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今日の中日新聞 8面 文化欄
『悲しみの地平 北朝鮮と日本の「知」』(辺見 庸) より抜粋
北朝鮮はどこまでも悲しい。数かぎりない人びとが飢えと圧政に苦しんでいるというのに、
いっさいの政治的たくらみぬきで外から助けの手をさしのべようとする者はごく少ない。
食糧、医薬品の絶対的不足でいたいけな子どもたちがいま現在ばたばた倒れているのにも
かかわらず、それでも援助すべきではないという理屈が日本では主流であり、
北朝鮮制裁は世界の趨勢(すうせい)である。
北朝鮮はほんとうに悲しい。38度線以北にだって人の世の条理と情愛を解し、詩歌や
音楽を愛でて、個の自由に餓えている人びとがやまほどいるというのに、異様な独裁者と
軍事パレード、ミサイル発射実験、マスゲームといったメディア・イメージですべてが
ひとからげにされ、全体主義を支配する国家指導者と呻吟(しんぎん)する広範な
民衆・個人をはっきり区別して考える冷静さを日本は失っている。飢えて病んだ子ら、
悩める個人たちをおもんぱかる慈しみのこころが日本にはぞっとするほどたりない。
北朝鮮はとほうもなく悲しい。自国の現代史の土台に日本の植民地支配があたえた
深い傷がいまだにばっくりと口をひらいていて、加害側がとっくの昔にわすれてしまった
暴虐の数々を、まるで昨日のことのように生々しく記憶させられ、かたときもわすれることを
ゆるされない。北朝鮮はあまりにもせつない。拉致事件の非道や核実験の愚行により、
まがうかたなかった日本との歴史的被害と加害の関係がいつのまにか逆転し、北朝鮮こそが
国際社会における悪と加害性をいまや他のどこよりも重く背負わされるようになってしまった。
植民地時代の宗主国の悪行はなにからなにまで”帳消し”になったとでもいうように。
創氏改名や強制連行の史実も加害側に都合よくうすめられ、歴史は今日、
原型がわからなくなるほどにたわみ、よじれ、変色してしまった。
北朝鮮は悲しい。地獄のような朝鮮戦争がおきたとき、これぞ日本の経済復興にとって
「天佑」だといって相好くずしてよろこんだのは当時の吉田茂首相だけではない。
おおかたの人びとが戦争特需をもろ手をあげて歓迎し、米軍の爆撃機が連日、日本から
発進していくのにこれといった反戦運動もなかった。