10/06/08 11:25:52 PNkXvc7y0
神道はすべて自然の本来のあるべき姿に立ち返っていくというのが考えです。
だからこそ他人の不幸や失敗を願ったりすることを嫌ったり、
自分の本来の姿が反映できるよう、本来あるべき姿の働きが発揮できるよう、
本来の姿が向上するよう努力をする。向上とか努力をすることを重視します。
あがいても、もがいても、その行為や心根を反映した然るべき姿に戻っていく。
だからといって、努力をすることを軽視しているわけではないのです。
努力をしたという事実はあるべき姿に反映されていくのです。
人を陥れたりした事実はあるべき姿に反映されていくのです。
穢れという観念も、気が枯れた状態にある自分を自分で認識して
そこから脱却をはかる祓をもって本来の姿に立ち返る一環の流れの中のひとつです。
そして、自分もその自然という大きな流れのなかの一員であるという謙譲の心をもてば、
心にも家族にも、そして共存する社会にも平和が訪れるという考え方です。