秀吉による朝鮮征伐の軍事分析PartⅤat ARMY
秀吉による朝鮮征伐の軍事分析PartⅤ - 暇つぶし2ch2:名無し三等兵
08/02/22 22:45:43
朝鮮征伐なんかしないで北海道、サハリン、シベリア、アラスカを
ロシアが来る前に占領してくれていれば、今頃資源不足で困る事もなかったのにね。

3:名無し三等兵
08/02/22 22:49:17
>>2
何で?

4:名無し三等兵
08/02/22 23:05:05
シベリア、アラスカ、サハリンには全世界の3割の天然ガス、
1割の石油資源が眠っているそうですからね。
他にもいろいろ地下資源がモリ沢山。
朝鮮半島なんかよりよっぽど価値のある土地ですよ。
しかも2000~3000万人程度の人口で支配出来る
人口希薄地帯。日本の国力増大にとってこれほど好都合な
土地はないでしょう。

5:名無し三等兵
08/02/22 23:07:33
>>4
江戸時代の採掘技術等を考えると、
土地の維持コストの方が高くつくな。

6:名無し三等兵
08/02/22 23:13:42
安土桃山時代はともかく、第二次大戦で南下ではなく北上路線を
取ればよかったんですよ。ロシアの機甲師団がいくら強力でも
東西二正面を戦う戦力はなかったんだから。

なんでよりにもよって世界最強の工業国相手に戦争始めちゃった
んですかねぇ。まったく頭が悪すぎる。

7:名無し三等兵
08/02/22 23:19:19
江戸時代の基準通貨はお米だよ
お米の取れないところは無価値だよ

8:名無し三等兵
08/02/22 23:29:26
基本的に江戸時代では、他の生産物でも米に換算して年貢としていたわけだが。

9:名無し三等兵
08/02/22 23:47:01
>>6
北進スレかブラウ作戦スレに行け

10:名無し三等兵
08/02/24 01:45:06 c4JXJeSp
>>4
資源とか無茶言うなよ あの当時に
秀吉がエスパーとかなら話は別だが

11:名無し三等兵
08/02/24 01:55:27 mzLsowB9
軍事分析よりもまず知りたいことがあるんだが。。。
日本人が書いた朝鮮征伐の小説ってあるの?

12:名無し三等兵
08/02/24 02:01:01 zrMfsc47
唐攻めを朝鮮征伐などと矮小化するべきではない。

13:名無し三等兵
08/02/24 09:40:39 s/wuXvDb
>>12
正解

14:名無し三等兵
08/02/24 09:43:30
世界的な砂漠化の進行を食い止め、緑地面積を増やすのに一番手っ取り早い方法は、
海水の淡水化装置を利用して砂漠の周辺に大量の淡水を流し込み、その土地を緑化した
上で農業をおこなうことである。

少量の水を導入する程度では塩害が起こりやすくなるが、淡水化装置によって大量の
水を流し込めば、地表に吹き出る塩分も淡水で洗い流すことができるので、塩害は発生しない。

そうして大量の水を利用して土地を緑化し、農業をおこなう。そして収穫した農産物を原料に
バイオ燃料を製造する。このバイオ燃料をエネルギー源にして海水の淡水化装置を利用すれば、
低コストで淡水化装置を運用することができる。もちろん余った農産品やバイオ燃料を外部に
販売すれば、利益が出るようになる。近年の食糧価格や燃料価格が高騰している状態であれば、
海水の淡水化装置を運用するコストを割り引いたとしても十分に利益を見込めるのは確実だ。
そして今後も中国やインドの経済成長によって食糧や燃料の需要は増加していくから、需要の
減少による採算割れのリスクも無い。

海水の淡水化装置を利用しても砂漠を緑化できる面積など微々たる物であると思うかもしれない。
しかしこれにはからくりがある。一度海水を淡水化して緑地化してしまえば、その緑化した土地から
水分が蒸発するようになり、その土地に雨が降るようになるのだ。年間の降水量が増加すれば、
農業を継続する上で海水の淡水化装置に依存しなければならない割合が減少する。そうすれば、
淡水化装置の余った能力で、さらに農地を拡大していくことができるわけだ。

このような海水の淡水化装置を利用した砂漠の緑化事業の有望最適地はオーストラリアだと
思われる。オーストラリアは砂漠の面積が広く、しかも大洋に面しているので海水の淡水化装置に
よって海水の塩分濃度が上昇することはなく、英語圏の国なので意思疎通をおこなう通訳の
確保も容易で、治安も良い国なのでアフリカや中国に比べて設備の盗難に遭うリスクがきわめて
低く、砂漠も海洋に近い地域まで広がっているので内地まで水を引き込む手間が少ない。
海水の淡水化装置を利用した砂漠の緑化が、地球温暖化対策や食糧・燃料価格対策として
最善の回答なのである。

15:名無し三等兵
08/02/24 10:01:51 xkRrAWH7
だから兵糧も途中地点にある朝鮮で調達できると思ってたんだよね。
秀吉の朝鮮=九州の一部と言う勘違いもあってww
結果は朝鮮側の焦土作戦により兵糧続かなくてアボーン。。
秀吉が大陸の戦いを知っていれば・・・。

16:名無し三等兵
08/02/24 11:24:28
大陸の戦いを知っている明軍や朝鮮軍はもっと悲惨な訳だが?

17:名無し三等兵
08/02/24 11:38:30
補給送りまくってますが?

18:名無し三等兵
08/02/24 12:01:19
>>14
なぁ必然的に生まれるであろう高濃度の塩水はどうやって処理するんだ?
中東の国で問題になってなかったかそれ

19:名無し三等兵
08/02/24 17:10:21
>>18
オーストラリアなら問題ないらしいぞ、とコピペにマジレス

20:名無し三等兵
08/02/24 23:33:29
>>16
兵糧関係が秀吉側より悲惨だった事を具体的にお話お願いします。
>>17
現実問題として秀吉の軍はどっちに比重をおいてたかだよね?
第一に、「まくって」ってなんと比較して言っているの?
日本側が常時供給過多だったって話はきいた事ないけど。

21:名無し三等兵
08/02/24 23:52:34
文禄の役 戦闘序列

一番隊
宗義智 小西行長 松浦鎮信 有馬晴信 大村喜前 五島純玄(宇久純玄)
二番隊
加藤清正 鍋島直茂 相良頼房
三番隊
黒田長政 大友吉統 
四番隊
毛利吉成(森吉成) 島津義弘 高橋元種 秋月種長 伊東祐兵 島津忠豊
五番隊
福島正則 戸田勝隆 長宗我部元親 蜂須賀家政 生駒親正 来島通之 来島通総
六番隊
小早川隆景 小早川秀包(毛利秀包) 立花統虎(立花宗茂) 高橋統増(立花直次) 筑紫広門 安国寺恵瓊
七番隊
毛利輝元
八番隊
宇喜多秀家
九番隊
豊臣秀勝 長岡忠興(細川忠興)


22:名無し三等兵
08/02/24 23:59:48
>>20

「経略復国要編」によると

明側の状態も結構悲惨らしい

「倭奴が開城などの周りの野草をすっかり焼き払い、われ措置をとり得ず
 故に馬が多く死んで、我が兵士は氷雪の生活を送りながら、死んだ馬の肉をくらい
 冷害や疫病がはやり、相次いで?毒が広まって、多くの兵士が死に至り、我々はどんどん疲労していった」


↑みてのとおり李朝の困窮に困ったのは明も一緒
連戦連勝で極めて士気が高かった明がいつのまにか和平に乗り気だったのは
とうぜん半島が悲惨な地であったことからくる不幸中の幸いともいえる



23:名無し三等兵
08/02/25 00:05:46
>>15
出展お願い

24:名無し三等兵
08/02/25 00:09:33 dEnEPdhB
では何故その様な状況に至ったのか??
補給に関して日本側より多少意識はしていたはずの
明軍はなぜ半島で補給に困窮したのか
詳しく知りたいところですね。

質問ばかりで申し訳ないが

25:名無し三等兵
08/02/25 00:19:23
>>23
ネットにあった情報を基に書いたから
出展はどこと聞かれてもわからない。

26:名無し三等兵
08/02/25 00:46:11
>>24
この時期の満州なんか余裕で氷点下いくし
現地徴収以外ありえんよ

むしろ南から物資おくれる日本の方が有利だった位

27:名無し三等兵
08/02/25 11:28:35
朝鮮半島南部に上陸、半島縦断して満州を横断。徒歩で。
しかる後に北京を衝く。
半島は貧しく満州は荒野で現地調達は望めない。
根本的に戦略としてそれってどうなのさ。無理くさくねえか。

28:名無し三等兵
08/02/25 12:12:22
清が明を滅ぼした手法のように
内部分裂を誘うしかないと思われ
基本的に外からどうひうなる勢力じゃないしな

29:名無し三等兵
08/02/25 13:30:34
昔の秀吉にはそういう狡猾な部分もあったのになあ。
いつのまにか力押しだけになっちゃっておるし

30:名無し三等兵
08/02/25 13:46:24
黄海突破して北京直撃って出来なかったかね。

31:名無し三等兵
08/02/25 13:50:21
海戦は明が圧倒的に有利。海のもずくとなる可能性が高い

32:名無し三等兵
08/02/25 13:53:33
末期明の皇帝はそろって馬鹿だし、朝廷も腐敗甚だしいから
宦官に賄賂送れば半島割譲位はあっさりできたかもね

足がかりを手に入れたら
同じく賄賂攻勢でどんどん有能な将軍を粛清してもらって
明政府の民心が離れた所で突撃

33:名無し三等兵
08/02/25 15:39:54
で?

34:名無し三等兵
08/02/25 15:40:55
秀吉が馬鹿だから13万犬死

35:名無し三等兵
08/02/25 15:43:25
中世の牟田口

36:名無し三等兵
08/02/25 15:44:38
戦国の牟田口‥‥でも若かったときは確かに非凡だったので
そこは彼とは違うけど

37:名無し三等兵
08/02/25 15:56:08
海戦ではそれほどでもないんじゃね。
朝鮮水郡いなきゃ余裕だっただろうし。

38:名無し三等兵
08/02/25 16:00:51
秀吉を酷評するスレだなw

指折りの政治家で軍人だが。
仕方ないだろ・・・敵の戦力が正確に掴めてりゃ、おまいらの言い分も成立するが、当時の世界で情報なんか基本的にアテにならん。
結果的には馬鹿だったが、太平洋戦争なんかよりは全然マシ。
もっと高く評価するべきだな。

39:名無し三等兵
08/02/25 16:02:35
世界で一番大砲もって国は明

日本は接近して船を制圧する古来の方法が主流だったが
明は距離を取って大砲で砲撃するって方法が主流だったよね。


40:名無し三等兵
08/02/25 16:03:13
>>38
世界史板のスレの住人が流入しているだけじゃなか?w

41:名無し三等兵
08/02/25 16:04:16
>>37
朝鮮水軍は明水軍の技術援助、資金援助で成立している。


42:名無し三等兵
08/02/25 16:06:25
それでも李がいないときに日本水軍にコテンパンにやられてるしなあ

43:人間七七四年
08/02/25 16:07:52
当時のアジア方面の海戦は相手の船を壊す沈める事が目的なのではなく
敵兵を海に落とす事が勝利なんだよ

44:名無し三等兵
08/02/25 16:14:53
そんな優秀な明国水軍がなんで倭冦の跳梁を許してたんだ?

45:名無し三等兵
08/02/25 16:26:31 qWz83DDE
>>44
王直は明の宦官に賄賂送りまくりで
宮中は穏健派、妥協派が占めており
なかなか軍を持って討伐できなかった。

実質密貿易は容認状態だったらしい

46:名無し三等兵
08/02/25 16:29:58
>>42
李なんて大して戦局に影響ないだろ
李とかいう朝鮮人がいなくても、朝鮮の水軍は明軍の軍事訓練を受けていた連中なので
質は変わらん。つーか李を過大評価するなよ。

李がいようがいまいが砲でおとる日本軍が明軍に勝てない。最初から装備の差だよ。
海戦での連敗は

47:名無し三等兵
08/02/25 16:34:51
そんなこといっても実際にやられてるわけだし。
最後の海戦では急ごしらえの日本水軍にさえ明や朝鮮の将が討たれてる。

48:名無し三等兵
08/02/25 16:37:23
船や戦術、土地勘全てで劣っているだろ。
地元の歴史では、江戸時代中期以前は沖合いを航行するのは普通とは言えない。
構造が弱く、体当たりでは負ける。
大砲を積むように作ってない。

海戦は不利もいいところ。
やるなら、西洋の軍船や軍人から技術導入すべきだった。

後知恵だがな。


49:名無し三等兵
08/02/25 16:38:12
最期の海戦は島津の方が損害受けてたけどな。
基本的に海で明軍が本腰をいれた海戦はほとんど勝利してない?

50:名無し三等兵
08/02/25 16:42:14
海戦で不利だったから
脇坂が惨敗して、釜山に船を貼付けなければなければならなかったんだろう。
黄海を横切るなんて自殺行為もいいところ。
船体や大砲の差だけじゃなく、黄海の潮の流れ、土地勘全部不利じゃん
いったらいったで全部明に沈められるのがオチ

51:名無し三等兵
08/02/25 16:47:34
大砲の差は歴然なので海戦は不利だと思う。
おまけに日本は接近戦主体だしな。

52:名無し三等兵
08/02/25 16:52:28
そんな兵装の差があってもやられてる明軍って・・・・
兵はキドウなりとはよく言ったものだ。

53:名無し三等兵
08/02/25 16:59:29 bhrPg3Yz
順天倭城の攻防で調子こいて潮の流れを見誤った明水軍の軍船が座礁し
小西軍に多数鹵獲されてそのうち一艘は大坂に送られ見世物にされてる。

明の水兵たちは足軽たちに嬲り殺しにされたらしいw

54:名無し三等兵
08/02/25 17:14:57
そりゃ、日本が強いんじゃない。

単なる敵失ってヤツ。


55:名無し三等兵
08/02/25 17:18:11
強いやつが勝つんじゃない、勝ったものが強いのさ。

56:名無し三等兵
08/02/25 17:22:33
>>53
土地勘ないじゃんw

57:名無し三等兵
08/02/25 19:24:35
>>49
ソース

58:名無し三等兵
08/02/25 20:25:38
大砲で当時の海戦が決定付くなんて何処のアホの言いぐさ?
二百年後のネルソンの時代になっても大砲だけでは決定打とはならんのよ。

59:名無し三等兵
08/02/25 20:45:56
>>58
信長の重武装の鋼鉄戦艦が村上水軍を蹴散らしたことをお忘れかい?

60:名無し三等兵
08/02/25 20:50:46
今時、安宅船のネタかいな。

61:名無し三等兵
08/02/25 20:57:08
>>59
お前、軍板に来てその体たらくか?


62:名無し三等兵
08/02/25 21:04:55
あれは軍艦というよりも、海上機動要塞といった類のもの
という話も

63:名無し三等兵
08/02/25 21:08:47
毛利方の被害って大砲よりも焼き討ち中心じゃね?
それ以前に本願寺って全然封鎖されていないんだが?

64:名無し三等兵
08/02/25 21:18:27
鉄張装甲については記述が無いな。

65:名無し三等兵
08/02/25 21:20:37
参謀本部はソースにならねえ。

余所でもそう言われてないか?

66:名無し三等兵
08/02/25 21:23:16
明の大砲を積んだ軍船は順天倭城で小西陸軍に撃ち負け。
座礁したところを逆襲されて一挙に40隻も失っている・・・使えないな。

67:名無し三等兵
08/02/25 21:28:37
明、渾身の水陸共同作戦も倭城にはまったく通じずw

68:名無し三等兵
08/02/25 21:51:47
まったく、穢人どもも愚かなヤツらよ。
日本刀、当世具足、日本式の城郭、鉄砲といったものを目にしておきながら、
そこから何も学ばなかったとはな。
もししっかりと日本の軍事技術を学習して吸収していれば、
みすみす清に蹂躙されることもなかっただろうに…。
まっ、それが穢人の性、と言えばそれまでだが。

69:名無し三等兵
08/02/25 21:58:21
朝鮮が凄いのは、あれだけ日本にメタクソにやられたり明軍に振り回されて
戦争に自主性が発揮できず、人口が1/3になったのに・・・
全く富国強兵に励まずに明をあてに出来ずに清に侵略されたこと。
更に清にやられても全く富国強兵に励まなかったこと。

70:名無し三等兵
08/02/25 22:09:20 B6EUhDBX
明の水軍ってよくわからん

倭冦と争ってばかりだと思ったらツンデレだし
朝鮮征伐では大勝しているのに朝鮮に手柄を全部奪われたり
海禁政策をとっていたのに貿易で荒稼ぎしてたり
滅亡寸前の明艦隊が欧州最強の艦隊とガチ戦争して殲滅させてたり

どれが本当の明海軍なんだか

71:名無し三等兵
08/02/25 22:11:36
>>65
だが、多くの研究者はそのソースにならんもんネタに本書いて銭稼いでいる

72:名無し三等兵
08/02/25 22:13:12
鄭和の艦隊は解体されてしまったな。

73:名無し三等兵
08/02/25 22:13:33
>>71
挙げてみ

74:名無し三等兵
08/02/25 22:15:26
>>57
URLリンク(en.wikipedia.org)

75:名無し三等兵
08/02/25 22:18:02
>>70
ガチで戦えば欧州最強の海軍もかるく捻れるが
内部が腐敗しまくってそれどころじゃないという明海軍
敵は外より内に有りの典型だな

76:名無し三等兵
08/02/25 22:19:46
一応、明海軍は当時においては世界最強だったということでいいのでは?

77:名無し三等兵
08/02/25 22:20:10
wikiね

78:名無し三等兵
08/02/25 22:30:01
>>65
参謀本部の研究は
朝鮮役後の検地から計算された数値
朝鮮役後の西日本はほとんど空き屋だらけで
持ち主行方不明の状態だったがな
数字もあるのでそれなりに信憑性がある

腐っても国家機関が湯水のように税金使って研究しまくった上での数字だ
馬鹿にしちゃいかん

79:名無し三等兵
08/02/25 22:30:56
毛文竜が水陸両用作戦なんかやってたりするしな

80:名無し三等兵
08/02/25 22:37:01 g/9i0YxB
秀吉公のおかげで、キムチが赤くなったという罠(w



81:名無し三等兵
08/02/25 22:46:18
明の不可思議さ

大陸国家なのに、シーパワーw
海禁政策なのに、貿易が盛ん
海禁政策なのに、東シナ海の覇者
大陸を荒し回る倭冦はなぜか中国人
しかもその倭冦の頭目、王直とは仲良しww
国が傾きかけているのに海軍は世界最強ww

82:名無し三等兵
08/02/25 22:47:04
赤国一揆キタ Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒(。A。)!!!

83:名無し三等兵
08/02/25 22:59:28
>>73
大坂役関係書籍
配陣図があったら確定

84:名無し三等兵
08/02/25 23:06:23
>>83
朝鮮役の話をしている

85:名無し三等兵
08/02/25 23:08:42 B6EUhDBX
ま、朝鮮役後の九州の村は三割くらい空き屋だったのは事実だけどな
むしろ日本軍13万死亡は少なく見積もった数字

86:名無し三等兵
08/02/25 23:10:56
実際は20万位あぼーんしてそうだな
陸でも海でもぼっこぼっこだったしね

87:名無し三等兵
08/02/25 23:26:58
>>74
721 :世界@名無史さん :2008/02/15(金) 06:49:57 O
史料を読まないタンブルの阿呆やそれを書き写した英ウィキを権威化して信仰する阿呆がいるのはこのスレですか?

88:名無し三等兵
08/02/25 23:32:07
まあね
いわれてみれば、欧州の精鋭部隊とガチ海戦して勝っているからな。明は
日本やオスマンじゃとても欧州の軍には勝てんだろし、海禁政策を取っているのに強い海軍をもっていたのは間違いないようだな

89:名無し三等兵
08/02/25 23:35:01
>>87

豊後国の資料には

朝鮮出兵後の見地だと
42%が空き屋になってて
30%が失人になってたらしい。

酷い村になると
75%の耕地が失人になってたため荒涼とした荒れ地が広がっていたとか。
「国空け散々」といわれる大規模な逃散がでた。

しかも九州はみんなこんな傾向。

前線やってた小西はもっと酷い
戦後は二公一民という増税と「給人1/3」という過酷な過役で
農民の多くが餓死かあるいは逃散した

90:名無し三等兵
08/02/25 23:35:59
>>87

417 :世界@名無史さん:2008/02/14(木) 10:12:15 0
日本などすぐにひとひねりだと豪語した李如松が明軍来援したのは
1593年の正月
そこから各地で日本軍は敗戦を重ねて1593年 3月
漢城付近まで追いつめられる

漢城で連署された報告書には
小西・宗 18700→6692人
加藤   10000→6629人
鍋島   12000→7644人
大友   6000→2052人

まで減っている

弟を殺された小西は明軍を甘く見てた。桁違いだとフロイスに手紙を書いているし
大友は士気壊滅で勝手に脱走→改易
それを見てた最上義光は明日は我が身だ。坊主になっても生きながらえたい。せめて死ぬなら祖国の土の上でと手紙を残す



91:名無し三等兵
08/02/25 23:37:52
陸軍参謀本部といえば当時の超エリートが膨大な資料をかき集めて作った計算やデータだろうに
お前等軍オタの妄想とどちらを信じるかなんて聞かれるまでもなかろう

92:名無し三等兵
08/02/25 23:54:43
動員定数が1500人にもかかわらず、9000人の死者が出たと書いちゃう英wikiクオリティ。

93:名無し三等兵
08/02/25 23:57:53
聞いている限りでは日本軍13万の犠牲はそれなりに納得いくがな

94:名無し三等兵
08/02/26 00:01:36
日本の優位点
兵力、マスケット、将兵の経験、刀槍、南方補給

明の優位点
経済力、キャノン、火器の豊富さ、騎馬、海軍

95:名無し三等兵
08/02/26 00:04:06
>>93
明側の兵力と犠牲に疑義があるな

96:名無し三等兵
08/02/26 00:21:45 /BYOii9j
明朝と豊臣政権の痛み分け。

で、どちらも滅びるということでFA?



97:名無し三等兵
08/02/26 00:46:05
>>95
明の兵力は
文禄は
李如松四万でどうも確定みたい。(増援は5000)

慶長はやや揺れうごくが
同時の明の動員力から見て10万以上はありえんだろう

てか、明は意外と兵力少ないのねえ


犠牲者も日本と同様検地帳からある程度計算していると思われ



98:名無し三等兵
08/02/26 00:48:32
>>97
その確定みたいってのが問題。
世界史板でも言われてた。
明史や朝鮮の記録を無視だからな。

99:名無し三等兵
08/02/26 01:00:56
>>98
軍役帳からしらべたんだよ
文禄の明軍は四万三千(明史10万と称す)
これはどの書物でも載っている
図書館でも本屋でもいいからいいから適当な書物を調べてみろ

増援は李如松が
「日本は数がスゲエ多い。一応、兵勝っているから士気は高いが、敵衆我寡(俺等少ない敵多い)の状態なんで援軍頼む」
朝廷に手紙だしてる

4、5ヶ月後に
増援5000の劉?が来るが
李如松が「これじゃ全然たんねーよ」とさらに手紙だした

しかし、明朝廷は宦官が穏健派ばかりになっていて。文禄についてはこれ限り一切一切兵を出してない

100:名無し三等兵
08/02/26 01:12:36
当時の明は総兵力80万くらいらしい。
当時世界最大の軍事国家だった日本も同じ位の80万はだせたと思うが
外敵無しで一点集中できる日本と広い国境線を持つ明の場合動員兵力がまるで異なる
しかも当時の明80万も殆どが国境警備隊で、
まともに皇帝直属として動かせるのはせいぜい「10万前後」らしい

文禄の場合はさらにいい加減で明朝廷はまるで秀吉に無警戒
緊急でとりあえず四万という形で出陣させた


101:名無し三等兵
08/02/26 01:20:24
>>88
>いわれてみれば、欧州の精鋭部隊とガチ海戦して勝っているからな。明は

明がヨーロッパ艦隊と戦ったことあったか?


102:名無し三等兵
08/02/26 01:31:25
ある。結果はオランダの精鋭艦隊ほぼ壊滅、指揮官降伏。
オランダは当時ヨーロッパ最強だったが、ここを境にイギリスに追い抜かされるね

103:名無し三等兵
08/02/26 01:36:26
明海軍は東シナ海において絶対勢力だから
倭冦も自勢力のうちと考えればまさに世界最強でよかろう。

104:名無し三等兵
08/02/26 02:53:39
秀吉のことだけ悪く言うなよ?


こいつも相当な馬鹿だし

万暦帝

私的なことに凄まじい散財をした皇帝
娘の結婚式のためだけに30万両も金を費やしたと言う
(ちなみに秀吉の朝鮮役に掛かった金は800万両)

105:名無し三等兵
08/02/26 03:01:09
秀吉の出兵が結婚式30回分の価値しかないのは泣けてくる

106:名無し三等兵
08/02/26 03:17:20
明は馬鹿皇帝のオンパレードだな
マクロ経済的な外観は華やかだが。
やっぱ皇帝が農民上がりだと遺伝して子孫も馬鹿になるのか。
秀吉も農民あがりだし、こいつの血統が二代で終わって良かったと思う

107:名無し三等兵
08/02/26 04:49:05
>>99
ほんとだ。
試しに 李如松 四万三千
で検索したら結構ヒットした

でたらめな数字じゃないんだな。
そうなると明軍犠牲三万っていうのも信憑性高いね。ありがとう。

108:名無し三等兵
08/02/26 05:42:58
>>105
俺も泣けた。

109:名無し三等兵
08/02/26 06:39:26
>>99
>>107
>845 :世界@名無史さん :2008/02/26(火) 05:05:13 0
>試しに 李如松 四万三千
>で検索したら結構ヒットした

>でたらめな数字じゃないんだな。
>そうなると明軍犠牲三万っていうのも信憑性高いね。ありがとう。

何がしたいんだ?

110:名無し三等兵
08/02/26 07:08:29
史料批判せずに信仰にあっているから他人の言葉を信じるとか信仰にあわないから信じないとか言っている宗教は軍板に来るな。
ソース出して批判しろ。

111:名無し三等兵
08/02/26 07:21:07
史料批判をうたうなら、言い出すほうもソースというか出展を明らかにしろよな。
何とかいう本に書いてたとかじゃなくて、その史料の詳細と該当する文も抜書きしとけ。

112:名無し三等兵
08/02/26 07:26:48
>>109
自演w

113:名無し三等兵
08/02/26 08:24:41
秀吉ってどの戦争でも下準備に余念がないから
勝てていた気がするのに朝鮮の役だけは
特に準備もせずに始めた気がするなぁ。

114:名無し三等兵
08/02/26 08:47:51
軍事衝突的には日本の圧勝だからね。

115:名無し三等兵
08/02/26 08:54:24
>>106
家康の先祖の出自も似たようなものだが。

116:名無し三等兵
08/02/26 11:16:36
>>114
同意。日本軍13万死亡の屠殺場だったもんな

117:名無し三等兵
08/02/26 11:44:32
まあ資料を直視できない馬鹿も聞いてくれ

1次朝鮮役の末期に朝鮮南部に終結した日本軍を軍目付けが調べた数字によると、

朝鮮に侵入した1~7軍の総数13万7300人あまりの軍兵は、
実数で7万3214人にまで激減していた。
死者総数は6万4086人。
生き残った者の割合は53%。実に47%、
約半数の軍兵が死んだのである。最も奥地に進んで激戦を演じた第1軍小西軍の被害は甚大で軍兵の実に60%が死んでいる。
第2軍の加藤清正軍は被害が37%、鍋島軍も36%であった。3軍の黒田軍は被害が54%、4軍島津軍は60%。5軍も40%、6軍は44%。
最もしんがりを務めた7軍の毛利軍で43%であった。

完敗と言えよう。こうして明軍が来るまで圧勝していたにも関らず日本軍は侵入から一年後には釜山周辺に押し戻され、明との間で講和交渉に活路を見出すこととなる。


118:名無し三等兵
08/02/26 11:50:50
だんだん日本軍の劣勢ぶりが明白になってきたなw

119:名無し三等兵
08/02/26 12:01:50
死因は殆どが寒さと病気だろ。
文禄では碧蹄館の戦いで負けてやる気をなくし、慶長では漢城手前まですぐ侵攻されて南朝鮮はとられたまま秀吉の死を迎えているし、
撤退戦でもやられまくり。無勝算なる言葉も明側の資料に記録されてる。
これでは圧勝とはいえない。。

120:名無し三等兵
08/02/26 12:56:20
>碧蹄館の戦いで負けてやる気をなくし、
碧蹄館の戦いは対局をくつがえすものでもなかった
実は碧蹄館の戦いの後の明軍の士気は高い
やる気をなくしたのは陣中で日本と同じ病死や凍死
ただ李如松はかなり警戒して増援要求と無理攻めはしない方針に変えたようだけどな

。慶長では漢城手前まですぐ侵攻されて南朝鮮はとられ
そりゃ、不意をつかれた訳だしな
だが半島南半分ってそんなたいした戦果か? 俺は半島なんぞいらんね

>撤退戦でもやられまくり
やられまくったその大半は朝鮮奴隷兵。明から見ればどうでもいいな。死のうが生きようが



121:名無し三等兵
08/02/26 13:01:47
まあ、寡兵でよくやったよ。明軍は
朝鮮兵で水増ししてたとはいえ、こいつらの殆どは石ころ程度の使い道もなかったろうしな
実質、1/4の兵差で戦ってたんだ。

122:名無し三等兵
08/02/26 13:04:51
むしろ「あの法則」から考えて朝鮮はお荷物
実質は1/6くらいの兵力くらいあったかもなw

123:名無し三等兵
08/02/26 13:21:13
当時の明は世界最強国
経済力、海軍はナンバーワンだろうしな

124:名無し三等兵
08/02/26 13:24:05
中国英雄板で朝鮮の役に参加した明軍武将について書かれていたので拾ってみたよ。

69 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/01/05(金) 20:38:16 ID:PWrAjd9/0
翻訳完了・・・精度低いけど。
文禄の役の将帥
祖丞訓
 字、号、生没年全て不詳。萬暦年間中遊東副総兵となり、対北虜戦に活躍。
同20年(1591)、朝鮮の役が起こると騎兵三千を率いて平壌に入った。しかし
城内は隘路が多く、騎兵隊の機動力が殺され、城壁に上った日本軍の鉄砲掃射を浴びて
殺傷されるもの多数。生き残りの兵とともに退却し、遼東に帰還した。
日本軍と最初に交戦した将軍。
栄応昌
萬歴20年、祖丞訓の失敗を踏まえて対日本戦の戦略を建議した。現地でも活躍するが
糧秣問題に苦しめられる。李如松とともに召し還された。
李如伯
 李如松の弟。この人も父に従って北虜討伐で活躍していた。薊州副総兵、寧夏総兵官、
右都督などを歴官。朝鮮の役において日本軍を思う存分ぶちのめした。
のち病を得て帰国、20年ほどひきこもったのち、遼東総管の任を授かってしばしば清軍を蹴散らした。
李如梅
 李成梁の第三子、李如松の弟。遼東副総兵、代総兵官、左府倹書などを歴任、兄に従って日本軍と戦い、
功があった。兄が戦死するとその職を継ぎ、兄を上回る用兵手腕で日本軍を恐怖させたが、宮中で弾劾されて
罷免された。成梁の子の中では如松が最も勇敢で父の風があり、如海はそれに次ぐといわれた。


125:名無し三等兵
08/02/26 13:24:43
李寧
 克力蓋が河套の日本軍を攻めたとき、逃げ去る日本軍を追撃、殺戮戦を繰り広げた。さらに日本軍と連携して
邪魔をする倭寇を撃破。査大受とともに精兵三千を率いて東江の小道に潜伏、小道を通る日本兵を襲撃して360人を殺した。
祖丞訓とともに開城に屯した。
査大受
 命を受け、決死隊を率いて日本軍の兵糧を焼き毀した。活躍シーンはそんだけ。
楊元
李如松の副将。命を受けて小西門の城壁を登り、大西門を登った李如松と連合で火器を一斉掃射、日本軍を殲滅した。のち、日本軍に身を投じようとした沈惟敬を捕らえてぶっ殺した。
張世爵
 不明。まったく分からん。
沈惟敬
 奸臣。兵部尚書石星を篭絡して朝鮮入り、敗戦ムードが色濃くなると
日本軍の先鋒小西行長と会見を開いて和議を結び、翌年、自ら名護屋に
赴いて盟約を結ぼうとするも上手くいかず、しまいには朝廷から国賊扱いされて
楊元に捕らわれ、斬首のうえ棄市された。

・・・結構苦労して調べたんだが、張世爵はなにしたのやらさっぱりわからん。

126:名無し三等兵
08/02/26 13:25:06
慶長の役
 英雄善戦、の四文字が頼もしい勇将、麻貴は万歴十九年、寧夏で叛乱を起こしたホバイを討伐。
25年、対日本防備の総兵官となり、朝鮮に赴く。兵を三路に分かち、左路を李如松が、右路を李芳春と解生が、
中路を高策がそれぞれ指揮して進軍したが、加藤清正、小西行長の前に敗れる。万歴二十七年(?)将兵を九路に
分かち、進軍したが小西行長の軍に大敗し、楊鍠などは日本軍の旗を見るだけで恐懼した。怒った朝廷は楊鍠の官職(経理)
を奪い、贖罪として麻貴に戦功を求めた。麻貴は劉?、陳?、董一元とともに出陣、軍を4路に分かち、東軍は麻貴、
中路は董一元、西路は劉?、水軍を陳?に任せて総勢14万2千人の大軍で日本軍に対した。
しかし戦況は芳しくなく、劉?は小西行長に敗れ、麻貴も蔚山を抜こうとして果たせず、董一元は島津義弘のために破られた。
秀吉の死により日本軍は撤退し、明王朝はかろうじて面目を守ったが、官軍の弱体化は覆うべくもなかった。
・・・長文で一個にまとめてみた。一応麻貴、楊鍠、劉?、董一元、陳?、高策、李芳春の7名カバー。
翻訳下手だからなー。間違ってる部分もあるかもしれん。そんときはご勘弁。



127:名無し三等兵
08/02/26 13:31:03
どっちかつーと
対日本戦の明将は二級の武将ばかりだよ
李如松程度がトップなんだから推して知るべし

倭冦討伐に功績のあった名将は秀吉出兵の前に殆ど病没しているし
皇帝は幼いし

128:名無し三等兵
08/02/26 13:31:15
劉?、陳?てのはそれぞれ劉テイ、陳リンだね。
前者は陸、後者は水軍の将で順天城に拠点を置く小西軍を攻撃している。

129:名無し三等兵
08/02/26 13:34:54
当時の明は秀吉どころじゃなかったつーのに。本当によく頑張ったよな

130:名無し三等兵
08/02/26 13:36:15
慶長の役では明軍はのべ14万の兵力を投入してるって資料が多いんだけど。
ただ資料によって結構バラつきがあるのも事実。
文禄の役では李成梁軍閥+祖丞訓の騎兵合わせて4万3千ってのはほぼ一致してんだけどね。

131:名無し三等兵
08/02/26 13:40:23
>>130
日本軍も50万動員はしてた(城普請とかふくめれば)
動員14万、戦闘10万以下ってことじゃね。


慶長で明軍が最大の攻勢に出た
三道攻略の動員は7万 あとは朝鮮兵で
これは確定ポイ

132:名無し三等兵
08/02/26 13:43:32
明軍の経済状態を考えると14万は多すぎだな。
文禄で頑張って4万しかだせなかった国が、ある日突然14万出せるかという疑念も残る
三道攻略線では6~7万ということを考えると慶長は全体を通して多く見積もっても10万以下とする分析は多いよね

133:名無し三等兵
08/02/26 13:52:33
>>132
末期は田畑を捨てて山に篭った農民とか北京の博徒・乞食とかを大量にかき集めてる

砲兵隊が大規模な自爆を起こすという他ではなかった現象が島津攻めで起きたのも
火薬も大砲もまったく知らない未訓練の兵が大量に配備されてたって話だし

134:名無し三等兵
08/02/26 13:55:01
乞食集めれば14万いきそうだな。


135:名無し三等兵
08/02/26 14:01:42
708 :世界@名無史さん:2008/02/15(金) 02:54:24 0
旧陸の資料ではこんな感じ
明軍
東路軍 24000 順天城組
中路軍 13500 蔚山城組
西路軍 13600 泗川城組
水軍  13200 露梁海戦組

全部足しても10万いかない

↑これはどう説明するのか
多少兵が摩耗していることを含めても
慶長の役最大の激戦の時の明の兵力はせいぜい
6マンだよ


136:名無し三等兵
08/02/26 14:03:59
その「旧陸の資料」ってのは何だい?出典を求む。

137:名無し三等兵
08/02/26 14:05:19
>>135

いくら14万いても14万全部追撃に出すとは限らない
各地に城の守兵が散らばっているならなおのことじゃないかな。

138:名無し三等兵
08/02/26 14:06:19
>>136

参謀本部研究 戦史 朝鮮役

139:名無し三等兵
08/02/26 14:09:17
>>137
そりゃ、治安維持の部隊や城の守りの兵も一応残すよな。
常識的に考えて全軍攻撃に出す分けねーよな。

140:名無し三等兵
08/02/26 14:11:42
>>138
ありがと。どっかで読めないかなあ。古本屋で¥7500か・・・。

141:名無し三等兵
08/02/26 14:13:09
14万動員で現地に到着したのが6万じゃないかね。
逃亡とか病死とかで激減して。

142:名無し三等兵
08/02/26 14:15:55
>>141
いくらなんでも行軍でそんな死なんだろw
朝鮮がいくら荒野だからとはいつ手も、敗走している訳じゃねーし

143:名無し三等兵
08/02/26 14:28:41 w1z9YUWW
URLリンク(www.warbirds.jp)

軍事板QandA

144:名無し三等兵
08/02/26 14:32:03 w1z9YUWW
 火縄銃(鳥銃)は戦争初期の明・朝鮮軍には事実上皆無で、
そのことが日本側のアドバンテージになっていることは確かです。
ただし、明にはやや大型の、仏郎機砲や仏郎機銃があり、火器を持たないわけではありません。
明の将軍李如松は「(日本軍は)鳥銃をたよりにしているがこちらには大砲がある」と豪語していますし、
前出の碧蹄館の戦いでも、
火器を装備しない明軍騎兵部隊の危機を火軍が救ったという記事があります。
 軍事技術的にも明軍は、日本軍の散兵による射撃戦法にびっくりしていますが、
日本軍も明軍の組織化された集団戦術と部隊運用に衝撃を受けています。 この戦いは、
毛色の違った軍事システムがぶつかりあった興味深い戦争ですが、
日本のシステムが明のシステムに勝っていると言いきるのはおそらく間違いでしょう。
小部隊レベルでの戦闘・移動では日本側にアドバンテージがあり、
大部隊の組織的な運用と指揮・統率では明側にアドバンテージがあったという所ではないでしょうか。 


145:名無し三等兵
08/02/26 14:35:20
明軍は発煙筒や手榴弾ももっていたらしいな。大陸の軍は多様で面白いね

146:名無し三等兵
08/02/26 14:35:26
日本だって前線で戦わせた兵は五万ぐらいだろ?
戦闘員以外にも前線や後方に人員は必要。

147:名無し三等兵
08/02/26 14:38:27
>>146
動員50万 戦闘員20万だがな

日本は当時農民から何まで兵隊やっているような超軍事国家で
しかも明と違って背後をつくような勢力もない
動員力は明の何倍もあります

148:名無し三等兵
08/02/26 14:44:28
つーか。明が少ないというより
日本の兵力が異常に多いんだよ。

149:名無し三等兵
08/02/26 14:50:09
李如松も、「なんだこの倭奴のふざけた数は‥」みたいなことをこぼしているから
かなり規格外の兵力で攻めていっているのは事実

150:名無し三等兵
08/02/26 14:55:33
>>147
はあ?日本の派遣した十五万の半分は非戦闘員だが?

151:名無し三等兵
08/02/26 14:56:27
朝鮮人の中にも日本についたのがいたみたいだしね。

ただ5倍以上の兵力差があっても日本軍に大敗してるし、明軍もそれほどのものでもなかったのだろうね。
兵装だけで勝負が決まるわけではないし。錬度や指揮も考えないとね。

152:名無し三等兵
08/02/26 14:59:06
>>127
李如松は直前のボバンの欄を鎮圧して凱旋した当時の明のトップクラスの人材だよ?

153:名無し三等兵
08/02/26 15:01:40
明は文禄で金が尽きて、慶長では徴兵で賄っているからな。

154:名無し三等兵
08/02/26 15:03:25
所詮明はその程度。
剣術も日本のパクリだし。

155:名無し三等兵
08/02/26 15:03:37
>>151
五バイト言ってもほとんど朝鮮兵ならいない方がマシ

156:名無し三等兵
08/02/26 15:04:36
明は寡兵で、しかも朝鮮というお荷物をかかえてよくやったと思うが

157:名無し三等兵
08/02/26 15:06:22
>>155
参謀本部がそんなこと書いてたのかい?

158:名無し三等兵
08/02/26 15:06:29
明軍は文禄4万、慶長6万だもんな

159:名無し三等兵
08/02/26 15:08:49
英wikiだと泗川の戦いだけで中国人34000人朝鮮人2000人だけどね

160:名無し三等兵
08/02/26 15:08:53
>>157
だろ? チョン兵のどこが役に立つ?
弾よけくらいだし。すぐ寝返るしな。
そんなのを含めて明は日本より大軍だったというのはあまりに明が可愛そう
ちょんを除いた数字くらいでちょうどいい

161:名無し三等兵
08/02/26 15:10:24
中国に都合が悪い事実はすべて無視ですか。

162:名無し三等兵
08/02/26 15:10:35
まてまて。これは明オタの方が正しい。
朝鮮兵は日本側にもついているし、互いにスルーでいいだろうw

163:名無し三等兵
08/02/26 15:11:51
泗川の戦いではどこのソースみてもほとんど明軍で構成されとるが・・・

164:名無し三等兵
08/02/26 15:12:30
とりあえずちょん兵を考えなきゃ

明は日本の1/4で撃退
日本兵死亡13万、明3万の惨敗な訳
ちょんが30万しんだがそんなのは気にしない

165:名無し三等兵
08/02/26 15:14:21
なんなんだこいつは

166:名無し三等兵
08/02/26 15:15:09
世界史板荒らしの彼は病気です、相手にしないでください
↓このスレの最初の方から見てください、よほど暇な人らしいです、平気で嘘つきます、だす資料も恣意的な物ばかりです

江戸時代はすばらしいⅢ…ような気も
スレリンク(history板)

↓上が読み終わったらこっちも最初の方から見てください
近世~近代ヨーロッパの暮らし
スレリンク(whis板)

167:名無し三等兵
08/02/26 15:18:12
>>166
おk

168:名無し三等兵
08/02/26 15:18:28
一応学生だよ
今日は休み。普段から活動している訳じゃないので

169:名無し三等兵
08/02/26 15:19:55
日本が寡兵の明軍に敗れて13万犬死には動かぬ事実だが

170:名無し三等兵
08/02/26 15:24:08
なぜ日本が負けてたのか
一応冷静に分析してみない?
明は衰退期とは少なくとも装備は日本より同等以上なのは事実だし。
世界レベルで見てもトップクラスなのも事実だろう。

この日明戦争は
異なる軍制同士のトップ争いという認識なんだが。
これはどう?

171:名無し三等兵
08/02/26 15:35:43
明は内部の朝臣に賄賂送ればそれだけでかてた気もするな

172:名無し三等兵
08/02/26 15:41:31
半島土着の病原菌だかウイルスだかがあって中国人朝鮮人は抵抗力があるけど
海を隔てた日本人にはないとかいう話がなかったか。
日清戦争のときの病死者がやけに多いのは脚気とそれが原因だという。

173:名無し三等兵
08/02/26 15:43:56
>>172
でも平壌までの小西隊は一万五千で殆ど満タンだしな。
明到着後に明軍が化学兵器を使ったと言うなら話は別だがな

174:名無し三等兵
08/02/26 15:46:26
火器の上に化学兵器までもってたのならそりゃ勝てんな
さすが超大国

175:名無し三等兵
08/02/26 15:50:08
でも平壌までほとんど無傷だった日本軍が、明軍到着後に病死凍死で兵力半減というのは異常過ぎる
化学兵器の使用があったんじゃないの?

176:166
08/02/26 15:51:52
【注意】
彼は自演をよくします、レスが複数あってもけして相手にしないでください

177:名無し三等兵
08/02/26 15:52:34
モンゴルはペスト患者の死体を投石機で投げまくったらしいが
化学兵器の歴史は結構古い

178:名無し三等兵
08/02/26 16:02:55
陸路は険しく無理
海路は明軍有利


となると‥
やはり清のように内部から切り崩していく方法しかなさそうだね

179:名無し三等兵
08/02/26 16:03:56
信長はどういう戦略を立ててたんだろうな

180:名無し三等兵
08/02/26 16:07:30
信長なら調略を第一にするだろうな。
日本でもほとんど戦はじめる前に調略でおとしているんだよ。
戦はただのデモンストレーション。軍が動いた頃にはすでに決着がついている。

181:名無し三等兵
08/02/26 16:12:02
>>175
インパールやロシア遠征のように敗走軍には必ず疫病がついてまわるから。
つーか、
寒さと戦いで疲労している兵士にとっては
普段ならちょっと寝込めば治るようなただの風邪でも死ぬ

182:名無し三等兵
08/02/26 16:15:03
インパールもほとんど病死だったな。名目は

183:名無し三等兵
08/02/26 16:19:12
日本軍はほとんど病死だから負けてない、むしろ勝ったという馬鹿は
インパールは日本軍勝利
ロシア遠征はフランス軍勝利にすればいい。

184:名無し三等兵
08/02/26 16:28:36
木綿の布子一枚で毛皮の靴も持たず草鞋だけの日本兵
朝鮮の気候を知らなかったとはいえ無謀すぎる装備

185:名無し三等兵
08/02/26 16:33:07
そもそも明軍も大半が凍死と病死と餓死だぞ

篭城してた清正軍が囲ってる明側に凍死が続出してる事実を掴んでる

186:名無し三等兵
08/02/26 16:35:43
>>184
明は一応防寒対策をしてたからな
それなりに苦労はしたようだが
日本軍のように凍死や病死がでまくることはなかった。

武装だけじゃなくこういう装備の違いも考慮せんとな。

187:名無し三等兵
08/02/26 16:40:01
>>186
いや清正の第一次篭城の時点でも
野外に簡素なテントしかなく、それすら入れない連中が凍死してるんだ

188:名無し三等兵
08/02/26 16:41:05
>>185
明軍は
凍っていた鴨緑江を渡っていたらしいが
あの時期は厳冬だったのかね。鴨緑江って毎年凍る?

北京も気候は厳しいはずだから日本よりはまともな対策してきたと思うけど
結構死んだんだな

189:名無し三等兵
08/02/26 16:50:27
一口に明軍といっても
碧蹄館に参加したような連中は
バターナイフを少しだけ大きくしたような
まったく切れない小型剣を標準装備だったり
倭寇相手に戦ってた南方兵は鎖鎌で
日本刀の切込みを撃退したりと
装備と戦法は千差万別だね

190:名無し三等兵
08/02/26 16:53:39
そら同じ日本刀ですら地方により使い方様々だしな

191:名無し三等兵
08/02/26 16:55:27
>>188
清正を囲ってた連中は南京より南の兵も多い
割合までは知らんが

秀吉死去の撤退後は
残された残留日本兵を狩るのに
奥地の苗族の兵が使われてるな

192:名無し三等兵
08/02/26 17:06:30
他民族国家の軍隊は兵種が豊富だな
逆を言えば洗練されてないともいえるが

193:名無し三等兵
08/02/26 17:35:37
>>191
それは明水軍に編入されていた部隊な。

朝鮮水軍や明水軍が日本水軍より優勢って言ってる奴はどこの阿呆?

194:名無し三等兵
08/02/26 17:52:06
>>186
日本軍も唐辛子を持ち込むなど防寒対策がなされていた。
その唐辛子が後に.....

195:名無し三等兵
08/02/26 17:57:42
>>193
旧陸参謀本部

196:名無し三等兵
08/02/26 17:57:55
URLリンク(messages.yahoo.co.jp)
面白いページ見つけた。
主に明側の将軍らの出自と実績、戦役終結後の動向なんかを記してる。
あんまりこういうのは注目されてないよね。

197:名無し三等兵
08/02/26 17:58:45
>>193
朝鮮水軍はともかく明水軍は当時世界最強の規模と船団だよ

198:名無し三等兵
08/02/26 17:59:43
明側はいちおう中央集権国家の統制の取れた?軍隊。
属領の李朝からバックアップを受けられるアドバンテージ。
単に軍隊が豊臣軍を朝鮮から追い出せばいいだけの戦い。

豊臣の各軍は主に九州、中国の大名連合軍。指揮系統もバラバラ。
融和派の小西のようにとっとと和議を結んで終わらせようとする武将もいれば、
清正のように秀吉の構想を具現化しようと突き進む武将もいた。
どっちにしても朝鮮を占領し、占領地を統治しつつ前進しなければならない。
文禄期にはすでに占領政策が破綻してゲリラに悩まされることになるが。

日明の動員数の差も日本は純粋な戦闘員+同数以上のサポート部隊。
そんなところからきてるだろ。倭城造営にしても日本から労働者連れて行ってるからな。

どっちにしても文禄の平壌城戦(支那流の城の使えなさを小西が実感した戦いwww)、
秀吉死後の慶長の3倭城の戦いからみれば
城の性能は日本>>>>>>>>>>>支那、
明の城攻めは稚拙極まる。撤退を決めてる連中をわざわざ城に閉じ込め逆撃を喰らい無駄な犠牲を出している。

199:名無し三等兵
08/02/26 18:03:30
海ではぼこぼこだったんで、陸地に貼付けなきゃ無くなったんだよな

200:名無し三等兵
08/02/26 18:05:51
>属領の李朝からバックアップを受けられるアドバンテージ。
李朝は明の足を引っ張ってて何の役にも立ってないがな
ちなみに義兵とか言う奴やつは困った奴で明軍も襲ってくる

201:名無し三等兵
08/02/26 18:08:16
そりゃお前、明軍が補給と称して朝鮮人から略奪したからだろw

202:名無し三等兵
08/02/26 18:08:31
>>200
そりゃ言いすぎ。
戦役中に明将の指導で軍事訓練をさせて、何とか正規軍もどきを明軍に付随させてる。

203:名無し三等兵
08/02/26 18:09:23
>>200
だよな。南部の朝鮮兵は日本にも徴用されているし
北部の朝鮮兵は明軍の補給物資目当て明軍も襲う場合もある。
一概に明が李朝のサポートをうけていたという事実は誤解を招くだろう

204:名無し三等兵
08/02/26 18:13:08
なんだそりゃ。
明軍も補給物資狙われたのかww

それじゃあ、義兵というよりただの夜盗だなww;
明軍はむしろ足を引っ張られたというのが事実ぽいな

205:名無し三等兵
08/02/26 18:14:31
>>202
そういうのも居るってだけで、大半は食いつめた流民。
敵も味方も襲うし、首都に攻め込もうとした奴もいた。

206:名無し三等兵
08/02/26 18:18:19
明は日本に行ってた商人、他に琉球経由で秀吉の朝鮮出兵を掴み、
さらに李氏朝鮮が明に無断で外交使節を豊臣政権に送っていたことも知っていた。

そして豊臣軍の進撃の速さを目の当たりにして
当初、明は李氏が明を裏切って豊臣に臣従したなんて勘違いをしてる。

それゆえ、李氏朝鮮の使節が来援要請に北京に赴いても
当初はあまり色よい返事がもらえなかったようだ。
李氏朝鮮内でも明の略奪を恐れて来援要請が遅れたって事情があったようだし、
なかなか明と朝鮮の仲も味わい深いものがあるなw

207:名無し三等兵
08/02/26 18:18:32
朝鮮のサポートなんぞは過大視過ぎ

208:名無し三等兵
08/02/26 18:19:09
>>198
戦意も低く統制など取れていませんが?
初期の軍閥が率いて来た奴らが一番強かったが、碧蹄館で日本軍に痛い目にあってから正面衝突は避けるようになった。
軍閥稼業で失うわけに行かない大事な兵隊だからな。
日本軍と比べたら明はその程度。

209:名無し三等兵
08/02/26 18:21:50
碧蹄館は痛み分け
しかも、平壌での負けをを覆すことができなかったらあんまり意味がないなあ
何度も言っているが碧蹄館以降の明軍は士気が高かった、むしろ抑えるのに苦労したとある。

210:名無し三等兵
08/02/26 18:23:18
はいはい良かったね

211:名無し三等兵
08/02/26 18:25:09
日本軍の特徴 軽兵中心
兵力、刀槍、マスケット、訓練度、補給が有利

明軍の特徴 重歩兵中心
騎馬、水軍、キャノン、その他火器、兵種が豊富

212:名無し三等兵
08/02/26 18:26:45
>>209
はあ?
李如松逃げすぎ、戦わなすぎ。
朝廷の手前、戦うポーズだけで交渉に逃げてるじゃん。

213:名無し三等兵
08/02/26 18:29:01
>>212
そりゃ兵力差がありすぎるんだから積極的に戦える分けないだろ
日本軍半壊させても依然として兵力は日本の方が上なんだからな


214:名無し三等兵
08/02/26 18:31:50
>>138
何度も出てるが、参謀本部編纂の明軍側の一次資料は何だ?
そこを明らかにしてほしい。

215:名無し三等兵
08/02/26 18:34:03
>>212
平壌以降は追撃で一方的な殺戮やってたが
碧蹄館で思わぬ反撃。
兵士はまだまだいけるぜみたいなくらい士気が高かったが
李如松はさすが大将だけあって、
「冷静になると、向こうの方が兵多いし、もう無理攻めはしない方がいい」と判断して
消極的にはなった。

ただ碧蹄館で日本軍大逆転ではない。それはじりじりその後も明軍は圧力をかけ続けて
日本軍を後退させていることからも明らか

216:名無し三等兵
08/02/26 18:41:44
>>214
つーか、なんども言っているだろ
明の軍役票や戸籍で近似値をはじき出したとな

李如松四万三千とかもそういった関連で今確定しているじゃん
もっと本嫁

217:名無し三等兵
08/02/26 18:42:53 WPTlfKCj
と図書館で参謀本部「日本戦史・朝鮮役」を斜め読みした中卒ニート君が得意気に語っています。

218:名無し三等兵
08/02/26 18:45:28
>>217
ソースも無しに妄想で明軍20万とか言う奴。


219:名無し三等兵
08/02/26 18:47:02
しかし、違う進化を遂げた戦闘集団同士の戦いってわくわくするな。

220:名無し三等兵
08/02/26 18:47:14 WPTlfKCj
>>218
ハァ????
俺がそんなこといつ書き込んだ?
証拠出してみろよ朝から晩まで張り付いてるクズ野郎

221:名無し三等兵
08/02/26 18:47:24
>>216
んん?
だから、それを文献名出して該当の部分を抜書きしてみろよ。
はじき出したって誰がだ、参謀本部がか?
それとも巻末に依拠してる史料も列挙されてないのか?

222:名無し三等兵
08/02/26 18:49:17
最初だって
明マンセーは日本軍は13万あぼーんしたんだよーとか言い出してけどな
最初は、
戦国廚に
そんなに死んでるわけない。関ヶ原で20万だしてたじゃないかとか無茶苦茶叩かれていた

今は軍帳やら検地帳、大目付の報告など、参謀本部の数字を裏付ける資料や数字がどんどん出てきてるだろ?
今は日本軍の犠牲についてほとんど異論は無くなってきたようだが。


223:名無し三等兵
08/02/26 18:49:56
>>213
おいおい戦力は同程度じゃなかったのか?

224:名無し三等兵
08/02/26 18:52:38
>>220
じゃあお前は明軍何万出したと主張するんだね?

文禄で四万三千は英wikiもその他の文献も採用しているぞ
慶長でやや揺れ幅があるだけ。末期、乞食あつめりゃ14万という主張は面白いとは思っているがね
たしかに慶長の明軍は文禄ほどに冴えている印象受けないし。自爆しているしな
でも6~14万なら日本軍より寡兵じゃん しかも乞食集団

225:名無し三等兵
08/02/26 18:54:21
また自分の妄想に基づいて決め付けてるよwww

226:名無し三等兵
08/02/26 18:56:07
>>223
明軍四万三千vs半減したとはいえ日本は10万は軽く超える大軍だろ
積極的に攻められるはずがないから
明は朝廷に「敵衆我寡だから援軍ほしい」と手紙残しているじゃん

227:名無し三等兵
08/02/26 18:58:18
>>225
すでに英wiki、参謀本部の方が数字は信用度高いと思う。
これまでの数字も大体あててきているからな。
だからこそ釣れているわけだがな。

228:名無し三等兵
08/02/26 18:58:38
>>222
うん、だから明軍の兵力と戦死傷者数の根拠について聞いているわけだ。

229:名無し三等兵
08/02/26 18:59:57
また自演か…

230:名無し三等兵
08/02/26 19:05:25
URLリンク(en.wikipedia.org)

文禄
日本 16~23.5万
明  4.3万
李朝 2.2万

慶長
日本 14万
明  10万

犠牲者
日本 13万
明  3万
李朝 30万


なお
下の文章に
日本軍は最大50万動員とある

231:名無し三等兵
08/02/26 19:06:08
>>224
乞食集団になったのは末期だ
慶長も途中まではそこまでひどくない
(犠牲が過大で質的に大幅低下してるが)

232:名無し三等兵
08/02/26 19:07:53
>>230
それみると朝鮮が主力で明はあんまり戦ってないんじゃねと思う。

233:名無し三等兵
08/02/26 19:09:06
>>232
李朝犠牲者は戦場になったからたくさん出るだろ
だからといって主力であったというのは明らかに間違い

234:名無し三等兵
08/02/26 19:10:02
>>224
>文禄で四万三千は英wikiもその他の文献も採用しているぞ

その採用元を出してくれや。

235:名無し三等兵
08/02/26 19:10:42 5IxSXZXc
明軍厨が暴れても相手にされないわけだ。

236:名無し三等兵
08/02/26 19:12:55 5wLt0/1W
だから研究者が戸籍をしらべて出した数字だと参謀本譜にかいてあるんだよ
それ以上はしらんよ
実物の検地帳とかみないと信用しないというのなら
恐らくネットで逐一公開するようなものじゃねーし
陸自の研究室か支那のどっかの博物館にでもいってこい

237:名無し三等兵
08/02/26 19:13:39
>>140
「日本戦史」は
URLリンク(kindai.ndl.go.jp)
で読めるぞ、しかもタダ

238:名無し三等兵
08/02/26 19:15:07
明の兵力については多少異論もあるだろうし。揺れ幅もあるだろうが
一応、今のとこはこの数字で議論しない?

239:名無し三等兵
08/02/26 19:17:14
>>237
どーも
つーかお前等も
これ読んで

240:名無し三等兵
08/02/26 19:22:11
>>236
つまり、依拠してる元史料が不明な三次資料である参謀本部版に基づいて
一次史料である明史や朝鮮側の記録を虚構と断定しているわけね。

241:名無し三等兵
08/02/26 19:28:23
>>240
もういいよ
とりあえず戦史嫁


一応言っておくが
例えば、史記に曹操軍100万は大軍で呉に侵攻し
赤壁で敗れ、殆ど全滅したかとかあってさ

その数字を信じるよりは
戸籍などの研究によって、
「実際は曹操は10万くらいで殆ど生きてた」んじゃないのとか
だされる数字が違うのは当然のこと


242:名無し三等兵
08/02/26 19:29:21
>>240
戸籍や検地帳、軍役帳は一次資料だと思う

243:名無し三等兵
08/02/26 19:32:10
>>241
もういいよとか言う前に
YesかNoかで答えてくれ。
それで終わりにするから。

違う数字が出される場合も通常はその根拠を明らかにするものだけどね。
赤壁の件についても同じこと。

244:名無し三等兵
08/02/26 19:32:15
日本の犠牲者も戦後の検地が根拠だしな。

大分県では戦後30%が空き屋になったとか40%の田畑が無人の耕地になったとか
郷土史から調べて戦死者や行方不明者を弾く

245:名無し三等兵
08/02/26 19:34:04
>>243
すでに他の人が言っているとおりじゃん
戸籍が一次資料じゃないと宣うお前の前提がおかしいのに
なぜYesかNらで答えるの

246:名無し三等兵
08/02/26 19:34:43
>>242
あぁ、だから具体的にどの一次資料なのか?ってことね
三次なのは参謀本部のやつ。
分からんと言ってるからもう止めるけど。

247:名無し三等兵
08/02/26 19:35:45
>>245
>>戸籍が一次資料じゃないと宣うお前の前提がおかしいのに

んな事言ってないって

248:名無し三等兵
08/02/26 19:40:04
ところで明の水軍は当時世界一だったとか言っているが
これは正しいの?

wikiには
日本軍は接近して船を制圧する戦いかたをしていたが
明朝鮮は距離をとって大砲で遠隔から攻撃するため苦戦を強いられたとあるね

249:名無し三等兵
08/02/26 19:43:57
>>248
倭冦(中国人船団)を自勢力と考えれば世界最強といえなくもないかな。
この当時は、海賊が国の海軍に含まれることもザラで。
イギリス海軍もスペイン海軍も海賊の頭目が提督だったりしてます。

250:名無し三等兵
08/02/26 19:46:22
「水軍」ならば世界最強だったのでは(笑)

251:名無し三等兵
08/02/26 19:49:10
>>248
明朝鮮が使ったのは、矢を飛ばす銃筒
弾を飛ばす大砲じゃないよ

252:名無し三等兵
08/02/26 19:50:49
>>251
それは朝鮮艦隊じゃないか
明は大砲武装だぞ。


253:名無し三等兵
08/02/26 19:53:01
海戦の活躍は李舜臣伝説があるので割り引いて考えるべきだが

明海軍は鄭成功の頃には大砲武装の大船団で
オランダの戦艦2隻を撃沈させているな

254:名無し三等兵
08/02/26 19:53:21
鄭和のフネはアルマダの軍艦より巨大だったとかいう与太を
真に受けちゃうタイプなんだろ

255:名無し三等兵
08/02/26 19:55:01
>>253
それは衆寡敵せず、というやつだな。

256:名無し三等兵
08/02/26 19:55:27
東シナ海では欧州艦隊含めてもほぼ最大の絶対勢力。
日本やオランダとかとは一つ頭が抜けている感じだな。

257:名無し三等兵
08/02/26 19:58:50
>>254
こらこら鄭成功は台湾の英雄だ
李なんとかと一緒にするでないw

もちろん童話の類いの戦艦とかをイメージしてるわけじゃないが
国が滅亡しても、台湾のオランダ艦隊とマラッカ諸島のオランダ艦隊を軽く撃退しているのだから
一応、敵無しの大勢力であったことは確かだろう

258:名無し三等兵
08/02/26 20:02:40
当時は世界で東シナ海が一番船が行き交っていた経済海域だろ
そこの絶対君臨者として頭抜けた艦隊を持っているのなら
欧州含めても世界一の艦隊で問題なくね?

遠海能力はあんまりなかったと思うが

259:名無し三等兵
08/02/26 20:05:26
>>255李如松も同じこと言ってたが

260:名無し三等兵
08/02/26 20:11:19
>>254
>>257
鄭和の船は大きいよ
これは事実。かなり立証されている
キリンつれて帰れるかけだしな。

261:名無し三等兵
08/02/26 20:13:34
亀船だけだな
捏造疑惑があるのは

262:名無し三等兵
08/02/26 20:15:53
日本の鉄鋼船も疑惑有り

263:名無し三等兵
08/02/26 20:19:41
8000tを超える木造帆船ってどうよ?

264:名無し三等兵
08/02/26 20:24:21
学者は残念ながらほぼ肯定的
亀と鉄甲は物理的に難しいとはいわれたが
こっちは可能らしい

あと亀とかと違って自国だけが主張しているというよりは
それ以外の外国にも記述が見られる。
あとはキリンか。アマルダ船より大きくないとこればかりはものってかえれない

265:140
08/02/26 20:25:27
>>237
サンキュー!ネットで読めるのか。
どうやって兵数を弾き出したのか気になってたんだが読んでみるよ!

266:名無し三等兵
08/02/26 20:27:31
ただその時の技術を封印しちゃって廃れちゃったようだ
日明戦争の時にはそういう船はでてこなかったんだよね
だから鄭和の艦隊はあんまり参考にしてない。
むしろ鄭成功の大船団が当時の明海軍の実態だろ。
国が滅亡してあれだから、もっと規模が大きかったかな。
倭冦含めればもっといくだろうし

267:名無し三等兵
08/02/26 20:36:09
日本に象を運んできた船は何トンくらいだったっけ?

268:名無し三等兵
08/02/26 20:42:40
まあ、鄭和はどうでもいいだろ。

どっちにしろ。明海軍は中華王朝にしては珍しい海軍国家だったところに
おもしろさがあるなw

269:名無し三等兵
08/02/26 20:50:32
>>140
見た?
一応ページ数はこれでいうと
207/325のところかな?

俺の言ってた数字は一応あるよね

270:名無し三等兵
08/02/26 20:52:31
うむ。確かに
一応明軍64700人とあるな。


271:140
08/02/26 21:01:32
>>269
確かにその数字はあるけど、これ日本側の兵力合計じゃん。
明軍は次ページの「8万9千余人」ってあるけど・・・。

272:140
08/02/26 21:04:41
あ、ごめん。>>270と間違えたw

273:名無し三等兵
08/02/26 21:04:47
それって朝鮮兵はいってないか

274:名無し三等兵
08/02/26 21:07:05
208のところ切れているの俺だけ?
わかんねー

275:名無し三等兵
08/02/26 21:08:32
>>273
『以上三路の兵は爾後増援を得て兵力各々若干を増加す』
とあるから、これが明軍か朝鮮軍かってところが話の要だね。

276:名無し三等兵
08/02/26 21:14:20
確かに朝鮮兵除くと六万くらいだな


277:名無し三等兵
08/02/26 21:15:20
>>275
まあ、「若干」だから朝鮮でも明でもどっちでも良さげだなww;

278:名無し三等兵
08/02/26 21:16:50
李朝はどんだけやる気がないんだ

279:名無し三等兵
08/02/26 21:18:03
米の消費とか確かに数字は細かいがどこから出しているんだろ陸軍は

280:名無し三等兵
08/02/26 21:19:23
若干は増加して8万9千に至ったと。

281:名無し三等兵
08/02/26 21:19:44
>>237
このスレとまったく関係ないけど藩翰譜とかも読める♪
あんがと。

282:140
08/02/26 21:20:48
URLリンク(www.h4.dion.ne.jp)

このページに大体の経緯と主要な合戦に参加した兵力が書いてあるけど
日本戦史のそれと一致する部分があるね。
三路軍とそれに参加した朝鮮兵の兵力も書いてあるから、増援は朝鮮兵主体と見ていいのかな。

ちなみに>>275も俺

283:名無し三等兵
08/02/26 21:21:27
>>280
いや、その八万は朝鮮込みだから明軍六万くらいだよ

284:名無し三等兵
08/02/26 21:22:20
重くて全部読む気起きねえわ

285:名無し三等兵
08/02/26 21:31:50
俺も読む気なくした。重い
紙媒体じゃないとくるしいなww
まとめたサイトがあると嬉しいが>>282のサイトのタイトルを教えて下さい

マックだと ̄直リンできなくて、検索で探すしかないのです

286:名無し三等兵
08/02/26 21:34:13
>>285
『世界戦史のページ 猛牛の角』ってトップにはあるね。
朝鮮の役だけじゃなくて、近世以前の世界の有名な戦争を取り上げてるから結構面白いよ。

287:名無し三等兵
08/02/26 22:06:45
むう、レスが止まってしまった・・・。

288:名無し三等兵
08/02/26 22:18:45
まあ読んでいるんだろ
慶長 明軍 43000
文禄 六万~10万

英wikiの数字のとおりだな
英wikiは陸軍参謀本部引用だろう

重くて詳しいのよみたければそちらで

289:名無し三等兵
08/02/26 22:47:51

282のサイトだが「国姓爺合戦」もあるね

確かに明海軍がオランダ艦隊打ち破ってる


290:名無し三等兵
08/02/26 22:49:33
日本帝国を除けば欧州艦隊を壊滅させた実績があるのは鄭成功だけby台湾人

291:名無し三等兵
08/02/26 22:51:47
調べると面白いのにマイナーな戦争なのは登場する役者がしょぼいからか。
晩年の耄碌した秀吉に暗君万暦帝だからな。

全盛期の秀吉・家康と鉄腕宰相張居正&戚継光のコンビならもっと有名になった
かもしれないのに。

292:名無し三等兵
08/02/26 22:52:16

有色人種内での話で

293:名無し三等兵
08/02/26 23:23:20
映画でもクライマックスはオランダ船とガチ艦隊戦そうたぞ
最期はオランダ船が炎上するんだが、ボコラレ方が悲壮過ぎて笑える(・∀・)

李なんとかの映画は亀戦とかがでてきて、めちゃ朝鮮よりで正直萎えるが
こっちの英雄は半分日本人だし、台湾だけでなく、日本製作陣も関わっているから
まあまあ見て面白いんじゃないか

294:名無し三等兵
08/02/26 23:41:08
元々オランダのアジア艦隊は
中国艦隊との戦闘を想定して作っている訳じゃないからな。
日本海軍や倭冦、他の欧州勢くらいの用意しかないと思う。

295:名無し三等兵
08/02/27 00:00:29
つうか数がとても足りんのでは

296:名無し三等兵
08/02/27 11:31:33
まさかヨーロッパからまともな海軍でも来ると思っているのかな
フィリピンでの西vs蘭でも商船に大砲積んで戦っているというのに

297:名無し三等兵
08/02/27 12:02:53
東インド会社の私軍でねえの?

298:名無し三等兵
08/02/27 12:35:30
つか武装商船だろう

299:名無し三等兵
08/02/27 13:26:42
明マンセーは朝鮮並みですね。

300:名無し三等兵
08/02/27 13:54:36
こら台湾の英雄だぞ

301:名無し三等兵
08/02/27 13:56:11
鄭成功は馬鹿にしちゃだめ(><)

302:名無し三等兵
08/02/27 14:00:11
>>290
山田長政もスペイン艦隊を壊滅させた実績がある

303:名無し三等兵
08/02/27 14:00:19
>>282のサイト見たところだとむオランダも思ったより船団持ってない?
戦艦級もあったようだ。

304:名無し三等兵
08/02/27 14:01:13
>>302
ソース

305:名無し三等兵
08/02/27 14:04:15
当時一番栄えていた海である東シナ海で一番大きな艦隊だったのは疑いはないよ>明

306:名無し三等兵
08/02/27 14:05:02
>>304
「史実 山田長政」江崎惇
「史伝 山田長政」小和田哲男

307:名無し三等兵
08/02/27 14:06:02
東シナ海を確保していたのは確かに大きいな。
当時の地中海は東西に分裂していて廃れていたし

308:名無し三等兵
08/02/27 14:06:47
>>306
できればkwsk内容も

309:名無し三等兵
08/02/27 14:10:30
>>282のサイトだとオランダも結構な戦力だなw
鄭成功の明海軍は南京攻略失敗の後で疲労していたはずだし
必ずしも弱いもの虐めとはいえないかもしれん。
国のバックアップももうなかったわけだしな。

310:名無し三等兵
08/02/27 14:26:38
>>306
スレリンク(whis板)l50x
■ヨーロッパの何が特殊だったのか?■ [世界史]


ここだとイギリス艦隊と山田長政がたたかったといわれている
かなりいい加減な話だな

311:名無し三等兵
08/02/27 14:30:47
山田長政も謎が多い人間だからな。

312:名無し三等兵
08/02/27 14:46:31
>>308
1621年にマカオ争奪戦でオランダ艦隊に勝ったスペイン艦隊が調子に乗ってチャオプラヤ河に
攻め込んだところアユタヤ王朝に雇われていた日本人部隊の迎撃で壊滅。

313:名無し三等兵
08/02/27 14:48:38
できれば船団の数もお願いします

314:名無し三等兵
08/02/27 14:50:25
>>310
だってそいつ自分のあやふやな記憶をもとに書き込みしてるから。
「イギリスだかの艦隊」って書いてるだろ。

315:名無し三等兵
08/02/27 14:51:00
疑っている訳ではないですが
検索してもまるででてこないから
どうしても小規模な印象を受けてしまう
だからもう少し詳しくお願いしたいだけです

316:名無し三等兵
08/02/27 14:53:55
「史実 山田長政」によればスペイン艦隊は5隻

317:名無し三等兵
08/02/27 15:00:08
山田艦隊の規模もお願いします

318:名無し三等兵
08/02/27 15:08:09
>>317
それは不明。
その後、長政は駿府の浅間神社に戦艦の絵馬を奉納してるから、こんな船で戦ったのかも。
URLリンク(upload.wikimedia.org)

319:名無し三等兵
08/02/27 15:20:27
どうも。まあ五隻撃退ならありそうな話かな?



320:名無し三等兵
08/02/27 15:31:51
山田も何隻もつているのかどういうので戦ったのか
よくわからないが想像力で補ってくれ。

321:某研究者
08/02/27 15:45:44 tZR/rEGP
まあしかし明・朝鮮軍の騎兵突撃に
日本側がどう対抗したかが不可解だが
常に地形を利用していたのかだろうし
槍襖で防いでいたとしても
槍兵が密集していたら銃は使えるのかだが
馬上から騎馬武者が侍筒等を騎馬武者に向けて
射撃して居たと言う可能性も
有る訳だろうか
(侍筒の装填は従者がやったと言う 
 事なのだろうか)
明軍騎兵が遠距離から密集している槍兵に向けて弓を放って来たら
射程の余り長くは無い侍筒で此れに対抗出来るのかだろうし
厄介だったかも知れぬが
現実は直ぐに突撃して来たと言う事なのだろうか

322:某研究者
08/02/27 15:47:02 tZR/rEGP
槍襖が密集した状態で
歩兵の火器でも受ければだろうが
手銃は近距離で無いと上下に逸れて当たらないと言う事だっただろうが
フランキ砲も同様なのかどうかだが

323:某研究者
08/02/27 15:48:34 tZR/rEGP
侍筒も威力は有るから
密集突撃して来る騎兵に此れが当たれば
一発で複数を倒す事も可能かも知れぬが
精度は明軍騎兵の弓に比べてどうだったのかだが

324:某研究者
08/02/27 15:53:01 tZR/rEGP
URLリンク(www.japaneseweapons.com)
10匁程度の侍筒なら
精度はそう低くは無いかも知れぬが
屈んだ槍衾の背後からの足軽の銃撃と言うのも
或いは有ったのかどうかだが

325:名無し三等兵
08/02/27 15:53:25
山田長政も韓国系の帰化武将だけどね。
本名は田長政(チョン・ヂャンジョン)

326:某研究者
08/02/27 15:57:14 tZR/rEGP
URLリンク(www.geocities.com)
テルシオもパイク兵の背後から銃撃と言うのは
出来たのかどうかだが
屈んだパイク兵の頭の間から銃を放つと言う事は
可能だったかも知れぬが

327:名無し三等兵
08/02/27 17:55:57
世界史板の朝鮮征伐スレの次スレです。
スレリンク(whis板)l50

328:名無し三等兵
08/02/27 18:36:01
蒙古来襲に使用された鉄はう榴弾(+投石機、イシユミ?)は、当時の明・朝鮮軍では既に用いられてなかったの?

329:名無し三等兵
08/02/27 19:17:23
その明の巨大軍船について同時代の他国の資料は残ってないの?

330:名無し三等兵
08/02/27 19:45:57
世界史に於ける秀吉の朝鮮征伐の考察その7
スレリンク(whis板:24番)

331:名無し三等兵
08/02/28 03:55:11 XKPhG09J
それに戦死した明の武将が高官かどうかもわかってないわな

332:名無し三等兵
08/02/28 04:00:14
>>329
オランダの資料にあるだろ
負けて台湾割譲させられた位なんだから

333:名無し三等兵
08/02/28 06:12:39
だからそれのどこに?

334:名無し三等兵
08/02/28 06:46:55
>>331
位が書いてあるだろ?馬鹿か?

335:名無し三等兵
08/02/28 06:47:13
鄭和と鄭成功まちがえてない?

鄭成功は普通のジャンク船
西洋船より小型、日本船よりは大型

336:名無し三等兵
08/02/28 06:52:04
中国船なら一応、西洋船とたたかえるということか
考えてみたら、アジアでレパント海戦以降で西洋に海戦で勝ったのは明と大日本帝国だけだな

337:名無し三等兵
08/02/28 06:54:12
レパント以降西洋から領土奪ったのも明と近代日本だけ?

338:名無し三等兵
08/02/28 07:05:42
解禁政策のはずなのに大船団もってたり
わけわからん国だ

339:名無し三等兵
08/02/28 07:09:48
海禁政策とはいっても水軍を持ってない訳じゃないよ
明も清も。河川や運河登るには船の方が便利だしね

340:名無し三等兵
08/02/28 07:11:37
倭冦の船団もあるしな。鄭成功の親父は倭冦じゃなかったか。

341:名無し三等兵
08/02/28 07:20:29
>>338
海禁政策は後半放棄したよ。日本を例外として貿易はもう公認です
鄭成自身も倭冦です。倭冦は明海軍に組み込まれてます。
完全に海洋国家です。

342:名無し三等兵
08/02/28 07:25:10
「官軍に帰順した側の倭寇」はそうだな。

343:名無し三等兵
08/02/28 07:26:16
当時は日本列島の方がランドパワーだな。

344:名無し三等兵
08/02/28 07:33:45
海洋国家とはちょっと違うけどな。

345:名無し三等兵
08/02/28 08:34:41
>>336-337
オマーンもザンジバルなど東アフリカ沿岸の制海権を巡るポルトガルとの戦いで勝ってるよ

346:名無し三等兵
08/02/28 09:26:40
オスマンだよ

347:名無し三等兵
08/02/28 09:32:36
英国の少数の六等フリゲート(木造帆船)にボッコボコにされた清国水軍

348:名無し三等兵
08/02/28 09:43:19
>>346
オマーンはアラビア半島の東南端にある海洋国家
オスマンとは別

349:名無し三等兵
08/02/28 09:44:00
東アジアの海上世界に君臨していたのは大きいね
当時は、あそこが一番重要な海上だったみたいだし。

350:名無し三等兵
08/02/28 09:45:48
>>348
なんちゃって海戦じゃないの
一応ソースと船団の数を

351:名無し三等兵
08/02/28 10:21:21
俺は詳しくないのでなんとも言えんが、何故非欧米側の勝利についてそこまで細かく疑う必要があるんだろうか。

352:名無し三等兵
08/02/28 10:45:12
>>350
オマーン艦隊は、1652年にポルトガルに反乱を起こしていた東アフリカ沿岸の
スワヒリ勢力に要請されて参戦し、ザンジバルのポルトガル居住地を攻撃。
その後も約半世紀に渡ってインド洋各地でポルトガル艦隊との抗争を繰り広げたが、
1698年に遂にポルトガル軍の拠点であったモンバサ島のフォート・ジーザス要塞を
攻略して勝利。
その時のオマーン艦隊は大型船24隻で、そのうち1隻は砲74門、2隻は砲60門。

「新書アフリカ史」宮本正興編 松田素二編
「長篠合戦の世界史 ヨーロッパ軍事革命の衝撃1500~1800年」ジェフリ・パーカー著
「ザンジバルの笛 東アフリカ・スワヒリ世界の歴史と文化」富永智津子著

353:名無し三等兵
08/02/28 10:56:37
地味だが結構すごいな オマンコ

354:名無し三等兵
08/02/28 11:01:57
いやオマーンも間違いでは無いだろうけど
アラビアは完全にオスマンの勢力下でしょ

355:名無し三等兵
08/02/28 11:18:07
>>354
オマーンはオスマンからも独立してたよ。
オスマンがアラビア半島で勢力を伸ばしてた時、オマーンはポルトガルの海軍基地だったから。
それが1650年に反乱を起こしてポルトガル軍を追い出し、そこにあった艦隊を中核に海軍力を増強した。

356:名無し三等兵
08/02/28 11:27:04
>>355
すまぬ独立知らなかった
沿岸部のみ葡萄牙に占拠されたものとおもってた

357:名無し三等兵
08/02/28 12:31:15
この時代に限らず中国の歴史については同時代の他国の資料が乏しくて
照らし合わせて検証出来ないことが多いのだ。

358:名無し三等兵
08/02/28 19:29:51
>>351
明以外を信じられないんだろうよ。

359:名無し三等兵
08/02/28 19:32:33
オマーン国際?

360:名無し三等兵
08/02/28 19:36:31
そもそも明は海に対してひたすら後ろ向きだった政権なのにな

361:名無し三等兵
08/02/28 20:25:52
明軍は軍司令官や師団長クラスまで死んでるのな。

362:名無し三等兵
08/02/28 23:57:48
>>357
そらそうだ。中国で王朝が史書を編纂してる頃、周りは文字すら持ってないだもの

363:名無し三等兵
08/02/29 01:30:58
>>361
とはいえ、死んだ軍団長は二流以下のマイナー武将もいいところだがな
どうみても経験不足の武将が出し抜け突撃して死んだようにしか見えない

364:名無し三等兵
08/02/29 01:58:26
明将でまとも、有名どころはほとんどあの時代に病没してたからな。
二級線の武将で戦ってりゃ、当然死んだのも二級レベルだな
高官とは名ばかりの素人集団

365:名無し三等兵
08/02/29 03:47:48
このスレ、かつての日本史板朝鮮役スレのレベルに退化してねーか?

366:名無し三等兵
08/02/29 06:39:46
908 :世界@名無史さん :2008/02/27(水) 02:48:56 0
軍板からきている人がいるのか。

「朝鮮の役 参謀本部編」は好著だけど、いかんせん初版が1924年なので
研究が古いのよね。同じシリーズの桶狭間の戦い、姉川の戦い、関ヶ原の戦い
は最近の研究ではあまり参考にされないのよ。

 最近の流行は>>822のように検地帳で大名の動員力を調べるというのがあるが、
これの問題は、朝鮮の役で疲弊した毛利、鍋島、池田、宇喜多、福島などの西国大名が
その後、関ヶ原、大阪夏の陣、冬の陣に5千~2万もの大軍を派遣できたか
という説明が出来ないところ。
おそらく関ヶ原九州の役で黒田如水のように金銭で人を集めたか、あるいは朝鮮の役の
兵員、兵量の補充は九州の豊臣蔵入地(直轄地)よりなされたという説もある。
豊臣家だけでも大阪夏の陣落城後約2万8千枚の金(約28万両)と約2万4千枚の銀(約24万両)
が幕府に没収されたというから、米本位の石高制だった江戸大名と異なり織豊期の大名は
商活動などによる金銀の直接収入も多い、そのへんも考えないといかん罠。

 あと泗川の戦いでは「島津軍記」では「明・朝鮮軍の首級を三万三千七百討ち取り」になってるなw
明軍は官軍だから損害を誇大報告すると後で大変なことになる。仮に明軍が2万としても
その背後に大量の朝鮮義勇兵が加わっていたんだろう。あと、明・朝鮮・日本軍とも逃亡兵に
悩まされており、そんなこんなで約八万もの戦死てことになったんだろうね。

最後に朝鮮の役の研究動向と論文の一覧を貼っておく
「文禄・慶長の役(壬辰倭乱)」
URLリンク(www.jkcf.or.jp)
論文一覧に歴史群像シリーズもあるwww

367:名無し三等兵
08/02/29 06:40:52
35 :世界@名無史さん :2008/02/28(木) 17:23:56 0
>>24
数年前、軍板の方のスレで基本図書として紹介されてたこれ
『秀吉の野望と誤算』笠谷和比古・黒田慶一
URLリンク(www.isis.ne.jp)

にも碧蹄館の戦いを例に挙げ、「朝鮮の役 参謀本部編」では
この戦いでの立花宗茂隊の働きをまったく無視してることや、
明の敗北を「火器を使用しなかった」などと矮小化、
実際は碧蹄館の戦いにおいても明軍がしっかり各種火器を使用していることを証明してる。


368:名無し三等兵
08/02/29 13:03:15
ここはどうなの?教科書と違うことが書いてある。
URLリンク(yasoshima.hp.infoseek.co.jp)

369:名無し三等兵
08/02/29 17:42:28
>>368
内容はそれなり。
特にこの分野は吟味して判断しないとな。

370:名無し三等兵
08/02/29 21:01:59
朱元璋とともに苦難を乗り越えてゆくスレ 第八巻
スレリンク(whis板)

◇◇ 明 ◇◇
スレリンク(whis板)

371:名無し三等兵
08/02/29 21:06:47 mLu91ijf
秀吉の朝鮮征伐を明の観点からの考察
スレリンク(chinahero板)l50

372:名無し三等兵
08/02/29 21:14:00
ようやるな明マンセーも

373:名無し三等兵
08/02/29 22:09:14
明万世は氏ねよ。

374:名無し三等兵
08/02/29 22:18:05
明日本マンセーだろ
正確には

明をマンセーしながら日本もマンセーする論法だしな

375:名無し三等兵
08/02/29 22:21:45
45 :世界@名無史さん :2008/02/29(金) 04:24:37 0
このスレも足かけもう5年になるが、
軍板、日本史板、戦国板から来たのはいいが日本語史料しか読んでないので、
ここで明史、李朝実録、太宗実録、燕山君日記、李舜臣行録を見せられて
パニクるてのは半年か三ヶ月に一度起こる恒例行事になってきたよな。

あと受験シーズンだから言っておくが
明の紫禁城を落とし崇禎帝を自殺させた明滅亡の立役者は清ではなく
大順て国な。
清は、崇禎帝の仇討ちに燃えた明の遺臣達を集めて大順を滅ぼしている。
その後は、南明という難民国家もあったが地方を転々として、
わずか17年後、清に降伏。
歴史的経緯を見れば清は別に明を貶める必要なんか無いのよ。

も一つ言えば
清の学風は明と異なり考証学、実学重視。

376:名無し三等兵
08/02/29 22:29:38
明オタはどうしようもないな。

377:名無し三等兵
08/02/29 22:37:09
なんで日本は13万も死んで負けたんだろう??
なぜ??
なぜ??

378:名無し三等兵
08/02/29 22:39:04
日本も強かったが明もまた強かったからだよ

379:名無し三等兵
08/02/29 22:40:46
なんせ2万2千の軍隊が800の軍勢に撃破されちゃうほど強かったからね。

380:名無し三等兵
08/02/29 22:43:17
無いって。

381:名無し三等兵
08/02/29 22:44:02
>>378

考えてみりゃ日本軍13万の死者に対して
明軍はわずか3万の死者

ロシア遠征のナポレオン軍以上に無惨な敗北だね

382:名無し三等兵
08/02/29 22:47:56
ナポレオンはロシアというもっと厳しい環境の国で戦って
曲がりも何もロシア軍より損害あててるけどな

383:名無し三等兵
08/02/29 22:51:39
>>381
明軍の死者は文永の役だけで3万超えてるだろ

384:名無し三等兵
08/02/29 22:53:10
文永??



385:名無し三等兵
08/02/29 22:55:09
間違えた

386:名無し三等兵
08/02/29 22:55:17
>>383
一人でそう思っていればいいよな
文禄の明軍は総軍四万三千で確定
その呉も一応その大軍を殆ど維持していることから無傷に近いような状態だったのが真相だよ。
あと文永じゃなくて文禄な。敵はモンゴルじゃないんだから

387:名無し三等兵
08/02/29 22:57:11
参謀本部はソースにならんよ。

388:名無し三等兵
08/02/29 23:02:01
支那史よりは参考になるよ
日本人と中国人の作る統計どちらが正確なんかなんて
言うまでもないよ

明史なんて統計ですらないけどね

389:名無し三等兵
08/02/29 23:04:27
明軍が四万~六万しかでてないのに
明史に8万とかいてあったら、信用するのは勝手だが
のこり四万の首はどこへいった?という感じだな

文禄の明軍なんて一回小規模戦闘負けただけであとはワンサイドゲームもいいところだろうに

390:名無し三等兵
08/02/29 23:04:29
具体的に明史のどこが嘘なのか、一次史料で論証宜しく。
清が捏造云々は>>375
そんでもって参謀本部は現在では>>366>>367

391:名無し三等兵
08/02/29 23:07:58
>>390
そのレス、別に参謀本部の記述を否定した訳じゃないじゃん
視点が中立すぎて日本軍が過小評価されているのが気に食わないってことだろ
しかも、残りの文はソース無し根拠無しの妄想垂れ流し

さらにリンク先はまったく意味のないことをかかれているという有様
まーよくみてみろ。

392:名無し三等兵
08/02/29 23:11:08
まーいいから史料に基づいて具体的に挙げてみてくれや。

393:名無し三等兵
08/02/29 23:12:03
たしかにそのソースは関係無いリンクだな
>>366の文は根拠がある訳でもなく、研究者でもなんでもない
ただの個人のかきこみ。

394:名無し三等兵
08/02/29 23:14:03
資料はたくさん出てたな
検地、軍役、軍目付、参謀本部、英wiki

395:名無し三等兵
08/02/29 23:14:24
資料はたくさん出てたな
検地、軍役、軍目付、参謀本部、英wiki

396:名無し三等兵
08/03/01 07:09:18
最初に来た明軍が五万弱だから何なの?

397:名無し三等兵
08/03/01 07:11:19
検地ってアレか。戦争中に検地したのに戦後に検地したとか嘘はいてたな。

398:名無し三等兵
08/03/01 09:37:47
考証重視の清国で阿片戦争やアロー戦争の戦果はどう中央に報告されてたってんだよ

399:名無し三等兵
08/03/01 11:57:26
>>397
ただ、どうも反論側の主張をとっても
すでに朝鮮出兵の負担や重税で倒産が相次ぐ程、九州には負担がのしかかっていたことは事実みたいだ
兵力半減の軍目付の資料も公式に認められているくらい確実性の高い資料だし。

400:名無し三等兵
08/03/01 12:11:41
史記と史官の問題だろうがよ。

401:名無し三等兵
08/03/01 13:07:36
918 名前:822[sage] 投稿日:2008/02/27(水) 10:33:45 0
おーい。お前の方こそ
勝手に印象操作しないでくれ

その九州の検地は言うまでもなく出兵後の話で
失人というのはほぼ確実に、逃散or死亡です
出陣中の検地なんてださないよ。日本語読んでね。明史宗教のクズニートさん。
つーことで


922 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2008/02/27(水) 11:20:37 0
>>918
じゃあそれは何年の検地なんだよ。クズニート。
実はその数値は「太閤検地」によって出てきた数値。
なんと太閤の存命中の太閤の命令による調査である時点で、
「出兵後ではあっても、朝鮮の役の終結後」ではないことは明らかになってしまったよなコラw

しかもその検地は、なんと慶長の役も始まる前。
文禄の役で、豊後領主大友義統が小西行長を救援しなかった罪で改易されたため、同年中に山口宗永が行なった検地。
文禄の役の復員すら完了していない段階。

妄想でデタラメばっかり喋って、どうしようもないキチガイだな。

402:名無し三等兵
08/03/01 13:16:47
まあ、そいつも大友軍6000を3000と過小評価して嘘ついてたからな

403:名無し三等兵
08/03/01 13:24:25
それは嘘ついてたんじゃなくて、参照資料の記述がそうなってた、という話だったろ。

404:名無し三等兵
08/03/01 13:39:56
>>401
中国人はどうしようもないな。自分の都合のいいような嘘ついたり、自演したりしても恥じることがない。

405:名無し三等兵
08/03/01 14:29:46
織田信長なら明国征服していたな
パクリ種無し百姓猿が大将じゃ誰も付いてきません

406:某研究者
08/03/01 17:06:42 nmc0o/jF
森林で散開しての銃撃と言うのも
騎兵阻止には効果は有ったのかどうかだが
大砲も散開しているから
可也防げたと言う事なのだろうか

407:名無し三等兵
08/03/01 17:10:49 7x91xuMS
大阪城さえ凌ぐ日本最大の江戸城、
「世界最大の城」なんていう人もいるけれど、
紫禁城を「本城」として捉えた場合確かに
敷地面積としては江戸城>紫禁城だが、
宮殿の壮大さでは明らかに紫禁城>江戸城本丸、
江戸城総構を城郭都市として捉えても、
北京城>江戸城総構なんだな。

江戸城総構
URLリンク(maps.google.co.jp)
北京城
URLリンク(maps.google.co.jp)

日本では見た事もないような壮大な「総構の城」(日本風に言えば)を、
もし北京まで攻め入ったとして日本軍はどんな戦略でこの城を落すのか?

408:名無し三等兵
08/03/01 20:26:55
小田原攻めのときのように気長にやってれば、
そのうち音を上げるだろ

409:名無し三等兵
08/03/01 21:20:03
いやその前に北京までいけないだろ
制海権とられているんじゃ、釜山から北京まで気が遠くなる陸路輸送になる

410:某研究者
08/03/01 21:28:29 nmc0o/jF
モンゴル式に略奪で物資を調達すると言う様な事は
無理なのかどうかだが

411:名無し三等兵
08/03/01 22:42:41
平壌で既に現地徴収では限界に来てた

412:某研究者
08/03/02 00:30:18 0NYUeZTn
上海辺りに上陸して北上と言うのでは
駄目だったのかどうかだが

413:名無し三等兵
08/03/02 00:48:33
制海権は明海軍が優勢
上陸するする前に全部沈められるよ

414:名無し三等兵
08/03/02 00:58:09
海軍で完敗しているのが痛いね。
対馬-釜山まではともかく、東シナ海沖合で海戦なんて正気の沙汰に見えん

415:名無し三等兵
08/03/02 01:19:45
誤字に特徴があるからすぐ分かるな。
完敗ってのはどっから?

416:名無し三等兵
08/03/02 01:52:04
船体、砲、航海技術などなど

日本軍が勝っている要素をあげるのも難しい
勝った海戦をあげるのがいちいち面倒だな
そちらからあげてもいいよ。

明海軍は同時代にオランダ艦隊と東シナ海で交戦し圧勝している
日本はオランダ船には勝てまい。まして明軍など



417:名無し三等兵
08/03/02 02:03:26
いやいや前に、ほとんどの海戦で勝ってる、と言ったんだから挙げておくれよ。

418:名無し三等兵
08/03/02 02:13:40
んじゃちょっとまって、今から陸軍資料で詳しく調べるから

最初は暇つぶしに時間つぶしといてくれ
有名どころの閑山島海戦からどうかな

安宅船 73隻 vs ジャンク船 56隻
犠牲 日本船 43隻沈没
   中国船 犠牲0

URLリンク(en.wikipedia.org)






419:名無し三等兵
08/03/02 02:18:25
参謀本部とwikipedia以外の「史料」でもお願いするよ。

420:名無し三等兵
08/03/02 02:19:03
と英wikiのまま記載したが
さすがに中国船0はチョンの捏造臭さを感じるな。
ちと調べてくるので待っとれ

そういえば、中国船に対して日本船は
速度、強度、大きさ全てにおいて劣っていたらしいな
ジャンク船が突っ込むと面白いように穴あいて沈没していったらしいぞw
おまけに大砲搭載可能なジャンクとあくまで接近主体の安宅船というありさまだとねえ

421:名無し三等兵
08/03/02 02:27:48
閑山島海戦は性能の高い中国船の一方的な殺戮ゲームだったから、犠牲がなかったとしても
それはそれで頷ける。

422:名無し三等兵
08/03/02 02:32:09
それでは、なぜ一方的だったのか。明船に歯が立たなかったのか。
一応検討してみる?

とりあえず大砲と船体が今あげられているな

423:名無し三等兵
08/03/02 02:39:07
ジャンク船は、和船より大きく、西洋船より小さい
中型の船だが、一応ガレオン船とも戦えることが、対オランダ戦で実証されている。
対して、和船は今まで瀬戸内海や近海を往来する程度しか発展してきてない船
中国と違って、河川が狭いからますます船が発展しない。

明に歯が立たなかったのは当然の結果

424:名無し三等兵
08/03/02 02:49:37
上海上陸なんて夢のまた夢だな。妄想もいいところ。

425:名無し三等兵
08/03/02 02:57:41
海路が駄目なら陸路しかない訳だが
釜山から北京まで陸路補給は事実上不可能に近い。
どうすれば勝てるのかな。


426:名無し三等兵
08/03/02 02:59:21
>>32で十分だろ
清や秀吉が国内戦でやってきたことと
同じことすりゃ勝てない相手じゃなかったはず。


427:名無し三等兵
08/03/02 03:03:22
崇禎帝に付き従ったのは、たった一人の宦官のみであった。

428:某研究者
08/03/02 03:32:16 0NYUeZTn
宣戦布告前に奇襲的に上海に上陸後
物資を何とか海路でゲリラ的に輸送すると言うのは
無理なのかどうかだが


429:名無し三等兵
08/03/02 03:33:14
秀吉が耄碌してんだよね。
だから国内線の延長で力攻めをしようとしていた。
勝てるわけない。敵を知れば百戦危うからずというが明の内部がガタガタだったことを知っていれば
こういう自体にはならなかったろうに。

430:名無し三等兵
08/03/02 05:11:09
つうか遠征前に秀吉が急死してたら明の寿命は少し延びてたな

431:名無し三等兵
08/03/02 09:27:12
海戦ははっきりと日本軍優勢だろ。
戦争勃発以来、日本軍の支配海域は一貫して広がってるし。
朝鮮水軍も巨済島の海戦で全滅。

432:名無し三等兵
08/03/02 09:43:34
元和・寛永年間の朱印船だったら互角に戦えるんでしょうけどね

まぁ、あれは船体はジャンク、帆走・船尾周りはガレオン、船首櫓は
和船という日本人得意の複合型だから互角に戦えんと行かんけど

それ以前に、制海権を確保するという組織構築は当時の日本では
無理だけど(この辺、中世封建体制のまま近世に対応してしまった
日本の弱点とは言える)


433:名無し三等兵
08/03/02 09:51:21
安宅船でも相手がジャンクなら互角以上に戦えるよ

434:名無し三等兵
08/03/02 10:26:24
互角以上に戦えてたかワンサンドゲームじゃなかったか

435:名無し三等兵
08/03/02 10:30:53
ジャンクは西洋船と互角以上に戦えてたからね
西洋船とジャンクはわりかし戦える領域なんだけど
日本船は西洋船に接近することもできないと思われ

436:名無し三等兵
08/03/02 10:42:32
世界史板荒らしの彼は病気です、相手にしないでください
↓このスレの最初の方から見てください、よほど暇な人らしいです、平気で嘘つきます、だす資料も恣意的な物ばかりです

江戸時代はすばらしいⅢ…ような気も
スレリンク(history板)

↓上が読み終わったらこっちも最初の方から見てください
近世~近代ヨーロッパの暮らし
スレリンク(whis板)

437:名無し三等兵
08/03/02 10:42:43 pCcoB0Oy
互角以上に戦ってるなら少数の中国船に閑山島でああも一方的になるかな。

438:名無し三等兵
08/03/02 10:55:40
安宅船の定員は約140名。
動員数1500名の脇坂安治が73隻の船団率いていたら1隻約20人しか乗船できないじゃん。
単なる捏造戦果。
巨済島の海戦で全滅した中国船が安宅船より高性能なわけないだろ。

439:名無し三等兵
08/03/02 11:00:16
「圧勝」とか「完敗」とかわざわざ強調した言い方を好むところに
ある種の宗教臭さを感じる。

440:名無し三等兵
08/03/02 11:10:00
巨済島の海戦は朝鮮の船であって中国船ではないがな


441:名無し三等兵
08/03/02 11:17:02
>>438
安宅船だけじゃなく、実際は小早など中小船もあるよ
あと40隻撃沈というのはすでに誇張が差し引かれた後の数字だね
朝鮮の記述は60隻
しかし、日本軍の資料と指揮官が切腹したことも考えて40隻壊滅の数字はまあまあ妥当かと

442:名無し三等兵
08/03/02 11:21:34
編制も明らかにしないで人数云々してるのか。

443:名無し三等兵
08/03/02 11:33:24
>>442
英wikiの

kizaka went out alone with 73 ships.
Wakizaka's fleet probably had the best war ships fielded
by the Japanese up to that point in the war.
Out of the 73 ships, 36 were the large multi-decked atakebune,
24 the medium sized seki bune and 13 small kobaya scout ships.

とあるが
一応誇張があるらしいな。
どこまで誇張があるかはわからん

巨済島の海戦は朝鮮海軍なんで知らんな


444:名無し三等兵
08/03/02 11:34:05
>>441
脇坂隊が全部小早だとしても計算が全く合わない。

445:名無し三等兵
08/03/02 11:46:17
wikiの元が何なのかハッキリせんと意味無いな。

446:名無し三等兵
08/03/02 11:50:29
値朝鮮水軍には歯が立ったけど明船には勝てなかったというところが真実のようだね。
東シナ海沖合渡航なんてしたらそれこそ全滅だね。いやそもそも航海能力がないか

447:名無し三等兵
08/03/02 11:51:54
ほとんどの海戦で勝っていた、という史料を頼むよ。

448:名無し三等兵
08/03/02 12:05:51
露梁海戦では李舜臣だけでなく明軍の副将も戦死してるんだろ

449:名無し三等兵
08/03/02 12:08:47
>>431
巨済島の戦いは
停泊中の朝鮮艦隊を水陸から大軍で奇襲して成功しただけで
艦隊決戦じゃないよ~~

もちろん、あの当時は陸からの攻撃や停泊中の艦隊を襲うのも
立派な戦略だとは思うけど

450:名無し三等兵
08/03/02 12:12:47
>>448
あの戦いは日本軍の方が損害多数で負け戦だよ
明史なので割り引く必要有りだが、「日本軍、溺れるもの数万人」
日本軍勝利と宣伝されているから始末に負えない。
日wikiでも負けを認めているから見直してくれば
なお、李舜臣は明から見て捨て駒なのでどうでもいいが、副将は突っ込みすぎで討取られただけだというのは
明史にもある話

451:名無し三等兵
08/03/02 12:16:14
>>450
つ副将は突っ込みすぎで討取られただけだというのは
明史にもある話


452:名無し三等兵
08/03/02 12:17:11
明の副将が突出して討取られただけというソースは?

453:名無し三等兵
08/03/02 12:17:55
>>450
日本軍の方が損害多数の根拠は明史・・・

454:名無し三等兵
08/03/02 12:19:42
都合の良いときは明史を持ち出すのね。
更に反論がなされると、後出しで条件を付け足して否定・矮小化する。

455:名無し三等兵
08/03/02 12:20:20
明史 トウ子龍伝

部下200名を引き連れて群がる敵船団に縦横無尽に泳ぎ回り
壮烈な白兵戦を拡げる。日本兵を全員討取ったが、彼も負傷し
70歳という高齢もあってその傷が元で死亡した。

456:名無し三等兵
08/03/02 12:24:16
>>453
明史を入れたのは皮肉のつもりだが?

お前等こそ都合のいい時に明史を引用、悪いときは所詮明史というなw

明史に数万人死亡とあつたら実際は数千人くらいだろう
参謀本部は、明史は誇張しすぎているとして
「250隻程度、兵3000~4000死亡」
としている。この辺が妥当だろ。
どっちにしろ損害多数で日本の勝利とは言えないがね

457:名無し三等兵
08/03/02 12:32:34
つーか。トウ子竜って70歳だったのか。
そんなじいさん討取っていい気なっている無知も可哀想だな
しかも討取られたんじゃなくて傷が元で死んだだけか。 相手は70のじいさんなんだから一刀でおわらせろよ


458:名無し三等兵
08/03/02 12:36:59
>>457
>61 :人間七七四年 :2008/03/02(日) 12:30:58 ID:dQ3YfNrE
>なんだ。トウ子竜って70歳だったのか。そんなじいさん討取っていい気なっている無知も可哀想だな
>しかも討取られたんじゃなくて傷が元で死んだだけか。


459:名無し三等兵
08/03/02 12:39:06 TE5dVUlQ
URLリンク(en.wikipedia.org)

英wiki

日本軍 500隻 2万
明軍  

6 Ming war junks
57 Ming war galleys
2 Ming panokseons


犠牲
日本軍 200隻沈没 100隻捕虜 15000人死亡
明軍  panokseon sunkとかいうのが一隻沈んだのと、400人死亡





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