人権問題をなくすためにはat RIGHTS
人権問題をなくすためには - 暇つぶし2ch684:名無しさん@お腹いっぱい。
09/09/22 17:58:55 IAYgpJel0
237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/22(火) 17:20:45 ID:CqHh5Wu80
死んだ牛は百姓の手を離れて長吏のものになりました。これは、当時の長吏・半右衛門が「弾左衛門が支配している関東その外の場所では、
死んだ牛馬が出たときには長吏の権利である」と明瞭にいっています。これを斃牛馬取得権といいます。
この斃牛馬取得権というのは、戦国時代に戦国大名らが鎧や鞍などの武器としての皮革調達のために、長吏に皮の上納を命じたことに始まる
といわれています。もっとも、それ以前から長吏といわれた人たちが、死んだ牛馬の皮を取得していたからではありますが、それを戦国大名
が組織的に長吏を「役目」として利用したのです。
その替わり、長吏は大名から大事に保護されます。小田原の北条氏の発行した史料などを見ますと、「徳政」をしたとあります。その内容に
ついては明らかではありませんが、納入する皮の値段を高く買ってやるとか、年貢を負けてやるとか、とにかく皮の確保のための優遇処置を
したとあります。また、長吏たちの生業として草展ー竹皮草履や藁草履・草畦などの生産・販売を見過ごすわけにはまいりません。特に
竹皮草履の製造・販売は長吏の特権専売でした。上州山田郡丸山村(現太田市丸山)のある名主家の史料によりますと、明治三年の記録ですが、
当時三十五軒の長吏たちが年に三百五十両もの収入があったと県庁に報告しています。当時の侍でも一番下の給料は、一年に三両一人扶持でした。
俗にこれをサンピンといって馬鹿にする言葉となっていましたが、このサンピン侍から見れば、年に十両という収入が如何にたいへんな金額で
あったかが判ります。明治以降、武士階級は長吏を封建制度の一番の悪党のとし、まんまと貴族として残り、悪はすべてエタ(長吏)の責任にし、
逃れ、いままでの封建社会の非難の矛先が武士に向けられないよう、長吏(エタ)に向けさせることを明治政府は意図しました。
いわゆる四民平等で、長吏を外したのである・
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