07/09/11 23:58:51 rkCGXTkA
磯谷「あそこに暇な男(ヒデキ)がいるじゃないか。彼奴をやろう」
永田「そうするか」
となってヒデキの満州行きが決まったと云います。本当かよw。
ちなみにですが、永田鉄山と磯谷廉介は同期の陸士16期です。
ヒデキは1つ下の17期に当たります。
上記の元ネタは『「支那通」一軍人の光と影 磯谷廉介中将伝』ですが、
●「永田、磯谷、東條がある日、軍務局で顔を合わせることがなければ、
多分、東條は第12師団(小倉)付から待命、予備役となったであろう。
その路線を修整し、東條を蘇らせたことが結局は日本の運命を狂わせる
ことになり、また、磯谷の前途にも障害となったのである―」
としています。まあ、話半分に聞いておいて欲しいのですが、ヒデキが開戦時の
首相に登りつめるまでには、数多の運命の操作があった訳です。もはや必然です。