10/04/11 21:47:17
12/
「僕が何を忠告しようとしたのか、それも分からないんなら、さっさとその赤服をアカデミーに返すといい」
アーサーは決め顔でそういった。
「俺は、やめませんよ……彼女を絶対に助けてみせる」
眩しいほど純粋なシンの決意―そんな大切な気持ちが、泥よりも価値のない物へとおとしめられるからこそ、
ここは戦場と言うんだと、教えてあげようとして止めた。
「―本当は……あの娘(こ)がこんな戦場に居るはずもなかった。君がミネルバに乗っているはずもなかった」
アーサーの意図を掴み損ねている風のシン―15才。本当なら、戦場に居るはずもない子供。
子供を戦争にかり出した国が、かつて勝った試しはないだろう。
我々大人がもっとしっかりしていたならば―アーサーは思う。
「こんな戦争が起こる世界でなければ、君は学校に行っていて、彼女とは何処かの町で偶然に出会って、
自分がナチュラルだとかコーディネーターに生まれたとか、生きて行くことにはどうでも良いことで
散々に悩んだだろう。君達にはその権利があった筈なんだ」
「―副長?」
シンが去らないので、アーサーは手にした煙草をもみ消した。
「だが、僕らが君達を戦争に巻き込んだ。君はオーブに居るのを止めた。戦争が始まった。
彼女も戦場に居る―だから、これはもう、終ってしまったことなんだよ」
「まだ……まだ終ってない! 俺が―!」
「時計の針は戻せないよ。君が彼女を救うのかい?」
「そうですよ! ステラは―だんだん記憶が壊れてきて、俺の事もよく分からなくなって来てるんだ。
そんなのあんまりにもひどいじゃ無いですか!」
本当は君達を救うことが、大人の仕事なんだ。その言葉をアーサーは飲み込んだ。
大人が勝手に始めた戦争へ、少年達を巻き込んだのが自分たちだったからだ。
「副長達が手を伸ばしていたら、それじゃぜんぜん間に合わない、ステラが死んでしまうんです―だから、
俺が彼女を絶対に守ってみせるって、そう誓ったんですよ!」
「……」
アーサーは無言で赤服の襟にその手を伸ばして掴み、
「君が、ステラ=ルーシェを"救いたいと思える"のなら、今、この瞬間に彼女を救おうとしては駄目だ」
と言った。
「……彼女を見捨てろって言うんですか?」
「彼女一人を救って、連合が強化人間を生み出す非人道的なシステムを見逃すのなら、それは無意味な偽善だよ。
彼女という存在を救うなら、先ずは戦争を終らせないといけないんだ」
272:SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ
10/04/11 21:48:19
13/
勿論、ザフトの勝利でね。そう付け加えるのを忘れない。
アーサーが右手に握る赤服の襟。シンが生き延びたなら、その色は容易く白に変わる。シンが望むなら、
評議会に影響を及ぼす事も出来る。実力主義を標榜するプラントで、赤服の持つ意味はそういうものだ。
「"やらない善よりやる偽善"だなんて詭弁をいうな。敵の命も大切だなんてほざくなよ?
君の手抜きで味方が死んだなら、僕は決して君を許さないからな」
シンがエリートならばこそ苦言。ヴィーノが同じ事を言っていたなら、きっと捨て置いただろう。
只の整備員が何をやったところで、手の届く範囲を越えて誰かを救う事なんて出来ないからだ。
「可哀想な少女の事は割り切るんだ。そしてザフトとプラントの為に戦いなさい」
でなければ、シン=アスカは死ぬ。理想と世界の間に生まれる矛盾に押しつぶされてしまうか、
自分と理想の間にできてしまった矛盾を世界に押しつける、怪物になりはてるだろう。
「生き抜いて、強くなって、偉くなって……それまで君がステラ=ルーシェに向けるような優しさを
持ち続けていられたなら、その時、君は本当に彼女を救うことが出来る。悲劇が起こらない世界を
作ることが出来る」
「それじゃあ……ステラが救われる事なんて無いって……そう言うことなんですか」
「……僕は、J.P.ジョーンズを撃沈しろ、なんて命令を出しはしないよ」
「だったら……」
「ファントムペインの空母を捕まえろ、とも命令できない。ただそれだけだ」
それは不十分な答えだったのか、シンは、「失礼します」と言って甲板を去った。
アーサーが、J.P.ジョーンズを捕獲しろ、などという危険な命令を下せるはずもない。
「死ぬなよ、シン」
最も言うべきだった一言を、アーサーは言いそびれていた。
煙草をもう一本、取り出そうとしたところで、全艦にコンディション・イエローの発令を告げられる。
「風が……出てきたな」
言葉を、潮騒が飲み込んだ。
273:SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ
10/04/11 21:49:20
15/
―タケミカズチ
ミネルバの放ったイゾルデの一撃は、タケミカズチから2kmも離れた所に着弾したが、
それでも衝撃波は、艦隊司令官トダカ准将を足下から揺らした。
「ムラサメ隊、接触します」
報告から数秒、ディスプレイに並ぶコンディション画面が二つ、斜めに"SIGNAL LOST"の
表示が入って赤に染まる―二機損失。
『連合の同盟国オーブの勇猛、見せて頂きましょうか』
仮面の大佐が浮かべる、酷薄な笑いを思い出した。同盟は盾、祖国は人質―出兵を余儀なくされた
オーブ艦隊の行く末は連合の捨て駒以上になり得ず、彼らは"負けるまで"帰る事はない。
―ならば、少しでもオーブ艦隊への被害を減らしてゆかねば。
二機の犠牲に辛い顔をする国家代表―カガリ=ユラ=アスハの横顔をみて、トダカはそう思う。
実際、対艦兵装を切り捨てて軽量化したムラサメは、ミネルバのMS隊相手によく耐えていた。
最初の一合で撃破された二機は不運だが、トダカはすでにその損失を数字として処理していた。
『的確な連携を行えば、Gタイプとも渡り合うこと"は"できる』
アビオニクスの設計も行ったあるテストパイロットは、完成したムラサメをそう評した。
『そして、ムラサメの真価はその戦闘力にある訳ではない』
現在指名手配中であるそのパイロットは、そうも付け加えていた。
「トダカ准将、この戦闘、勝てるのかい?」
一斉に集中する"空気読め"の視線を、装甲のごとき鉄面皮で跳ね返しつつ、呑気なユウナが聞いた。
「"ミネルバ"の主砲が本艦を捕らえるより早く、八式弾の射程に誘導できれば、我々が勝ちます」
「ユニウス7を砕いた"タンホイザー"か。先に撃たれたら?」
「……少なくとも、撃たれた後のことは考えなくとも良くなるでしょう」
憮然と言い放ち、トダカは戦況を映す画面に集中する。
「センサーに感あり。熱紋照合……ムラサメです!」
敵か、味方か? 艦橋に充満した疑問は即座に払拭された。全周波数に乗ってラクス=クラインの歌が
戦場に奏でられたのだ。半恐慌状態に陥った艦橋を、トダカの一喝が鎮める。
「カガリ様の前だぞ、索敵班何をしていた―報告急げ!」
ディスプレイの映した望遠画像に、黒塗りのムラサメが現れた。
「来たか……太平洋の亡霊」
「キラ―」
カガリが、胸の前で手を組んだ。
274:SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ
10/04/11 21:50:21
14/
―地中海 クルタ島西 ミネルバ
ミネルバとオーブ艦隊。交わすべき言葉はなく、戦闘はただ、応酬される数十基のミサイルで始まった。
デコイと電子撹乱を駆使しても、直撃コースを取るミサイルは有る。迎撃に各砲座が追われ、艦長席を揺らすのは、
至近弾の衝撃波だろうか。オーブ艦隊から放たれた第一波の去った間隙を縫って、五機のMSを発進させる。
「こちらのミサイル反応消失、有効弾無し。敵ムラサメ部隊に阻止されました」
「……前方のAWACSディンは下がらせなさい、もう良いわ」
「――マイク1より返信。"ワレ観測を続行する"……テキストデータ付きです。およそ3kb」
ちっ! 揺れでずれた帽子の角度を直しながら、タリアが舌打ちをした。
「イゾルデ起動、マイク1の観測データに基づいて諸元入力、一斉射!」
甲板がスライドして三連装の副砲が姿を現すと、ミネルバの両舷に乗る二機の"ザク"が発射の衝撃波に備えて、
ぐっと腰を落とした。―どどどん。連続で放たれた砲弾は進路の雲を千々に散らし、空を走る。
「観測情報更新―砲撃の有効弾、無し」
「マイク1に通信、内容は、"覚悟は受け取ったが、遺書のデータは紛失した。帰還を求む"。以上」
「了解…………マイク1、方向を転換しました。テキストで追伸、"後を頼む"だそうです」
ディンに帰還を促すために無駄弾を撃たせたタリアは、「遺書のデータは消しておきなさい」と、
メイリンに破棄を命じた。用済みの遺書は死人を呼ぶ、それが彼女のジンクスである。
「ファントムペインは?」
「……200km圏内に見えていません」
「出てこないのが気になるわ。いかなる些細な変化も見逃さないよう、警戒は厳に。特に海中は注意して」
「インパルス、セイバー、敵MS部隊に接触します―」
メイリンが言って、タリアは戦術画面に目を凝らした。
275:SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ
10/04/11 21:52:22
16/
亡霊は制空を開始する。
海面すれすれに現れた漆黒の影は、飛び石のような急上昇を見せ、ミネルバへ攻撃態勢を取る六機のM1Aを狙う。
迎え撃つように続々と放出された中距離ミサイルは1ダース。それと迷わず正面対峙(ヘッドオン)した亡霊の姿に、
太平洋の生きた伝説を知らぬ者達だけが、それぞれの場所で驚きを見せる。
"シュライク"とミサイル、そしてミネルバが並ぶ真一文字の死線―即ち『"シュライク"部隊からの攻撃が来ない』
唯一の場所で、亡霊は初めて亜音速まで減速し、衝撃波の衣(コーン)を脱ぎ捨てた。
同時に、装甲から追加ブースターが、関節の継ぎ目からスペーサーが排除され、重しと"くびき"から解放された
機影は、瞬時にヒトガタへと変形を終える。
自身を砲弾と化した漆黒の巨人が、光り輝くビームの刃を振りかぶった。
フルスロットル、減速せず、ミサイル群へ突入する。
一閃。
交差の刹那、切り裂いた弾頭の数は三。その誘爆に残りの全てを巻き込んで、攻撃をまとめて無に還す。
青い海原に墨を一滴落としたような、黒い機影は速度そのまま"シュライク"部隊に迫る。
ミサイルのただ中を文字通り"切り抜ける"―神業と言う表現すら生ぬるい異常を目にして、一瞬の虚脱に陥った
"シュライク"部隊は、黒い影が目前に迫ってようやく、"亡霊"への迎撃態勢を整えた。
―果たして、己が見せる異常極まりない能力が、戦いの中で与える驚愕を計算に入れて居たのか、否か。
オーブ側が護衛を回す暇すら与えない突撃に対して、M1部隊の反応は遅きに徹していた。
蹂躙、という表現が似合う。
接近しながらライフルによって頭部センサーを狙撃し、M1Aの阻止弾幕をきりもみ回転で躱しつつ
短距離ミサイルを放り、両の手に握ったサーベルで擦れ違いざまにマニピュレーターを切り落とす。
遠ざかりながらライフルを放つ"亡霊"に二機のシュライクが振り返った瞬間、先に放っていたミサイルが
その脚部を吹き飛ばす。
まさに、叢雨の如く。
"太平洋の亡霊"は一交差の間に、"シュライク"部隊の戦闘能力を削ぎ取っていた。
276:SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ
10/04/11 21:54:00
17/
戦闘の経過を見守ることができない旗艦タケミカズチのブリッジでは、わずか数秒の内に、
攻撃役の"シュライク"が六機、無力化されたという結果しか知る事が出来ない。
結果しか見えないからこそ、驚きが深い。
シュライク装備のM1A六機に、対したムラサメただ一機。
その前提から計算されるあらゆる結果が、この瞬間に覆されていた。
「……攻撃部隊の損害は?」
辛うじて動揺を押し殺した声で、静かに問いかけるトダカ。
「攻撃能力は12パーセントまで低下―飛行能力に問題ありません。……六機すべてが、です」
「帰還させろ」
六機すべてを、ムラサメが"仕留め損ねた"などあり得ない。針の穴を通す精密極まりない"手加減"に、
トダカですら、それだけしか言えなかった。
「ねえ、あれホントにウチが開発したムラサメなの?」
呑気にしているユウナの声も、心なしか震えている。カガリに至っては、顔面蒼白で、
「まだ……"フリーダム"に乗っていないだけマシだ」
と言うのが精一杯だった。
「あれでまだマシ……ね。そんなに強いなら、二年前のオノロゴで連合を倒してくれていれば良かったんだ。
僕たちの味方だったときは手抜きをして、敵に回っても手加減か。オーブなんて……あるいはナチュラル
そのものが、かな……本当はどうでもいいんだろうね」
黒いムラサメとパイロットの正体は、上層部の間では公然の秘密で、ユウナも当然知っている。
強者の傲慢に唾棄するユウナの台詞は、ある意味トダカの内心すらも代弁していた。
「……バケモノ……」
艦橋の何処かから、そんな台詞が聞こえてきた。その一言を注意する者は居ない。
「トダカ准将……」
ユウナの呼びかけに、トダカは黙って視線を向けることで答えた。
「家に帰りたいと思っている僕らにとっては、丁度いい"渡りに船"じゃないか? 悪夢よりふざけていて、
三文ほどの値打ちもない茶番だが、お優しいテロリスト様は、魔女の釜に手を突っ込んでも軽いやけどで
済ませてくれると言っている」
苛立ち紛れの台詞を吐く間に、黒いムラサメはオーブ側のムラサメを四機ほど、推力だけ破壊して
挌坐させていた。
277:SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ
10/04/11 21:55:28
18/
「ムラサメみたいな"身内"の邪魔が入ったというのは馬鹿馬鹿し過ぎるが、ミネルバを取り逃した、
その言い訳ぐらいは立つはずだよ。幸い、連合は後ろに下がってて僕たちに目は届いていない」
既に、ミネルバの全MSから受けたよりも大きな損害を、ムラサメからもたらされている。
ただ、嫌味のように、死者だけが一人も出ていなかった―今はまだ。
「……よろしいのですね、カガリ様?」
オーブ代表であるカガリが、この場における最高の意志決定者である。
だが、それ以上の意味を込めて、トダカはそう聞いた。
「あの者達が現れることも……考えに入れてあったはずだ」
一分の間にずいぶんと枯れた声で、カガリは答えた。
カガリの目は戦術ディスプレイを離れて、ビームの光が錯綜する戦場の方角を見据えている。
「あのムラサメは私を拉致しようとした主犯であり……我が軍の装備を盗み出した……重罪人だ。
今、我が軍の作戦を妨害している行動を考えずとも、その存在がオーブ軍の機密を侵し、ひいては
オーブの安全を脅かしている……」
その瞳が映す機体の色は、黒か、紅か―。
「あの黒いムラサメと……背後に控えているだろう敵母艦を、ミネルバに匹敵する有力な敵勢力と考え、
即座に……処理、するべきだろう。トダカ准将! 後の指示を頼む!」
「了解しました。―通信手、J.P.ジョーンズに連絡入れろ。ミゾグチ隊の出番だ。
各艦、砲術、準備はいいな? ミネルバを一方的に捕らえられる時間は短いぞ!」
オーブ艦隊は少しずつ陣形を変化させ、ミネルバとムラサメとを同時に相手取る様にしていった。
同時に、ミネルバが突破を図るのに都合の良い"穴"が陣形に生じる。
「ねえ、カガリ。ひょっとしたら、モビルスーツ隊の陣容が足りないんじゃないかな?」
慌ただしさを増した艦橋で、ユウナがそっとカガリに囁く。トダカは耳ざとく聞きつけていたが、
さりとて、ユウナを即座に注意するほどには気にしていなかった。
「……どういう意味だ、ユウナ?」
「君が"ルージュ"に乗ってタケミカズチの上にでも飛んでいれば、この艦の直掩を少しは前に回せるし、
オーブの紋章は結構士気を上げてくれると思うよ?」
「ユウナ……」
―心にもないことを。
国家元首を前線に送り込もうとしているユウナを諫めようと、二人の方を向いたトダカは、
逆に彼を見返すユウナの目を見てその真意を悟った。次の台詞は早かった。
278:通常の名無しさんの3倍
10/04/11 22:06:43
支援、まいります
279:SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ
10/04/11 22:08:57
19/19
「カガリ様、我々からも御願いします。確かにミネルバは強力。カガリ様が"ルージュ"に乗って
下さるならば、タケミカズチ護衛のイケヤ隊を前に出せるでしょう」
「トダカ准将…………分かった、出よう」
平静のカガリなら、トダカの指示に違和感を覚えるぐらいはしただろうが、今し方、黒いムラサメを
討てと命じたばかりの彼女は、戦場に近づきたいと言う誘惑にあらがえなかった。
数人の部下と侍従を伴ってカガリが去った後、トダカは、
「ユウナ様、感謝致します」と、短い謝意を述べた。
「何の事だか分からないねえ。僕はオーブが生き残る確立をちょっと高めようとしてるだけさ」
自分の命、とは言わないユウナ。
―腹黒さは兎も角、オーブの為に命を惜しむ御方ではないらしい。
トダカは、己の中にあった"氏族のボンボン"という人物評を改めた。
「―そうだ、カガリ様が今格納庫に向われている。"ルージュ"のOSをスレイブ・モードで再起動しろ。
マスターにはイケヤ一尉のムラサメを設定、五分以内だ。カガリ様が乗り込まれたら、外部から"ルージュ"の
操作をロック、こちらの指示あるまでハッチを開けるな。カガリ様がなんと言おうとだ。いいな!?」
隣では、既にアマギが格納庫の整備員に指示を飛ばしている。無言の内に、こちらの意図を読んで
くれたようだ。
使えるに足る君主に恵まれ、頼りになる部下を得て、国のために命を賭ける兵を預けられた。
自分は一軍の将として幸福であると、トダカはこの場に及んで確信を得る。
一つだけ後悔があるとするならば、生きて帰られるか分からないこの場面、母国に血を残す家族が
居ないことだけか。
―息子でも居れば、今の気持ちが少しは変わっただろうか。
ふと、オノロゴで保護したシン=アスカの顔が脳裏に浮かんだ。彼は今、敵だった。
「ムラサメ1、信号途絶!」
慌ただしく指示を飛ばす中で、ミネルバとの戦闘によってまた一機が撃墜されたことを、
トダカは悲しく聞いていた。
中編終了、後編へ続く。
280:SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ
10/04/11 22:13:11
キラ「同じことをフリーダムでやったら嫌われるだけで済んだのに」
順序一箇所間違えたりさるさん喰らったり、後編に続くと言っておきながら
中編だったりと言うわけで、異常、投下終了。一ヶ月ぶりございました。
厚いご支援賜り感謝の極みです。
感想、ご指摘はご自由にどうぞ。
では、また。
281:通常の名無しさんの3倍
10/04/12 02:31:25
投下乙!トダカの運命は変わらずだろうなあ
次回も楽しみです
282:通常の名無しさんの3倍
10/04/12 02:50:22
誤字発見
>>279
×使えるに足る君主
○仕えるに足る君主
283:通常の名無しさんの3倍
10/04/12 20:29:48
相変わらず戦闘シーンのクオリティがすげぇなあ……
次も楽しみに待ちます。
284:通常の名無しさんの3倍
10/04/17 14:16:16 ciQx4Kku
文才を見習いたいね
285:SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ
10/04/29 14:09:42
20/
「ゲホッ! ヴァ……エェッ!」
タケミカズチのカガリに『殺す』と決められたキラは、その時、コクピットで吐瀉物に塗れていた。
Gに揺られたからではなく、己の内側から檻を破ろうとする殺意の獣を、必死で抑えた反動だ。
胃袋の暴動を抑えようとしているキラへ、二機×三編隊の"ムラサメ"が接近―亜光速の
ビームが連続して放たれる。
「ちいぃっ―ムラサメ、回避モード。マニューバ手動制御!」
回避する"ムラサメ"の動きは軽やかだが、操縦者本人には、見た目ほど余裕は無い。
パイロットが引き金を引いてから、ビーム兵器が発射されるまでのタイムラグ―コンマ数秒の時間に、
"ムラサメ"の変形機構を利用して偏差射撃を回避する。
黒いムラサメに"亡霊"の異名を与えた枯れ葉の如き変則機動は、僅かのミスも許されない綱渡りの連続だ。
マニューバの乱れが容易く失速を招き、身動きのままならなくなった"ムラサメ"は一撃で屠られるだろう。
乱戦に持ち込んで数的劣位を埋めては居るが、同じ機体、同じ戦闘用装備では、『殺さない反撃』
などと言う傲慢への糸口は見つけられない。
「くそ……ミネルバは―っ!?」
致命的な集中力の欠如を自覚しながら、ミネルバの方を見た時、爆散する"ムラサメ"の姿が見えた。
―ああ、死んだ!
"ムラサメ"をビームライフルで仕留めた白亜の"インパルス"は、背部兵装を緑の砲戦型に換装して、
海面をホバリングしながら猛烈な射撃を加えている。
「僕が遅れた所為だ―。だからまた死んだ……僕の所為だっ!」
嘆きながらも、ムラサメは正確無比なマニューバで相対するムラサメの攻撃を回避して行く。
しかし、牽制の弾幕が僅かに途切れた隙をついて、M1Aが一編隊、ミネルバに向って突出した。
「まずい」
"シュライク"飛行パックの翼下に抱えた対艦ミサイルの発射態勢に入る。
ろくに後方を確認すらせず、キラは他のムラサメを振り切った。
"フリーダム"ならば一斉射で事は済むが、ムラサメの火力では複数目標を同時には狙えない。
無為無策のまま、キラは迷わずにミサイルの進路に割り込み、先と同じように真正面から飛込んで行く。
286:SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ
10/04/29 14:11:01
21/
吠える。
「間に合えっ!」
『間に合わんよ、"人間"を気取る君では―!』
―幻聴。
刹那、"可能性の種子"が弾けるビジョンが脳裏に飛来した。
思考に立ちこめていた霧が、透明な嵐に吹き払われたように認識力が拡大し、
360度の全天を見渡すクリアな意識がもたらされた。計り知れない全能感。
キラは雑音の消えた、静かな世界に居た。
「…………ハハ!」
なんて、のろのろと愚直に飛んでいるミサイルなんだろう。
そうあざ笑う声が、ふと口から漏れた。
『SEED―可能性の種子』
サーベルを振るう、息をするより容易く。
『今の君は、観測の不確定性が許す限りにおいて、世界の蓋然性を拒絶している』
飛び来るミサイルの間を最短の曲線で結び、剣の切っ先で弾頭のみをなで切りにした。
『常人ならば百度の奇跡が要求される神業であっても、"物理的に可能ならばできる"。
君は世界で唯一、箱に入れられた猫の命を握る存在だ。故に―』
耳元で、誰かが囁いていた。
『さあ、殺したまえ。オーブかミネルバか、好きに選んで切り捨てるのだ』
「…………違う」
それは、キラが殺した男の、ラウ=ル=クルーゼの声をしていた。
『コクピットを狙うといい、そして敵の指揮系統を分断しよう』
「嫌だ」
甘い誘惑に―切り裂いたミサイル―爆発の照り返しを受けながら『否』と答える。
『君にならできる―君にしかできない』
「嫌だと言っている」
背後から殺気/見ずにきりもみで回避/続いて横ロール。
ムラサメのビームは虚しく空に吸い込まれた。
287:SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ
10/04/29 14:14:13
22/
『故に君はそれが許され、またそれをせねばならない』
「黙れ―だまってくれ……!」
人型に変形―照準が無意識に敵ムラサメのコクピットに向う、意識して逸らす。
『可能性は権利にして義務だよ、キラ=ヤマト』
「うるさいって―言ってるだろう!」
トリガーを引く。超高熱荷電粒子の牙は分厚い空気の壁を突破、"亡霊"の槍は、
狙い違わず敵ムラサメの、センサーが集まる頭部を射貫いた。
「あああ゛あああ゛あ゛あぁぁぁぁっ!」
続けてトリガー。腕のビームライフルに直撃。
トリガー、トリガー、トリガー。直撃、直撃、直撃。
ビームは次々とムラサメの武装だけを撃ち抜いて、たちまち三機を戦闘不能に陥れる。
「はあ……はあ―うぶっ!」
空の胃袋が激しく痙攣を起こし、苦みのあるぬるい液体が喉からせり上がる。
吐きながら、黒い"亡霊"はそれでも正確無比な機動でミサイルを迎撃し、敵機を大破させていった。
「ラクス―ラクス! 声を、君の声を聞かせてよ……」
震える指先で、キラがコンソールを操作すると、警戒アラートをかき消す音量の「静かな夜に」が、
クルーゼの声を押し包んだ。
『彼女の歌は好きだったがね、残念ながら、世界は彼女の歌ほどには優しくはない』
「黙れよ……」
幻に怯える必死の懇願がコクピットに吸い込まれる。
『さあ、撃ちたまえ』
「うちたくないんだ……」
脅威を排除しろ―機械的に浮かび上がる鉄の殺意が、指先にまで染みついた殺人への忌避と、
激しく矛盾して心をきしませる。
『君にはそれしか出来ない』
「うたせないで……」
一体誰が知るのだろう。
当代随一のモビルスーツパイロットが。
"幻肢痛"をすら恐怖に陥れた"亡霊"が。
288:SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ
10/04/29 14:15:38
23/
『人類を種として発展させ得る力をすら、戦いの中にしか発揮出来ないのなら、それは確かに
人間の証だろう。そう……君は確かに人間なのだよ。人を殺す―戦場の獣である限り!』
「誰か、僕に、殺させないで!」
己の殺意と幻影に怯え、少女の歌にすがる少年であるなどと。
自分は何故こうなったのか。
自分は何者なのか。
自分は何をしに来たのか。
自分は何処へ行こうとしているのか。
全てを忘れかけたキラはとうとう、戦場に一つの影を探しはじめた。
自分は死神、殺さずに居ようとしても殺してしまう―ならば相手が対極の存在であればいい。
キラは探した、対極の存在を。
つまり、キラ自身が殺意の限りを尽くしてもなお、殺しきれないほどの相手を。
―居た。
「アス―ラン……」
その安心しきった声は、あたかも恋人の名を呼んでいるかのようだった。
289:SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ
10/04/29 14:17:49
24/
「レイ―なんだよ、今の変な感じ!?」
「分からん……この威圧感は何だ? この気配……もしかしてラウ?」
「空気が……変わったみたいだわ」
その瞬間、戦場に並み居るエースパイロットや、あるいはタリア、アーサーと言った、戦争の気配に
敏感な者達は、みな、冷たい悪寒が首筋を撫でるのを感じた。流れ弾が誰かに当たった時に覚える感情。
今回はたまたま自分でなかったという、ある種の安堵。
死神が大鎌を振るった瞬間に、たまたま自分が座っていたのだという安心感だ。
立っていたのは只一人、アスラン=ザラだけだった。
知り合いだったから―それだけの理由で。
漆黒の"亡霊"は、戦場を舞う真紅の"救済者"へと向って、絶望的な加速を開始した。
「キラ!?」
『一体何をしている?』問いかけようとした言葉は、飛び来るビームに遮られた。冷たい刃を心臓に
突きつけられたような威圧感―機体をロールさせて急旋回したセイバーの影を、ビームの牙が貫く。
「何―!?」
『さすがアスランだ、良くよけたよね……』
明らかにセイバーのコクピットを狙った一撃に、アスランの心臓が早鐘を打つ。
そしてムラサメの振りかぶったサーベルに受け太刀を行った瞬間、一合に込められたムラサメの勢い、
威圧感、つまりはキラの"殺意"と言ったものに、アスランは全てを悟った。
キラが『誰も殺さない』ために、自分を殺そうとしているのだと、それを理解してしまった。
「戦争に呑まれたか……キラ!」
『カ……カガリは、今きっと泣いているよ。こんなことになるのが嫌で、今泣いているんだよ……』
"セイバー"と"ムラサメ"の間に、余人には決して立ち入ることの出来ない剣劇の嵐が生じた。
真紅と漆黒の間を行き交うサーベルは、互いにとてつもない速度で繰り出されながら、僅かな違いがあった。
ムラサメは、相手の力に逆らわず、それを受け流す"柔"のイメージ、
対するセイバーは、巨大な機体出力を存分に乗せた"剛"の技術を使っている。
この瞬間はパイロットの差なのか、セイバーの剛剣をいなしたムラサメが、真紅の装甲を浅く切った。
『でも君はそこに居るんだ。カガリを守るんじゃなくて、カガリの守ろうとしている物を撃っているんだ』
「お前は逃げても良かった。戦場のプレッシャーに飲み込まれて、自分が死神になってしまう前に、
ラクスと一緒に逃げれば良かったんだ―!」
290:SEED『†』 ◆HHRSJTtlhQ
10/04/29 14:19:11
25/25
バンッ!
噛み合ったサーベルがビームの干渉を起こし、セイバーはムラサメと行き違う。
即座に速度を上げつつ旋回―振り向いた瞬間、居るべき場所にムラサメは既に居ない。
木の葉の様に閃く黒い機体は、影の如く、セイバーのサーベルが届く間合いに居た。
"亡霊"―精妙にコントロールされた機動と剣捌きが、"其処に居るのに捉えられない"という錯覚を
すら引き起こす。セイバーの振った剣先と、ムラサメの突き出した切っ先は噛み合わず、ゆるりと
ゆらめく突撃は、シールドを躱してセイバーの肩装甲を剥いだ。
ムラサメの殺意は明確で、アスランに手加減をする余裕など無い。
それどころか、自分と"セイバー"でなければ、三合生き残る事の出来るパイロットと機体は、
この戦場に存在しないだろうとすら思えた。
―このままでは殺される!
ここまで完成された操縦技術を自由自在に振るうパイロットは、アスランの親友で。
『アスラン……君がカガリの所に戻らないのなら。うん……こうなるのも仕方ないよね』
そして、どうしようもなく狂いかけているのだった。
「キラ―! お前が退くことも、留まる事も出来ないというのなら……分かった!」
スロットル全開。セイバーは、パイロットの安全を考慮しない最大パワーを発揮する。
『僕が、君を送ってあげる―』
「俺が……お前を討つ!」
アスランの脳裏で、輝く種子の弾けるイメージが明滅した。
291:45 ◆HHRSJTtlhQ
10/04/29 14:23:10
以上、投下終了。
二十八話が、まだもう少しだけ続くのです。
感想、ご指摘はご自由にどうぞ。
では、また。