07/08/15 00:36:41 SooAss09
>>16 の補足。>>あとは強いて挙げるなら「梅津美治郎」ぐらいかと……。
梅津は「2.26事件」において第2師団長でしたが、断固たる処置を主張して
天皇の覚えも良かったでしょうから、首相候補にでも充分なりえたと思います。
ただノモンハン事件の後始末で、関東軍司令官として太平洋戦争の末期までの
長期間、祭り上げられてしまったのが残念なところです。陸軍を引き締めるのに
これ以上、適任の人物もいなかったでしょう。
>>859 >>真田作戦部長や服部作戦課長らは、●『太平洋方面の劣勢を大陸作戦に
>>よって挽回できる』という根強い思想を抱いていた
初代スレの冒頭でも述べましたが、要するに
「就任直後、米軍の消耗戦略で無力化されたラバウルを視察した服部が考えた
ことは、●『海軍に依存することのない戦場でしか勝利は望めない』という
結論でした。これは既に陸軍の総意といっても過言ではないでしょう。そして
服部が発案したのが、中国大陸での「一号作戦」、いわゆる大陸打通作戦です」