08/01/18 01:53:35 mwW2Pp+0
当時の英国外相サイモンも日本の立場に理解を示し、満州事変は単なる
国際法の解釈ではなく、情状酌量論で穏便に解決しようとしていました。
日本側全権の松岡洋右も、元老・西園寺公望の意を受けて、サイモン外相を
頼りに突破口を開こうと努力しましたが、ここに運命のいたずらが起こります。
国連特別総会が行なわれている最中の1933年1月30日に、英国が怖れていた
ナチス政権が誕生し、ヒトラーが首相の座に就いたのでした。これに驚いた
英国のサイモン外相は「満州事変」問題どころではなくなり、急ぎ帰国し、
松岡洋右は最大にして唯一の『頼みの綱』を失ってしまいます―。
松岡の朋友に、「リットン報告書」の内容を公式発表前に大スクープした
『東京日日新聞』記者の楠山義太郎がいますが、「このときほどヒトラーを
怨めしく思ったことはない」との松岡の言を聞いています。