笙を継承してる。
次に獲得したのが内蔵頭とそれの兼帯官である御厨別当
御厨は帝に食事を饗応する令外官だが山科にとってはこれが一番大きかった。
これらの職が管掌する土地を完全に私有化ししかも禁裏に出入りする食材業者の専売権を
牛耳ったものだから室町を通じて中々裕福だったみたいだな

327:九條殿@前関白 ◆1Ixlm5F0XU
06/12/28 10:35:59 XkF3tTcU
>>323
>山科家っていうのは、平家物語や源氏物語を保管・管理する仕事だったんですかね?
>それで、依頼を受けて書写してやるのは、内職なのかな?と思いました。
で、この辺なんだが朝廷側の武家との窓口は三条西・西園寺などの伝奏や故実家や
中原・壬生ら太政官外記局の地下ら実務官僚が思い浮かぶが山科はどれにも該当しない
言経がなぜ信長や家康と親交を深めパシリみたいなことが出来たかといえば
父言継の存在がかなりでかかったのだろうな。
言継は朝廷への寄付金集めに諸国を漫遊し、信秀信長親子や平手政秀・美濃蝮に今川義元・氏真
そして家康とも面識がある。この時期公家個人のつてやコネを生かして武家と交流を持つのは
そんなに珍しいことではないなあ


あと中野区には良い中野区と悪い中野区と中野に住んでない中野区がいるので注意wwwww

328:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/28 12:43:15 J58nx9ZJ
むしろ、コネを結んだ相手が京の支配者になった(だから重宝された)、ということじゃないかな

329:中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y
06/12/28 12:51:51 XkF3tTcU
吉田兼見のように裏目に出る場合もあるから正直素人にはおすすめできない

330:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/07 10:33:51 rDcZNRxu
しかし濃姫がポコポコ男の子を産んでいたらこの国はどうなっていたんだろうな?

331:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/10 10:28:23 7z8kZdtb
>濃姫が道三の言う通り隙あらば信長を暗殺しようとする

こういうストーリーの小説かドラマってあるのかな?見てみたい。
信長とラブラブの良妻というストーリーの方が多いからね。
個人的には、マザコン信長は吉乃と仲良くしてもらって
蝮の娘で才女の濃姫とは反りが合わないという設定の方が好きなんだけど。

332:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/10 17:50:00 O0/5Jg5R
>>331
そりゃ無理だろ。

武功夜話の記述が嘘ばっかりなのはもうバレバレだし
吉乃が実質側室だったのは、どうやら3~4年間だけの様だし、
信長の49年の人生の中じゃ、通り過ぎた側室の一人。
生んだ子供だって、濃姫の養子になったから嫡男なんで
養子じゃなかったら、後々まで跡目競争に巻き込まれてて
嫡男になったかどうかも怪しい。

あと、信長が正妻を大事にしていた文献は残ってるし
言継卿記の信長本妻の出てくる壷事件を見れば、
濃姫が信長に影響力大なのは見て取れるし、
ごく普通に、大名家の当主と正室の関係性を保っていると見るべき。
まして、御台出産の記事が事実だとしたら、結婚後20年近く経っても
SEXしてたってことになるんだから、気が合わないも何もないってことになるしな。

333:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/10 18:35:12 7z8kZdtb
>>332
小説やドラマは創作の世界なんだから、あってもおかしくないだろ。
現に光秀と濃姫恋仲ストーリーは結構あるよ。
光秀と濃姫恋仲より、信長と濃姫不仲の方がよっぽど信憑性高いと思うけど。

このスレって、吉乃が出るとやたら攻撃的になるね。
自分は道三と濃姫は好きだけど、信長が生理的に嫌いなんだよね。吉乃はどうでもいい。

334:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/10 18:53:54 O0/5Jg5R
>>333
あってもおかしくないけど、大河ドラマで散々やって嫌がられたからね。
下天は夢かとかも、そういう設定だろ?
吉乃が出てくると攻撃的というより、壮大な創作武功夜話が既にあるじゃない?ってことさ。
吉乃と仲良くって話なら、武功夜話ベースになる訳だし、武功夜話のパロディなら
武功夜話読んどけって感じだろ?
武功夜話以外で吉乃の事が分かる文献なんてないんだしさ。

335:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/10 19:12:16 k0xYgcdh
>>333 視聴者や読者は宿敵だったマムシの娘にてなづけられている信長像がよいのさ。
舅を助けるために軍をだしたり、舅から美濃を譲られるほど頼られたあたりがこれまた
興味深いところ。夫婦仲が悪かったらこのおいしい展開をスルーしなきゃ
ならんじゃないか。
側室なら吉乃よりもお鍋の方のほうが愛されていたかもよ。
連れ子も優遇して小姓に取り立てているし、出会いが濃姫経由でなく、
信長が気に入って側室にしたんだからさ。

336:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/10 19:55:33 Ie++96B8
信孝の生母もお気に入りかも。
出自が低い割に、信孝の事を信長は出世させてる。

>>335
お鍋の側室に入った経緯はよく分かってなかったはずでは?
信長から小倉と呼ばれていた事から考えると、
嫁ぎ先の小倉家経由で奥に上がったと考えられるが。

337:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/10 20:11:44 6c1K9jvt
>>336 なんだ通説の信長の尾張へ帰る道案内をしたお鍋の夫だった小倉右近太夫が
佐々木義賢によって切腹させられ、それを知った信長が気の毒に思い、面倒をみる
うちにどうのこうのではなかったんだ。
お鍋の方は信長死後なんとなく濃姫の逆なでするようなことばかりしているから
敵対心を持ってたんだろうか?

338:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/10 20:17:38 Ie++96B8
>>337
それは、作り話だよ

339:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/10 22:20:21 rl6aAppG
お鍋の方と関連した俺の話を聞いてくれ。
うちのウサギは♀なのに、
ウサギの人形を与えるとまるで♂が交尾してる時みたいな体勢になって
脚が震えているんだ。
これは何をしているんだい?


340:奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T.
07/01/10 22:22:42 VJHfFdMP
不覚にも吹いた。

341:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/14 21:27:47 UbLozsL6
というか、信長ほど徹底した能力主義者だと
「この女が産んだ子が可愛いからちょっといい地位にしてやるか」とか
実際他家ではあったんだろうけど、寝所で側室に
「お殿様ぁ・・・うちの弟が仕官先を探しているのですけれどぉ・・・」
みたいなおねだりが一切通用しないような気がする。
信孝が織田家でいいポストにつけたのは単純に彼が優れていたからでは?
唯一例外というか、「嫡男」という特殊な地位につけなければならなかった
信忠に関しては、正室腹という体裁を整えているけれど・・・。


>>339
単純に盛ってる状態です。
雌同士でもそういう事しますよ。

342:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/15 08:45:31 tPkzv+HO
そういえば、お鍋って、秀吉の手紙の宛名などでも
「小倉なへ」なんだよな。
普通、この時代の女性は実家の姓を名乗るのに
鍋はなんで婚家の姓を名乗ってるんだ?

343:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/15 17:44:18 CTPEvuCN
>>342 その手紙が偽物だからだよw

344:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/15 22:46:44 sD0FHqf+
お鍋の方は小倉三河守女説もあります。

お鍋の方は小倉の家臣が相談し信長に送ったと言われてます。

345:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/16 09:40:59 rbGUDQ50
>>344 お鍋の連れ子が信長の小姓になっていたというのはガセなのか?


346:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/16 09:54:25 dYfk+k61
>>344
秀吉が書いた「小倉なへ」宛ての手紙があるという事は、
お鍋は小倉女だと考えた方が自然だな。
信長も、ねねへの書状の宛名は「杉原」ってねねの実家の姓だしな。

>>345
小姓かどうかは知らんが、家臣にはなってるね。
本能寺で一緒に討死しとる。


347:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/16 10:00:31 rbGUDQ50
ということは、お鍋は小倉家が実家で、後家となって実家にいたところを
なんらかの事情で信長の側室になった、ということが考えられるということか?
これって生駒とまったく一緒の境遇なんだけど・・・
夫の小倉右近太夫が佐々木義賢によって切腹させられ~という話はどっから
わいたんだろう?というか、なんでこの話が真実として語り継がれているんだ?

348:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/16 10:23:28 dYfk+k61
信長は、側室は子供を産ませるために必要と考えていただろうから
後家で子供を産んだ経験がある女性は、条件にかなっている。
家康も、天下を掌握するまでは、後家を側室にして子供を産ませているし。
持ち駒としての子供が必要な時代には、そういう風潮があったのかもしれないな。
また、経産婦なら、婚姻した事もなく側室に上がった女性よりも
子供を確実に産める可能性が高いし、だから史実に残りやすいという構図かもしれない。
処女のまま側室に上がって、子供を産んでいない女性などがいても、
歴史には残らないからな。
また、生駒もお鍋も、秀吉といくらか関わりがある。
生駒家そのものが秀吉の与力で譜代だし、関ヶ原で家康側に「も」ついて生き延びてる。
お鍋も秀吉の法要に出席して、信長の後継者という権威付けに貢献している。
秀吉が天下を取ったから、その2人が目立っていると考えると、
スタートラインをフラットにしてみたら、信長の側室としては、
それほど飛び抜けていた訳でもないのかもしれない。
複数の子供を産んでいる側室が、他にいたとしても、特定されていないから残っていないしな。
もし本当に、お鍋が信長の奥で力があったら、信雄が知行を与えていただろう。
秀吉の庇護下に入ったのは、織田家から捨て置かれていたからだ。
信雄の分限帳を見れば、織田家で重きを置かれて当然の女性には知行を与えているからな。

349:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/16 12:43:50 FHFuLS0O
>>348 >>織田家から捨て置かれていたからだ

というより、最高権力者である秀吉になびいたんじゃないか?
織田家についてもお鍋も子供達も厚遇はしてもらえないだろうからさ。
そのあたりにもしかしたら正室への対抗意識があったのかもしれないけど。

350:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/16 14:16:17 KJvzKlV+
信高の母で、小倉の娘が信長死後近江の方の城で
不遇に暮らしているのを秀吉が偶然知り、引き取ったというのが
近江國輿地志にどこかの城史として載っているたから
(今手元にないから詳しくは書けないが)
とりあえず、信長の死後すぐは、捨てておかれたのだと思う。

351:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/16 18:50:42 ROJyAwrn
秀吉主催の信長の葬儀に出たことで、織田家の人たちの怒りを買って放置されてたとか

352:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/16 19:21:21 mRLkTY56
それはないと思う。
土田御前も出席しているから。

353:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/22 20:30:07 Z0CihqJM
史板の濃姫スレ、なんかヤバイことになりそうな感じがするのは自分だけ?

354:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/22 20:47:59 IjNqVbK2
なんか日本史板って変な所だな。
普段あまり行かないから余計そう思うのかもしれないけど。

355:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/24 19:34:27 8qm51tb+
>>353
やばいというよりあのスレを何かオカシイと思っていた人間達の我慢が
限界に来た結果みたいだったな。
よくよく考えてみるとあのスレが存在すること自体がある意味わがままでも
あるんだがそんなことは気づきもせず、図々しく居座り続け史板にしては
異例の速さで3スレ目だからターゲットにされても仕方あるまい。
かといって意見されたこととかについて反省するとか考えようと
するわけでもなく、嫌なら来るなだのどう使おうが勝手だのだからね。
これで濃姫は信者がウザイ武将・姫に仲間入りを果たしてしまっただろうな…orz

356:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/25 13:25:15 179lHS89
あちらには以前現れた基地外が再び降臨している模様

357:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/25 22:56:30 k25BBCfx
>>353
っていうか、自作自演が多かったのが明らかだからだと思う。
質問者俺、回答者俺、で濃姫の認識を世間に広めたかっただけじゃないかと。
だから異様な書き込みが連続して続き、wikiやらヤフー掲示板やら
はたまた一般サイトのBBSでも同じ話題同じ内容を書き込まれているの見たことあるし、
ミクシィでも同じ内容がほぼ同時期に書き込まれている。
書いてある事は確かに一理あるし、濃姫を深く調べなおすのは賛成だけど
自作自演っぽいのが続いているなとは自分も思っていた。

358:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/26 22:47:00 4y6l5L7t
あっちもこっちも自作自演ばかりだな。

359:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/27 09:38:08 OJrR0LeQ
あげてるのか、下げるの知らないのか、自作自演は專ブラ使ってると丸分かり。

360:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/28 14:07:46 11RebMdI
自作自演は多いだろうけど、こんな誰が書いたかわからない匿名掲示板で
「新規さんは多分ほぼいないと見て間違いないと思う」とまで言い切るのも
電波だなと思った。

361:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/28 15:28:09 edCv8Y/M
>>355
あのスレの奇妙さは何か独特だったよね。
好きな歴史人物ならばこそ冷静に検証すればいいのに
あれもこれもみーんな濃姫路線に偏っている人が多い。
戦国女性好きとして、平明に考えて疑問を投げると
すぐに他の側室厨とされてしまうので、
書き込むのを躊躇してしまうよ。

>>360
自分も新規さんってあまり居ないような印象があるけどね。

362:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/28 15:52:10 11RebMdI
「新規があまりいない」と「新規がほぼいないと見て間違いない」は大違いじゃないか。
統計がとれるわけもないのに自分の印象根拠の決め付けは、それこそ偏ってると思っちゃう。

363:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/28 16:17:54 sPvX5Oc6
ふと思ったけど、自分の信じる説を広めたい為に

A「側室は当時の決まりでは絶対正室にはなれないよね」
B「じゃあ生駒も小倉も側室のままだったんだ!」
C「あの当時は正室と側室は雲泥の差があるから(以下略)」
D「じゃあ○○は側室がやったと言われていることだけど、ちがうのかな?」
E「それは側室では○○だから絶対有り得ない」
F「じゃあこんなのが出てきているけど、濃姫なんじゃ?」
G「側室やったなんて有り得ない。これは正室の仕事。これもあれも濃姫なんだよ」

という複数っぽく見せたやり取りを一人、もしくは二人か三人くらいで
出来レースにのっとってしたのではないかと。
新規さんがいるような気は私もしないし、この話題の時だけ住人が一気に増えるし。

364:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/28 16:42:42 cd+AYmIq
>>363 異存、異論があるならどんどんぶつけていけばいいじゃないか?
側室でも正室代わりの立場で家の采配をふるっていたとか、
側室の立場なのに正室がやるようなことをしていた例とか、
戦国大名の中で正室の定義を覆すようなことをしていた女性を
みつけてどんどん書けよ。
過去において一つでもそういった例があれば>>363の理論も
崩せるだろ?両者のそういったやり取りがあって、そこにまた新たな展開
があるかもしれないし。

偏っているように思えてもそれが事実であれば誤った認識が蔓延するよりも
正しい認識が広がる事は喜ばしいことではないかな。
仮にそれが自作自演の成果だったとしても、事実が認識されることに
なるのならばなんの支障もないだろうに。
それと自作自演の成果で広まっているとばかりいえないと思うよ。
それなりに信憑性が高く、今までの認識を覆すだけの説得力があるから
広がっていったのだと思うけどね。

365:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/28 16:56:21 sPvX5Oc6
>>364
前、異論というか疑問?を投げかけたことはあったんだけど、
「生駒厨」「バ○ンまたきたのかwww」と言われて終わりましたよっと('A`)


ただあそこ読んでてトリビアだったのは
「側室は正室になることもない」っていう事だな~。
「胎は借り物」とは知っていたけど、実質淀殿の例もあるし
実母が権力を握ってしまう事がよくある事だとも思っていたので、
「正室>>>超えられない壁>>>側室」であり、
正室を押しのけて側室が権力握ったりする事は有り得ない
とみんな知っていた事が驚きだったw
みんな戦国時代の奥なんてどこで調べるんだろう・・・。

366:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/28 16:59:38 zrCPwteq
出張お疲れ様です

367:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/28 16:59:40 11RebMdI
>>365
どんな内容の文章で生駒厨扱いだったの?
説得力のない内容だったら厨扱いされても仕方ないよ。

368:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/28 17:03:44 YgQI8zKO
>>363
出来レースっぽいのかも知れないが、
戦国時代の常識から逸脱した論議はない様に思う。
だから、スレ消費も激しいし、荒しもいるけど、
根っこの部分の議論は、まっとうだと思う。

自分はとある史学関連の研究室にいるが、
学閥的に言ってはいけない制約があって(破ると食っていけなくなりそう)
そう意味で、在野の研究者、例えば岡田正人氏などの
濃姫研究をしている人に、スレ内容を見てもらって
しがらみから離れた所で発表してほしいと思う事もある。
発表したら、養華院殿の時や藤本、鈴木両氏の武功や和議諸説の
時のように、史学界から、一斉に否定のバッシングがあるんだろうが。
自分の様な立場の人間も、カキコしてるんじゃないかと思う。
平日の昼間にカキコ出来る様な人間は、同じ穴のムジn(略

369:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/28 17:13:44 sPvX5Oc6
>>367
よく覚えていないけど・・・説得力あるないという問題じゃなくて
単なる「疑問」を書き込んだだけだった気がする。
その時流れていた話に対して「自分はこう読んだんだけど、違うの?」
みたいな感じで。
そしたら「また生駒厨か」とか言われて('A`)
どっちかって言うと、濃姫マンセー側の人間なのにな、自分は・・・w

>>369
色々学会もお約束があるんですねぇ。。。
誰か大々的にコレ発表して欲しいって気持ちは私もあるけど
難しい問題なのかな、やっぱり・・・。

370:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/28 21:10:59 T2OodSPL
そう考えると、光栄のゲームはいろんな武将に焦点を当てたことで、
風穴を破った感じがするな。

371:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/28 22:46:25 LF8SiE1o
決戦3の帰蝶さんは凛として素敵ですなあ。
実際の帰蝶さんはどんなひとだったんだろう。

372:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/29 07:20:49 jQVDOH7f
ここは冷静に質問できるようなので、知っている方がいたら
教えていただきたいのですが。

戦国時代に限らず女性の詳細はつかみにくい事ではあるのだけど
特に織田家は女性に関しての記録が少ないことを
家風としてそういう流れになっていた、的な発言(うろ覚えです)が
織田家の末裔の方からあった、とどこかのスレで読んだのだけど
どの位置の方がどんな場面で発言されたのでしょうか。


373:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/29 09:31:55 dbvuZTH0
フリーライターの織田孝一氏(織田信雄の子供の高長の子孫)が
テレビの番組で言っていたように思うが、著書の中だったかもしれない。

374:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/29 18:16:17 jQVDOH7f
>>372
ありがとうございます。旧子爵家の方ですね。

信長の閨閥関連についての、何か具体的な質問に対する
回答であったのだったら、その質問の内容にも興味があります。
謎の多い信長妻妾について、子孫筋の見解ということにもなろうし。
(その見解として「史料が少ないので何とも言えません」だったのかな?)

でも信長についての話題や謎は世間に大量に流布してるので
妻子の実際といえど、子孫筋にとっても重要事項でも無いのかも。
また、外部に出さないお家のことも無くはないでしょうしね。

375:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/02/11 17:05:47 I9Au12Hz
そうか

376:人間七七四年
07/02/26 22:14:47 kLDyoGIc
一昔前の話かも知れないが
帰蝶の輿入れ後の消息が不明なことから
輿入れ後すぐに死去したとか果ては実は輿入れしてない
のではないかなんて説があるようだが、これは明らかに
違うよな。
なら信長と斉藤道三の会見は何だったのかということになるし
道三が死に臨んで美濃一国を婿の信長に譲ると言った話も
宙に浮く。

377:人間七七四年
07/03/10 20:12:39 66qy/3gR
>>376
それは偽書「武功夜話」だと吉乃が正妻もどきにおさまっているので
正妻の濃姫に消えていただかないと辻褄が合わなくなるため、
死んだ、あるいは離縁されたと勝手な臆測がなされていただけ。

「武功夜話」が偽書と断定した以上は濃姫が亡くなったという記録がないのだから
濃姫は信長死後まで生きて、同じ墓所に眠っているという現在の説に
なんの矛盾もない。

それに濃姫がわざわざ信忠を養子にしたのは、嫡男問題だけが理由ではなく、
美濃を統治するにさいしての正統性を持たせるためのものだし、
そうなると美濃攻略後まで濃姫は生きていた、ということになる。

378:人間七七四年
07/03/13 20:29:04 8dCWRnaX
>>376
それが全部武功のせいでもないんじゃないの?
自分は武功信者でも何でも無いけどさ、

ひと昔、ふた昔前は単に研究や史料の検討がされていなくて
作家なんかが昔ながらの説(説というより憶測)を踏襲して
疑問も持たずに書いてただけというような気がするけどね。


379:人間七七四年
07/03/15 17:22:05 eQD34D9X
>>378
70年代の頃までは「信長正室は濃姫」という事実だけしか問題にされていなかった。
その後いつ亡くなったとか、離縁されたとかいう論議や臆測すらされてなかったよ。
だから想像たくましく濃姫がなぎなたふるって本能寺の変で夫とともに討ち死にする、
なんていうストーリー展開も可能だったんだと思う。
武功以降は吉乃が正室におさまったかのようなことが史実と思われてしまったので、
濃姫が早々に亡くなった、離縁された、夫婦仲が冷め切って別居していた、という
突飛な説で辻褄合わせをする必要に迫られ、そんな説が主流になってしまった。

380:人間七七四年
07/03/19 18:12:49 W3DuzSXj
家のしきたりで代々生母に関してはあえて記録を残さない家もあるという。
側室の出自の問題とかいうより、家は男系で継続するから関係ない、という考えらしい。
西国の某大名家では側室が産んだ子供は早々に取り上げてしまい、
生母は奥から下がらせてしまったそうだ。
正室であっても、幕末まで続いたような名家の出身でもなければあえて
足跡を残す家のほうが少なかったのではないかな。


381:人間七七四年
07/03/20 08:11:03 awvYgQyD
道三の入れ知恵で、帰蝶が信長とのセクースを逐一書き送り、
それを読んだ道三が「こやつは只者ではない」と尾張侵攻を見合わせた

382:人間七七四年
07/03/21 14:52:07 u+aC/sQa
義龍に言った「お前たちは信長の門前に馬をつなぐことになるだろう」という台詞は、
何も本気で言ったわけではなく、信長の絶倫ぶりにひっかけたジョークだった。

ユーモアのセンスがなかったために、それを真に受けた義龍が謀反を決意。ひどい誤解

383:人間七七四年
07/03/22 20:36:38 yNOB/XQZ
>>382

親父のジョークも読めねえようじゃやっぱり駄目じゃねえか

384:人間七七四年
07/03/22 22:06:29 ia41n2WP
義龍は早死にしなけりゃ相当なもんだって
土岐氏からよくあれだけの大物が出たよな
本当はやっぱり道三の子だったんじゃないの?

385:人間七七四年
07/03/23 02:46:47 UBnlSPOc
義龍がもうちと長寿だったら信長の美濃攻めも
その分遅れただろうし
下手したら歴史は変わってたな

386:人間七七四年
07/04/01 13:47:46 spoQnlPp
新刊「織田信長総合事典」を読んだら
帰蝶は離縁ないし死亡していて生駒氏が
正室だったなどと書いてある。
「武功夜話」によるととか書いてあって偽書説も
知らないのかと呆れた。
新人物社の本ならさもありなんか。

387:人間七七四年
07/04/01 22:54:13 hB7sROKG
道三が死んで帰蝶との政略結婚の意味がなくなったので
離縁したとかいう意見もあるが、美濃一国を婿の信長に譲ると
いう道三の遺言を知らないのだろうか?
離縁したら美濃領有の根拠がなくなってしまう。
がそんなことがなくてもその後多くの国を平定した信長なので
そんな根拠はいらないとでも言うのか。

388:人間七七四年
07/04/08 01:10:27 RbXOzUyQ
>>384 >>義龍は早死にしなけりゃ相当なもんだって

そうか?
信長がてこずったのは事実だが、義龍が当主になってからは
美濃内外からボロボロだったぞ。
宗教がらみの争いが長引き、浅井に攻められ、家臣の離反が相次ぎ、
嫡男教育もちゃんとしてない。
元々斉藤家を良く思わない国人衆と土岐派とも反道三ということで
利害関係が一致しただけで、道三を討つところまではよかったが、
その後の美濃の統治はまったくいいところはない。
ところで義龍は稲葉良通の姉だか妹だかと道三との間にできた子供で
深芳野の子は早々に一色を名乗った三男喜平次ではないか、という説もある。

389:人間七七四年
07/04/08 21:05:27 SocKnqtX
取り合えず去年の大河のような
「本能寺で信長と共に討死」なんてフィクションは
これ以上広めるのは止めるべきだ。
死んだのがそれより前か後かははっきりしないが
これがウソなのは明白だからな。

390:人間七七四年
07/04/09 19:32:38 qZq9O0se
(((^_^;)

391:人間七七四年
07/04/09 23:11:42 CASKpZT+
濃姫がいつ死んだのかはわからんが
毒苺という言葉に俺の股間センサーが反応したのは間違いない

392:人間七七四年
07/04/09 23:38:03 XkoZ+ktU
>>389 濃姫が本能寺で信長とともに亡くなったというのは
歴史小説での定番スタイル。史実でないことは書いてる本人も知っているし
見ている方だって信じてないよ。
まむしの娘に生まれ、魔王の愛された女に相応しい最期だから
嘘だとわかっていながらやっぱりいいもんさ。

393:人間七七四年
07/04/11 14:39:13 3qQ3yHPj
武功夜話にも吉乃が正室になったなんてこと、一言も書かれてないのにな。
武功夜話の中でも、あくまで側室扱いなんだがな。
武功夜話は吉乃age、濃姫sageで書いてあることは間違いないけど。

武功夜話そのものよりも、加来耕三が書いた武功夜話現代語訳信長編の誤訳が
間違った説が蔓延した原因なんだと思う。


394:人間七七四年
07/04/12 08:08:49 DFIXWeXv
>>393 >>武功夜話の中でも、あくまで側室扱いなんだがな

誰も吉乃を「正室」と思っていない。
限りなく正室に近い立場の事実上の「正室格」と武功がやっきになっているだけ
なのもわかってる。
ただ「正室格の側室」というのが絶対ありえないと思っているだけさ。

395:人間七七四年
07/04/13 05:06:17 SVWRwOWy
そういえば最近のドラマや映画は本能寺で亡くなる濃姫ってでないよな

396:人間七七四年
07/04/13 08:05:11 eaiIPqKl
大河「功名が辻」では精神的に光秀に惹かれる濃姫のために不仲になりつつあった夫妻
だったのが、本能寺の変では濃姫がなぎなたで応戦して最期を一緒にするべたなオチでした。
本当は変の時に日野城に逃れ、平穏な余生を過ごして信長の側に葬られたみたいですね。



397:人間七七四年
07/04/13 09:02:32 9UjIBve6
>>394
武功夜話でも、別に「正室格」にもなってない。
読めば読むほど何年も放っておかれたのがわかる。
吉乃が嫡男を生んだって主張しているし、
信長に寵愛されたとは書いてある。
だが、非公式な愛妾から、ようやく御台御殿に座敷を
もらえる身分になれたと泣いて喜んでいる描写があったり
どちらかというと、かなり身分が低く軽視されていた
って事になる状況しか書かれていない。
生駒屋敷を登場させるために、寵愛されて信長が通って来た事にしたのはいいが、
感情論としてageになっているが、実際の描写がsageでしかない。
その著者の感情的なageに惑わされて、「正室格」なんてものを
勝手にねつ造したのが、加来耕三の武功夜話現代語訳信長編って
言いたかっただけ。

398:人間七七四年
07/04/13 21:28:12 ZmstWCb5
>>395
>>396ですでに指摘されてるが去年の大河を見てなかったのか?

399:人間七七四年
07/04/14 23:40:55 s8cKXMnN
>>397
仕方ないよ、加来耕三は奈良大学卒業だから・・・

400:人間七七四年
07/04/14 23:50:09 K+ptMO6K
「久昌寺縁起」や「嫩桂山久昌寺縁由」には吉乃を「(信長)室」と書いてある。
歴史小説「武功夜話」より悪質だと思うのだが。

401:人間七七四年
07/04/15 00:00:05 fzXTx+yI
「室」は戦国期には側室の事も「室」というから
「信長室」と書かれていなければ
「室」だけなら悪質とまでは言えないのでは?
側室の事も「室」というようになったから
「正室」とあえて書くようになったのだし。

「嫩桂山久昌寺縁由」は「信長公の令妻」と
書いている事の方が悪質だと思うが。

402:人間七七四年
07/04/15 00:46:29 DApIa2zL
武功夜話に「信長公御内室吉乃女」と書いてある。
後内室は正室と同義語でしょ?

403:人間七七四年
07/04/15 12:54:37 fzXTx+yI
内室は確かに正室と同義扱いだな。
しかし、そのちょっと後に、
濃姫の事が御台として出てくるから
判断が難しいな。

404:人間七七四年
07/04/15 17:53:40 2OstGNKH
>>403 やっぱり武功は吉乃を正室格に扱っているということでは?
そのわりには内容にかなりの矛盾があるけど。

405:人間七七四年
07/04/15 19:19:33 fzXTx+yI
>>404
戦国期にしても、江戸初期にしても、
別に御台が出てくるのに正室格なんて概念はないからな。
もし、正室格扱いを示唆するための「内室」なら
武功は近年の創作だという反証になる。

もっとも、別のところでは、吉乃の事を御台と前野に呼ばせてみたり
さらに別の箇所では小牧殿という女主の存在を書いていたり、
矛盾だらけだし、史料の価値は全くないな。

406:人間七七四年
07/04/15 19:35:09 2OstGNKH
武功を創作した人が「内室」を「内縁の妻」と誤解してたとか?

407:人間七七四年
07/04/17 09:15:22 aS8+/8nK
>>406 そんなバナナと思いきや、あんな稚拙で矛盾だらけの武功夜話を堂々と
発表しちまう程度のオツムだからありえるかもね。

408:人間七七四年
07/04/18 11:22:25 QAJycVDz
>>406-407
その発想は想定外だった。
しかし、よく考えてみるとあり得そうだからこわい。

おそらく、永姫の事も、単純に「知らなかった」から
書かなかったってだけなんだろうな。

409:人間七七四年
07/04/19 10:35:52 mAuaRuzh
生駒家のものが前田家(確か利長?)に家臣としても仕えていたということが
載っていた文献を読んだことがある。
永姫輿入れ時に生母実家の一族ということで付き従った生駒家のものが
そのまま前田家に仕えるようになったのかもしれない。
前田家になんで生駒家が?とその時疑問に思ったけど、永姫が生駒腹なら納得できる。

でも生駒家の家系図等で生駒腹の永姫が前田利長室になったという
重大なセールスポイントをなんで記載していなかったんだ、
という素朴な疑問は残る。
生駒家なんて戦国期までは我々が思っている以上にしょぼい家柄で、
まともな家系図や史料残っていなかったとか?

410:人間七七四年
07/04/19 15:23:45 mAuaRuzh
生駒家と信長生母の土田家が親族関係というのも怪しい話。
信長生母の実家なのに、土田氏一族が織田家臣に見当たらないのも怪しい。


411:人間七七四年
07/04/20 10:39:16 9ONixRQn
信長生母が土田氏であるというソースは生駒家系図及び前田文書のなんかの
史料によるものだけ?土田殿は生駒同様側室にあがっただけで、
信長を産んだ正室は別にいたとか?

412:人間七七四年
07/04/21 19:21:18 6UIRvLef
土田氏の検証もどっかで読んだことあるけど、土田氏のことは謎だらけなんだ。
信長祖父の信正の時代はまだまだ地方の豪族の庶流の一つにすぎなくて
織田家内でもぱっとしない頃。ただ津島に目を付け経済力で基盤を固める
基礎固めのため信秀の正室をその方面からもらった可能性がある。
津島に土着していた土豪集団(津島七党等)と争いが絶えなかったというし、
政略結婚によって津島の反織田勢力を支配下においていったのではないかと推測できる。
土田氏と婚姻関係を結ぶよりも、直接的な利益につながることから
その線を押している専門家もいたよ。
土田氏とは婚姻関係を結ぶほどの必要性がない関係じゃないかって。

信長生母で正室だというのに、土田氏一族が織田家で重用されていた記録は全然ないし、
当時の婚姻制度だと正室の実家の家臣が婚姻の時に付き従って、嫁ぎ先でもそこそこ
重用されていくもんだから、そのへんは確かに変ではあるけど。

ちなみに信孝生母の坂氏は津島七党の一つ岡本家が母方実家筋にあたるそうで、
坂氏が信長の側室になったのも、政略的な意味合いからじゃないかと思ってる。
信孝の筆頭家老が岡本良勝で、信孝は良勝の屋敷で誕生したということだし、
関氏一党であった鹿伏兎氏の庶流坂氏が、早々に関氏に見切りをつけ、
織田家にくだり、人質として信長に信孝生母を差し出した、という説を
密かに信じてる。坂氏の身分が低いっていうけど、馬借侍の生駒家に
とやかくいわれる家柄じゃないよ。

413:人間七七四年
07/04/21 21:00:04 3NxLQbME
信長の祖父は信定(信貞)では?

414:人間七七四年
07/04/22 14:46:25 b2ozQUwC
もしかして、信長のお母さんが土田御前でない可能性があるってことかな?
今まではそう信じて全く疑わなかったけど、それにしてもソースが生駒家関係
の書簡にしかないって・・・

でも信長のお母さんが戸田氏でないなら一体誰だったのか気になるし
なぜ正式に婚姻した正室なら記録に残されなかったのだろう。


415:人間七七四年
07/04/22 16:41:18 lWFDfp7u
>>414
土田殿も少なくとも側室なりの立場で信秀の側にいたのは確かで、
信長生母がけっこう早く亡くなってしまったので実母と思われていたとか?
生駒のことも「(信長)室」と堂々と書いているような家系図だから
土田殿も同様のケースがありえるけど。

416:人間七七四年
07/04/22 17:17:29 b2ozQUwC
う~ん。そうだとすると信長生母はいつ頃亡くなったのだろう?
以前聞いた話だと、信長が「うつけ」と言われていた頃、
信長生母はなぜか嫡男の信長よりも弟の信行の方を擁立していたとか。
自分は母親に愛されていないと信長が嘆いていたという。

でもこれって、母親の立場からするとどちらも可愛い息子の筈。なのに
どちらか一方を擁立して兄弟をあえて対立させるようなことするかな?
そうなると、信長が、謀叛を起こした信行と同腹というのもあやしい。


417:人間七七四年
07/04/22 21:42:16 d7Y8fHGu
信長は嫡男教育で両親と引き離されて育ったから、別に信勝と同腹でも変ではないと思うよ。
両親と引き離されて育った嫡男を廃そうとし、手元で育てた次男に肩入れする両親て
戦国ではありふれた問題では。
子供って、血縁関係以上に、幼い頃に手元で育てたかどうかが可愛く思える原動力だから。
信長は、2歳で名古屋城主となり親から離れて暮らした上に、「うつけ」と名高かった訳だし。

信長は信雄に最初「信勝」と名づけたりしているし、普通に同腹だったんじゃないかな。
また、正室の子じゃなかったら、いくら礼儀正しく、傍目から見て嫡男に相応しくても
稲生の戦いで、信長勢を上回る兵をかき集めることは出来なかったのでは。
信長と同腹の兄弟と目される存在には信包も居て、そっちを擁立する手もあるんだし。
まぁ、信包は清廉潔白すぎて謀反なんか考えもしないから担げない訳だが・・・・・・。
正室の兄弟が二人だけで一枚岩で団結していたのなら、家臣団にも付け入る隙がない
ような気がする。



418:人間七七四年
07/04/22 23:34:22 uyAzc8hd
ドラマなどでよく登場する
「信勝(俗に信行)を溺愛して信長を疎んじる母」というのは
3代将軍家光の話をモデルにして創作されたフィクションという
説もあるようだが。

419:人間七七四年
07/04/23 07:56:28 b+ShR3Kr
>>418
信長・政宗・家光
みんな生母に疎まれ、実弟を殺して嫡子の座を安定させたとされるけど。。。

信長&政宗の頃は下克上の戦国期で、家臣も自分の家に有利になるような
当主を渡りあるいていたし、寝返ったりするもんだから、正室長男であっても
嫡男の座は不安定なものであったことは事実。
生母の次男溺愛説は江戸期よりもむしろ現代人の感覚のような気もするから
長男派と次男派にわかれた家臣団の争いが根本にあるだけだと思う。
それもどちらが有能というのではなくて、自分を取立て、出世させてくれそうな方につく、
ってかんじかな。

家光幼少期は戦国期を引きずっていた頃でもあるから、その感覚のままに次男擁立派が
騒いでいただけで、正室の寵愛云々は関係ないと思う。春日局との対立という
話も、それ以前から嫡男なんて乳母や守役が両親から取りっきりで世話するもんだし、
大名家に生まれた江与がそんな当たり前の慣習に不満を感じるわけもないし。

420:人間七七四年
07/04/25 19:54:37 UCANWwEz
信長の生母について話を戻したいのだけど、
土田御前が信秀の側室で、信長生母は別にいたとすると、
なぜ名前が残っていないのだろう。早く亡くなったのかも知れないが、
信長の死後、なぜか織田一族主催の葬儀に出席せず、秀吉主催の葬儀に、
信長生母らしき人が出席しているというスレをどこかで見たけど、
信長生母としてはちょっとおかしくないか?
なぜ織田一族主催の方に出なかったのだろう。

信長生母が土田御前でないとすると、信長と同腹だと言われている
兄弟も土田御前が生んだことではないことになるよな。
だとすると、土田御前は信秀の側室で、子供は別にいたことになる。
生んだとすれば一体誰なんだろう?




421:人間七七四年
07/04/25 20:08:26 UCANWwEz
信長の生母について話を戻したいけど・・・
信長の生母は土田御前でないかもという話が出てきた。
しかし、信長の生母でしかも信秀の正室でもあるのに
なぜ名前が残らなかったのだろう。
しかも信長生母は、信長の死後、
なぜか織田一族主催の葬儀には出席せず、
秀吉主催の葬儀に出席していると
どこかのスレで見たが、これって信長生母としては
おかしくないか?

あと信長生母 = 土田御前 ではないとして、
信長と同腹だった兄弟は土田御前が生んだのではないことになるし、
この土田御前って人は別に信秀の子供を生んでることになる。
だとすると、なぜそっちの方が記録に残らずに
土田御前=信長生母 という記録だけが残ったのだろう?

ややこしくてごめん。



422:人間七七四年
07/04/25 20:35:53 86JAbteT
秀吉主催の葬儀に出たのって、信長の生母らしい土田御前と
信長にものすごく寵愛されてたらしい側室のお鍋だっけ。
単なる信長の父親の側室だった女性や、数多くいた信長の側室の一人が出席するより
生母や寵妾が出席する方が葬儀の格が上がって主催者は嬉しいのかも。

423:人間七七四年
07/04/25 20:50:38 3f0dPSgM
信長御台主催の一周忌法要は「妙心寺史」に載っているのだが、
あの「妙心寺史」って怪しくない?
光秀が亡くなったのが本能寺の変の翌年の6月となっているし、光秀風呂のこととかさ。

秀吉主催の一周忌法要に鍋の方がでたのは息子が秀吉の世話になっているから
納得できるとしても、信長生母までがでていたということは、後世いわれているほど
秀吉はひんしゅくをかっていなかったのでは?とも思えてくる。

土田殿が信長生母であるといわれてきたのは生駒家関連以外のものでも
何かあったからじゃないの?

424:人間七七四年
07/04/25 20:54:17 4XPqGU6Q
戦国史の桑田忠親が「信長の女性関係は
秀吉や家康と違って詳しいことがさっぱり分からない」
と書いていたがまさにその通りだな。
信忠生母が生駒氏くらいは確定と思ってたがここの議論を
見てるとそうでもないようだし信長の母も同じ。
妹として有名なお市さえ妹ではなく従姉妹という説もある
くらいだし。
はっきりしてるのはお鍋くらいか。

425:人間七七四年
07/04/25 21:11:22 3f0dPSgM
桑田氏は元々が「秀吉の消息文」の研究が専門だからね。
信長の女性がらみのことは「『武功夜話』によると」と武功を引用
しているあたりで、基本的に興味がないんだよ。
桑田氏の道三、義龍の考察は見事だし、かなり詳しい検証をしているのに
濃姫に関してはあっさりしたものだしさ。
お鍋の方がある程度特定できたのは、秀吉の消息のおかげでもある。
鍋の方に「小椋鍋殿」と手紙をだしているから、鍋の方は
「実家が小倉家」で名は「なべ」とはっきりしたから。

426:人間七七四年
07/04/25 21:27:37 tWZOvzFo
信秀の妻についてですが
歴史読本1992年3月号『特集 織田信長一族の女性たち』 の
阿井景子氏著の「土田氏」の中に以下の記述がありました。

『ところで、ここに面白い記述がある。 
 「信秀雄才にして大略あり、その主大和守の女を娶とりしが、勢ついに
  大和守を凌ぎて相争い、大和守と和し、二年七月、はじめて
  その族与二郎を大和守方に遣わしたりという」(『名古屋市史』)』

続けて『言継卿記』での裏付記事(天文二年七月十一日の条 大和守との和談
および与二郎(信秀弟・信康)の派遣の記事)が記述されてます。
 阿井景子氏自身は、信秀は大和守(織田達勝)の女とは離縁し
土田氏と再婚、天文三年に信長を出産と推測されております。

427:奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T.
07/04/25 21:48:14 svH9mQx4
妙心寺は光秀の子が絡むだけに怪しいと言えば疑える余地はあるね。

428:人間七七四年
07/04/26 01:08:16 fun0wHUV
6月に信長が死んで、10月に秀吉主催の葬儀(土田御前・お鍋は出席するが、信雄・信孝らは出席せず)
翌年4月に秀吉反対派の柴田勝家・お市、信孝が死亡
6月に秀吉主催の1周忌法要(総見院)、信長夫人主催の1周忌法要(妙心寺)?

こんな流れだったっけ。
お市が喪主になった信長葬儀があったような話も聞いたことがあるけど
いつのことなんだろう。

429:人間七七四年
07/04/26 01:27:52 Vlum2BN/
阿井景子って小説家なんだよな。

430:人間七七四年
07/04/26 01:42:53 /veW4buH
妙心寺では、8月に養徳院(信長乳母で池田恒興の母)が、
9月にお市が、百箇日法会を開いている。

431:人間七七四年
07/04/26 07:46:40 kOCmYhQf
>>426
大和守女が先妻であったことは当時の信秀の立場ならなんの不自然さは無いな。
また大和守を凌ぐ勢力になっていったことも事実だから、なにかしらの
争いがおきて妻を離婚して、対抗するために同盟をむすびたい一族から正室を娶ったとしても
としても不自然さはない。

問題は、その一族が土田氏だったかどうかだな。
土田氏が当時の信秀にとってそこまで重要視される立場にいたかどうか。
本当に文献に土田氏が信秀正室と明記されているものはないの?
(前田文書、生駒家がらみ、武功以外で)

432:人間七七四年
07/04/28 12:40:46 S34J+302
加賀百万石の前田家の話のスレで、永姫の生母が晩年に加賀に招かれている
そうなんだが、そうなると永姫の生母は生駒女ではないことになるよな。
それとも生駒女の没年がちがっているのか?



433:人間七七四年
07/04/28 14:33:39 ymp0obrr
>>432 それどこのスレ?

生駒の没年が違う可能性よりも、嫁いだ時の年齢を考えたら
永姫の誕生年が違う可能性の方が高いと思う。
敵対関係にあったものとの政略結婚でもないのに、
8才と20才の組み合わせはありえん。
永姫が当時の適齢期である15歳前後で利長に嫁いだとしたら
生駒が亡くなる直前に出産したということになり矛盾がなくなると思う。

434:人間七七四年
07/04/28 15:28:23 S34J+302
そうなんだが、それだと、生駒がなくなった後に、永姫が前田家に嫁いで
いるのに、加賀に生駒が招かれるのはおかしいと思うのだが・・・


435:人間七七四年
07/04/28 15:56:42 IN4v90eB
永姫の母の生駒氏と信雄の母の生駒氏は
同一人物と考えるには矛盾も多いんだよな。

436:人間七七四年
07/04/28 17:37:59 QBx4ASWc
永姫の生母といわれているのは、一緒についてった乳母?という話しもどこかで見た。

437:人間七七四年
07/04/28 19:59:20 ymp0obrr
>>加賀に生駒が招かれるのはおかしいと思うのだが

生駒が生きていたとしても生駒家が秀吉の代になって信長の時代よりも
台頭してきているのに、実家の生駒家に戻らず、わざわざ永姫を頼って前田家の
世話になるというほうがおかしいよ。
頼る実家がないなら娘の嫁ぎ先の庇護を受けるのもわかるけど。
生駒が永姫生母なら、生駒は亡くなって久昌寺に葬られ、
その菩提を弔うこともあって永姫が金沢久昌寺を開山した、
という話につながると思うけど。

438:人間七七四年
07/05/05 11:07:04 8ex4oPRB
最近では斉藤長龍と斉藤利治は同一人物であったとする説が有力らしいけど、
何か違和感を感じるなあ。

439:人間七七四年
07/05/05 21:37:40 nngzn2JI
嫡男信忠、次男信雄、長女五徳の母は
武功が出る前から生駒氏とはされてたとは
思うんだが出典は何?
織田氏系図か?

440:人間七七四年
07/05/05 23:04:44 SivWjPe7
生駒家系図じゃないの?
どう考えても信忠と信雄の生母は別人。
もし織田家系図だとしたら、信雄が主流になった段階で
都合の良い家系図を書き換えたことになる。
前田家に嫁いだ永姫を載せなかったことに、そのいいかげんさを
感じる。

441:人間七七四年
07/05/05 23:28:54 SivWjPe7
確かにおかしいよね。生駒家系図のとおりだと、
五徳が信忠姉であるという記載がある「織田家雑録」や、
信忠が岐阜の崇福寺に位牌所を設置したり、7回忌法要を行ったり
生駒は信雄が喪主を務めたことを考えると矛盾する。


442:人間七七四年
07/05/06 00:15:28 bst7kYBI
だが馬揃の時は信雄30騎、信孝10騎。
これは生駒氏出生とその他の庶子を区別していたためと
説明されてる。
また徳川家から戻った五徳が信雄の元にいたことから
2人は同腹と考えられる。
信雄と信孝の処遇の差はやはり信忠と信雄が同腹である
ことを示しているのではないか。

443:人間七七四年
07/05/06 01:16:06 TtD18Iz2
>439
明治初頭に書かれたと思われる「生駒家譜」で三人の母親は生駒家宗の娘になっている。

444:人間七七四年
07/05/06 11:45:54 OPKtuark
五徳は信忠の元にいたはずだし、本能寺以降は秀吉がその処遇を決めていた。
信雄の元にいたのは、秀吉の交渉の都合で一時的にやられていただけと考えられる
書状が残っているので、必要以上に信雄と結びつける必要はない。
信雄がその当時の織田家の筆頭だったのだから、秀吉との交渉をするのが信雄だっただけ。
信雄側の持ち駒ではなく、秀吉側の持ち駒だったのだし、
五徳は最終的には京都に住んでいたので、信雄とはあまり関係ない。

生駒腹だからなどという妄想が始まったのは、武功以降の生駒氏正室格説以降なので、
実際は、参考にはならない。
武功以前は、単純に二男三男と、当時養子にいっていた家の格の差と言われていた。
武功が偽書となった今、こっちが結局正しいんじゃないか?
馬揃えの時点でも、信雄と信孝は官位は一緒。
二男三男の間に、親族の代表として信包が入りこれも10騎。
四国征伐のあと、信孝は三好康長の養子になる事になっていたし
そうなっていたら、武将として見限られていた信雄と信孝の、
地位は入れ替わっていただろう。

445:人間七七四年
07/05/06 13:40:29 FGOIJXOX
生駒家にとって信長嫡男信忠、織田家筆頭になった信雄、
徳川将軍家の嫁の五徳、のワンセットが
一族の血を引くということにしたかったので
寛政期の武家の家系図ブームに便乗してそうしちまったんだろう。
寛政重修諸家譜はその名の通り寛政期(1789年~1804年)に
各家で編纂したものだから、信長死後200年は経ってからの話。
言い出したもの勝ちみたいな風潮はあったのだろう。

446:人間七七四年
07/05/06 18:03:22 us+Nl1M6
>>444
>当時養子にいっていた家の格の差と言われていた

それは、北畠の方が神戸よりも格が上ということ?
もしすでに三好の養子になっていたら、信孝も30騎だったんだろうか?

447:人間七七四年
07/05/06 21:37:32 n/uhiuSY
北畠が神戸に命令して寺を造ってるし、その寺が後の神戸の菩提寺。
神戸は北畠の二男を養子にもらって家を存続させているようなことからも
北畠の方が格上になるだろうな。

三好と北畠となると、三好は従四位下の位階をもらっているから、
三好の方が上と言えば上と言えなくはないのだが。

448:人間七七四年
07/05/06 21:46:12 n/uhiuSY
おっと、途中で送信してしまったぜ。

北畠が神戸に命令して寺を造ってるし、その寺が後の神戸の菩提寺。
神戸は北畠の二男を養子にもらって家を存続させているようなことからも
北畠の方が格上になるだろうな。

三好と北畠となると、三好は従四位下の位階をもらっているから、
三好の方が上と言えば上と言えなくはないのだが。
北畠の方は、一つ前の当主が正三位までなっているんで、
比べ様がないとも言える。
同格辺りじゃないのかな?

あとは、信雄と信孝の武将としての比較になっていくんだろう。

449:人間七七四年
07/05/06 22:58:27 FGOIJXOX
北畠家は国司の家柄だから正三位の公卿クラスまで出世できたけど、
神戸家は北伊勢最大勢力だった関家を宗家とする一族の一つに
すぎない家柄。その差歴然だよ。
三男の信孝が兄の信雄より先に神戸家に養子になったのは、母親の坂氏と神戸氏が
一族関係にあったことと、兄の信雄との兄弟間の序列を養子先の家格で
つけたということもあったと思う。
馬揃えに関しては嫡男とその他の差、その他は長幼と位の差に応じたもので
信忠、信雄、信包、信孝の順と馬の数は妥当なものと言えると思う。
武将としての器量の差があの兄弟にそんなに露骨にあったかは疑問。
勢州軍記の信雄愚将エピはかなりうそ臭いし、信孝優秀説って何かあったか?

450:人間七七四年
07/05/06 23:12:21 6GqJlfwK
幻に終わったが信孝は四国方面軍司令官として
長宗我部攻めを担当することになってた。
少なくとも信雄より資質があると見なされてたと思う。
ある本には「文武に優れていたため父に認められ・・・」
とあった。
またイエズス会からも信孝は賞賛されてるのに対し
信雄は狂ってるとか散々。

451:人間七七四年
07/05/06 23:19:47 n/uhiuSY
兄なのに清洲会議で信雄がすんなり後継として決まらなかった時点で・・・

信孝は方面軍司令になって、出陣直前だったし、武勇は認められてたんだろう。
神戸氏の養子から、三好氏の養子にステップアップを信長が決めていた事を見ると
信雄よりも信頼されていたと推測できる。

452:奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T.
07/05/06 23:37:57 268z6/f7
信孝は信長が死んでから地位が上がっただけじゃないんかいな。

453:人間七七四年
07/05/07 19:57:39 HGRzNdRa
2ちゃんで信忠の生母さえ生駒氏でないという
意見が出てる一方・・・
某社から先頃出た信長の事典では帰蝶(濃)は
離縁ないし死亡していて生駒氏が正室だったと
書いている。
武功を未だに信じてる時点で終わってるのは勿論だが
そのズレっぷりには呆れるばかりだ。

454:人間七七四年
07/05/07 20:54:49 RloWyvZZ
>453
それどこの出版社?
間違っている情報を載せるなと意見すればいいかも。
知らないでただ乗せているだけのことも多いのでは。
よく調べもせず、以前からの説を鵜呑みにして事典など作るなんて、
終わってるよ。でもまあ、信長の事典を買う人なんてよほど
信長好きな人しかいないだろうし、信長好きな人はここ(2ちゃん)も
覗いてるだろうし、自分でも色々な文献見たり調べたりしてるだろうし、
そんな捏造文書の生駒説なんて信じる人いないと思うよ。
しかも武功は偽書だと判明してるのだし。史学会でも相手にされてないの
だし。


455:人間七七四年
07/05/07 21:42:28 MAuQx3DS
>453
『織田信長事典 コンパクト版』か?
コンパクトじゃない版が出たのは1989年だから、内容が古いのは仕方ない。

456:人間七七四年
07/05/07 22:02:02 r2vGF6Fn
コンパクト版を出すにあたって、改訂もしていないのか?
怠慢だな。

457:人間七七四年
07/05/07 22:11:01 MAuQx3DS
>456
編者4人のうち3人亡くなってるから、コンパクト版にする際、改訂ができなかったんだろう。
武田や上杉の事典みたいに最新の研究を盛り込んだ本を出してくれればなぁ。

458:人間七七四年
07/05/07 22:23:38 r2vGF6Fn
>>457
アマゾンで確認してきたが、生きているのが小和田だけか。
奥関係改訂される訳もないな。

459:人間七七四年
07/05/07 22:28:26 1xn+TwlX
そう、その本。
だがそういう問題のある記述をそのままにして
復刊するのはなあ。
おれはその記述を見て買う気なくしたし、
買った人はそれを信じかねない。

460:人間七七四年
07/05/08 00:09:55 Rw87yYF1
生駒が正室になったなんて、どこの文献にも書いてないのだが?
しかも濃姫が離縁されたとか死亡したなんてのもどこの文献にも
書かれてない。なぜ憶測だけでそんな矛盾だらけの内容を事典に
載せるのだろう?
なんでその小和田とかいう人は生駒正室説を信じてるの?
生駒関係者からお金でももらってるの?
ちょっと信じられない。まともな歴史家のすることなの?
こんな嘘を平気で書いて、信長や濃姫を冒涜する行為だと思わないの?



461:人間七七四年
07/05/08 00:13:44 Wg2zkqvW
読んでもいない又聞きの内容で批判する方がどうかと。

462:人間七七四年
07/05/08 02:52:09 kBDTL1s7
>>460
単に>457が言うような理由なんじゃないの?
それと、出版社が信長閨閥事情を重視していないのだろう。

463:人間七七四年
07/05/08 08:04:58 ddSpFm+4
一応武功夜話には生駒氏の事を「内室」と書いている箇所があるからな。
ただ、そのちょっとあとに、濃姫の事を「御台」と書いているので
武功夜話を創作した人間は、内室=正室と知らず、
内室を内縁の妻というような意味合いで書いたのかもと、
どこかでからかい半分に書かれてたが。
どちらにしろ、武功夜話に整合性を求める事自体無理がある。
生駒と前野が大活躍できれば、信長や秀吉だって、どうでもいいって書物だ。

小和田は、武功夜話をきっかけに有名人になったから、今更否定派にはなれないだろう。

464:人間七七四年
07/05/08 20:15:05 yfgU8g0x
>>460
その項を書いたのは小和田じゃなかったよ。
編者としての責任はあるだろうが。

465:人間七七四年
07/05/08 22:51:37 7jGu6S5S
嫡男信忠の生母が生駒で、一方正室のはずの帰蝶は消息不明。
よって生駒が実は正室で、帰蝶は美濃へ帰されたか死亡したという
推測が幅を利かせてたんだろう。
事実、信頼できる研究者と思われる谷口克広や桐野作人も、
「事実上の正室といわれる生駒氏」などと書いている。
そこから生駒腹の信雄が生母の身分が低い信孝より優遇されてた
と見なされたりもしているし。

466:人間七七四年
07/05/08 22:56:44 Rw87yYF1
>465
でもその説が間違っていたとわかった今、やはり書き直すべき。
それを改定しないで売り出すなんて横着すぎ。


467:人間七七四年
07/05/09 10:22:05 j17ZfVaO
>>465
生駒が正室で、信雄が信長の嫡腹の子であったら、
そもそも異母弟信孝との地位の格差は明白で、
それぞれ秀吉と家康に擁立されて戦おうなんて思わなかっただろうね。
両方とも庶子だったから、こんなことになった。

468:人間七七四年
07/05/09 11:46:59 UE/4zWmD
>>463
>小和田は武功夜話をきっかけに有名人になったから
へっ、そうかぁ?
他にもいろいろ著書はあったと思うけどな。
戦国大名家臣団事典や、他の大名家研究で良い仕事もしてるのに
2ちゃんは武功の件だけで叩く奴が多いからな。極端

>>466
自分が納得できない理由を文章化して
出版社に意見してみたら?
上手くいけば、出す側の事情も聞けるかもしれないしね。



469:人間七七四年
07/05/09 20:45:02 ozZ9qgTa
小和田さんは自ら前野文書の検証してなかったっけ?
中を詳しくは見せてはもらえなかったがぱっと見た目に江戸後期編纂だと思った
とどっかの本に書いてあったが。

470:人間七七四年
07/05/09 20:51:01 oL2GC/8L
後北条氏や今川関連では結構業績もあるんだけどねえ

471:奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T.
07/05/09 20:54:38 pcWb6M5v
浅井もね。

472:人間七七四年
07/05/09 21:03:51 +E+g7atF
信忠・信雄同腹に固執するわけではないが・・・
信雄が嫡男信忠の同母弟の割には優遇(?)されてない
ことについては、信長が信忠を後継者として他の一門衆とは
隔絶した地位に置こうとした、という説明でいいのでは。
同母弟と言っても跡目争いの元になることは信長自身が
同母弟信勝を殺さればならなかったことで十分認識している。
また、信雄が伊賀攻めを行って失敗した時の譴責状に、
「兄城介大切」なる一節がある。
これは信雄が信忠の同母弟であればこその表現ではないか。
そして信長死後の信孝との争いについては、信孝の方が
武勇に優れてたと周囲から見られてたから信雄に対抗できた
と思う。


473:人間七七四年
07/05/09 21:10:42 w6VuEPxW
十分固執しているように見えるが。

信忠は正室の養子に入っているので、生駒の喪主は茶筅丸がおこなったとされているにも関わらず、
久庵慶珠の喪主を奇妙のままおこなっていると推測できる当時の一次史料である制札の文書が
残っている事を考えると、後年作り出された史料よりは信用できるだろうな。
もしも、久庵慶珠が生駒の事で、奇妙が喪主をおこなったのなら、生駒では自信満々でそれを記載すると思うよ。

474:人間七七四年
07/05/09 21:34:50 ozZ9qgTa
>>472
それは完全な読み違いだよ。
信長の叱責文は「信長の作戦に従え、それは天下のため、父への奉公
兄を大切にすることであり、それが信雄自身のためなのだ云々」
と書いてあって、要するに信雄は父や兄には従え、次男以下は嫡男の家臣
だから立場をわきまえろと諭している。
仮に同腹であっても次男であれば嫡男の家来扱いされたのは当時の慣習。
それに信雄はその時北畠家に養子にだされて織田家の人間ではないのだから
同腹であったとしても扱いは他の庶子と一緒。

475:人間七七四年
07/05/10 00:10:23 wlB2zjdX
実際に同腹か異腹かは別にして、信忠と信雄は妙覚寺に一緒に宿泊してたりで
殺伐とした戦国の時代に仲の良い兄弟だな~という印象はある(信長公記)
フロイスの手紙でも、セットで登場していて微笑ましい。

476:親馬鹿
07/05/10 04:48:36 qy49Lrr1
「信長は公家に、信雄は将軍になるのでは」と噂されたこともあるんだけどね。
信雄は信長に甘やかされていて、兄を軽んじるところがあったんだよ。
じゃなかったら、伊賀攻めの失敗でもっとキツイ処分が下されていたハズだよ。

477:人間七七四年
07/05/10 07:46:10 EFxGcyj2
某国のやんごとなきお立場のご兄弟もそうですね。
嫡男である兄君は2才の頃から専門の養育係が帝王教育をたたきこみ、
御両親も遠慮なさるほどご立派に成人あそばされた。
一方次男は自由奔放に育ち、車を乗り回し、学友(悪友)と遊びほうけて
自由恋愛で結婚。兄弟仲が良いが、親や国からの兄弟の扱いは歴然とある。
次男はしょせん他家を継ぐものだから親は甘やかすというより、
次男には関心が薄いということなのではないか?

478:人間七七四年
07/05/10 08:05:22 HUzHUXBs
>>475
フロイスの日本史にセットで出てくるのは、そのとき信孝は既に神戸に行っていたから。
別に3人の中からピックアップされた訳ではない。

479:人間七七四年
07/05/10 08:12:12 EFxGcyj2
>>476 連投すまんが>>伊賀攻めの失敗でもっとキツイ処分が下されていたハズだよ。

これは真逆だと思う。
しょせん次男なのであの程度の叱責で済んだんだよ。
あの粗相を嫡男である信忠がしたら廃嫡されたかもしれないぐらい
信長の逆鱗に触れたと思う。嫡男の粗相は織田家を左右する一大事。
基本的に信雄の粗相は北畠家の問題となるので、信雄の粗相には
そんな重要視されなかったんだと思うよ。その後信雄を総大将にして
伊賀攻撃で名誉挽回したけど、そこでゲットした伊賀領は信雄の領地
つまり北畠領になったわけで、信雄の立場は織田家一門の北畠当主にすぎない
ということがはっきりしてる。信忠に男子が産まれた時点で、織田家の
家督相続継承の可能性はなくなったわけだし、嫡男との超えられない壁は
さらに強固なものとなっていっただろうな。

480:人間七七四年
07/05/10 10:01:20 b89ta8OS
道三の娘のスレで信雄信孝はスレ違いだと何度言えば

481:人間七七四年
07/05/10 19:34:02 DGjlFb3w
史板の濃姫スレ、どんどんおかしくなっていて 
怖いよ(´・ω・`)

482:人間七七四年
07/05/10 20:04:26 tMZkQR1f
>>481
史料の検証をしている時はいいんだが、
チャチャを入れる人間が来ると、とたんに荒れるな。
煽り耐性がなさ過ぎるんだな。

483:人間七七四年
07/05/10 20:14:42 DGjlFb3w
荒れてるのが怖いんじゃなくて 
まともな意見すら叩くあの雰囲気が怖い(´・ω・`) 
だからウィキの意見は同意なんだけど 
怖くてレスできないよ(´・ω・`)

484:人間七七四年
07/05/10 20:24:09 tMZkQR1f
まともな意見を叩いてるのは、荒らしてるのの自作自演じゃないの?
史板の濃姫スレの荒らしは、いつもそういう自作自演の仕方するよ。

485:人間七七四年
07/05/10 22:02:51 +TziVLQa
そしてここに愚痴が書き込まれるのも、毎回のパターンだw

486:人間七七四年
07/05/10 23:21:41 3WRJHpFv
史板は反論意見は全てバロンだからな・・・

487:人間七七四年
07/05/10 23:43:06 6u7g6rgi
>>483
まともな意見ってどれ?

488:人間七七四年
07/05/10 23:43:30 mHyM6dm+
信長の閨閥関連に書いてる人のなかに、
平明さを欠いて、視野の狭いのがいるのは事実。

489:人間七七四年
07/05/10 23:49:32 tMZkQR1f
それは言える。
武功夜話が偽書だからといって、徳姫まで信雄と異腹であるというのはどうだろう?
信忠は確かに、他の何よりも有力な、奇妙自身の制札があるけど
それ以外も、何でもかんでも、違うというのは疑問だね。

永姫の生駒腹説は、永姫の輿入れの年齢を考えると、生年はもっと前と考えられるので
十分あり得る話しだと思うけど。

490:人間七七四年
07/05/11 00:00:13 DZM1VvV2
>>488
平明さを欠いてる意見ってなんだ?
ちゃんと資料を基に考察されたものだし
それに正当な反論があるならそれを書き込めばいい。
それが出来ない奴はただの生駒厨。つまりバロンの確立が高いってわけだ。

>>489
有り得るのなら、十分説としてまかり通ると思うぞ

491:バロン曽志崎
07/05/11 00:07:27 yu63Pe6P
あんまり個人サイトにまで出向いて迷惑かけるなよ。
管理人、困ってたぞ。

492:人間七七四年
07/05/11 00:21:43 gO7A0tkp
>>489
○○という史料にはこう書かれてるから、五徳は生駒腹の可能性が高いのでは等書き込んで見たら。
脊髄反射で反発する人もいるだろうけど、史料に裏打ちされた説得力のある意見なら
納得してくれる人も多いんじゃないかな。
個人的には五徳は生駒腹かな?と思ってるけど、通説の刷り込みが強いだけかもしれないので
いろんな意見を聞いてみたいし。

493:人間七七四年
07/05/11 01:33:07 DgmyE8zv
>>490
>平明さを欠いている意見って何だ?
ほら、すぐそういう風に突っかかってくる。
489氏も指摘しているけど、
「何でもかんでも違う」
の出発点が、考察をもとにした意見なら聞き易いのだが
単に自分の好む人物以外の事跡を否定しようという、
出発点からの偏りを感じさせるレスが見受けられるんだ。

>ただの生駒厨
否定の意見や疑問を投げると、即生駒厨のレッテル貼りか?
そういう大人気ない発言はいい加減やめたらどうか。


494:人間七七四年
07/05/11 07:13:50 DZM1VvV2
>>493
じゃあ五徳が生駒腹じゃなく、永姫が生駒腹と証明付けられる
資料を否定してみろよ。
それが間違っていると思うならきちんと資料出して議論すればいい。
出来ないでいちゃもんだけつけてるから、生駒マンセーな流れ否定な生駒厨かと思うだけだ。

495:人間七七四年
07/05/11 08:12:28 IQNXDmSi
>>494
永姫が生駒腹(信雄と同母かは不明)なのはガチだと思うけど、
だからといって、永姫が生駒腹だから徳姫が生駒腹じゃないとは言えないんじゃ?

信雄、徳姫、永姫が生駒腹なのかも知れないし
一人一人検証するべきだと思うな。

496:人間七七四年
07/05/11 12:48:30 9TUik2zd
>>永姫が生駒腹だから徳姫が生駒腹じゃないとは言えないんじゃ?

そうじゃなくて、元々信忠・信雄・五徳が同腹だという説があって、
でも信忠は久庵慶珠が生母である可能性が濃厚になったので、
そうなると、通説が覆るから、後の二人はどうなんだ、という話になった。
しかも永姫が生駒腹という説も浮上したので、ますますいままでの通説の
信憑性が怪しくなった。

信雄は生駒家との関わりから生駒腹は間違いないとなるが、五徳が生駒腹である
ということを示す根拠が薄いので、五徳の生母は?となった。

497:人間七七四年
07/05/11 17:43:03 sTCHj0Xl
>>496
いや、その流れは分かってるよ。
あっちもずっとROMってるから。

>五徳が生駒腹じゃなく、永姫が生駒腹と証明付けられる
>資料を否定してみろよ。
という書き方だと、永姫が生駒腹なら徳姫は違うと読めるんだよ。
一人一人検証しようと言うのは、
・徳姫が生駒腹ではないと検証するという事
・永姫が生駒腹だと検証するという事、また、生駒腹なら信雄と同腹か異腹か検証する事
の別の話しだと言う事だよ。
>>496の書き方だと、>>496は分かっていると思うけど。

498:人間七七四年
07/05/11 17:44:19 sTCHj0Xl
あれ、IDが変わってるな、>>497書いたのは>>495書いたのと同一です。

499:人間七七四年
07/05/11 18:09:58 fYH+Onxx
だから、信忠、信雄、五徳は同腹であるという説は揺らいでるんだから
いったん先入観なしの素に戻して考えてみようってことでしょ。
それで偏りがあるレスが気になるというなら、自分でこの辺りが偏ってるんじゃないかと
書き込んでもらうしかないな。
その際には史料を出してもらう方が他の人も判断しやすいね。

500:人間七七四年
07/05/11 18:30:30 sTCHj0Xl
>>499
その通りだよ。
だから、一人一人検証すればいい。
永姫が生駒腹なら徳姫は生駒腹ではないと読める書き方だから
そう思っているのかと思って指摘しただけ。

「永姫は生駒腹の可能性が高い、徳姫は生駒腹ではない可能性が出てきた」
という書き方ならいいと思うよ。
「永姫が生駒腹だから、徳姫は違う」と読める書き方は、変だねという事だけ。

501:人間七七四年
07/05/11 18:35:16 sTCHj0Xl
徳姫存命時の徳川方の史料では、徳姫は生駒腹と書かれているんだろうか?
それとも、信忠、または信雄と同腹と書かれているんだろうか?
信忠と同腹と書かれているのであれば、信雄が信忠と同腹とされていた時に
自動的に徳姫も同腹という事になってしまった可能性が出てくる。

家忠日記などの一次史料では、生母にまで言及されていなかった気がするが。

502:人間七七四年
07/05/11 21:53:19 wbmtQOzo
どうでもいいけど、
・五徳
・徳姫
後者は小説やドラマでの名前だと思うから
前者に統一しようよ。

503:人間七七四年
07/05/11 22:16:45 9TUik2zd
>>502 信康室の名は「徳(姫)」と記す史料に「武徳編年修成」「徳世系譜」
「朝野旧聞褒藁」があり、「五徳」と記す史料は「織田家雑録」「源流綜貫」がある。
「織田家雑録」では「信忠・信雄・五徳」が鼎の足となって織田家を支えるように
「五徳」と名付けたなどと、胡散臭い伝承を記していることからむしろ
「徳」が信康室の名前ではないかと思う。
信長の他の姫が二文字名で(二文字名は当時の女性名の主流)あることを考えても
「五徳」説には疑問がある。

504:人間七七四年
07/05/12 09:30:41 SvWMtLnP
徳川家の史料と織田家の史料が食い違ってるなんて、一体どっちが正しい
のだろう?娘の名前すら史料によって違いが見られるのだし、まして嫁いだ
年齢や生年などが史料によって違っているのは必然なのかな?
徳姫が信康と同い年というのもどこからきてるのだろう?
「織田家雑録」では徳姫は信忠の姉と記されているそうだけど、そうだと
信康よりも年上になるのではないか?その辺りの信憑性はどうなのかな?
徳姫の生年によっても生母が誰か推測するには大事な情報だと思うし。

505:人間七七四年
07/05/12 10:33:41 S+GwsyOB
多分、徳川方の方が正しいと思う。
徳川では、徳姫の事だけ記録が残っているだろうが、
織田では、徳姫だけじゃなく、早世したり、その後の文献に出てこないような姫の出産記録も残っている。
そういう、実際にあった出産記録と、生き延びた子供を照らし合わせて考えるので、
年代がバラバラになる事はよくあること。
姉としているのに、信忠、信雄が既に生まれていなければおかしい逸話など最たる物。

506:人間七七四年
07/05/12 11:31:03 SvWMtLnP
>織田では、徳姫だけじゃなく、早世したり、その後の文献に出てこないような姫の出産記録も残っている。

その出産記録って生母が誰とか詳しく書かれてないの?
今わかっている子供以外にもかなり生まれているってことだよね。
濃姫にも生まれていたのだろうか?
なんか気になる。

507:人間七七四年
07/05/12 11:47:52 dr5bBElN
当時の乳幼児死亡率からしたら夭逝した子供が何人かいてもおかしくないよね。

508:人間七七四年
07/05/12 13:28:55 aaRhKqAP
徳川家斉の子供は57人生まれて、そのうち32人が5歳未満で亡くなってるそうだ。
死亡率56%!信長は諸説あるけど仮に20人実子がいたとしたら35人ぐらいは
生まれていたかもしれないとなる。名前や生年月日にばらつきがでてくるのは
当然かもしれない。

509:人間七七四年
07/05/12 18:48:25 Oc666iqH
信忠の姉にあたる女児(早世?)がいたのかもしれないな。

510:人間七七四年
07/05/12 20:26:53 xrDOrDrx
徳川に嫁いだ姫の名が「徳」って、できすぎじゃないか?
幼名は別にあって、信康との結婚が決まってから改名したんじゃないだろうか?

511:人間七七四年
07/05/12 20:42:53 9RBdhnOk
徳姫が嫁いだのは松平姓の頃だよ。


512:人間七七四年
07/05/13 22:17:04 BUKK5n9z
確かに当時の女性の名前は二文字名が多いな。
接頭語の「お」をつけて三文字。
茶茶という名も二文字ではないけど、けっこう多かったという。
五徳というのは信長の子供につける名前の傾向からしてちょっと違うかな。

513:人間七七四年
07/05/14 09:18:19 YTKTKLsW
息子に「奇妙」とか付ける感覚の信長だから、
娘に変わった名前つけても不思議ではないが。
信長の子供も、後に産まれた子ほど、信長自身、
珍しくもなくなったのか意外と普通の名前だが、
初期に産まれたと思われる奇妙、五徳(徳姫)の場合、
信長独自の世界感満載の名前だったかもしれぬ。
まあ、茶々の末の妹が、
お江(おごう)→お江与→達子などと改名しているのを見ると、
信長のもとで五徳と呼ばれていた娘が、婚家の松平家で徳姫と呼ばれる事も
ありえないわけではない。

514:人間七七四年
07/05/14 09:19:58 ng939ZbB
この板は近日中に取り潰されるようです。

続きは三戦板でやりましょう。
URLリンク(ex21.2ch.net)

スレリンク(sengoku板:554番)


515:人間七七四年
07/05/14 21:04:04 5xyzlJLh
>>513
崇源院の数種の名だけど、改名といわないと思うが。
信長の独特な命名感覚も過去に色んな意見が出てたし・・・

516:人間七七四年
07/05/14 22:42:54 5jeJf2G0
独特な名前の付け方(奇妙、茶筅など)を信長流の愛情という人もいれば
あの時代の普通の名前(坊など)を愛情という人もいたね。
あと「大して深く考えずに思いつきで決めてるんじゃないか?」って意見もあった。

信長の「これこれこういう理由でこの名前にしました(*>ω<)=3」みたいな
日記でも出てこない限り、どういう意図で名づけたかなんて一生わかんない問題だろうね。
あの時代ですら奇特な人だったんだから、現代の人間に胸中が理解出来るわけもない。

517:人間七七四年
07/05/15 01:15:35 c5NVfHX5
やはりこの板の伸び具合は異常杉だ罠 
一方戦国板の濃スレは伸びないな。 
極少人数による自演ξで晒し上げをしといてあげよう

518:人間七七四年
07/05/15 02:54:11 0sDRBid3
ほれほれ、ここが伸びない戦国板の濃姫スレだってばw

519:人間七七四年
07/05/15 08:37:32 rzid5FrH
安土城が燃えてしまっているからなぁ。
信長や濃姫が、仮に日記を付けていたとしても、城と共に燃えてしまったんだろうな。
燃えていなければ、もう少し濃姫の事も分かったかも知れないな。

520:人間七七四年
07/05/16 11:01:30 H18pS1MD
安土城は全焼じゃないんだよ。
一部焼けてその後修復して三法師の居城となってる。

521:人間七七四年
07/05/21 15:34:02 f9hmJjTF
居住空間として利用していたと言われる、天主が焼け落ちているから
ピンポイントでもかなりの書類が焼けたかもな。

522:人間七七四年
07/05/22 07:55:37 fsHDnah2
仮に秀信の代まで残っていたとしても、彼で断絶し
そういうものを維持、保持していったものがいなかったからな。


523:人間七七四年
07/05/23 21:57:45 PMpuTOmZ
安土城が焼ける前に大事な書類はどこかへ非難?できていればな。
しかし、秀信が断絶したが、織田家の大事な書簡や書類などが
ゆかりの寺にでも保管されていないのだろうか。
やはり嫡流が滅びると、たとへ庶流が残っても肝心の資料は
乏しいのだろう。

524:人間七七四年
07/05/31 23:47:16 8Gp1/siR
信長のファーストレディー ヒラリークリントンでーす


525:人間七七四年
07/06/09 21:52:06 Mr/Z+MIN
俗に濃姫と呼ばれる織田信長正室(斎藤道三の娘)についての
史料は少なく、消息ましてや個人的資質についてはほとんどわからない。
とりあえず信長の正室についてのことだと思われる史料を挙げておきます。


「さて、平手中務才覚にて、織田三郎信長を斎藤道三婿に取り結び、
 道三が息女尾州へ呼び取り候ひき」(改訂信長公記・新人物往来社)

 この道三息女の名前は信長公記には載ってません。『美濃国諸旧記』という
江戸時代に書かれた史料では、「天文十八年二月廿四日、尾州古渡の城主
織田上総介信長に嫁す。帰蝶の方といふ。又鷺山殿ともいふ。」となってます。

それから公家の山科言継が美濃に下向したときに見聞した事件として、
彼の日記『言継卿記』の永禄12年7月27日の記録に、
 「故一色義龍後家壷可為所持、可被出之由信長連連被申、一乱之刻被失云々、
  尚於責乞者可自害云々、然者信長本妻兄弟女子十六人可為自害、國衆大なる衆十七人、
  女子之男以上卅余人可切腹由也、仍中分失弗に治定、今日無事に成了、」
というのがあります。簡単に説明すると信長が故・一色(斎藤)義龍の未亡人所有の壷を
欲しがったが、未亡人は無くしたといいこれ以上責められたら自害すると言った。
これに対して信長の本妻とその兄弟や主だった国人衆などが、
(未亡人が自害するようなことになれば)自分たちも自害・切腹するといって、
信長に反抗、結局信長が無くしたという未亡人の言い分を認めて無事解決、
という事件です。
ここでいう信長本妻はどう考えても信長の正室で斎藤家に深い関係のある女性なので、
俗にいう濃姫のことかと思われます。彼女の性格がわかるような史料はこれぐらいしか
知りません。

526:人間七七四年
07/06/09 22:37:56 +YWtUUIa
だから何?

527:人間七七四年
07/06/10 00:49:38 629LRpAg
史板の濃姫スレが尋常でないのは事実だな。
いったい、何人で回しているのやら・・・

528:人間七七四年
07/06/10 01:44:05 gS2Ob9KF
濃姫スレはすごい量のコピペで埋められてるなw
自分が以前書いたレスもコピペされてたよ。

529:人間七七四年
07/06/10 09:18:25 Y4KfAU2x
どなたかがまた発狂なさったようで・・・

530:人間七七四年
07/06/10 09:32:19 8rzCX1Sz

    \
      \  r‐─-n=ニコ
       \.{ 〈 ̄ /`ヽ、_}`>
        く ``フ′ ヽ\ト、
          /.Y´   |   l__,=ヘ
        {.ニ|二ニ|ニ二_|二ミ}    そんな餌で雛苺がなの―!!
        ヾ大=三}ー=ヲ^ーイ
         {wv _ ,.-、lvへ、
           /  〈__ノl\_)`ヽ、`ヽ、   ====
         /    l!  |  \  \ j| |ヨ   =====
       /‐-、  l!.  |  _,. -‐┬-ヾノ
        仁>、 ∨ァ‐T ̄[_,.ィ又_人{、
       ヽ __ソ〈ァ、」フー大′  rュァ‐'′   =====
          ヽ}〉L__)〈ノ=L{_r<.V>   ====
            くr'K_>|      V^∧
            K_>|     V^∧
            ├‐┤     V ,ニ! ====  (´⌒
            |⌒ |        |/ |  (´⌒;;(´⌒;;
            ヽ_,ノ (´;;⌒  ヽ_ノ (´;;⌒  (´⌒;;


531:人間七七四年
07/06/10 12:18:39 goUzqYGs
なんか、史板の濃姫スレ、書き込めないんだけど。
これってなんだろ?
いやがらせ?

532:人間七七四年
07/06/10 13:27:48 5vcHvXKt
連続コピペで規制入ったのかもな。

( ゚д゚)ハッ!これがコピペの目的か!!

533:人間七七四年
07/06/10 13:45:15 goUzqYGs
せっかく検証が進んでいたのにな~

534:人間七七四年
07/06/10 13:59:17 5vcHvXKt
吉乃に続き、土田御前まで捏造か?って検証されるに足る文献が登場したためかな?

535:人間七七四年
07/06/10 14:07:57 goUzqYGs
いいかげん事実は事実と認めればいいのに・・・

536:人間七七四年
07/06/10 14:32:55 W+iWttl6
まぁ連続コピペをされたのもそれによって 
容量規制が入ったのも自業自得ですな 
検証ならこのスレでも十分できるのだから 
ここで続きをやるがよろしかろうて 
史板より戦国時代に特化した人間が集まる板だけに 
それなりのツッコミも入るかも 
しれないでしょうが逆に言えばそれだけ 
有意義な論議に展開するでしょうな 
 
いやはや楽しみですな

537:人間七七四年
07/06/10 18:56:21 n91KWFzH
信孝スレに張ってあった系図、元は史板の濃姫スレに
あった物みたいだけど
どんな文献とか系図を元に作ったんだろう?
津島四家七党と信孝があそこまで絡んでいたのに、
何で信孝生母は熱田にとどまっていたんだろう?
正式な側室にするのに、不足はない出自だと思うのだが。

538:人間七七四年
07/06/10 19:13:26 adCTPr5O
>>536
あのコピペで埋め立てした人の目的は何か知らないけど
厨房と認定されても仕方ない行為だな。

539:人間七七四年
07/06/10 19:47:57 07AqoLrH
信忠は信長の子なんで秀吉の場合は参考にならないかと
近いのは伊達家かな
政宗の側室の生んだ第一子は、分家になってる
でも秀宗は正室の養子にはなってないから単純に比較は出来ないよね

というか、正室がまだ23才なのに養子をとっているのが異例な気がする
養子にするまでも無く、側室にしか子供が出来なかったら
側室の子を側室の子のまま世継ぎにすることが多いし
側室の子が継いだら、濃姫が尊重されないかもしれないこと気にして養子という流れなら
もう数年、濃姫が30超えてもう子作りは無理と諦めがつくまで待つんじゃないかと
美濃が欲しいだけで濃姫についてはどうでも良いっつんなら別だけど……
後は濃姫本人が諦めていて養子でも良いから早く子供が欲しいと思っていたとか

信房について、もし濃姫の実子で、だから養子の信忠は美濃支配に留めて
織田を継ぐのは源三郎信房というプランがあったとしたら
信忠は即効で信房を殺したと思うんだよね
与力だから、戦でちょっと危険な所を任せて、うっかり指揮を取り間違えたように見せかければ
簡単に殺せる
殺したところで誰も信忠を罰することが出来ない
信房が居なくなってしまったら、信忠しか織田を継ぐ人が居ないからね
「源三郎」が、いずれ織田の跡取りにいう意味なら、戦国の常識に従うと同母の兄弟でも殺すし
信長も伊達に弟に謀反起こされた訳じゃないから
信忠が嫡男というのが揺るがないことが内外に明白なのでなければ
信房を信忠の与力にはしないと思う

源三郎については、後で周囲に誤解招くかと反省したんじゃないかと思うけど
だから半年後、信忠に「天下の儀も御与奪」とわざわざ言ったのかも

つーことで、信房が濃姫の子なら、信忠も濃姫の子と、セットで考えてる
逆に言うと、信忠が濃姫の実子でないなら、信房も違うと思う

信忠に関してはやはり側室腹と考えるのが自然だと思う。
それも>>342のような流れであればなんら不思議はない。
濃姫の認めた人柄の女性を側室に差し出し、自分の代わりに
子供を産んでもらったというだけの側室。
立て続けに子供を3人も産んだから寵愛が深かったという
誤解を与えたけど、逆に年子3人ということは、褥の数は最小3回でも可能。
妊娠中は褥をすることもなかったろうから、信長との関係は
側室と当主のそれを超えるものはなかったと思う。
第3子出産後はぱったり子供が産まれてないのが寵愛がその程度であった
証拠。

勝長は実子である可能性は大いにあるけど、信長が目の黒いうちは
嫡男を退けてまで勝長をという考えはなかったと思う。
その気持ちがあれば養子にだしたりはしないはず。

嫡男として育てておきながら当主の怒りをかい、廃嫡されるというケースは
あるので(細川家、ガラシャの長男は廃嫡)、家督争いのためというのではなく、
信忠に嫡男としてあるまじき粗相があったら廃嫡して、勝信が嫡男に
ということはありえるだろう。

いろいろ考察すると、濃姫は世間が思うほど影の薄い正室ではなく、織田家に根を
はって、正室として実権を握っていたというのが本当のところではないかと思う。
それには信長の理解あってのことだから、夫婦関係は良好だったんだろうとも
思える。信長が道三のかたきをとってくれた、濃姫のおかげで念願の美濃を手に入れた、
というお互いの利害関係も一致していたしね。

540:人間七七四年
07/06/10 19:48:57 07AqoLrH
武功夜話に関しては、実際に読んでみたら分かる事だけど、
信長と生駒屋敷が絡んで出てくる辺りは本当にめちゃくちゃ。
吉乃の夫が弘治2年に亡くなったと書いてあるのに、
同じ人間が、吉乃は濃姫が嫁ぐ前の天文20年頃には信忠を身籠っていたとか
弘治元年の正月に信忠が生まれたので祝いに踊り興行を生駒屋敷でやったとか
証言していたりする。
信忠の生年は弘治3年というのはほぼ間違いないので、まずそこからして違う。
もちろん、濃姫の輿入れは弘治以降って事にしたいらしい記述。
墨俣の一夜城に関する記述がおかしいというのはよく言われるけど、それは説明
しやすい箇所だからピックアップされているだけで、そこだけじゃなく
桶狭間の戦いの記述とかもおかしい。
最近じゃ、桶狭間は正面衝突のガチンコで、上洛戦じゃなく鳴海城などの
救援に今川が出てきたと分かってきているから分かる事だけど、
小六が村人に化けて画策してたり、まぁ、所謂昔から講談なんかで書かれている
奇襲戦を更に色付けしてある感じ。
あと、信長は、財力的には最近では熱田湊や津島湊をおさえていて豊かだったと
考えられているけれど、お金がなくて生駒に援助してもらってる事になってる。
ちなみに、昭和以降の市町村合併による合成地名が出てきたり、戦国期に実際に
生きていた人間だったら知っている筈の、当時の河の流れが、後世変わってしまった後の
河の流れで記述されていたりもする。
他には、閏月のあった年の記述など、閏月があったのを知らない状態で書いたのか
閏月が無視されていたりする。
戦国期、特に織田を専門にしている史学者などは、はなから相手にもしてないし
偽文書と言われている。
発表された頃、本当だとお墨付きを与えたのは、織田を専門にしていなかった
小和田氏とかだね。
あと、遠藤周作などの小説家とマスコミ。
結局、ある程度信憑性を有していると考えられているのは、織田とは関係のない
朝鮮戦役の記述の辺りだけというのが最近の見解。

普通、偽文書を歴史捏造目的ではなく、各家の記念的顕彰作品として作る場合
作者は専門家が見ればすぐに偽文書だと分かるようにしておくものという。
武功夜話などは、専門家からすると、このパターンに当てはまるらしい。
「門外不出」
「当本貸出しの儀平に断るべし」
などの一文は、常套句である(武功夜話にもしっかりこの一文がある)。
だが、
>自分の家にあった古物を津田応助に売ったら、いつの間にか吉田家に
>代々伝わるものとして吉田家で見せられたなんて話も聞くし。
というのが、本当の事だとすると、吉田龍雲という人は
自己顕示欲と名誉欲が強いと思われる。
しかしながら、元の持ち主に誇ったりする程度に粗忽者とも言える。
武功夜話の中身がそういうパターンに当てはまると気がつかないまま、
津田応助死後に本物だというふれこみで出版してしまったと考えられるのではないか?

541:人間七七四年
07/06/10 19:49:43 07AqoLrH
なるほど、信忠と信雄が同腹なら「次男信雄モ生駒ノ息女之腹也、」ってなりそうだよな。
ところで勢州軍記っていつ頃成立で著者は誰なんだっけ?
「勢州軍記」は神戸良政が書いたもので、基本は伊勢の戦国史だね。
寛永15年(1638)に「勢州軍記」の抄録の「兵乱之記」を書いてるから
「勢州軍記」そのものの成立はそれ以前。
17~18歳くらいから、蒲生氏郷に仕えた父親の政房の記録をまとめる形で
「勢州軍記」を書き始めたと言われているから、1609年生まれだから
1626~1627年にかけて書き始め、その後伊勢に戻ってから更に
伊勢の人に聞き取りながら加筆したと言われている。
まぁ、神戸氏なので、信孝の事がよく出てくる文献ではあるけど、
だからと言って、信忠や信雄を貶めたりしているような記述は
特にはないと思うけど、これは私見なので信雄贔屓の人から見たら
どのように見えるかはちょっと不明。
信長死後40年位してから書き始めたものではあるけど、信長公記の
成立直後くらいだから、信長公記にあまり影響されてないように
自分には思えるかな。
生駒が信忠の母親なら「嫡子信忠卿モ亦妾人ノ腹也」と書かずに、
信雄同様に「駒ノ息女之腹也」と書いてあるはず。
お濃が信忠を養子にしたのは23歳の時だから、彼女の子であっても不思議はないけど
「妾ノ腹」と書かれるのはもっと不自然だな。
嫡男になるほどの実母なら、生駒よりも身分が高いと推測されるんだけど、
それなら生母についてきちんとした資料が残っていてもよさそうなものだ。
考えれば考えるほど謎。
普通、偽文書を歴史捏造目的ではなく、各家の記念的顕彰作品として作る場合
作者は専門家が見ればすぐに偽文書だと分かるようにしておくものという。
武功夜話などは、専門家からすると、このパターンに当てはまるらしい。
「門外不出」
「当本貸出しの儀平に断るべし」
などの一文は、常套句である(武功夜話にもしっかりこの一文がある)。
だが、
濃姫が中心とは言えないまでも、当事者になった事件は
永禄12年の壷事件だろうな。

武功夜話って、地元の逸話や伝承や系図に詳しくて、大久地古事記って偽書の
制作も疑われている津田応助が作って、所有者である吉田龍雲が清書したって
話をよく聞くよね。
元の原書自体は、朝鮮戦役の辺りくらいだけで、その他の信長と関わるような
辺りの話は、津田応助が地元に伝わる逸話とかを取り入れて作ったって。
土田弥平次なんかも、江南市に伝わってる逸話を利用したと考えると
結構納得いくんだけど。
でも、津田応助って江南市では地元に貢献した立派な人物って評価だけど、
生きてた当時って、古物の転売してたんでしょ?
特に、吉田家に売ってたらしいね。
自分の家にあった古物を津田応助に売ったら、いつの間にか吉田家に
代々伝わるものとして吉田家で見せられたなんて話も聞くし。
津田応助は死んじゃってるけど、吉田龍雲は生きてるんだし、その辺弁明はないのかね?

542:人間七七四年
07/06/10 19:51:30 07AqoLrH
お鍋の方も諸説あるんだけど、こういう説もあるよ。
小倉左近大夫良親の息女で、本能寺の変後に実家の小倉に帰って親元にいたそうだ。
「近江輿地志略」「淡海温故録」参照。
ちなみに小倉賢治の室で切腹後どうのこうのは後年の創作話と考えた方がいい。
小倉家出身だったので、小倉なべ、と名乗っていたのだろう。

本能寺の変の時お鍋の長子である信高は大垣城主の氏家氏のもとで養育されていたこと、
安土城内の信長の親、妻妾、子供たちは蒲生家の保護のもと近くの日野城に
避難しているのに、お鍋が日野城に避難せずに実家にいたことから、           
お鍋は安土城の奥で公認されていた側室ではなかったのではないかと考えられる。
坂氏同様に城内におかれず、安土城下もしくは、居館を与えられていたのではないだろうか。
ただ実家のある小倉は滋賀県で安土とは遠いので緊急時の避難先にはちょっとリスクが
高いので不自然さは残るが、とりあえず日野城に避難して落ち着いてから
実家に逃れたとすれば不思議はない。

お鍋は濃姫たちと行動を伴にした様子はなく、信雄に庇護されていた痕跡もない。
秀吉の取立てによってお鍋が表舞台にでてきた経緯から、
正室の息のかかっていないことから、信長の男子をもうけた側室を                            
秀吉が利用したのだろう。                     
                                        
お鍋が正室格といわれてきたのは崇福寺への書状が根拠だったんだ。
あたかも正室クラスのがだす命令書だし、家臣の丹羽にもあのような指令を出せる
立場なのは安土城内でも相当権力のある女性であるはず→お鍋は正室格、
となっていただけ。                        
もしお鍋の書状でないと判明したら、たんなる側室以外の何ものでも
なかったことになる。                              

信忠の養子の時期は7才以降だと思う。
当時の乳幼児の高い死亡率から子供は7才ぐらいまで神様の預かり物
という認識だったので、乳児の頃養子にすることはしないと思う。
7才過ぎたあたりで早い子は元服を迎えたりしたので、
峠を越え、無事に成長をしたことを見届けたあたりで
養子にしたと思う。
正室の子でなければ嫡男になれなかったわけではないし、
養子にしたのは美濃支配のため信忠に正嫡性をつけたかったからだと思う。

543:人間七七四年
07/06/10 19:53:56 07AqoLrH
生駒家の家系図でも「吉乃」なる女性は存在せず該当すると思われる女性は「類」。
信忠、信雄、五徳は清洲城内で産まれた記されているので、生駒屋敷に類がいて
信長がせっせと通ったこととも矛盾する。
濃姫公認の側室として清洲にあがり、奥で側室奉公をしていたという事実を歪曲
しているのは確か。
武功夜話の年代的な矛盾も甚だしく自分で調べてみるといいよ。
呆れるほどだから。
信長の寵愛が深かったという証拠となるのは武功夜話に書かれていることだけが
根拠。
一般史料からわかることは、類はその他大勢の側室となんら変わりない扱いを
受けていた。それどころか、生前出家していたことがわかっているので
五徳を産んでから信長のもとを去っているんだよ。
寵愛が深かったらそんなこと信長が許さないし、する必要もないでしょ?

年子で3人産むということは、さほど信長と交渉回数がなかったということの
裏返しでもある。何を根拠に信長の寵愛が深かったと信じられるのかな?

544:人間七七四年
07/06/10 19:59:34 W+iWttl6
なんでこっちのスレにまでコピペしまくるんだよw

545:人間七七四年
07/06/10 21:32:03 goUzqYGs
こっちでやると自作自演バレバレだよ。
生駒厨さん。

546:人間七七四年
07/06/10 22:03:58 W+iWttl6
すぐに生駒厨を持ち出すおまいさんも 
かなりウザイんだがな。 
生駒や武功叩き路線でやりたいなら 
偽書スレにいけよ。

547:人間七七四年
07/06/10 22:43:03 adCTPr5O
これまで何かというと生駒厨がどうとか言う奴がウザいと思ってきたけど
そういうのにすぐ反応して煽る奴の方がはるかにウザく思えてきた。


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