03/08/25 01:40
-本家スレ-
ワシ、韓玄だけど
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3:馬キユ@プレイヤー
03/08/25 01:41
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三 国 志 プ レ イ 日 記
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【釈由美子】三国志9 パート14【ぜってー整形】
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4:馬キユ
03/08/25 01:45
建安二十四(219)年2月
【雲蒸龍変】
―小沛―
[言焦]から小沛への侵攻路には、途中で大きな湖面が広がっている。
呉の軍勢は湖の南側に本陣を布いた。
「馬超軍は騎兵による突撃を得意としている。じゃがその反面、猪突を
好む。何とかして湖面に誘い出し、一気にケリを着けたいものじゃが」
参軍を任された程昱は悄然と肩を落としながら、すっかり白くなった
髭を捻った。
程昱は馬超が直率する騎兵によって濮陽を蹂躪され、曹植、楊脩共々、
この小沛に逃れてきたばかりだった。
歳を取ると戦場に身を晒すだけで体力を消耗する。況して負け戦の
直後とあっては尚更だ。何とかして早く戦を終わらせたかった。
「敵が馬鹿正直に湖上を突き進んでくれればいいんですけどねえ」
楊脩が他人事のように笑う。程昱は相変わらずこの男が癪に障ったが、
今はそんな事を言っている場合ではなかった。
「では楊廷尉卿。貴殿はどう戦うべきと考える?」
「本陣を固めるしかないでしょう」
楊脩は一転して真顔になった。
5:馬キユ
03/08/25 01:45
「どこで待ち構えたところで、我が軍は既に労。部隊は再編がならず、
戦傷者も数多い。迂闊な兵力分散は極力避けるべきです。そして味方の
援軍が着くまで持ち堪えるのです。しかし敵の接近を知る必要があります
から、驃騎将軍には湖畔の砦に篭って、子方殿は湖東の山上に陣を
構えて、それぞれ敵の様子を覗って頂ければと思います。そして出来れば、
可能な限り敵を砦に引き付けておいて頂きたいのですが」
「某は構わんが、驃騎将軍ほどの将をその様に扱うのはどうかな」
糜芳がちらりと一瞥する。趙雲が返答するより早く、楊脩が口を挟んだ。
「驃騎将軍なればこそお願いするのです。私は将軍の用兵を信じて
いますよ」
「……御意」
趙雲は眉一つ動かさず、短く答えた。そう言われては程昱も反論の
しようがなかった。
「兎に角。下[丕β]から大将軍たちが救援に向かっています。下[丕β]の
軍勢が来れば、我が軍は馬超軍の約2倍の兵力になります。そうなれば
馬超軍など物の数ではありません。諸君はそれまで何とか持ち堪えて
下さい」
すっかり影が薄くなっていたが、小沛太守を務める董昭がそう言って
軍議を締めた。
6:馬キユ
03/08/25 01:47
「何故濮陽に援軍を要請しなかったのですか」
湖北に布いた本陣の中で、鉄が不満を漏らした。
[言焦]の城を出る前に、兄さんが濮陽を陥したという情報は伝わって
いた。けど僕にとっては、そんな事はどうでもよかった。
援軍を出せと言えば出してくれそうな気はする。兄さんが雲碌の事で
負い目を感じているなら。けどそれは僕たちにとっては、思い出したく
ない事だ。況して兄さんに頭を下げて助力を請うなど、真っ平御免だ。
―とはいえ、本当の事は言えない。
「兄さんも戦ったばかりで疲れてるだろう。今回はいいよ」
僕がそう答えると、雲碌が真意を確認するかのように、僕の目を見た。
僕は黙って頷いた。
「そうですな、考え様によっては手柄を独占する好機かもしれませんな。
ご府君もなかなか機を見るに敏ですな」
赫昭は頷くと、地図を広げた。
「では軍議を始めましょう。小沛の呉軍は迎撃してくるようです。それから、
下[丕β]から敵の増援がある模様です」
僕が描いた地図を指し示しながら、赫昭が説明する。
「下[丕β]からの増援は、恐らく南西から来るでしょうな。直進または東を
迂回する事を推奨します」
「湖面を直進するのは駄目だ。機動力が活かせない。湖の東を迂回して
突き抜ける」
僕がそう言うと、赫昭も「それがよいでしょう」と言って頷いた。
7:馬キユ
03/08/25 01:49
ところが行軍の途中で凶報が齎された。
「急報です。昨夜馮将軍(馮習)が何者かに襲われ、重傷を負わ
れました!」
伝令からその報せを受け取って、僕は思わず舌打ちをした。
「…仕方ない。馮習は兵糧庫まで退いて療養する事。敵が兵糧庫
に近付いてきたなら迎撃するように。…ただ、敵将如何によっては
戦略的撤退も視野に入れる事」
「御意!」
伝令が身を翻して駆け出していく。
「手痛い戦力低下ですね。敵にこれから増援がある事を考えると…」
傍で雲碌が呟いた。僕は黙ったまま、進軍する先を見据えていた。
これは誰の仕業なんだろう。普通なら眼前の敵である筈だ。けど
僕らの陣営には、僕らを消そうとしている影がある。雲碌の指摘は
さしあたりの真実を突いているが、その裏にあるものまでは捉えて
いない。
(……まさか、僕が勝つ事を望んでいない人がいるとか?それとも
僕の手足を傷つける事で、僕自身を死に至らしめようとしている人が
いるとか……)
我ながら疑心暗鬼に囚われているな、と思う。けど、どうしても不安
は拭い去れなかった。
8:馬キユ
03/08/25 01:50
迂回を始めて5日目。先頭を進むキユの部隊の更に先頭が、急に
騒がしくなった。
「どうだった?」
直接先頭を視察に行った雲碌が戻ってくると、キユは訊ねた。
「趙雲が率いる部隊が湖畔の砦に篭り、我が軍に向かって罵詈雑言
を吐いているようです」
雲碌が答えた。表情が凄く険しかった。
「挑発だね」
「懲らしめてやるべきでしょう。誰に喧嘩を売ったのか、篤と教えて
あげましょう」
「まあ待て雲碌。戦いは熱くなった方が負けだよ。熱くなると冷静な
判断力を失う―と、仲達が言ってた」
雲碌は憤然とした。
「ではあのような輩を放っておくとおっしゃるのですか。斥候、敵の
兵力は?」
「8千余りです」
「たかが8千程度で…。お兄様、やはり一揉みに揉み潰しましょう」
「だから熱くなるなって。全軍に通達だ。敵の砦に向かって一斉に
こう言え」
キユはそう言って妹を宥めると、一枚の紙切れを手渡した。その紙
にはこう書かれていた。
『引き篭もり必死だな。( ´,_ゝ`)プッ』
9:馬キユ
03/08/25 01:52
砦内の聚議庁に、一人の伝令が駆け込んできた。
「驃騎将軍様。一部の兵が敵の挑発に乗せられて、出撃しました!」
その報告を聞いた瞬間、趙雲は切歯扼腕して天井を仰いだ。
趙雲が今率いている8千の兵士のうち、8割方は新兵だ。新兵の
多くは訓練も訓戒も行き届かぬまま、定陶で馬超軍と戦い、野に
屍を晒した。ほんの数日前の事だ。
馬超が直率する西涼騎兵の驍悍さは、初陣にはきつ過ぎた。それ
が心の傷となって、今回挑発に乗せられてしまったのだろう。
それにキユが思いの他冷静だった。逆手にとって挑発し返してくる
とは思わなかった。
「已むを得ん、全軍直ちに出撃。馬休の本隊を衝く」
趙雲は即座に命令を下したが、驍騎都尉の夏侯蘭が諌めた。
「将軍。我々の任務は敵をここで足止めし、援軍の到着を待つ事です。
既に援軍は湖西に姿を見せています。今は砦を固守するべきです。
焦ってはいけません」
趙雲は暫し沈思した。
「…さりとて砦を出た味方を見殺しにするわけにもいかん。その様な
事をしては兵の信頼を得る事は出来ん。だが貴殿の言も尤もだ。
故に私は半数を率いて砦を下り、飛び出してしまった味方を連れ戻す
事にする。貴殿は残り半数を指揮して、私が不在の間、砦を守ってくれ」
「御意」
夏侯蘭は拱手した。
10:馬キユ
03/08/25 01:55
趙雲は味方がキユの部隊に包囲されているのを看取すると、
果敢にも突撃を仕掛けた。
「我こそは呉の驃騎将軍、常山真定の趙子龍なり!死にたくなく
ば道を開けいっ!!」
趙雲自らが先頭に立って血槍を振るう。趙雲が一閃する毎に、
血霧が春陽に煌いた。
だがキユの麾下は、趙雲の武名にも臆するところがない。それ
どころか逆に一躍名を馳せんとばかりに、次々と趙雲に襲い掛か
ってくる。その貪欲さは餓狼のようでありながら、かつ整然と統率
が行き届いていた。
趙雲隊4千は歩兵。対するキユの本隊2万は騎兵。余りにも無謀
な突撃となった。趙雲隊は何とか合流を果たしたものの、じわじわ
と押し包まれ、今度は諸共に脱出出来なくなってしまった。そして
瞬く間に供回り百人前後にまで打ち減らされていた。
(強い。馬超ほどの殺気はないが、軍事をよく弁えた将のようだ。
これが馬超の弟か)
趙雲は纏わりつく敵を屠りながら、冷静にそう判断した。天下で
五指に入るほどの名声は、どうやら虚名ではないようだった。
何より常勝将軍に率られる事で、将兵が自信に満ち溢れている。
(疆いのは馬超独りのみに非ず…或いは所詮は新兵か)
趙雲の頬を自嘲の翳が滑り落ちた。
敵の軍は訓練が行き届いている。騎兵の動きは剽悍にして俊敏で、
一糸の乱れも無い。趙雲一人の驍勇では、敵の戦意を突き崩す事
が遂に出来なかった。寡兵で打ち破るのは困難極まりないように
見えた。況して歩兵では…。
11:馬キユ
03/08/25 01:57
挑発に乗せられた部下は、既に立っている者がいないようだ。
救出は完全な失敗に終わった。
無念だが、ここで自棄を起こしてはいけない。百人足らずと雖も
助け出す。何としても血路を切り開かねば。
そう思った矢先。趙雲の目の前に、一人の将が手勢を率いて
立ち塞がった。その将は白銀の鎧を身に纏い、花冠を被った
華やかな女将だった。
「呉の驃騎将軍、趙雲子龍殿とお見受けします。おとなしく馬を
下りなさい」
「…女か。女子供が戦場に出てくるものではない」
「その台詞は聞き飽きました。語りたい事があれば、その槍で
語りなさい」
「…そなた、名は何と言う」
「馬寿成が娘、扶風茂陵の馬雲碌」
「ほう…。墓碑銘にはそう刻んで差し上げよう。覚悟っ」
掛け声と共に、趙雲が猛然と突き掛かった。
十合、二十合、三十合。槍が交わる度に戛々と音が鳴り響く。
雲碌は最初の一合で膂力では敵わないと覚り、受け流しての
反撃に重きを置いた。
12:馬キユ
03/08/25 01:59
雲碌の心臓を的確に狙った一撃が繰り出される。雲碌は趙雲の
剛槍を槍の柄で巻き込むように受け流すと、逆に趙雲の右胸を
狙って槍を突き出した。趙雲は避けきれないと踏んだか、槍から
左手を放して雲碌の突きを掴み止めた。そして右腕一本で槍を
振りかぶり、雲碌の首筋目掛けて叩き下ろす。雲碌は鞍を蹴って
間合いを詰め、一瞬で槍を持ち替えた。そして腕を大きく反す。
趙雲が馬上でよろめいて、穂先が地面を撃った。趙雲は相手の
槍を手放すと、鞍を蹴って素早く間合いを取った。雲碌の槍が
趙雲の鎧を掠めて退いた。
趙雲は驚くと共に感心した。巻き込んだ技倆もさる事ながら、
槍を掴まれた瞬間の判断、持ち替えて隙を与えない手捌き、どれ
を取っても一流の鎗手だ。成程、女だてらに戦場を疾駆するだけ
はある。久々に血が滾るのを感じた。
…だが、今は己の武勇を誇っている時ではない。自分が馬騰の
娘と戦っている間に、供回りは既に僅か2人にまで打ち減らされて
いた。兎に角、今は逃げるのが先決だ。
「ぬうんっ!」
趙雲が槍を横に薙ぐ。槍が音を立てて大気を切り裂き、馬超軍を
僅かにたじろがせた。その隙を見て趙雲は瞬く間に2騎の敵を打ち
落とし、部下に馬を与えた。
「馬雲碌!今日のところは勝負は預け置く。後日再戦!」
そう言い捨てて、馬に鞭を入れる。
13:馬キユ
03/08/25 02:01
「逃がしません!」
雲碌は部下を叱咤して追い縋った。
「待ちなさい、趙雲っ。それでも男ですかっ」
叫びながら、2騎の敵を突き伏せる。だが趙雲だけは馬がいい
のか、雲碌の愛馬『胡蝶蘭』を以ってしても、なかなか追いつけ
なかった。
「ちいっ、逃げ足の速い」
雲碌は舌打ちをすると、勁弓に矢を番えた。そしてひょうっと
放てば、矢は狙い違わず趙雲の馬の尻に突き立った。馬は突然
の激痛に棹立ちになった。
「しまった…!」
体勢を整える暇もあればこそ。趙雲はもんどりうって落馬した。
趙雲は腰を強かに打ちつけて立ち上がれない。そこへ雲碌の
手勢が駆けつけて雪崩のように趙雲に飛び掛かり、遂に趙雲を
捕縛した。
「あーあ、ケツの穴に突き刺さってるよ。こりゃ痛いだろーなー」
丁度趙雲が捕えられたところに、キユが現れた。キユは泡を
吹いて悶絶する趙雲の乗馬を見ると、そんな感想を漏らした。
緊張感の欠片も無い感想だったが、雲碌は莞爾と微笑んだ。
「将を射んとすれば、まずその馬から射るものです」
「無理してる、無理してる」
キユは手を振った。雲碌はその笑顔とは裏腹に、全身で荒い息を
吐いていた。額にも玉のような汗がいっぱいに浮かんでいる。
幸い趙雲が退こうとしたから助かったものの、あのまま戦い続けて
いれば、雲碌の命の保証は無かったかもしれない。
14:馬キユ
03/08/25 02:02
「ま、何にせよお手柄だ、雲碌。お疲れ様」
「有難うございます」
「けど、気を付けてよ。相手は趙雲なんだから。凄く心配したん
だぞ」
雲碌が趙雲の首を取りに飛び出した後、キユは趙雲の武名に
畏れを為したものの、何とかそれを振り切って駆けつけたのだった。
「確かに強敵でした。けど、今日は私、凄く調子がいいんです」
「調子がいいのは結構だけど、雲碌に何かあったら僕が困るん
だからね」
「はい」
雲碌はにこりと笑った。愛する人に心配されるのはすごく嬉しかった。
15:馬キユ
03/08/25 02:04
翌日、キユは自ら軍の先頭に立ち、湖畔の砦に吶喊した。
その手には桿棒が携えられていた。
キユは的廬が疾走するのに任せて桿棒を振り回し、戦意の
低い敵を薙ぎ倒していった。なるべく不殺を貫く為の処置だった。
守将の夏侯蘭は重傷を負った末に、キユによって捕えられた。
湖上を東進していた夏侯惇は、これを聞いて愕然とした。
「なに、趙雲と糜芳が捕まっただと?!」
「御意。二つの砦も既に陥落した由」
伝令は跪いたまま、顔を上げない。夏侯惇の隣で、張[合β]が
「ほう」と呟いて顎を撫でた。
「キユも案外やりますな。まさか驃騎将軍までもが手玉に取られる
とは」
2人の許へは既に、山上に陣取っていた糜芳も、張苞によって
捕縛されたという報告がなされている。だが糜芳と趙雲とでは、
将器で比較にならない。その趙雲が反計の好餌となった事は、
これから自分達がキユと戦う際に留意するべき事項となるだろう。
「感心している場合か。予定が狂った。急いで上陸しろ!それから
耿紀の船に伝令だ。敵の兵糧庫を奪え。奪えないなら火を放て。
兎に角敵の後方を脅かすのだ!」
夏侯惇が怒鳴るように命令する。伝令は粛然として頭を下げると、
帷幕を飛び出していった。
「キユには…キユにだけは負けるわけにはいかんのだ。今が絶好の
機会なのだ。奴の首は必ず取る!」
夏侯惇が卓子に拳を叩き付ける。張[合β]はその様子を訝しげに
見守った。
16:馬キユ@プレイヤー
03/08/25 02:06
新スレ移行で少し長めに書きました。
今更趙雲と邂逅してもねえ…(^^;
ここで次回予告。一難去ってまた一難。呉の新手は夏侯惇と張[合β]。
両雄の猛攻をキユはどう耐え凌ぐか。ロケットでつきぬけろ!
17:無名武将@お腹せっぷく
03/08/25 10:27
>>馬キユ氏
テンプレに四代目氏のサイトとまとめサイトへのリンクキボン
18:無名武将@お腹せっぷく
03/08/26 15:48
>>17(夏厨)
管直人さんのまとめサイトは、テンプレに追加しても良いと思うけど。
四代目さんのサイトは、個人サイトだから晒すのは極力やめれ。
19:無名武将@お腹せっぷく
03/08/28 15:12
念のため保守。
20:無名武将@お腹せっぷく
03/08/30 23:16
ほっしゅ
21:馬キユ
03/09/01 00:22
【死線 弌】
「敵襲!」
砦を陥した翌朝、キユたちは警鐘の音と共に跳ね起きた。
「敵襲?!どこから?!相手は誰だ?!」
キユは夜着のまま表に飛び出した。寝所の中では雲碌が、慌てた
様子で着衣の乱れを直している。
「大型の船団が湖畔を埋め尽くしています。既に敵の一部が上陸を
始めています!」
「で、相手は」
「旗幟には夏侯と張の文字、それと大将軍の軍旗が見えます」
「まさか…!?」
キユは慌てて櫓から身を乗り出した。
上陸した敵の中に、見覚えのある偉丈夫が指揮を執っていた。
その偉丈夫の隣に駒を並べているのは、これもまた堂々たる体躯を
した隻眼の将。その隻眼の将がキユの姿に気付いた。
「そこか、キユ。今からその素っ首を貰いに行くから、そこで待っておれ!」
夏侯惇が大音声で呼ばわる。
「朝っぱらから何考えてんだ…!」
キユは舌打ちしたが、戦場には元々朝も夜もない。油断したキユが
悪かった。
22:馬キユ
03/09/01 00:23
「者共、攻め落とせっ」
夏侯惇の合図と共に、夏侯惇と張[合β]の部隊、併せて3万7千が
喚声を上げて砦に攻めかかった。
張[合β]隊が水際に馬を下ろし、次々と馬に飛び乗る。その間、
夏侯惇の指揮する弩兵が船上から、砦に向けて弩を斉射する。
張[合β]は夏侯惇の傍を離れると、麾下の騎兵を指揮して砦に突撃した。
キユの部隊は不意を衝かれて混乱しかけたが、彼等も既に歴戦の
勇者である。司令官の指示がなくとも、各々の判断で即座に迎撃の
態勢を整えた。砦に守られていたのが幸いした。
「全軍、全力で守れ!敵を砦の中に入れるな!」
キユが漸く月並みな指示を出したところで、軍装に着替えた雲碌が
出てきた。容姿を整えている暇が無かったのか、化粧は全て落とされ、
髪もところどころが解(ほつ)れている。
髪の解れは昨夜の情事の名残だ。化粧を全部落としたのもそのせい
だろう。
「お兄様、早く着替えてきて下さい。暫くの間私が防戦の指揮を執ります」
「…ごめん。頼んだ」
キユは一瞬躊躇った後、頷いた。仮にも司令官だ。こんな格好で指揮を
執るわけにはいかなかった。
けど、一人であの二人の相手をするのは無謀だ。
キユはそう考えると、赫昭の部隊を救援に呼び戻すべく、伝令を走らせた。
23:馬キユ
03/09/01 00:25
夏侯惇の攻勢は激烈を極めた。味方の損害も顧みず、只管
力任せに押し捲った。夏侯惇自らが先頭に立って、血槍を振るう。
槍を何本も潰しては、その都度敵から槍を奪い取った。
馬から下りていたというのもあったかもしれない。夏侯惇の鬼気
迫る戦い振りに、剽悍な涼州兵も流石に怯んだ。
やがて北の寨門が焼け落ち、木柵が押し倒された。夏侯惇率
いる呉軍は燻り続ける木柵を踏み越えて、砦内に雪崩れ込んだ。
「どこにいる、キユ!隠れてないで出てこい!」
眼前の敵を突き伏せて、夏侯惇が呼ばわった。敢えて夏侯惇に
近付こうとする馬超軍の兵士は、もういなかった。
「隠れてたつもりはないんだけどね」
麾下の兵士を掻き分けて、キユが進み出た。
「はっ、何の寝言を。俺はこの三十有余年、戦場に出れば常に最
前線にこの身を晒してきた。貴様は戦争嫌い戦争怖いで甘ったれ
て、戦場でも大軍に守られて後陣でガタガタ震えてきただけでは
ないか」
「将たる者は軽々しく先陣を切って戦うもんじゃないと思うけどね。
戦局全般を見渡し、臨機応変の指揮を執る事こそが、将に求めら
れる器だと思うけど」
キユは今まで、それを実践しようとしてきたわけではない。キユに
とっては一種の詭弁だが、それは曹操の考えと合致していた。
夏侯惇は頭頂から湯気を出さんばかりに赫怒した。
「この俺が貴様に将器で劣るとでも言うのか。ふざけるな。俺が貴様
などに負ける筈がない。負けて堪るか!―キユっ、勝負っ!」
夏侯惇は怒号するや否や、キユに襲い掛かった。
24:馬キユ@プレイヤー
03/09/01 00:32
夏風邪をこじらせて寝込んでしまい、更新が遅れました。
すみません。
その間保守して頂いた皆様には心からお礼申し上げます。
>>17-18
ここですね。諒解しました。
三国志リプレイ集(三戦板リプレイ保管庫)
URLリンク(urakusai.hp.infoseek.co.jp)
四代目殿の個人サイトはここからリンクが張られているので、
このスレから直リンするまでもないでしょう、という事にしておきます。
ここで次回予告。キユVS夏侯惇の陰で雲碌を脅かす者が現れる。
果たして勝負の行方は?シスター・オブ・ラブでつきぬけろ!
25:無名武将@お腹せっぷく
03/09/03 12:29
(*゚∀゚) <ホシュダゾ アヒャ
26:無名武将@お腹せっぷく
03/09/04 18:28
急速浮上。
27:馬キユ@携帯
03/09/06 11:38
私が通常利用しているプロバイダがアクセス規制を食らっているようで、暫く更新できません。 申し訳ありません。
28:無名武将@お腹せっぷく
03/09/06 11:44
>>27
アク禁はやむを得ないことかと。お気になさらず。
お戻りをマターリお待ちしてます。
29:無名武将@お腹せっぷく
03/09/07 10:06
ホッシュホッシュ。
…OCNはきついぞ、マジ…
ネトゲ板に書き込もうとしたら、エラーいきなり出たし。
この仕様はよなおしとくれ、まじで。
30: ・゚・(´Д⊂ヽ・゚・
03/09/10 01:24
アク禁からの復帰を祈りつつ保守・゚・(´Д⊂ヽ・゚・
31:無名武将@お腹せっぷく
03/09/12 04:49
保守
32:無名武将@お腹せっぷく
03/09/13 05:27
保守
33:馬キユ@携帯
03/09/13 07:55
アク禁がまだ解けません。保守してくださっている皆様、有難うございます。そしてすみません。
そんなに悪評高いのかな、ウチのプロバイダ。。。
34:無名武将@お腹せっぷく
03/09/13 12:42
馬キユ殿……何でしたら捨てアド晒しますので、
捨てアドから原稿送っていただければ、代理で
書き込みますがいかがでしょうか?
35:馬キユ@携帯
03/09/15 16:20
34氏、ご厚意に感謝します。宜しくお願い致します。
36:無名武将@お腹せっぷく
03/09/15 16:37
不肖ながら微力を尽くさせていただきます。
目欄にアドは書きましたので、sageと半角スペースを
取って送信のお願いいたします。
37:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:41
【死線 弐】
「なかなかやりますね……!」
雲碌は張[合β]の矛を槍の柄で受け止めながら言った。柄と柄がギリギリと
軋み合う。
雲碌は余裕の笑みを浮かべようとしたが、噴き出す汗が頬を伝って滴り落ちた。
二人が撃ち合っているのは、西の寨門の内側である。ここの守備に駆けつけた
のは雲碌で、その雲碌が指揮する防禦に、張[合β]は意外に攻略を梃子摺らされ
ていた。だがそれでも張[合β]が先陣を切って寨門を突破した時、その乗馬の額
に一本の矢が突き立った。雲碌が射たものだった。
張[合β]は馬が倒れるより早く、地面に飛び降りた。その目の前に雲碌が立ち
塞がった。
張[合β]の背後では、門柵を叩き壊そうとする呉軍と、そうはさせまいとする
馬超軍とが乱戦を繰り広げていた。
張[合β]はやや訝しげな表情を見せた。
「貴女こそなかなかの腕前です。しかし驃騎将軍に打ち勝ち得るほどの強さとは
思えません。驃騎将軍はどうかしたのですかな?」
張[合β]に訝しがられるのも、ある意味当然だった。
雲碌には昨夜の情事の名残がある。腰が疲れていて据わらず、お陰で力が上手
く出せなかった。
それに、股間には詰め物までしてあった。朝、立ち上がった時に、胎内に溜ま
ったモノが零れ落ちるような不快感を感じた。それを押し留める為のものだった。
だから激しく動き回ると詰め物が落ちそうで恐かったし、詰め物をした事自体、
いつもと違う感触に違和感を覚えた。
だが、体調不良で戦った事は一再ならずある。その程度の事で弱音を吐くつも
りも、またその必要も無かった。
38:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:42
「さあ、どうでしょうね…っ!」
雲碌はクンッと手首を反すと、張[合β]の矛を受け流した。張[合β]の身体が、
支えるものを失って流れた。雲碌は飛び退りながら、がら空きになった張[合β]
の首筋目掛けて、穂先で思い切り斬りつけた。
だが、張[合β]は全力で雲碌を押し込んでいたわけではない。その分、身体が
流される度合も少なくて済んでいた。張[合β]は咄嗟に矛をくるりと回転させて、
刃で敵の穂先を受け止めた。
ギィン…と金属音が鈍く鳴って、辺りに谺した。
「…成程、これが貴女の力ですか。少し侮っていたようですね。某も全力を以っ
て応える事にしましょう」
張[合β]がゆらりと立ち上がる。
(ちっ、まずいわね……)
雲碌は心中で軽く舌打ちをした。
目の前にいる勇将は、一昨日戦った趙雲とほぼ互角の実力を持っているようだ。
だが勇将としての矜持というか、趙雲にしろこの張[合β]にしろ、相手が女だと
いう事で、最初は少し手加減していた。それ故に雲碌の活路もあったのだが、今
のを仕留め損ねた事で、勝機はグンと下がってしまった。
張[合β]が無造作に歩み寄る。雲碌が槍で間合いを計りながら、じりじりと後
ずさる。
コツンと。雲碌の踵が何かに当たった。それはさっきまで張[合β]が跨ってい
た馬の亡骸だった。
雲碌の意識が一瞬、張[合β]から逸れる。その僅かな隙を張[合β]は見逃さな
かった。
「ぬうんっ」
重低音の掛け声と共に、張[合β]が矛を縦に一閃した。雲碌がハッとして右に
跳ぶ。矛は地面を叩き割ったかと思うと、そのまま逆袈裟に切り返されて雲碌に
迫った。
「くっ…!」
雲碌は避けきれず、槍で受け止めようとした。だが張[合β]の斬撃は疾く重く、
雲碌の軽い身体をガードごと吹き飛ばした。
39:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:42
雲碌の身体が地面に叩き付けられた。衝突の衝撃で、雲碌の手から槍が零れ落
ちる。だが槍を拾う間も無く、張[合β]の第三撃が雲碌を襲った。雲碌は槍を諦
めて飛び退った。
抉り取られた大地がドサリと音を立てて、漸くその母の許へ帰った。
雲碌は土埃を払うと、ちらりと目線を走らせた。雲碌の槍は張[合β]の足元に
転がっている。取り戻すのは難しそうだった。
已むなく雲碌は腰に手を伸ばした。佩剣を抜く為である。だが腰に手を伸ばし
たところで雲碌は、そこにあるべきものがない事に気が付いた。
(しまった、寝所に忘れてきた……)
不意の敵襲に焦り過ぎたのだ。だが、後悔してももう遅い。雲碌は唇を噛み締
めた。
「剣があったところで、その細腕ではこの間合いを補う事は出来ますまい。覚悟
召されよ」
張[合β]は勝利を確信して、ゆっくりと歩を進めた。女を斬るのは忍びないが、
かといって生かしておいては将来の禍根になりそうだ。
馬騰の娘という事はキユの妹という事だ。ここで彼女を殺せば、キユからは間
違いなく怨まれるだろう。だがそれが国家の大事だった。
(…まだ策は残っている。機会は一瞬。今度機会を逃せば多分死ぬ…)
雲碌は張[合β]の言葉を聞いていない。ただじっと、相手の動きを細大漏らさ
ず覗っていた。
「覚悟は宜しいですか」
張[合β]がゆっくりと矛を振りかぶった。蛟竜が顋(あぎと)を開いて、雲碌
を噛み砕こうとしている。雲碌はそんな錯覚を覚えた。
(…まだ死ねない。私はこれからもずっと、お兄様と……!)
雲碌が瞋目する。張[合β]には一瞬、その赤毛がぞわりと逆立ったように見えた。
刹那、張[合β]の矛が旋風を伴って、雲碌の身体を薙ぎ払った。矛は見事な
までに、雲碌の身体を袈裟斬りに斬り下ろした。だがあまりの手応えの無さに、
張[合β]はハッとした。
40:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:42
「残像か…!」
急いで周囲に視線を走らせる。右下方に何かの影を見出した。張[合β]の矛が
素早く弧を描いて、再び振り上がる。だが張[合β]が矛を振り下ろすより、雲碌
が飛び込むのが一瞬だけ早かった。
雲碌の腰は、その俊敏な動きに耐え兼ねて痛みを訴えている。力が抜けそうに
なる。
けど、ここで力を抜けば即、死が待っている。ここで仕留めなければならない。
「哈ッ!」
雲碌は気勢を上げると、右の肘を鋭く尖らせて、張[合β]の腋のすぐ下に叩き
込んだ。更に右の拳を左の掌で押して、威力を増大させる。腋の下は人体の急所
の一つでありながら、最も装甲が薄い部位である。張[合β]は激痛を覚えて顔を
歪めた。
間髪を入れず、右斜め下から、張[合β]の顎に掌底を叩き込む。張[合β]の顎
がガチンと鈍い音を立てた。
「が……!?」
掌底が余程効いたのか、張[合β]がよろめいて、顎を手で押えようとする。
だがその手を撃ち抜くように、雲碌が更に上段蹴りを放った。直線的な上段蹴り
は手の上から確実に張[合β]の顎を捉え、その身体を吹き飛ばした。
軽い地響きの音を立てて、張[合β]の身体が地上に沈む。張[合β]は意識が
混濁して、俄かに立ち上がる事が出来なかった。
「今のうちです。この者に縄を搏ちなさい」
雲碌は荒い息を吐きながら、部下に命じた。
(流石に疲れたわね…)
雲碌は右肩を押えた。肩で息をした時に痛みが走ったのだ。
腰も痛くて堪らないが、そこを人前で押えるのは流石に憚られた。
少しだけでいい。今は休みたい。
だが今は、休めない理由があった。
(お兄様、大丈夫かしら……)
雲碌は身体を引き摺るようにしながらも、兄の姿を捜し求めた。
周囲では漸く駆けつけた赫昭の部隊が、主将を失った張[合β]軍の掃討を始め
ていた。
41:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:44
【死線 参】
夏侯惇は既に長時間戦っており、60歳という年齢も相俟って、流石に息が荒く
なっていた。
だが一方のキユも、夜更けまで房事に勤しんでいたので、まだ腰が痛い。結局
両者の一騎打ちは、夏侯惇の方が若干押し込んでいた。
「キユ…嫁を寝取られた親の気持が解るか…」
激しい鍔迫り合いの中、夏侯惇がギリギリと歯軋りをする。その隻眼に憎悪の
炎が燃え上がっていた。
「解らないよ…っ」
キユは必死で睨み返した。
「そうか、解らんか…この不逞半狄がっ」
「そんなくだらない策を弄したのはそっちだろ。それに僕は寝取っていない…!」
「今更そんな言い逃れが通用するかっ…」
「ほんとの事じゃないかっ…」
そう言ったものの、公主がここにいて証言してくれるわけではない。夏侯惇が
納得するべくもなかった。
「兎に角、貴様は今ここで死ねいっ!」
「死ねるかよ…っ!」
申し合わせたかのようにお互いを弾き合う。キユはよろめいて片膝をついた。
夏侯惇の方が先に足を矯め、キユに向かって突進した。
42:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:44
「くそっ…!」
キユは咄嗟に地面の砂を掴むと、夏侯惇の顔目掛けて投げつけた。
「ちいっ、姑息な真似を!」
夏侯惇が眼前に迫る砂粒を左手で払いのけながら、直刀を振り下ろす。キユは
辛うじて剣で受け止めると、夏侯惇の腹に跖底を蹴り込んだ。
「ぐうっ、おのれ…」
夏侯惇は呻いて踏み止まると、キユの胸目掛けて真っ直ぐに突いてきた。
キユは受け流して躱しざま、夏侯惇の左の肩口目掛けて斬り下ろした。だが
夏侯惇が素早く避けて、剣は肩当てを掠めるに留まった。
「はぁ…はぁ…夏侯惇さん、息が上がってるよ…いい加減あきらめてくれない
かな…っ」
「息など…はぁっ、上がっておらぬわ…はぁっ…そういう貴様こそいい加減あき
らめろ」
「嫌だね…!僕にも望むものがある」
「ならばその望み、永遠に叶わぬものにしてくれる!」
夏侯惇が左右袈裟、左水平の三連撃を放つ。
キユは最初の二撃は辛うじて受け止めたが、斬撃の重さに受け止めた手が痺れ
た。そして三撃目も受け止めようとして、剣を弾かれた。
一瞬、キユの懐がガラ空きになった。
「しまった…!」
「貰ったぞ、キユ!」
夏侯惇が半白の髭を震わせる。そして袈裟掛けに斬り下ろした。
43:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:44
「ぐぅっ…!」
二人の口から同時に、呻き声が漏れた。
夏侯惇の左脇腹に、キユの右回し蹴りが入っている。
だがそのキユの左肩は、斜めにざっくりと斬り下げられていた。その瘡痍は胸
にまで達そうかというほど深く、重かった。
キユががくりと膝をつく。夏侯惇はよろめきながらも踏み止まった。
呉軍から歓声が湧き起こった。馬超軍は逆に色を失った。
夏侯惇はキユの胸座を掴み上げた。脇腹に痛みが走る。キユを掴む左腕が震えた。
「どうだキユ、解ったか。これが俺と貴様との実力差だ。孟徳は人材に貪欲だか
らな、まず集めてみないと気が済まない。だが我等が大呉に貴様など必要ない。
今までの怨毒、ここで晴らさせて貰うぞ」
夏侯惇がキユの胸に垂直に剣を向ける。そして剣の柄を握り直した。
(僕…ここで死ぬのかな……)
キユは虚ろになっていく思考の中で、そう思った。
死にたくはない。けど血がどんどん溢れ出して、力が入らない。ものを考える
のも、もう億劫になってきた。
元の時代に帰りたかった。そして漫画家として、もう一度頑張ってみたかった。
もう、ダメなのかな……?
自分の為に人の命を足蹴にしたから、罰が当たったのかな……?
……ダメならダメでいい。最後に、雲碌の顔が見たかったな……。
「死ね」
夏侯惇が宣告した。
44:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:46
【死線 肆】
「お兄様……!」
薄れゆく意識の中で、キユはそんな声が聞こえたような気がした。
「あ……雲碌……?おかえり……」
呂律が回らなくて、何を言ったのか解らない。だがキユには、その自覚すら無
くなりつつあった。目が翳んでよく見えない。
(ごめん、雲碌―……)
そしてキユの意識は途切れた。
砦の中から出てきたのは、紛れもなく雲碌だった。
雲碌は最愛の兄の肩に剣が食い込むのを見た。
瘡口から鮮血が噴き出すのを見た。
「いや……!」
雲碌は悲鳴を上げた。心が千々に乱れる。次の瞬間、我を忘れて駆け出していた。
「お兄様……!」
「ちっ、小娘が…」
夏侯惇は雲碌の姿に気付いて舌打ちをした。猛る復讐心に水を差された気がした
のだ。
その時キユが何か言ったようだが、夏侯惇にはよく聞き取れなかった。
「貴様等、その小娘を捕えておけ!」
咄嗟に夏侯惇が怒鳴る。流石に夏侯惇も、この状況で女を殺す気にはなれなかった。
だが、自分で捕えに行かなかったところに、夏侯惇の失敗があった。
それほどまでに夏侯惇は、キユを殺す事に執着し過ぎていた。
(犯す!)
呉軍の兵士は狂喜と下劣の笑みを浮かべながら、雲碌に襲い掛かった。
彼等は武器を放り出していた。武器を使って傷つけるのが惜しかったし、使うま
でもないと思った。雲碌の強さを知らなかったのだ。
45:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:46
雲碌を取り巻くように、一陣の血風が舞った。
数多の兵士がただの肉塊と化して、雲碌の周囲に崩れ落ちた。
血霧の中から雲碌が姿を現す。雲碌は全身に返り血を浴びて朱に染まっていた。
我を忘れて隙だらけだった筈の少女が、刹那のうちに十人以上の呉兵を屠った。
白刃が煌くのさえ見えなかった。呉軍の喜色は一瞬にして色褪せ、慄然として皆
立ち竦んだ。
雲碌は虚ろな瞳のまま、ゆらゆらと夏侯惇に歩み寄った。
呉軍の兵士は返り血のせいか、雲碌が静かな炎を身に纏っているような錯覚を
起こした。呉軍はその様子にかえって恐懼し、雲碌の為に道を開けた。
夏侯惇は雲碌の絶技よりも、雲碌が手にしている剣を見て驚いた。
「その剣は張[合β]の…まさか?」
「夏侯惇…お兄様を傷つけましたね……」
雲碌の両眼が突如、瞋恚の炎を燃え上がらせた。
疲れも痛みも感じない。ただ、愛する者を傷つけられた怒りだけがあった。
「貴方を殺します…!」
雲碌が大地を蹴った。猛鷲の如き疾さで夏侯惇に詰め寄る。
雲碌の手が消えた。夏侯惇の背中がぞわりと粟立った。
(来る…!)
夏侯惇は咄嗟にキユを手放し、剣に両手を添えて、眼前で水平に構えた。
罅割れた金属音が鳴った。斬撃のあまりの重さに、夏侯惇の手が痺れた。
(この細い身体のどこにこれほどの力が…)
驚いている暇もなく、雲碌の連撃が夏侯惇を襲う。夏侯惇は忽ち防戦一方に
追い込まれた。
気で既に呑み込まれていた。それに疲労が追い討ちをかける。更に五合を数
えたところで、夏侯惇の剣は弾き飛ばされた。
夏侯惇が顔色を失う。髭を震わせるより早く、雲碌の剣が一閃した。
夏侯惇の鎧が、斜めに裂けた。裂け目から血が滲み出した。
(浅い…!)
夏侯惇は咄嗟に、我が身を後ろに反らせていた。お陰で致命傷は避けた。
だが勢い余って後ろに倒れ込んだ。背中を強かに打って顔を顰める。
46:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:47
雲碌は間髪を入れず飛び掛かると、夏侯惇の胸の上に馬乗りになった。
雲碌は憎悪に身を委ねたまま、剣を振り翳した。その切っ先は夏侯惇の喉に
向かっている。白刃に陽光が煌いた。
夏侯惇は顔を醜く歪めた。それは「仇」を取り損ねた故か、はたまた諦観の
故か。
「死になさい」
雲碌は勢いをつけて、剣を突き下ろした。
その時。
(ダメだよ、雲碌……)
その言葉が雲碌の耳朶を打った。雲碌はハッとして、咄嗟に切っ先を逸らした。
ドスリと、音がした。
雲碌の剣は夏侯惇の喉を逸れて、大地に深深と突き刺さった。
夏侯惇が目を見張る。だが雲碌は、そんな夏侯惇には見向きもせずに、倒れ
ている兄に視線を向けた。
キユは意識を失ったままだった。
(今のは幻聴……?)
そう、今のは多分幻聴だ。
なら何故そんな幻聴が聞こえるの?私は赦せない。お兄様を傷つけたこの男を。
(……それとも、それがお兄様の意志…?)
47:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:48
自分が傷つけられても赦すというのですか?
…………いや。そんな事は今はもういい。
もしもお兄様の意志が私に通じたのなら、きっとまだお兄様は生きている。
こんな男に拘ずらわっている暇はない。
雲碌は夏侯惇をうち捨てると、キユの身体を抱き上げた。
血糊で手が滑る。けどそんな事を言っている場合じゃない。早く手当をしないと。
そして雲碌は駆け出した。
夏侯惇は仰向けになったまま、起き上がらなかった。
様々な思いが胸中に去来する。最後に悔しさだけが残った。
夏侯惇は顔を手で覆った。その口から低く小さく、嗚咽の声が漏れた。
馬超軍の兵士が恐る恐る近付く。だが夏侯惇は反応しない。馬超軍はそれを
戦闘放棄と見做し、夏侯惇を縛につけた。
「妹君が止めを刺さなかったのだ。何か理由があるんだろう」
馬超軍はそう判断した。
夏侯惇の麾下もまた、抗戦を止めた。彼等は不安を抱えながらも、主将と共に
敵の処断を待つ事にしたのだった。
48:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:49
【聖痕 弐】
私はお兄様を寝所に運び込むと、応急処置を施した。けどお兄様の全身は土気
色に変色し、体温も徐々に失われつつあった。傷口から血があまり出てこないの
は、もう血が残っていないせいなのだろうか。
「お兄様、返事をして下さい…。死んじゃ嫌です…お兄様…!」
私はお兄様の身体に縋りついて咽び泣いた。早く目を覚ましてほしい。でない
と刻一刻と過ぎ行く毎に、不安と焦燥が加速度的に増していく。
けど、今の私はこれ以上の術を知らない。ただ呼びかける事しか出来なかった。
でも、お兄様は目を覚まさなかった。
「いくら叫んでも無駄じゃろう。キユは既に死にかけておる」
私ははハッとして振り返った。
いつ、どこから、どうやって入ってきたのだろう。そこには、上元節に来てい
た老人と青年の姿があった。
「いいえ、お兄様は死にません。私が死なせません」
「よい覚悟じゃ。じゃがどうすれば死なせずに済むか、そなたには判っておるか?」
…そんなの判るわけがなかった。私は答えられなくて俯いた。涙が止まらなかった。
「老師、少し意地悪が過ぎませんか?」
青年は恭しく窘めると、私に向き直って言った。
「ご安心下さい、馬雲碌殿。キユ殿の命数はまだ尽きておりません」
「本当ですか?」
私は驚いて嬉しくて、顔を上げた。
「ええ、本当です」
「というか、キユだけは儂等の管轄外なんじゃよな。何故か」
青年は莞爾と笑い、老人はやや憮然として白い長髯を捻った。
「それ故、まあ今回は特例じゃ。蘇生してやれん事もない」
49:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:50
「本当ですか?!」
私は目を輝かせて訊ねた。瞬間、自分の声が上ずったのが判った。
「本当はこういう干渉は固く戒めるところなんですがね」
青年が苦笑する。
どういう意味かは解らない。けど、『聖痕』を意の儘に与えられる人たちだ。
何かしらの事情はあるのだろう。ただ彼等には本来、お兄様を助けるべき義務
も義理も無い。
「では何故…?」
「敢えて言えば、管轄外に置かれている、その事に反発したくなった。そんな
ところかのう」
老人が可笑しそうに笑う。私にとっては今は笑い事じゃないのだけれど…。
「…じゃが、キユは完全に神気を喪失しておる。流石に代償が必要じゃ」
老人が一転して真顔になった。
「お兄様が生きられるのであれば、私は何でもします。私の命を差し出せと言
われれば喜んで差し出します」
私が即答すると、老人は呵呵と笑った。
「さても美しき愛情かな。じゃがいざ生き返ってみて、そなたが死んでいると
いうのでは、キユも生き返った甲斐があるまい。もう少し肩の力を抜くがよい」
……老人の言う事は尤もだ。けど私には、お兄様のいない世界など意味が無い。
「…では、私はどうすればよいのですか」
私が訊ねると、老人は白髯をしごいて答えた。
「そなたの神気の半分を貰う。その神気をキユの傷口から体内に注ぎ込んで生
き返らせる」
「半分で宜しいのですね?解りました。存分にして下さい」
老人は急に眉を顰めた。
「即答か。よい心がけじゃ。じゃが今少し慎重になって考えよ。この業はかなり
の危険を伴う。そなたらは今後お互いに、今までのような満足な活動は出来なく
なる。特にキユじゃが、キユは今後常時、そなたの神気を受け取る事によって
生き長らえる事となろう」
「お兄様が、私なしでは生きられない身体になる…?」
その言葉に、私は不覚にも胸がときめいてしまった。
50:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:50
「じゃからそなたの消耗は激しくなる。当然じゃ、一人分の神気で二人分の身体
を動かさねばならなくなるのじゃからな。それでもやるかの?」
「当然です。他に方法が無いのであれば、迷う理由などどこにもありません」
緩みそうになる顔を引き締めて、もう一度即答する。老人は頷いた。
「そなたの覚悟、確と受け止めた。キユを生き返らせて進ぜよう」
老人は更に何か呟いたようだけど、私の耳には届かなかった。
「有難うございます」
私は跪いて深深と頭を下げた。
やがて老人が促すのに従って、私はお兄様の左横に仰向けになった。
「これがキユの瘡痍か…流石は夏侯惇じゃの。鎧の上から斬ったのに骨を砕き、
肺臓にまで傷が達しておる」
老人は繃帯を外すと、傷口を検めて感心した。…少し腹が立った。
「…まあちょうどよい。この瘡痍を以って聖痕としよう」
老人は私達のの間に腰を屈めると、右手を私の胸の上に、左手をお兄様の肩の
痍に翳した。
老人が目を閉じて、念を込め始める。
何か不可思議な力を感じた。
霊妙なその感覚は温かくて、柔らかくて。
けど私の中で渦巻いて。
私の中の何かを絡め取るような、吸い取っていくような、そんな感じがした。
急に凄い疲労を感じた。そう言えば今朝から、何も食べないまま動きっぱなし
だった。
何だか眠たくなってきた。意識が薄れていく―。
51:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:51
【蘇生】
―目が覚めた。
「ここは―…?」
僕は辺りを見回した。けど辺りは暗くて何も見えなくて、しんと静まり返って
いた。
いつの間にか眠ってしまっていた。しかもこんなに暗くなるまで気が付かなか
った。戦の最中だというのに、何て事だ。
「―あれ?」
僕は首を傾げた。
僕は眠ったんじゃない。夏侯惇に斬られた筈だ。痛くて血がたくさん流れて、
もう駄目だと思った。それで気を失ったんだった。なのに今は、その斬られた筈
のところが全然痛くない。
「痛くないって事は―」
もしかして本気で死んじゃったのか?
そう思うと、恐くてひとりでに身体が震え出した。
(ここはどこだろう?)
確かめてみたくて、ゆっくりと身体を起こす。
急に頭がぐらぐらした。
何だか身体もだるかった。
(死ぬって、こんな感じなんだろうか?)
僕は起き上がるのをあきらめて、横になった。
そこで漸く、触覚というものを思い出した。
(これは布団…ベッドだな。あったかい―って、これは僕の体温のせいか)
頬を抓ってみる。感覚は少し鈍ってるけど、痛かった。どうやら僕は生きてる
らしい。
52:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:51
ほっとした。途端に空腹を覚えた。
(あれだけエッチして、まだ朝飯も食ってないもんなー)
それに、何だか血が足りてない気もする。…そりゃそうか。あれだけ血を流した
んだから。
噎せ返るような血の匂い。
(―う。思い出したら吐き気がしてきた。)
僕はげんなりした。お腹は空いてるけど、食欲がなくなってしまった。まあどう
せ食べに行く気力もないから、どっちでもいいようなもんだけど。
(それにしても、何で痛くないんだろう?)
恐る恐る、傷口に触れてみた。
傷口は何故かもう塞がってて、膜が張られていた。傷痕を指先でなぞると、くす
ぐったいような疼痛が走った。
不思議な事もあるもんだな、と思ったことろで、今度は別の事が気になり出した。
一つは戦闘の行方、もう一つは雲碌が今どうしてるかだった。
…ふと、隣に微かな寝息を聞き取った。
(今頃気付くかよ)
思わず苦笑が込み上げる。そして相手を確かめる為に顔を寄せた。
噎せ返るような血の匂い。僕は思わず顔を背けた。そしてもう一度、今度は鼻を
抓みながら顔を近づけた。
暗がりに少しだけ目が慣れて、相手の顔がぼんやりと浮かんできた。
顔全体にも血がこびりついてて、元の顔が分かり辛い。それでも何とか見定めた。
(雲碌だ)
雲碌はすうすうと、静かな寝息を立てて眠っていた。
(よかった、生きてる)
雲碌も疲れたんだな。こんなに返り血を浴びて…。明日目が覚めたら、僕が綺麗
にしてあげよう。それまでゆっくりおやすみ。
(……けど)
キユは雲碌の頭をそっと撫でた。
(危ないから、戦場でエッチするのは、もうやめとこうな)
53:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:52
【老骨枯る】
翌朝、キユは砦の攻防戦に自分達が勝った事を知った。
元気な姿を現したキユを見て、馬超軍の将兵は驚き、かつ喜んだ。彼等は九分
九厘キユが無理を押して元気に振る舞っているのだろうと思ったが、それでもこう
して元気な姿を見せてくれた事は、彼等の士気を大いに奮い立たせた。
対する呉軍は夏侯惇、張[合β]、趙雲、この3人の上将を失い、既に馬超軍の敵
ではなかった。程昱や楊脩が馬鉄や韓玄の部隊を混乱させるものの、最早それは
時間稼ぎにしかならなかった。やがて後方の馮習から、兵糧庫を狙った耿紀を捕え
たとの報告が入り、張苞らが前線で程昱、董昭を虜にすると、呉軍は雪崩を打って
壊走を始めた。
だが呉軍は小沛の城に帰り着く事なく全滅した。
楊脩は下[丕β]に退路を取った。これが幸いして楊脩は難を逃れたのだが、楊脩
とはぐれた曹植は小沛への帰路、馬超軍の追撃を受けて虜囚となったのである。
キユは小沛城に入城すると、早速捕虜を引見した。
まずは夏侯惇、張[合β]、趙雲だった。
3人はそれぞれ、憤然、憮然、黙然として、キユの前に引き据えられた。特に
夏侯惇などは、瀕死の重傷を負わせた筈のキユが平然としている事に愕然とした。
だがキユは彼等に一言も問い掛ける事なく、左右に命じて3人の縄を解かせた。
「僕は人を殺すのは趣味じゃない。降伏してくれるというなら助かるけど、降伏が
嫌なら自由に立ち去って貰って構わない。ただまあ正直言わせて貰うと、次からは
一騎打ちに応じないからね。あんな命の遣り取りは二度と御免だ」
54:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:53
続いてキユは、糜芳、董昭、耿紀を引見した。
あっさりと旗幟を翻した董昭、耿紀に対して、糜芳は傲然と胸を張った。
「殺したくば殺せ。だが俺の命は奪えても、俺の誇りまでは奪えんぞ」
「いや、要らないから」
キユは短く答えて帰りを促した。
最後にキユは一人で、程昱と曹植に宛がわれている部屋を訪れた。
彼等は今、死の床にあった。
程昱は船から落ちて水を飲み過ぎた。飲んだ水は捕えた後すぐに吐き出させたが、
水のせいで病を得たらしい。老齢が身に堪えたのも、病を助長した一因だったかも
しれない。
曹植は馬鉄に馬上から突き落とされて、頚椎を骨折していた。
「琥珀さんが本草学を心得てる。もうすぐ小沛に着く筈だから、それまで頑張って
ほしい」
キユはそう言って励ました。
「子建さん。琥珀さんと一緒に清河公主も来ます。公主に元気な姿を見せてあげて
下さい」
曹植は蒼白な顔をキユに向けた。頷きたくても、首が痛くて頷けなかった。
痛くて気絶しそうだった。だがその痛みで、逆に目が冴えた。眠れなくて、ジリ
ジリと命が削られていく。いっそ気絶してしまえたら―だがその時は「死」なの
かもしれない。
恐かった。死ぬのが恐かった。
何故妹が来てくれるのかは解らない。ただ、それだけが支えだった。
55:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:53
程昱は落ち窪んだ目で、凝然と天井を見詰めていた。
(儂も年老いたものじゃな……)
馬騰に洛陽を奪われ、馬超如き青二才に濮陽を逐われ、小沛すら守り切れず、
今、敵の馬休から温情をかけられている。[業β]を攻めさせて子文殿を死なせ、
今また子建殿に瀕死の重傷を負わせている。何の顔(かんばせ)あって、再び
陛下に相見える事が出来よう。
その昔荀彧等と共に、陛下の為に呂布から三県を守り抜いたのが嘘のようじゃ。
儂は一体、何の為にこの歳まで生き長らえてきたのか。
(あの日見た夢も夢であったか)
…いや、夢では無い。あの日儂が両手に捧げ持った太陽は、今確かに太陽となっ
て、燦燦と六合を照らしておる。儂の人生、顧みれば瑕や綻びだらけじゃったが、
生涯を通して明主に仕える事が出来ただけでも、幸せだったというべきじゃろう。
老臣の為すべき事は終わった。
「暁。武。後は頼んだぞ……」
程昱はぼそぼそと呟くと、眠るように目を閉じた。
その日の深更、程昱は息を引き取った。
程昱に遅れる事約二刻。東の空が明るみ出した頃、曹植もその若い命を散らした。
清河公主が兄の死に顔と対面したのは、その翌日だった。
兄の亡骸に縋って流涕する公主の頭を、キユはそっと撫でてあげた。
56:馬キユ氏代理34
03/09/15 20:53
【劉家断絶】
その頃江州には劉循軍が攻め込んでいた。孟達が孫策に降って以来、今もなお
江州には太守がいない。先月の戦傷は未だ癒えていなかった。
だが、成都から駆けつけた馬岱、軻比能の突撃は強烈だった。馬岱は郭淮の軍と
乱戦を続ける劉循軍の側面を衝き、遂に劉循の首を挙げた。馬岱の武名は轟き、
主亡き後の劉循軍は軍旗も鉦鼓もうち捨てて逃走した。
敗残の劉循陣営は鳩首凝議し、劉循の遺児がまだ幼い事から、董和を以って後を
任せる事となった。
また楚軍が柴桑を奪還せんと攻め寄せてきたが、守将司馬懿は朱治率いる楚軍を
翻弄、全滅させた。司馬懿は朱治、劉巴、諸葛恪の三将を捕えたものの、殺すよう
な事はせず、
「何度でも挑んでくるがよい」
と、笑って解き放った。
57:無名武将@お腹せっぷく
03/09/15 21:25
馬キユ氏、代理34氏、多謝!
58:馬キユ氏代理34
03/09/15 21:42
どうも、34です。うp終わった瞬間に、仕事の電話で
終了報告できず申し訳ありません。
今回の分は56までです。
長文の分割区切り、ちょっと変かも知れませんが
なにとぞご寛恕いただきたく存じます。
59:馬キユ@携帯
03/09/15 21:55
34氏、本当に有難うございました。そしてお疲れ様でした。
60:馬キユ@携帯
03/09/15 21:56
34氏、本当に有難うございました。そしてお疲れ様でした。
61:無名武将@お腹せっぷく
03/09/17 04:55
感謝保守
62:無名武将@お腹せっぷく
03/09/18 10:07
一時浮上。
63:無名武将@お腹せっぷく
03/09/20 17:23
保守
64:馬キユ氏代理34
03/09/21 20:21
建安二十四(219)年3月
【哀糸豪竹】
―呉―
曹植と程昱の亡骸は温車(註1)に乗って、呉の曹操の許へ鄭重に送り返さ
れてきた。
曹操はまず程昱の手を取って哀悼した。そして曹植に向き直ると、亡骸を
抱き締めて慟哭した。
「キユよ…何故子建を死なせた…何故だ…?」
曹操が嗚咽の声と共に漏らす。
(陛下のような御仁でも、ご子息の死を斯様に悲しまれるのか)
黄忠はやや意外そうな目を主君に向けた。
「陛下。馬休の首をご所望とあれば、この老骨を下[丕β]に行かせて下され。
必ずやご期待に応えてみせましょうぞ」
「……早まるなよ、黄忠。朕はキユを殺したいのではない。使いたいのだ」
曹操はジロリと一瞥した。
「朕は『キユが死なせた』とは言ったが、『キユが殺した』とは言っていない。
子建の仇を取ろうなどという考えは毫毛もない」
「…御意。出過ぎた事を申してすみませんでした」
黄忠は跪いた。
曹操が曹植を溺愛していたのは、曹植がまだ子供のうちの事だった。曹植が
長じて後は、その詩才を絶賛するものの、国家を担う器としては全く評価して
いなかった。それほど曹植は奔放に過ぎた。自分の長短が極端に遺伝されて
しまったと、曹操はやや歯痒く思っていた。
とはいえ、先に沖を病で失い、彰を河水に見失った。我が子が次々と若く
して先立っていくのは辛かった。
この慷慨を馬騰や馬超にも味わわせてやりたかった。それだけでもキユの
篭絡は重要な意味があった。
65:馬キユ氏代理34
03/09/21 20:22
「それにしても、大将軍らが3人がかりでキユ1人にあしらわれてしまうとは…」
曹休が慨嘆する。キユの事は誰よりもよく知っているつもりだったが、今回
の結果は余りにも予想外だった。
「夏侯惇はキユを殺しかけたらしいな」
「いや、それは……殺していれば戦には勝利していたわけですし、戦場での事
ですから特に問題はないと思われますが」
曹休は冷や汗を掻きながらも答えた。この冷や汗は何だろうか…?
「そうだな。何の問題もない」
曹操は頷いた。
「キユが馬超の下からいなくなれば、馬超軍など恐るるに足りん。故に戦場で
生死を問う必要はない。―だが。それでは何の為に公主を贄としたのか、
解らんではないか。
夏侯惇は我を忘れ過ぎた。激情に任せて大将軍としての責務を怠った。故に
譴責する必要がある。文烈、そなたは下[丕β]に赴いて夏侯惇の重しとなれ」
「御意」
曹休は跪きながら、心中で胸を撫で下ろした。曹操が夏侯惇を譴責するに
留めたからだった。曹操が怒りに任せて解任するのではないかと、それが不安
だったのだ。
曹操は更に張魯に、程昱と曹植を国葬を以って報いるように命じた。
66:馬キユ氏代理34
03/09/21 20:22
(―まあ、打った策の全てが当たらなければならんというわけではないが)
曹操は自室に戻ると椅子に腰を下ろした。その手には一通の書簡が握られて
いる。曹植の遺品の中に混じっているのを見つけたのだった。
曹操は徐に書簡を開いた。差出人は清河公主だった。
(そうか、馬雲碌と侍女の監視が厳しくて上手くいっていないのか)
曹操の顔が思わず綻んだ。若い娘同士の嫉妬や意地の張り合いを微笑ましく
思ったのだ。
だが読み進めていくうちに、曹操の顔色は一変した。そこには「子建兄様の
死は不幸な事故です。キユ様は何も悪くありません。キユ様を責めないで下さい」
と、寛恕を請う文が書かれていたのだ。
無論、曹操とてキユを責めようとは思わない。だが公主からこんな事を言わ
れると、
(あの馬鹿娘、逆に篭絡されたんじゃあるまいな?)
という疑念が胸裡を翳めるのだった。
註1:オンリョウ車(車偏に温の旁+[車京])。寝ながら乗れる車で窓があり、温度調節
が出来る。後、死者を載せる車となった。
67:馬キユ氏代理34
03/09/21 20:23
【矯枉過正】
―濮陽―
「なに、キユが曹操の娘を囲っているだと?」
その夜、馬超は董[禾中]からその報告を受けて、驚声を放った。
馬超は一糸纏わぬ姿で、義弟の前に仁王立ちしている。四十半ばにして愈愈
逞しく充実した長身は、まるで大理石の彫像の様である。黙っていれば芸術的な
その裸体を、馬超は惜しげもなく曝け出している。そしてその股間にある一物は、
テラテラと濡れて光っていた。
馬超のすぐ後ろには天蓋つきの寝台があり、天蓋からは薄絹の帳が垂れている。
蝋燭の明かりがその帳の中を照らして、薄絹に人影を投射している。
帳の中で人影が動いた時、豊かな胸の双丘が一瞬だけその艶美な影を映し出した。
董[禾中]は一瞬ドキッとした。
「御意。しかも『父親が皇帝になったのだから、これからは公主と呼ぶ』などと
言っているようです」
董[禾中]は顔を伏せて答えた。義兄に表情の変化を覚られない為だった。
「おのれキユめ…逆賊の娘を囲うだけでも度し難いのに、公主とまで呼ばせるか」
馬超が歯軋りをする。彼奴はどこまでこの俺を怒らせれば気が済むのだ。
「これはもう、漢朝に対して逆心を抱いていると言ってよいでしょう。キユ殿を
排斥する口実が出来てよかったですな」
董[禾中]はそう言ったが、いちばん喜んでいるのは他ならぬ彼自身である。
何せ、粛清を命じられてからこの半年、ただの一人も消す事に成功していないのだ。
季節はこれから夏になろうかというのに、彼の首筋はそろそろ涼しさを覚えている
ところだった。
68:馬キユ氏代理34
03/09/21 20:23
「…成程。貴様の言う通りだな」
馬超は不意に相好を崩した。偽帝の娘と通じるなど、あってはならない事だ。
だがそれは逆に、キユの大失態であるとも言えた。奴から全てを取り上げる絶好
の機会のように思えた。
(そうか、雲碌はもうキユに捨てられたか。雲碌も今は目が覚めているだろう。
早く俺の許へ帰ってこい。俺が存分に可愛がってやるぞ)
馬超は董[禾中]の存在も忘れて、一人、妄想に耽り始めた。
馬超の一物が徐々に鎌首を擡(もた)げてくる。元々長大なソレはやがて馬並み
に膨張し、天に向かって屹立した。董[禾中]はその大きさと、馬超が堂々として
それを隠さない様に圧倒された。そして
(帳の中の人も大変だな…まあ姉さんなわけだが)
と、かなり馬鹿げた事を思ったりした。
馬超は昂奮して居ても立ってもいられなくなったのか、義弟に労いの言葉一つ
かけるでもなく、帳の中へ消えた。
やがて帳の中から、湿った音に混じって、微かな喘ぎ声が漏れてきた。
すすり泣く様な咬哇は三更まで続いた。だが馬超はまだ物足りなかったのか、
失神した董氏の胎内にもう二度ほど精を放ってから、漸く遅い眠りに就いた。
夜は既に明けかけていた。
だが数日後、馬超がキユ排斥の密議を図ると、軍師・孔明をはじめとした重臣
たちは一様に反対した。
69:馬キユ氏代理34
03/09/21 20:24
「閣下、それは何かの間違いでしょう。キユ殿は先月、偽帝曹操から小沛を奪還
したばかりではありませんか」
「左様。しかも曹操の股肱ともいうべき上将3名を虜にし、偽帝の子曹植を死なせ
ての勝利だ。勇戦撃砕、寧ろ激賞して然るべきかと存ずるが」
「それに、もし本当に曹操の娘を囲っていたとしても、それを以ってして逆心明
らかなりとは、到底申せません。正式に妻に迎えるというのであれば一考の余地
はありますが」
「そもそも某の聞くところによれば、曹操は閣下とキユ殿との間を裂こうとして、
寡婦となった自分の娘をキユ殿の許へ送り込んだという事です。みすみす曹操の
策に嵌ってやる理由はありませんぞ」
馬超は歯軋りをした。
何故だ?楊彪や呂布が偽帝袁術と姻戚になろうとした時には、挙ってその非を
打ち鳴らされたというのに、何故キユだけは許されるというのだ?訝しいでは
ないか。
「では何故、キユは曹操の娘を斬り殺さない?」
「キユ殿が女の首を斬って悦ぶような為人ですか?」
「なら曹操の許へ追い返せばよいではないか」
「キユ殿に他意はなかろうと存ずる。追い返さないからといって何か問題があろ
うか?」
「大ありだ。逆賊の娘を傍に置く事自体、逆賊と誼を通じている証拠ではないか」
「キユ殿は此度の戦で夏侯惇に殺されかけたと聞き及んでいます。夏侯惇は渦中
の娘の義父にあたりますが、少なくとも夏侯惇はキユ殿に対して、明確な殺意を
抱いていたようですが。本当に誼を通じているのでしょうか?」
70:馬キユ氏代理34
03/09/21 20:24
「さっき離間策だと言ったのは誰だ。夏侯惇に殺意があるのでは道理が合わんぞ」
「それはこの仲達ですが、某、諜報にかけては些か自信があります。故にこの
情報にも自信がありますが、ただ万一某の情報が間違っていたとして、それで
何か問題がおありですかな?キユ殿が情にほだされて漢朝に仇を為しているよう
には、どうしても思えませんが」
「では貴様等は、どうあってもキユを弁護するのか」
「キユ殿の排斥を図れば、必ずやキユ殿は曹操の許へ奔るでしょう。曹操は間違い
なく、キユ殿を厚遇します。そして閣下の不徳を嘲り、天下の笑い者とするでしょ
う。愚策の極みです」
「兄弟相争うは亡国の兆し。キユ殿が天子や閣下に対して明確な逆意を示したわけ
でもありますまい。今少し静観なされては如何ですかな」
「張飛も夏侯氏の娘を妻にしましたが、予は張飛が死んだ今でも気にしておりませ
んな」
「娘は所詮娘。キユ殿がその娘に溺れて容喙壟断を許すようなら確と言い聞かせる
必要があるが、今のところ放置しておいてよいのではないかな」
「傍で雲碌が目を光らせておるのじゃから、左様な心配も必要あるまい」
「キユ殿も曹操が帝位を僭称すると知った上で、曹操の娘を傍に置いたわけでは
ありますまい。敢えて申し上げれば、玉璽を持ち逃げされた事に原因があります
まいか」
「玉璽を持ち逃げされたのは誰じゃったかな?」
「申し上げにくい事ながら、閣下です」
「では閣下の失態でしょうな」
「持ち逃げしたのは楊脩ではなかったかな」
「ではキユ殿は先月、その盗人を討伐したわけですな?」
「そういう事になりますな。何ら問題はないと思われますが」
「もうよい!」
71:馬キユ氏代理34
03/09/21 20:25
これ以上は聞くに耐えなかった。馬超は席を蹴って立ち上がると、大股で部屋
から出ていった。
部屋の扉が乱暴な音を立てて閉まった。その扉を開けて、ホウ徳と馬岱が主君の
後を追う。この2人は密議の席上で、遂に一言も喋らなかった。
「やれやれ、孟起にも困ったもんじゃの」
韓遂はすっかり白くなった鬢を掻きながら呟いた。
「文約殿、貴公が言いますか?」
やんわりと釘を刺したのは劉備だ。韓遂は去年の後継者選定会議の席上で、馬超
の廃嫡を目論んでいた。劉備はそれが馬超の劣等感を煽っていると指摘したのだ。
韓遂は口の端を歪めた。
「じゃから、これが孟起とキユの器量の差じゃと言うたのじゃ。キユは曹操の娘
じゃとか、そういう事はまるで関係なく、大きな心で呑み込んでおる。それが証拠
に、最初はキユを疎んじていた雲碌でさえ、今はキユに甲斐甲斐しく仕えている
そうじゃないか」
内心ギクリとしたのは、劉備だけではない。だが韓遂は気が付かず、陳羣も
「キユ殿の徳はさしずめ風でしょうな(註2)」
と言って相槌を打つにとどまった。
「偽帝曹操が立ち、孫策が王号を僭称した今、我等は一致団結して彼等に当たって
いかねばならん。たかが女一人の事で自らの片腕を切り落としたがる輩には、とっ
とと引導を渡した方がよいやもしれぬな」
「……文約殿。その発言は不穏ですぞ」
劉備が再び窘める。だが今度の声は力無かった。韓遂は鼻で笑った。
「ふん…まあよい。孟起が九垓を統べ得るなら、それもまたよし。もう暫くは生
温かく見守ってやるわ」
72:馬キユ氏代理34
03/09/21 20:25
韓遂が腰を上げる。どうやら彼の話はもう終わりらしい。韓遂に続いて司馬懿、
陳羣、張松、蒋エン、張昭、軻比能、文聘らが、ぞろぞろと立ち上がった。そして
彼等は、韓遂に跟随して部屋から出ていった。
室内に取り残されたのは、劉備、関羽、孔明、ホウ統、関平の5人だった。
ホウ統は孔明が、関平は父が、何故残っているのか解らなかった。だが他の3人は
皆、一様に苦い顔をしていた。
「……何にせよ、孟起殿が既に退室していたのは僥倖だった」
劉備は満腔の息を吐き出して呟いた。
「ですね」
短く応じたのは孔明。
「どういう事だ?」
ホウ統が訊ねる。関平も同じ疑問を抱いたのか、父の顔を見た。
「済まない、士元。いくら貴公とはいえ、こればかりは今は言えない」
「つれないな」
「…そうだな。鍵は文約殿の言葉の中にある、とだけ言っておこう」
「韓遂の言、なあ…女の出自を気にしない、妹から今は好かれている、こんな
ところか?」
「まあ、そんなところだ」
「つまり我が君は、その2点が気に入らんというわけだな?しょうもない話だ」
そう言ってボリボリと懐を掻く。
その二つが融合したのが正答だとは、流石に言えない。孔明は噴き出す汗を
白羽扇で扇いだ。
あの2人は恐らく、既に関係を持っただろう。お膳立てをしたのは他ならぬ臣だ。
それは確かに穢らわしい事だと、自分の中の儒が訴えている。そして不義の心を
抱いているのは、馬超とて同じだ。
(馬氏の兄妹は皆、漢人並みの倫理観は持ち合わせていないと見える。所詮は半狄
か)
そう蔑む気持が心の奥底に蟠居する一方で、孔明は、妹との不義、この一点を
除けば、キユは老子が孔子に説いた君子そのものであるようにも思えた(註3)。
73:馬キユ氏代理34
03/09/21 20:26
はっきりと言える事は、キユの行為は馬超の行為と比べれば遥かにマシだという
事だ。
それにあの時、キユは天下が平定された後は隠遁する心積もりがあるように
見受けられた。
斉の襄公は実妹と不義を為したが、我が身を滅ぼした所以は公孫無知との私怨
にある。
淮陰侯は嫂と姦通したが、誅殺されたのは統一後に身の処し方を誤ったからだ。
(彼等がその轍を踏まないというのであれば、そっとしておいてやってもいいの
ではなかろうか)
最近はそう思うようになった孔明だった。
「キユは名声を博し過ぎたのでしょうか?」
関平は父に問うた。
馬超は顕職を得て漸く、キユ以上の名声を得た。だが宮中には「銅臭大臣」と
陰口を叩く者もいる。「半狄の輩に政治が解るものか。董卓の二の舞になったら
どうするのだ」と、半分は懼れての陰口もある。そんな馬超の名声は、地道に
叩き上げ、陳羣の月旦を得て広く人士と交わったキユのそれには、実質で及び
ようがなかった。
主を凌ぐ名声を持つ臣下は疎まれる。もしかしてそういう事なのだろうか。
関羽は「うむ…」と、生返事を返しただけだった。
「だがまずいな。今日のこの件で、閣下とキユとの亀裂は誰の目も明らかになった」
ホウ統はフケを払い落として冠を被り直した。
馬超は密かに事を運ぼうとはしなかった。それは馬超にまだ公正さが残っている
事の顕れであろうが、その心理はどこまで他人に理解されるだろうか。
74:馬キユ氏代理34
03/09/21 20:26
「独り家中の者だけではない。呉楚両国にも早晩伝わるだろう。これをきっかけに
家中が揺らがねばよいがな」
ホウ徳と馬岱は荒れ狂う主君を何とか宥めて、主君の私室から退出した。
「しかし、キユもどうかしていますよ。偽帝の娘を傍に置くなど、血迷ったと
しか思えません」
馬岱はこめかみを押えながら、隣を歩くホウ徳に話し掛けた。
こめかみがズキズキと痛む。嫉妬と憎悪に狂乱する主君を止めようとして、
主君の肘打ちをそこに食らった。骨が陥没したかと思ったが、幸い大丈夫なよう
だった。
返答するホウ徳の声は低く、小さかった。
「…貴殿は今し方、そう仰せの我が君を諌めたのではなかったのか」
「張昭の言も尤もだと思いましたので」
「兄弟でいがみ合っている場合ではない、か」
「ええ。新参の張昭ですらそう見るのであれば、やはり一理あるのではないかと
思いましたから。ですが、挙ってキユに一片の誡告も与えようとしないのは、
やはり訝しいように思えます」
「……」
ホウ徳は沈黙した。馬岱の言も一理あると思ったのだ。
(―だが、我が君が諮ったのはキユの貶斥だ。それは流石に度が過ぎている)
まだ証拠もないのにいきなり排斥を諮っては、例えキユと親しくない者でも
唐突すぎて反発するだろう。閣下はそれが解っていない。
75:馬キユ氏代理34
03/09/21 20:27
ホウ徳は知っている。馬超が一方的にキユを憎んでいる事を。先君の跡を継いだ
後ですら、キユに対しては敵意を剥き出しにしている。それは功を焦り、全てに
おいてキユより上であろうとし続けた馬超の、未だに超克出来ない心の弱さだった。
ただ彼は、その憎悪が既に相互のものであり、雲碌までをも巻き込んでいると
いう事までは知らなかったが…。
「……認めたくないものだな。若さゆえの過ちというものは」
ホウ徳は呟いた。今の群臣の反発は全て、我が君自身の脆弱な心に起因している。
それを克服出来ない限り、我が君はこれからもずっと、同じ様に群臣の反発に
遭うだろう。
馬岱は頷いたが、ホウ徳が指摘した「過ち」を、キユが清河公主を傍に置いた事
だと思い込んだ。
註2:『論語』顔淵篇。「君子之徳風、小人之徳草、草上之風必偃。」
人の上に立つ者の徳は風のようなもので、人の下につく者の徳は草のような
ものである。下の者は風に靡く草のように、上の者の感化を受ける。
註3:『史記』老子伝。「良賈深蔵若虚、君子盛徳容貌若愚。」
賢い商人は財産を人目につかないところに隠しているので、一見何もない
ように見える。同じ様に、君子は立派な徳があってもそれを外に出して
誇らないので、一見すると愚か者のように見える。
76:馬キユ氏代理34
03/09/21 20:31
34でございます。
馬キユ氏は未だアク禁中でございます。
本日も代理うpさせていただきました。
>64->75で本日の分は全てでございます。
長文の区切り、変なところがありましたら、海より
広い心でご寛恕いただければ幸いでございます。
おもさげながんす。
77:無名武将@お腹せっぷく
03/09/21 23:53
馬キユ氏も代理氏も乙であります。
78:無名武将@お腹せっぷく
03/09/23 18:17
感謝保守
79:無名武将@お腹せっぷく
03/09/24 08:44
保守
80:無名武将@お腹せっぷく
03/09/25 22:17
保守age
81:無名武将@お腹せっぷく
03/09/27 08:15
保守。
82:馬キユ
03/09/28 14:28
建安二十四(219)年6月
【亢龍搏鼠】
―渤海郡南皮県―
この月孔明は、太守王昶の許可を得て渤海郡に攻め込んだ。
渤海は4月、再び楚軍の手に落ちていた。だがそれからも激戦が続き、
今は孫権率いる1万2千の水軍がいるだけだった。
如何に水軍と雖も、陸に上がればただの歩兵である。しかも今の孫権
には、策を諮るべき良将が傍にいなかった。
「軍師殿、城の攻囲がほぼ終わりました」
張嶷が帷幕に入ってきてそう告げた。孔明は筆を止めて静かに頷いた。
「孫権は降伏を潔しとしないでしょう。敵の援軍が到着する前に片付けて
しまいましょう」
「ここを孫権の墓標にしてやっても宜しいですかな?」
文欽が自信に満ちた顔つきで訊ねる。孔明は静かに首を振った。
「はっきり言えば、彼は軍事は無能です。寧ろ生かしておく方が今は得策
です」
「成程」
張嶷と文欽は笑いながら頷いて、それぞれの部署へと戻って行った。
83:馬キユ
03/09/28 14:29
「胡済、胡博」
「何でしょうか」
孔明が呼ぶと、帷幕の隅に立っていた二将が進み出た。
胡済は義陽の人で、字を偉度という。元孔明の主簿で、現在は中典軍
にある。胡博は胡済の弟で、現在長水校尉の任にあった。共に直言の士
でり、孔明の信頼も厚かった(註)。
孔明は2人を招き寄せると、図面を指し示しながら命令を下した。
「そなた等はそれぞれ兵2千を率いて工作に当たって下さい。この地点か
ら城内まで坑道を掘り進めます。余程の事が無い限り、敵に気付かれる
事はないでしょう。城内に達した後の宣撫工作は胡博に任せます。策の
詳細はここに認めてあります。後で読みなさい」
孔明はそう言って一枚の書面を手渡した。
「しかし軍師殿、万が一敵に覚られ、未然に防がれた場合は如何致しま
しょうか」
胡済は書面を受け取りながら訊ねた。
「その場合は勿論、即座に作戦を中止します。改めて作戦を練り直しまし
ょう。…ですがその心配はまず要らないでしょう。未然に防げる程の兵も
人物も、城内にはいませんから」
孔明は涼やかに笑った。
「御意」
兄弟は拱手して帷幕から出て行った。
註:蜀書董和伝。
84:馬キユ
03/09/28 14:31
【趙雲】
―小沛―
この3ヶ月の間に、この街の内外ではいろいろな事が起こっていた。
兄さんが衛尉に、耿紀が洛陽太守に、簡雍が汝南太守に、王威が
[言焦]太守に、柴桑の馬忠が廬江太守に、それぞれ任じられた。
これらに先立って、僕は赫昭、張苞の両名を晋陽に異動させた。
孔明の依頼によるものだった。この2人を、特に赫昭を手放すのは
惜しかったけど、孔明の判断に異論を唱えるつもりはなかった。
「郷里をこの手で守れるのは好ましい話ですな」
「まだ見ぬ郷里を取り返してきたいと思います」
赫昭たちはそう言って旅立って行った。
平原の楚軍が南皮を占拠したのは4月。5月になって、楚の隙を突い
て北海の呉軍が平原を占拠し、更にその隙に兄さんが北海を占拠した。
申耽が兄さんに降った。呉軍は城陽から出兵して北海の奪回を図り、
兄さんに撃退された。
85:馬キユ
03/09/28 14:32
兄さんは捕虜のうち、華[音欠]だけを斬首に処した。今回の捕虜の
うちで僕と書簡を交わした事があるのも、華[音欠]だけだった。
5月にはその後更に、楚軍が平原を奪還した。そして今月、孔明が
その隙に南皮に攻め込んだ。
兄さんの昇進を受けて、僕も振威将軍に昇格した。
僕は昼は董昭を連れて巡察を繰り返し、いろいろな陳情を聞いた。
前太守が傍にいるお陰か、小沛の民心は急速に平静を取り戻して
いった。けど貪官汚吏というものはどこにでもいるもので、巡察する
度に密告がある有様だった。僕は新兵の補充と訓練は雲碌と閻行に
任せると、恐縮する董昭を連れて小悪党の摘発を繰り返した。
日が傾くと城に戻って、手紙を書いた。耿紀、簡雍、張苞、天水の
雅丹、徹里吉、それと呉に戻った趙雲。この3ヶ月で手紙を送った
相手はそれだけだった。
86:馬キユ
03/09/28 14:34
「あら?それは趙雲からですか?」
僕がベッドの中で返書を読んでいると、雲碌が身を寄せてきた。
雲碌は興味深げな顔をしていた。僕は「うん」と頷いた。
この3ヶ月で返書を送ってきたのは簡雍、張苞、趙雲の3人だ。けど
簡雍と張苞は機会があればまた会いましょうと言ってきてるのに対して、
趙雲は「敵同士なのに頻繁に書簡を頂くわけにはいかない」と書いて
いた。
「そんな事言ったら、曹操や曹休はどうなっちゃうんだろうね?」
僕は頭を掻いた。もしかして趙雲には嫌われてるのかな?まあ出会い
は最悪だったからなー。
「でも理由は『聞くならく、君子の交はりは淡きこと水の若しと。また聞く、
君子は周して比せずと。故に書を返す』だそうですよ」
「どういう意味?」
「君子の付き合いは水の様にあっさりしているが、その代わり長く変わら
ない付き合いをするものだ。…厳子ですね(註1)。また、君子は広く公平
に交わって、偏る事がない。…論語ですね(註2)。だから返事を書いた
そうです」
「はー。雲碌って、何気に博識だよね」
僕は感心して雲碌を眺めた。雲碌は可愛らしく小首を傾げた。
「そうですか?茂才の人たちなら諸子百家くらいは暗誦じられると思い
ますけど」
87:馬キユ
03/09/28 14:35
「でもほら、白馬寺の時とか」
「あれは…」
雲碌がぼっと顔を赤くした。
「あの時は調べましたから。でも時間がなかったから白馬寺しか調べ
られなくて」
「調べてくれたんだ。有難う」
鬢を掻き揚げながら、雲碌の頭を抱き寄せる。雲碌は従容と僕に
身体を預けた。
「私、あの頃からずっと、お兄様の事が好きだったんですよ。気付いて
ました?」
「―そうだったらいいなあとは思ってたよ。けど、望むべくもない夢だと
思ってた」
「私もです―」
舌と舌が絡み合う。キスをしてるうちに、もう1回した後だっていうのに、
また僕のモノが固くなってきた。
ただ。夏侯惇に斬られて以来、やたらと疲労を感じ易い体質になった
みたいだ。どうも体力が保たなくなっている。やっぱり歳のせいだろうか?
(少し休まれては如何ですか?)
琥珀さんの声が幻聴となって脳裡に響いた。
…まあいいや。今日はまだ動ける。疲れた後の事は疲れてから考えよう。
僕は思い直すと、雲碌のお尻を引き寄せた。
註1:荘子の事。後漢2代明帝の諱が荘なので、後漢代、荘氏は姓を厳と改めた。
註2:『論語』為政篇。
88:馬キユ
03/09/28 14:37
【赤壁探訪】
―江夏―
10日後―。
僕たちは雑談をしに来た韓遂を見送っていると、いつの間にかずるずる
と江夏郡の近くまで来ていた。
ここまで来たのなら―と、韓遂と別れた後、僕たちはついでに関羽の
許を訪れた。
関羽は丁度出掛けるところだった。
「どこかへお出かけですか?」
「うむ、楚の軍勢の蠢動が気がかりでな。江夏の地勢をよく見極めておこう
と思い、ここ数日各地に足を運んでいる」
そして関羽は、今日はこれから赤壁を見に行くつもりだと言った。
赤壁…名前だけは記憶にあった。本来ならここで、曹操と劉備、孫権の
連合軍が戦っていた筈だ。
…孫権?あれ、今の楚王は兄貴の孫策だな。韓遂が来た時、孔明たち
が今月南皮を占拠して、孫権を解放したという話をしていた気もするけど。
……まあどうでもいいか。
僕は雑念を追い払うと、関羽に同行を申し出た。
「そうだな。赤壁は赤く燃え上がるような岩壁だと聞いている。そなたら2人
にはお似合いの場所かもしれんな」
関羽が珍しく冗談を口にする。僕たちは赤くなって俯いた。
89:馬キユ@プレイヤー
03/09/28 14:47
えー、何とかアク禁から復帰する事が出来ました。
皆様にはご心配とご迷惑をおかけしまして、どうもすみませんでした。
私がアク禁の間保守して頂いた皆様、及び>>77-81氏に
心から感謝致します。
そしてその間、私の代わりに原稿をアップして下さった34氏には、
満腔より感謝の意を表します。
皆々様、これからも宜しくお願い致します。
ここで次回予告。
2人が黄昏の赤壁で鴛鴦の交わりを楽しんでいる間に、
小沛城下に無数の馬蹄が轟き迫る。小沛の運命や如何に?
シスター・オブ・ラブでつきぬけろ!
※エチーシーンはありませんので、悪しからずご了承下さい。
90:無名武将@お腹せっぷく
03/09/28 15:01
馬キユ氏復帰おめでとうございます。
代理34氏もお疲れ様でした。
お二人に心からの感謝を。
91:無名武将@お腹せっぷく
03/09/30 04:10
感謝保守
92:無名武将@お腹せっぷく
03/10/01 14:06
保守
93:馬キユ
03/10/02 01:22
【呉軍急襲・其の壱】
―小沛―
僕たちが小沛に戻ってきた時、小沛は妙に慌ただしくなっていた。
僕は何事かと訝しみながら、そのまま雲碌を連れて政庁に向かった。
政庁では既に、鉄、閻行、韓玄、馮習、董昭の各人が集まって議論
をしていた。ただその雰囲気は険悪…とまでは言わないまでも、少し
不穏な空気が漂っていた。
真っ先に僕たちに気付いたのは、今日も韓玄だった。
「おお、ご府君、お帰りなさいませ。お待ち申しておりましたぞ」
そう言った韓玄の顔には疲労の色が見えていた。
「有難う、韓玄。それで何事?」
「呉の軍勢がこの小沛に向かってきているという報告がありましてな。
じゃがご府君がおられんので、どうするべきか、儂等は悩んでおった
ところです。帰ってきて下さって本当に助かりましたわい」
「そりゃ悪かった。…けど、何かそれ以外にも何かあったのか?」
僕は会議の席をざっと見渡して訊ねた。鉄だけが不貞腐れたような
顔でそっぽを向いていた。
馮習が、これまたうんざりしたような顔で答えた。
「弟御が、ご府君不在の間は自分が総指揮を執る、自分が采配を揮う
のが筋だと、頑強に主張されまして。議論が紛糾していたところです」
「そうなのか、鉄?」
僕が訊ねると、鉄はそっぽを向いたまま答えた。
「悪いですか?」
94:馬キユ
03/10/02 01:23
「いや、悪いかどうかはまださて置くとしてだ。反対されるにはそれなり
の理由があったんじゃないのか?」
ここに赫昭がいれば、僕がいなくても赫昭を大将にする事で衆議一致
してたんだろうけど。つくづく悪いタイミングで北へ送り出してしまった。
「私は弟御が指揮を執られても構わないのですが、弟御がどうしても
撃って出ると申されまして。勝手な出撃は拙いのではないかと、私など
は諌めていたのですが」
口を開かない鉄の代わりに、馮習が答えた。
「いい判断だね。有難う」
僕は馮習の好判断を褒めておいた。けどそこで、董昭が徐に口を開いた。
「馮将軍の言に偽りはないが、説明が足りていませんな。弟御は『どうせ
兄さんは帰ってこないかもしれない』などと申されていたのですが」
「何ですって?」
僕より早く反応したのは雲碌だった。雲碌は柳眉を逆立てて鉄を睨んだ。
「鉄兄様、それは本当ですか」
「……」
鉄は答えない。という事はどうやら本当のようだ。
「何でそう思った?」
僕は訊ねた。けど鉄は答えない。
「何でそう思った?」
もう一度訊ねる。鉄は漸く、重い口を開いた。
「この間孟起兄さんが休兄さんの貶斥を諮ったのは覚えておいででしょう。
だから兄さんの方から出て行ったのかもしれないと思ったんです」
95:馬キユ
03/10/02 01:24
ああ、成程。そういうわけか。僕は納得した。
兄さんが僕の排斥を図ったという噂は、この小沛にも既に届いている。
僕は「遂に来たか」と思っただけで、別に気にも留めなかった。
雲碌は「あんな小娘を囲うから…」と半ば非難する目で僕を見たけど、
僕が追放されれば僕に随いて下野するだけの話で、やはりそんなに気に
した様子は無かった。
だけどその噂を初めて聞いた時、鉄は信号機のように顔色をころころと
変えた。だから今回、僕が出奔したと思ったのかもしれない。
お陰で、清河公主の存在も公になってしまっている。まあ僕が[言焦]から
呼び寄せた時点で、多少噂にはなっていたけど。
「お言葉ですが弟御。ご府君が見当たらなければまずお捜しするのが筋と
いうものではありませんか?それもせずにご自分が指揮を執りたいなど、
如何な弟御と雖も放縦に過ぎますぞ」
「そうです。『どうせ帰ってこないかもしれない』とは何事ですか」
董昭に続いて雲碌も糾弾した。
「思った事を言っただけだ。何が悪い」
「口に出したのが軽率だと申しているのです。何の証拠も無い憶測では
ありませんか。況して貴殿は実の弟なのですからな。貴殿が斯様な発言を
されるから、伝え聞いた兵士達が動揺しておりましたよ。兵士を動揺させて
おいて出撃を望むなど、狂気の沙汰でしょう」
96:馬キユ
03/10/02 01:24
「公仁。貴様、私が莫迦だとでも言いたいのか」
「止めないか!」
僕は大声を上げた。董昭が何か言おうとしたけど、結局黙って引き下が
った。
「何も言わずに出掛けて悪かった。帰りが遅くなって悪かった。だから味方
同士でいがみ合うのは止めてくれ。それよりも早急に小沛を守る為の策を
練ろう」
「御意」
鉄を除く全員が拱手した。僕はそんな鉄を敢えて無視して、話を進めた。
「公仁さん、敵の陣容は?」
「呉軍の兵力は7万余。総大将は張[合β]で、参軍が何故か夏侯惇です。
この小沛との距離は既に50里を切っていると思われます」
「篭城するべきかな」
僕が訊ねると、董昭は「是」と短く答えた。
篭城は望むところだ。…野戦を戦ったら、今度こそ命はないかもしれない
し。
他の武将もぐるりと見渡す。異論はなさそうだった。
97:馬キユ@プレイヤー
03/10/02 01:30
>>90-92
有難うございます。
ここで次回予告。決戦を望む馬鉄と、固守を命じるキユ。
城外では決戦を望む夏侯惇と、降伏を呼びかける曹休。
小沛にそれぞれの思惑が交錯する。
ストーリーは盛り上がらなきゃ。ヒロインを交えてねっ。
(このネタを知っている人が何人いるか…。)
98:無名武将@お腹せっぷく
03/10/03 06:25
乙です。ネタは知りませんが。
99:無名武将@お腹せっぷく
03/10/04 04:43
保守age
100:無名武将@お腹せっぷく
03/10/06 04:41
保守
101:無名武将@お腹せっぷく
03/10/07 14:48
保守
102:馬キユ
03/10/08 02:48
【呉軍急襲・其の弐】
張[合β]を総大将とする呉軍は、何の抵抗も受ける事なく、
小沛の城下まで迫っていた。
ここまで来ても馬超軍が迎撃に出てくる気配が無いのを見て、
夏侯惇は歯噛みをした。
「ちっ、キユの奴。臆病風に吹かれたか」
「そりゃ吹かれるでしょうよ。大将軍に殺されかけたわけですから」
張[合β]が漫然と応じた。
張[合β]は今回、戦袍の下に魚鱗甲(註1)を着込んでいる。
前回の戦いでの失敗を、彼なりに反省したものだった。
「大将軍。陛下の御心はキユを麾下に加える事です。あまり興奮
なさらないで下さい」
曹休も毅然と窘めた。夏侯惇はフンと鼻を鳴らした。
「それでですが、大将軍。閣下の御名でキユに降伏を勧告しては
頂けませんか」
「何で儂が…」
夏侯惇は露骨に嫌そうな顔をした。
103:馬キユ
03/10/08 02:49
「陛下がキユを配下に加えたがっているのは、閣下もご存知でしょう。
閣下の誓約には千斤の重みがあります。少なくとも、嘘ではないと
知らしめられるのではないでしょうか」
「どうかな?キユは却って疑うかもしれんぞ」
「どういう事ですか?」
曹休が訊ねたが、夏侯惇は答えなかった。
「…まあ降伏を勧めるのはいいとして、キユが応じてこなかったら
どうするつもりだ?」
糜芳が曹休に訊ねる。尤もな質問だった。
「キユが応じなくとも、麾下の将兵や小沛の市民の中には変心する
者があるかもしれません。それを待ってみましょう」
「それすら無かったら?」
「その時はまた改めて、城を攻め落とす策を練りましょう」
「ふん」
糜芳は鼻を鳴らして小沛の城壁を見やった。彼にとって、ここは
間接的ながら、思い出の多い街だった。
「…しかし、儂等が長年かけて頑丈にした城壁を、儂等が壊さねば
ならんわけか。糞ったれが」
夏侯惇が忌々しげに呟く。その言葉に、他の三将も黙然と俯いた。
註1:筒袖鎧の事。筒袖の為、腋にも隙間が無い。後漢末~三国時代
に流行った。
104:馬キユ
03/10/08 02:50
【城を楯に】
「城を楯にするのはいいとして、何かいい策はないかな」
僕が皆に諮ると、鉄が真っ先に進み出た。
「敵は城外に到達したばかりです。今夜は疲労で油断している事で
しょう。夜襲を仕掛けてみては如何でしょうか」
「そんなに上手くいくかなあ?着いたばかりだからこそ、今夜は警戒
してるんじゃないかな?」
それに、夜襲をかけるって事は敵にも味方にも犠牲が出るんだろ?
面白くないなあ…。
「兄さんは弱気過ぎます。兄さんが敵を恐れていては士気が奮いません。
小沛の民も不安がります」
董昭が呆れたような表情で鉄の顔を見たのに、僕は気付いた。
けど董昭は何も言わず、代わりに雲碌が反論した。
「弱気か慎重かは結果が決めます。鉄兄様の言葉こそ、お兄様の
意図を官民に曲解させます」
「雲碌!お前、私にいちいち突っかかるのは止めろ」
「ならば鉄兄様も少しは言葉を慎んで下さい。先程そう言われた
ばかりでしょう」
鉄と雲碌が人前で口喧嘩を始めた。
(前々から思ってたけど、雲碌は頭はいいけど気が短いよな…)
僕がそんな事を思ってると、楼閣から伝令が駆けつけた。
「将軍。城外の敵が降伏を呼びかけています」
105:馬キユ
03/10/08 02:50
「降伏だと?」
「降伏ですって?」
雲碌たちが喧嘩を止めた。
「御意。降伏すれば皆厚遇すると言っています。その代わり抗戦する
なら、撫で斬りも辞さないとの事。その声を受けて、城内の一部に
動揺が見られるようになりました」
「敵は我が軍より少ないではないか。城壁も高く厚い。その程度で
動揺するとは」
「徐州の民は一度経験しておるからな。曹操の撫で斬りを」
渋面を作る馮習に対して、韓玄が他人事のように応じた。
馮習に続けて鉄も舌打ちをした。
「だから言わんこっちゃない。一度撃って出て、敵に思い知らせてやる
べきです」
董昭は黙って一息、溜息を吐いた。
けど、僕は別の事を考えていた。
(厚遇か…曹操に降ったら船作ってくれるかな?)
そしたら殺し合いなんかさっさと止めて、日本に向けて漕ぎ出すん
だけど。
「お兄様、今何をお考えですか?」
雲碌の問いかけに、僕は我に返った。そんな打算で動いたら、間違い
なく雲碌から嫌われるな。やっぱり無理か…。
106:馬キユ
03/10/08 02:51
ふと、董昭と目が合った。董昭はそこで初めて、莞爾と笑った。
「ご府君、今私が一計を思い付きました。これぞ網を張る前から魚が
飛び込んできたというものです。これを利用しない策はありません」
「へえ。言ってみてよ」
僕は興味を惹かれて発言を促した。
董昭が策を簡単に説明する。聞きながら僕は、確かに有効な策だと
思った。
成功すれば、敵には多大な損害を与える事が出来る。味方に損害は
殆ど出ないだろう。
失敗しても、見抜かれるだけならお互いに傷つかずに済むだけだ。
敵とはいえ、沢山の死傷者が出るのは忍びない。けど戦わずには
退いてくれないのだったら、仕方ない。
「解ったよ。それでやってみよう」
僕は全面的に裁可した。董昭は「有り難き幸せ」と言って、深深と頭を
下げた。
その時、雲碌も一歩進み出て言った。
「公仁様の策も結構かと存じますが、私も一計を思い付きました。今から
仕込んでおきたいのですが」
「どんな策?」
「離間の策です」
107:馬キユ@プレイヤー
03/10/08 02:58
うむむ。思ったより文章が長引いてしまいました。
今回はここまでです。
>>98-101
保守して頂き、有難うございます。
>>98
元ネタは「宇宙英雄物語」(伊東岳彦)です。
聖クルセイダーズにもあったかなー?
ちょっとよく覚えてないです。
次回予告!!董昭が示した策が呉軍を恐慌に陥れる。
ヒステリックにつきぬけろ!
108:無名武将@お腹せっぷく
03/10/08 12:58
>>107
乙です。
……宇宙英雄物語に聖エルザとはまた、懐かしい名前を聞きましたよ。
109:無名武将@お腹せっぷく
03/10/10 03:36
保守age
110:馬キユ
03/10/11 02:07
【陥穽】
その日の深更。董昭から夏侯惇宛てに密書が届いた。曰く、
「過日は命惜しさに降伏したが、固より主君は呉皇帝ただ一人と心に
決めている。何卒陛下に便宜を取り計らってもらいたい」
夏侯惇はこの密書を読んで小躍りした。
これでキユに報復出来る。何事もやってみるものだ。それに董昭が
戻ってくるなら、将来政務の面でかなり助かる筈だ。
夏侯惇が張[合β]らにこの密書を見せると、張[合β]らもすっかり
信用し、董昭と打ち合せを始めた。
董昭が内応を約束してから2日目の夜。
その日は午後から雲が出始め、夜になると雲はすっかり空を覆って
いた。
月の明かりがない闇夜。董昭から「この夜陰に乗じて西門を開ける」
との矢文が届いた。歩兵は跫音を潜め、騎馬には枚を含ませ、呉軍は
静かに西門へと迫る。
やがて手筈どおり、門が開いた。呉軍が喚声を上げて、我先にと
城内に雪崩れ込む。
だがその直後。眼前の世界が突如、暗転した。陥穽に落ちたと覚った
時には、俄かに鬨の声が上がり、陥穽の周囲に馬超軍が犇(ひし)めい
ていた。
更には城壁の上から叢雲の如く弩兵が湧き出でて、弩を雨霰と浴びせ
掛ける。
「しまった、罠だ!全軍、退けい、退けい!」
張[合β]は声を嗄らして叫んだが、あっという間に6千近い死傷者を
出していた。惨澹たる敗北だった。
111:馬キユ
03/10/11 02:07
「……思えば昔、呂布と戦った時もこんな陳腐な策に引っかかって、
孟徳が危機に陥ったのではなかったか。年を経て忘れていたようだ」
夏侯惇は眦が裂けんばかりに激昂したが、鼻息荒く一息つくと、そう
言って反省した。
曹休も冷や汗を掻きながら溜息を吐いた。
「キユがこのような策を用いてくるとは思いませんでした…」
「恐らくは董昭の発案でしょうな。…あの裏切り者め、してやられたわ!」
張[合β]は地団駄を踏んで悔しがった。陛下に登極の発議をしたのは
奴だった。その事に囚われ過ぎて、奴がすっかり敵になっているという
事に思い至らなかった。
だが曹休の気は晴れなかった。自分が降伏勧告を提案しなければ、
もしかしたらこの損害はなかったかもしれない。
(俺はキユに踊らされるほど落ちぶれたのか?)
或いはいつの間にかキユに抜かれたか?そんな不安がふっと胸を過る。
昔のキユは風声鶴唳にも怯え、虎が出れば失神する様な軟弱者だった。
なのに今は…。
キユにまた一つ借りが出来た。この借りは必ず戦場で返さなければ
ならない。いや、今ここで返さなければならない。曹休はそう思った。
112:馬キユ
03/10/11 02:08
辺りは静まり返っている。さっきまでの喧燥が嘘のようだ。見張り以外の
兵士は皆、勝利の酒宴を開く事もなく、それぞれの兵舎へと帰って行った。
今頃はきっとよく眠ってるだろう。
僕は城壁の上から、陥穽の中に累々と積み重なる死屍を、暗澹とした
思いで眺めていた。
思ったとおり、一方的な虐殺になった。幸い張[合β]の判断が早かった
から、この程度で済んだと言うべきなんだろうか。
夜の静寂を微かな跫音が破った。跫音は僕のすぐ傍まで来て止まった。
「敵の死を悼んでいらっしゃるのですか、お兄様?」
「うん…」
僕は呟くように答えた。
「出来れば彼等を鄭重に葬ってあげたい。それが彼等に対する、せめて
もの償いだ…」
「無理ですね。この穴は夜が明けたらこのまま埋め立てます。戦時に
何千もの亡骸を鄭重に葬っている暇などありません」
「そんな……」
僕は振り返った。
「それが戦争です」
雲碌は憐れむような目で僕を見詰め返した。
113:馬キユ
03/10/11 02:09
「お兄様。戦争というものは詰まる所、如何に効率よく敵を殺すかです。
味方の損害を出来るだけ抑え、その上で出来る限り多くの敵を殺す。
それが勝利へと導いてくれるのです。いちいち気にしていたらとても
戦ってなどいられません。それがお兄様の美点だとは思いますけど、
あまり気落ちしないで下さい」
「…ああ、解ってる。解りたくはなかったけどね……」
僕は城壁を背にして腰を下ろした。
その傍に雲碌が楚々と腰を下ろした。
「……なあ、雲碌。僕はいっその事、降伏勧告に応じようかと思ったん
だ……」
雲碌の表情が瞬時にして険しくなった。
「……何故そう思われたのですか?」
押し殺したような声。
「そもそも僕は戦いたくなんてなかった。兄さんの為に戦うのも嫌だ」
「だから曹操の為に戦う、というのですか?」
「いや、違う。曹操なら船を作ってくれると思ったんだ。そしたら船で漕ぎ
出すつもりだった。そして雲碌と二人で―…」
雲碌は最後まで言わせてくれなかった。雲碌の手が僕の頬を引っ叩い
ていた。
114:馬キユ
03/10/11 02:09
「…私だってあの人の為に戦うのはもう嫌です。ですが裏切り者になりたい
とは思いません。竹帛に汚名を残す程なら、討死にする方がまだマシです。
お兄様の気持は嬉しいです。けど、お願いですからそんな事は言わない
で下さい」
雲碌の目から大粒の涙が零れていた。
ああ、やっぱり。
「僕の事、嫌いになった?」
「いいえ…嫌いになんかなっていません。…嫌いになんかなれません。
だからそんな事は…」
雲碌が僕の襟を掴んで咽び泣く。
怒らせた。泣かせた。嫌われるような事を言った。嫌われても仕方ない
と思っていた。
けど雲碌は赦してくれた。
そんな雲碌が愛しくて、雲碌を悲しませた自分が腹立たしくて。
「…ごめん、雲碌。もう言わない。だから泣かないで」
指先でそっと、雲碌の涙を拭った。
「ええ、ええ…」
雲碌は涙声で頷いた。
僕は雲碌の身体をそっと抱き締めた。
115:馬キユ
03/10/11 02:10
幾許か。静謐な時間が流れた。
「……まだ戦は恐いですか、お兄様?」
雲碌が小さな声で訊ねた。僕は少し迷った後、本心を吐露した。
「…ああ、恐い。夏侯惇と戦って改めて、嫌と言うほど思い知らされた。
戦争は嫌いだと思ってたのに、いつの間にか慣れてたって言うか、
甘く見るようになってたのかもしれない……」
「大丈夫です、お兄様」
雲碌がそっと抱きついてきた。
「お兄様の命は私が守ります。必ず」
…本当は僕が雲碌を守ってやらなきゃならない筈だ。けどその時は、
雲碌の言葉が無性に嬉しかった。僕はもう一度雲碌を抱き締めた。
116:馬キユ
03/10/11 02:14
>>108
一時期コミックコンプを購読してたもので。
>>109
有難うございます。
次回予告!!いよいよ雲碌の策がベールをぬぐ。
雲碌の目的は?ヒステリックにつきぬけろ!
117:馬キユ@プレイヤー
03/10/11 02:14
↑名前欄変えるの忘れてた…(;´Д`)
118:無名武将@お腹せっぷく
03/10/12 04:27
乙です。
個人的に気になったのは、キユ、もう少しこれまでの人との繋がり(自軍)を思って下さい、
というところですかね。結構その辺り、自分じゃ分からないことでしょうけど。
人との繋がりって色々とあるものでしょうから。
琥珀、翡翠のお二人も気になりますし。
では、続きを楽しみにさせて頂きます。
119:無名武将@お腹せっぷく
03/10/13 04:33
保守
120:馬キユ
03/10/14 01:21
【女を楯に・壱】
呉軍が誘引の策に嵌ってから、10日余り過ぎた。
その間、呉軍は頻りに挑んできた。城に向かって罵詈雑言を浴びせ
掛ける。堂々と決戦を挑む。城門を叩き壊そうと攻めかかる。
小細工も弄してきた。城壁を壊そうとしたり、城壁の土台から崩そう
としたり、僕の暗殺を図ってみたり。地下道を掘って城内への侵入も
試みたらしい。
僕たちは城壁を修復しながら、何とか持ち堪えていた。雲梯で城壁
を登ってくる敵は、[言焦]から援軍に駆けつけた謝旌に命じて、藉車
(註)で防がせた。出撃を逸る鉄を押し止め、竪穴を掘って水を流し
込んだ。刺客は雲碌が捕えた後、地下の牢獄に放り込んであった。
註:ゲーム中で守城軍の歩兵が使っている兵器。下に車輪がついていて、
城壁に沿って移動できる。
121:馬キユ
03/10/14 01:21
「お兄様。私の仕込みもそろそろ機が熟してきました」
その日、雲碌は僕にそう言った。
雲碌の策とは、城内にいる清河公主を利用したものだった。清河公
主から夏侯惇に宛てた手紙を偽造し、夏侯惇に気付かれないように、
その幕舎へと届けていたらしい。しかもその内容は、雲碌なればこそ
の発想に基づいていた。その意味では、董昭の献策よりも遥かに
えげつないもののように思えた。
偽筆を引き受けてくれたのは琥珀さんだった。流石に男の字では
バレるだろうという事で城内の女性の誰かに頼む事になった時、
琥珀さんが自ら進み出て引き受けてくれた。
「こんな私でもお役に立てるのであれば、どうか手伝わせて下さい」
琥珀さんはそう言って、にこやかに微笑んだ。
…けどその琥珀さんの横顔を、翡翠が何か醒めた目で見ていたよう
に、僕は思った。
122:馬キユ
03/10/14 01:22
僕が清河公主の部屋を訪ねた時、公主はベッドから腰を浮かし、
身構えるようにしてこっちを見ていた。
「公主?僕だよ、キユだよ」
僕がそう言うと、公主は少し安心したのか、ベッドに座り直した。
けど。
「何でしょうか、キユ様?」
訊ねる声音は微かに震えている。怯えているのは容易に想像が
ついた。
「隣、いいかな?」
僕が訊ねると、公主はややあって頷いた。
僕は静かに、公主の傍に腰を下ろした。
「恐い?」
公主がまた頷く。
「そうだね。僕も恐い」
僕はそう言って、後ろで両手をついた。
「城が落ちるのですか?」
「いや、落ちない。―落とさせない」
「では何故?」
「戦争が嫌いだからだよ」
公主がやや怪訝そうに僕の顔を見た。そしてすぐに視線を落とす。
「そうですか。けど、そしたら私と貴方の『恐い』は違うようです」
123:馬キユ
03/10/14 01:23
「どんなふうに?」
「私は疑われています。呉軍の間者なのではと。それ自体は否定
しません。私は目的があってここに送り込まれたのですから。でも
この戦の事は何も知らされてなくて…。
なのに、私が部屋から出れば、誰も彼もが私の陰口を叩きます。
城内を嗅ぎ回っているだの、内応する機を窺っているだの、工作を
仕掛けて城内の混乱を誘うだろうだの…。お陰で街に出るのも
遮られました。
それだけじゃありません。時折、殺意の篭った目を向けてくる者
すらあります。
私が何をしたというのです?私は何もしていません。いえ、何も
出来ない女なんです……」
公主がぎゅっと裳を握り締める。俯いたその顔は唇を噛み締めて
いた。
僕は公主の肩をそっと抱いた。
公主がはっとして身を強ばらせた。
「嫌?」
「……いえ」
辛うじて聞き取れるくらいの小声で、公主が呟いた。
124:馬キユ
03/10/14 01:24
「公主は何も悪くない。疚しい事は何も無いんだから、堂々として
いればいいよ」
「…出来ません。私は元々間者ですから。疚しい女なんです」
「自分を蔑むのはよくないよ」
「皆はそう見ています。…いつか、誰かが私を殺す為に忍び込んで
くるかも…」
「大丈夫。公主は僕が守るから」
我ながら臭い台詞だなと思った。
て言うか、僕は雲碌に守られてる身の筈だから、本来は雲碌に
対して言うべき台詞なんだよな。けど、ここはそう言ってあげないと
いけないと思った。
公主は驚いた顔で僕を見上げた。
「そんな事を約束していいのですか?」
「ん?いいよ。正月にもそう言ったろ」
「…信じても宜しいのですね?」
「うん」
僕は頷いた。
公主は自分の膝と僕の顔とを何度か交互に見やった。
そして公主の肩から力が抜けたと思うと、ぎこちない仕草で僕に
寄りかかってきた。
公主は身体が冷えているみたいだった。僕は公主の肩を抱く右手
に、少しだけ力を込めた。
125:馬キユ
03/10/14 01:25
その頃、呉軍が宿営している南門の城門の上に、一本の丸太が
立てられた。丸太には一人の少女が縛り付けられていた。
馬鉄はその丸太に手をかけると、城下の呉軍に向かって大声で
叫んだ。
「逆賊夏侯惇、並びに曹操軍の将兵よ、人の心あらば聞け。曹操は
漢の大将軍として天朝に粉骨砕身忠義を尽くすべき地位にありながら、
玉璽を盗むや忽ちにして野心を露にし、畏れ多くも天子であるなどと
僭称した。しかもあろう事か、貴様等は今、その逆賊の頤使に甘んじ
て、天子の軍に盾突き、あまつさえ王土を掠め取ろうとさえしている。
貴様等に一片の衷心あらば、即座に矛を投げ出して地に跪き、
乃ち天朝に帰服せよ。
これにある少女が見えるか、夏侯惇。この娘は曹操の娘にして貴様
の息子の嫁の清河公主だ。貴様等がたちどころに降伏せぬというので
あれば、この娘の命はない。退かないというのであれば、やはり命の
保証はしない。よくよく考えて心を決めるがよい」
126:馬キユ
03/10/14 01:25
声高らかに呼びかける馬鉄は得意げだ。
馬鉄は戦前の我が儘が原因で、先日の誘引の計に参加させて貰え
なかった。
(もしかして疎まれたかもしれない)
疎まれて使って貰えなければ、軍功を挙げる機会が害われる。それ
だけは流石に嫌だった。
だが今回、計略の要所を任された事でその不安が一掃されたうえに、
ここ10日余りが防戦一方だった事の鬱憤を晴らす事が出来た。
―が、実はただ汚れ役を押し付けられただけである。だが馬鉄は
気付かなかった。
因みにこの「公主」は偽者だ。本物の公主は今、自分の部屋でキユと
話をしている。従って公主は、城門でそんな事が起こっているなど知る
由もない。そしてこの公主の偽者は、城内で公主に似た女性を捜し出し、
金を払って雇ったものだった。
尤も、雲碌は最初、公主本人を磔るつもりだった。キユが強硬に反対
して、董昭が
「本物を出して、本物に自分の事など気にするななどと言われては薮蛇
ですよ」
と忠告した為、その案は立ち消えになった。
後は呉軍がどう出るかである。
127:馬キユ@プレイヤー
03/10/14 01:33
>>118-119
いつも有難うございます。
ここで次回予告。ブチ切れる夏侯惇に呆れる糜芳。
策の行方は?ヒステリックにつきぬけろ!
128:無名武将@お腹せっぷく
03/10/15 15:08
乙&保守
129:無名武将@お腹せっぷく
03/10/17 02:27
保守
130:無名武将@お腹せっぷく
03/10/17 18:24
>>128-129
保守やめろよ
131:無名武将@お腹せっぷく
03/10/17 18:29
革命
132:無名武将@お腹せっぷく
03/10/18 05:02
私ゃ続きが読みたいから応援しまっせ。
133:馬キユ
03/10/19 00:57
【女を楯に・弐】
「公主が磔にされています!」
前線からの伝令で、夏侯惇たち将領は慌てて陣を飛び出した。
だが、遠目ではその真偽など判らない。ただ、公主が城内にいるという
事実だけははっきりしていた。夏侯惇は愾然として顔色を失った。
「訝しい…これはキユらしくない」
帷幕に戻ると、曹休はそうひとりごちた。
「だが、現に女性が縛られているぞ」
糜芳が顎をしゃくってみせる。張[合β]は憂色を示しながら髯を撫でた。
「…いや、ある意味キユらしいのかもしれません。非戦という一点のみに
おいては」
「衛将軍。本気で言っているのか?女をダシに恐喝するなど、武人に
あるまじき行為だろうが」
糜芳がばっさりと斬り捨てる。キユが聞いたら「武人として以前に、
人としてあるまじき行為だよ」と、真顔で訂正していただろう。
張[合β]は流石に苦しく思い、
「ともあれ、陛下の仕込みが裏目に出ましたな」
と言ってお茶を濁した。
「小沛を攻めたのが誤っていたと?」
「元皓殿の命令です。出陣の命令が下った以上、我々は戦場で最善を
尽くすのみです」
134:馬キユ
03/10/19 00:58
「そうだな。それで大将軍殿はどうしている?」
「血管がブチ切れそうになっている。少し安静にしてもらった方がいい」
糜芳の問いには曹休が答えた。糜芳は呆れ顔になった。
「それでも大将軍かよ。それでどうするんだよ?」
「大将軍の意向を聞かねばどうにも出来ないでしょうな。何せ人質は公主
です」
3人は再び腕組みをして考え込んだ。呉の陛下に意向を問い質している
時間はない。どれだけ議論を重ねようとも、今はそれが限界だった。
戦線が膠着してから2日後。呉軍は、陣中をうろついていた不審な男を
捕えた。
その男は手紙を所持していた。男を捕えた兵卒たちは、その日見張りを
担当していた糜芳に報告し、同時に手紙を上官に差し出した。
報告を受けた糜芳は手紙を開封してみた。
『馬休はお義父様の寝返りについて、もう少し詳細に話を煮詰めたいと
言っています。早急なお返事をお待ちしております。話が前後しましたが、
お義父様のご英断に感謝致します。さぞやご苦衷の事と存じます。ですが、
私は嬉しくてなりません。漸くまた、お義父様の許へ帰る事が出来るの
ですね。また昔のように私を愛して下さい。一刻も早く再会できる事を
心待ちにしております』
135:馬キユ
03/10/19 00:59
糜芳は驚愕した。国家の藩屏であり、陛下にとって挙兵以前からの友で
あり一時は不臣の礼すら摂られた大将軍が、敵に内通しているとは。
しかもそればかりか、息子の嫁と姦通していようとは!
糜芳からの急報を受けて、張[合β]と曹休も愕然とした。そんな事は
有り得べきではない。…だが、人質を取られて心が揺らぐ可能性は否定
出来ない。まず、差出人が本当に公主であるかどうかが疑われた。
「ですが、私は公主の筆跡を知りません」
「私もあまり見た事がありません。大将軍に聞いてみる他ないのでは?」
「…それしかありませんな」
張[合β]と曹休はそう話し合うと、糜芳を連れて夏侯惇の幕舎を訪れた。
136:馬キユ
03/10/19 01:00
夏侯惇は問題の書簡を見せられると仰天し、隻眼が飛び出さんばかりに
瞠目した。
「これは…何かの間違いだ…」
やっとの事でそれだけを呟く。
「間違いかどうかはさて置き、まずは筆跡を鑑定して頂きたいのですが。
如何ですか?」
「…公主の筆跡に間違いない……だが何かの間違いだ。儂はこんな話は
知らん!儂は疚しい事など何一つしておらん!」
張[合β]の問いに、夏侯惇は忿激して声を荒げた。だが僚友たちの
反応は冷ややかだった。
「おいお前ら、大将軍の幕舎を検めろ。塵一つ見落とすな」
「ははっ」
数人の兵士が夏侯惇の幕舎に侵入してきた。彼等は糜芳の命令に従って、
夏侯惇の幕舎を隅々まで調べ上げた。その結果、夏侯惇の幕舎から、新たに
4通の書簡が見つかった。いずれも「清河公主」からのものだった。