09/02/15 12:06:49 H6CRBNxk0
「この土地としてはまァこの辺が一番景勝の地なんです」
案内の老爺は、頑丈な掌で、ポンとはたいた煙草の火玉を、コロコロ転がして、
次の煙草にその火をつけた。
此処は、豊島園開園前の練馬城跡で、東北は三段になった城畳、
裾の谷川には、・・・・・・
春の淡霞、雪の連山、永峯の胸には、強い愛着の念が湧いたらしい。
然し「どうしても郊外に移るには二百坪の土地が欲しい」という、
妻の希望を満足させるには余りに地価が高すぎた。
それで永峯は、
「この近所でも少し地価の廉い所はありませんか」と聞いてみた。
「あるにはありますがね(一段声を落として)あすこなら眺めもよし、土地も平らだが」
「だけど」
妻女は、草を刈る手を休めて、伸びをし乍ら云った。
後は二人が目と目で語り合っている。
「坪何円見当?」
永峯は、もどかしがってまた聞いた。
「廉いには馬鹿廉いがねえ」
「特殊部落の裏なんですよー人様の嫌がる」
亭主の言葉を補足して、妻女はこう云うのであった。
永峯と私は、困ったものだという表情で、苦笑したのであった。