08/01/20 23:43:05 7RQ+2yrC
>>738 >>松岡は「政党政治の体たらく」の方がより重罪だと考えたのでしょう。
松岡洋右が振り回された「斎藤実内閣」(1932年5月~1934年7月)は、「5・15事件」
による犬養毅首相暗殺を受けて組閣されたものです。奏薦の任にあたったのは西園寺
公望ですが、昭和天皇から鈴木貫太郎侍従長を通じて、次期首相に対する自らの「希望」
を伝えられます。その「希望」とは―。
1.首相は人格の立派なるもの。
2.現在の政治の弊を改善し、陸海軍の軍紀を振粛するのは、一に首相の人格如何による。
3.協力内閣、単独内閣等は敢へて問ふところにあらず。
4.『ファッショに近きもの』は絶対に不可なり。
5.憲法は擁護せざるべからず。しからざれば明治天皇に相済まず。
6.外交は国際平和を基礎とし、国際関係の円滑に努むること。
7.事務官と政務官の区別を明かにし、振粛を実行すべし。