16/09/01 08:09:04.11 mkpvUULH0?2BP(1000)
sssp://img.2ch.sc/ico/nida.gif
■スサノオは朝鮮人
「古事記」ではスサノオは高天原から出雲にやってきたということになっているが、「日本書紀」には異なる伝承が語られている。
それによると、スサノオは高天原から追放されてただちに出雲に降りたわけではなく、まずその子イタケルとともに新羅 の「ソシモリ」と
いう所に降り立ったというのである。 おそらく「ソシモリ」は韓の国のかなり豊かな町であったのであろう。 ところがスサノオはこのような
豊かな地に自分は住みたくないといって、舟を造り、その舟に乗って出雲の国に至る。 さらにまた「日本書紀」は、スサノオの故郷を物
語る別の一書も伝えている。 そこではスサノオがヤマタノオロチを切った剣は「韓(から)さいの剣」であるという。 それは韓国から伝来
した小刀を指す。 その小刀でヤマタノオロチを切ったのだとすれば、スサノオ自身も韓国から来たと考えるのが自然であろう。
このようにスサノオに始まる「出雲王朝」には朝鮮の陰が強く射しているのである。
■天孫は朝鮮人
降り至った天孫降臨の地において、わたしは興味深い文面の解読をうることとなった。それは、『古事記』に書かれ
ているものだ。ニニギノ命がそのとき、その地でのべたつぎの言葉である。
此地者、向二韓国一、真-二来-二通笠沙之御前一而、朝日之直刺国、夕日之日照国也。故、此地甚吉地。
(此地は韓国に向ひ、笠沙かささの御前みさきを真来通まきとおりて、朝日の直刺たださす国、夕日の日照る国なり。
故かれ、此地は甚吉いとよき地ところ)
「此の地」とは、むろん、この直前の「竺紫の白向の高千穂の久士布流多気くしふるたけ」だ。なんの疑いもない。ところが
、この文面は従来代々の学者たちを悩ませてきた難解至極の個所だった。
第一の疑問は、印象深い一句「韓国に向ひ」だ。従来の絶対多数説たる「日向=宮崎県」説では、この一句が絶対に解け
ないのだ。“宮崎県の属する九州のその北側が韓国に面しているから”というのでは、なんともまどろっこしいではないか。
だからこの韓国は、朝鮮半島の韓国ではない、という議論さえ出た。たとえば、宣長は「空国(からくに)」つまり、“不毛の荒
れた国”の意とする。まさに「白馬ハ非ズレ馬ニ」の類の論だ。つまりは、それほどにこの一句に困惑してきたのである。
URLリンク(www.sankei.com)