鬼女への挑戦状        at MS
        鬼女への挑戦状         - 暇つぶし2ch177:             
09/08/07 20:31:28 TPhEg8Nz0
  慕容垂が死に慕容宝が偽帝の位を継ぐと、慕容麟を派遣して元妃に迫って「后はいつも後継ぎ
が大統を守ることができないと主上に言っていましたが、今は結局どうなっているでしょうか?
早く自殺なさって、一族に罪を連座させず、一族の身を守られるがよろしいでしょう。」と告げた。
元妃は怒って「お前たち兄弟は母に迫って殺そうとするほどだから、どうして社稷を保って守って
いくことが出来ようか!わたしは死を惜しんだりはしないが、国が久しからずして滅びるのを
心配するだけだ。」と言って、とうとう自殺してしまった。慕容宝は元妃が嫡統を廃そうと謀り、
母后の道に適っておらず、国葬を行うべきではないと発議した。群臣は皆そのとおりだと考えた。
偽朝(後燕)の中書令(中央官庁の長官)眭邃(すいすい)が朝廷で堂々と「子が母を廃する
前例がないとは言いますが、後漢の安思閻皇后は順帝により自ら廃されながら、それでも安帝と
共に祀られました。先の皇后の言の虚実は尚更知ることができませんので、閻后の故事のとおりになさるがよろしいでしょう。」と言ったので、慕容宝はこれに従って母后を祀った。
その後、慕容麟がやはり乱を起こし、慕容宝もまた殺され、慕容徳もまた尊号を僭称し、
とうとう元妃の言葉のとおりになった。


178:昔の既婚女性
09/08/08 23:02:15 Kg6s0lLb0

【 段豊の妻、慕容氏 】(ダンホウの妻“ボヨウ氏”)


  段豊の妻の慕容氏は、慕容徳のむすめである。才知があって、読書をよくし、鼓や琴の
演奏に優れた。慕容徳が帝位を僭称すると、平原公主となった。年が十四で段豊に娶された。
段豊が人に中傷を受けて殺され、慕容氏はやもめとなって実家に帰った頃、偽朝(南燕)の
寿光公(じゅこう公)余熾(よし)に再嫁させられそうになった。
慕容氏は端女に「"忠臣はふたりの主君に仕えず、貞女はふたりの夫を替えない"とわたしは聞いて
います。段氏は既に無実の罪で亡くなり、わたしは一緒に死ぬことが出来ませんでした。どうして
再び嫁ぐ気持ちが持てましょうか。いま主上は礼義を顧みずにわたしを嫁がせようとしています。
もし従わなければ、父母の命令に違えることになります。」と言った。そこで婚姻の期日を定めた。
慕容氏は姿かたちがしなやかで美しく、衣服と飾りは麗しく輝いていたので、余熾は彼女を見て
たいへん喜んだ。二晩泊まりを過ぎても、慕容氏は病気であると嘘をついたので、余熾もまた
彼女に迫ろうとはしなかった。三日して屋敷に帰り、沐浴して宴会に出た。しゃべったり笑ったり
しながらも落ち着いていた。夕方に至って密かに裳(スカート)の帯に書きつけたことには
「わたしが死んだ後は、段氏の墓のそばに埋めてください。もし魂魄に意識があるならば
段氏のもとに帰ります。」ということであった。そのまま浴室で自ら首を吊って死んでしまった。
葬られるとき、見物する男女は数万人におよび、「なんと公主はみさお正しいことか!」と
嘆息しない者はなかった。葬列が余熾の家の前を過ぎて余熾が挽歌の声を聞くと、むせび泣くこと
長らくであった。


179:昔の既婚女性
09/08/09 21:34:24 7DzpMmpi0

【 呂纂の妻、楊氏 】(リョサンの妻“ヨウ氏”)
及び【 呂紹の妻、張氏 】(リョショウの妻“チョウ氏”)


  呂纂※の妻の楊氏は、弘農(こうのう)郡の人である。美しく艶やかで激しい正義感を
持っていた。呂纂が呂超(りょちょう)に殺されると、楊氏と召使いの女たち十数人は城西で
呂纂の殯(かりもがり)を行うことにした。宮殿を出ようとすると、呂超が楊氏に珍奇な宝物を
与えようと思って外出し、人にこれを捜させていた。楊氏は激しい声で呂超を責めて「あなたたち
兄弟は仲良くすることがで出来ず、手ずから刃で殺し合いました。わたしはまもなく死ぬ人間
ですから、どうして黄金の宝が要りましょうか!」と怒鳴った。呂超は恥じて引き下がった。
また楊氏に伝国の玉璽の所在を尋ねると、楊氏は怒って「粉々にしてしまったわ。」と言った。
呂超は彼女を娶ろうとして、その父の楊桓(ようかん)に「后がもし自殺したら、禍はお前の
一族に及ぶぞ。」と言った。楊桓がこのことを楊氏に告げると、楊氏は「父上はもともと富貴を
図るために娘を売って氐に与えました。一度は我慢しましたが、再び耐えることが出来ましょうか!」
と言って自殺した。


  ときに呂紹の妻の張氏もまた品行があった。十四歳のとき、呂紹が死ぬと、即座に尼に
なろうと願い出た。呂隆(りょこう)は彼女を見て悦び、彼女の操を汚そうとした。
張氏は「悦楽を慎むことこそ、人の踏み行うべき真の道です。誓って辱めは受けません。」
と言った。かくして楼閣に昇って自ら地に身を投げると、二本のすねはともに折れ、
仏の経典を口ずさむと、にわかに死んでしまった。


※呂纂は後涼の3代目皇帝(兄・側室の子)。呂紹は2代目皇帝(弟・正室の子)。
呂紹は呂纂に自殺させられ、呂纂は呂超に殺された。呂超は兄の呂隆に帝位に就くのを譲った。
伝国の玉璽とは、秦の始皇帝からずっと中国の歴代王朝および皇帝に代々受け継がれてきた
皇帝用の印鑑。



180:昔の既婚女性
09/08/10 23:20:17 +A5VaSYv0

【 涼の武昭王、李玄盛の后、尹氏 】(リョウ王朝ブショウ王リ・ゲンセイの后“イン氏”)


  西涼の武昭王李玄盛(李暠)の后の尹氏は、天水(てんすい)郡冀(き)県の人である。
幼くして学問を好み、弁舌清らかで志を堅く守っていた。はじめ扶風(はふう)郡の馬元正
(ばげんせい)に嫁いだが、馬元正が亡くなると、李玄盛の後妻となった。再婚であったため、
三年もの間、物を言わなかった。前妻の子を可愛がる様子は自分の生んだ子をも越えていた。
李玄盛が西涼を興すにあたって、謀や経略について力添えすることが多く、このため西州の諺に
「李氏と尹氏は敦煌の王である」といわれた。


  李玄盛が薨去すると、子の李士業(りしぎょう)が位を継ぎ、尹氏は尊ばれて太后となった。
李士業は北涼の沮渠蒙遜(そきょもうそん)を攻めようとしたが、尹氏は李士業に「お前が新しく
建てた国は土地は手狭で人口は少ないので、安んじるには土地と人を守って、失うのを怖れなくては
なりません。どうして軽はずみなことをするのですか。分不相応な願いは望むものではありません。
沮渠蒙遜は勇武にたけ、用兵をよくしており、お前は彼の敵ではありません。わたしが観るに、
沮渠蒙遜はここ数年来というもの兼併の志を抱いており、尚かつ天の時節と人事の流れは彼に
帰そうとしているようです。しかし今は我が国は小さいですが、政治を行えば満たされます。
満足を知る者は辱められないというのが、道家による明白な戒めです。
そのうえ先王が薨去なさるに臨んで、お前たちに兵戦を出来る限り慎み、時を待って動くよう、
懇切丁寧に遺命なさいました。お言葉はまだ耳に残っており、どうしてこの事を忘れることが
出来ましょうか!徳政に努めて国を治め、隣国を観察しながら力を蓄えるしかありません。
沮渠氏がもし淫らで粗暴となれば、人々はお前に帰順してくるでしょう。
お前がもし徳を打ち立てることがなければ、遠からずして沮渠氏に仕えることになるでしょう。
お前が出兵を行えばただ軍隊が敗れるだけでなく、国もまた滅びるでしょう。」と言った。
士業は従わなかったので、やはり沮渠蒙遜のために滅ぼされた。


181:             
09/08/10 23:21:28 +A5VaSYv0

  尹氏は姑臧(こぞう)にやってくると、沮渠蒙遜が引見して彼女を労ったので、「李氏は
胡のために滅ぼされてしまうのに、また何の言うことを知りましょうか!」と答えて言った。
ある人が彼女を諫めて「母子の命は人の手に掛っているというのに、どうして驕り高ぶった
振る舞いをするのですか! 国が敗れたうえに子孫が皆殺しにされるのを、どうしてひとり
悲しまないのですか?」と言った。尹氏は「国の興亡や子孫の死生は、筋道立てて大きく
分かれるのです。どうして凡人の死と同じように、児女の悲しみを起こしましょう!わたしは
一婦人で死ぬことも滅ぶこともできません。どうして斧鉞にかかり命を落とすのをはばかって
臣下の妾となることを求めましょうか! もしわたしを殺すというなら、わたしはそのように
願うものです。」と言った。沮渠蒙遜は彼女を褒めて殺さず、子の沮渠茂虔(そきょもけん)の
ために彼女のむすめを妻として娶せた。魏氏が武威(ぶい)公主を沮渠茂虔に娶せると、尹氏と
むすめは酒泉(しゅせん)に移り住んだ。その後まもなくむすめが亡くなると、むすめの遺体を
撫でて泣くことなく、「お前は死ぬのが遅かった。」と言った。沮渠無諱(そきょむき)が
ときに酒泉を鎮めていたが、いつも尹氏に「后のお孫たちは伊吾(いご)におられるが、
后は行くことが出来ないのか?」と言っていた。尹氏はその言葉の意図をつかめず、
「子孫はさすらい歩き、醜いえびすに身を託しています。老年は命の余すところ、ここで死を
迎えるべきでしょう。匈奴の幽霊になることはできません。」と答えて言った。唐突に密かに
伊吾に逃れたので、沮渠無諱は騎兵を遣わして彼女を追わせた。尹氏は使者に「沮渠氏は酒泉で
わたしが北に帰るのをお許しになったのに、どうして追ってきたのですか? あなたがわたしの
首を斬って帰るのでなければ、戻りませんよ。」と言った。使者は敢えて帰るように強要しなかった。
享年七十五で、伊吾で亡くなった。


182:可愛い奥様
09/08/10 23:36:38 oc+l+wN+0
何かからのコピペ?

「昔の既婚女性」って、今は独身ってこと?

183:1
09/08/11 00:04:29 4n1/Qb7g0
今は土の中です。

184:可愛い奥様
09/08/11 00:13:48 bd5Ctrz0O
いいえ、わたしはそこにはいません
眠ってなんかいません

185:可愛い奥様
09/08/11 00:19:29 4uDFMTuoO
六道にでもいるんかい?

186:可愛い奥様
09/08/11 12:26:53 R1Yxr+al0
>>1
ここは掲示板ですよ。
あなた個人のブログでもメモ帳でもない。

自分の意見を自分の言葉で書けないようなら、ここから出て行ったほうがいい。

ある日突然、スレがなくなることもありますよ。

いくらID変えても運営側は全部、わかっているのですよ。


187:晋書 列伝第六十六 列女伝
09/08/11 21:52:12 OGQsH3qX0








188:忠臣曰く
09/08/11 21:53:47 OGQsH3qX0

忠臣が言う。

季節を外れて霜が降りるが如く、世の秩序は乱れ
雪が降るが如く、節義が地に落ちているとき、
ピンと張りつめた強い心は
気候が寒くなって、色を落とさない松柏が枯れゆく他の草木とは違うのが明らかになるが如く
苦難に耐えて堅く節操を守る君子の姿にはっきりと表れる。
動乱の時にあって堅く節操を守る決心は上徳として明らかである。
それは君子だけでなく婦人にも言えることだ。

晋の政治が夷狄に打ち拉がれてからというもの、風紀を立てる者は稀で
素直な節操を守る者もあまりなく、互いに急いで卑俗になっていった。

節義は
劉淵・石勒の一族が支配する世で、凋落が頻繁に見られるようになり
苻堅・姚萇の一族が支配する世で、ついに没した。
その様は、石を割いて集めるようであり、
綺麗な花を咲かせるたおやかな草を川に投げ入れるようであった。
世には胡族にへつらって争うように装いを新たにするのが見えるのみであった。

一朝、漢の時代を去ると、いにしえを恋いうる情も何とも微かである。
戦乱が巻き起こり、軍馬が駆けめぐり土ぼこりが舞う世になって
人の踏み行うべき道を明らかにする教えは抜け落ちた。
道徳的な気風は廃れ、人々は健全な精神を失ってやりたい放題し、純朴さを忘れた。
節義の無い世はここに極まった。

189:             
09/08/11 21:55:02 OGQsH3qX0

恵風は喬属を責め   (>>38
道韞は孫恩に立ち向かい   (>>109-101)
荀崧の娘は重囲の中、危急を解き   (>>87
張茂の妻は強い敵に仇討ちし   (>>78
苻登の后は死んでも再嫁せず   (>>173
呂纂の妃は命を捨てて惜しまず   (>>179
賈渾の妻宗氏や梁緯の妻辛氏は敵の情欲に逆らって早死にし   (>>45 , >>47
王広の娘や靳康の娘は節義を守って終りに就いた。   (>>154 , >>162

彼女らが皆、このように正しい道を踏んで亡くなったのは
教化によるものではないのである。

天まで届くように聳え立つ高木の葉のような君子に
ゆたかに賛美ならしめる名高さがあるのは当然だが、
山深い谷底にゆれる冬でも枯れない葉のような気高い婦人もまた
正しい調べと言って恥じるものではない。

ここに挙げた
梁(はり)に縄を掛けても顧みず、剣に触れても当然のことのように落ち着いていた女性たちは
後世の風俗を正しくする者たちであり
以後、千年のあいだも称揚すべきであろう。




190:賛曰く
09/08/11 21:57:08 OGQsH3qX0
論評に言う。

ゆったりと落ち着いていて訴えがましくない礼行は
やわらかい戒律を穏やかに角を立てずに生む。
列女伝は六行に従い、ここに四徳を昭かにする。※
風霜のような世の厳しい苦難や試練に遭っても、節操潔ければ、その誉れは国中を流れる。
女史官の赤い筆が彼女らの訓を残し伝えてゆけば、その清らかな強い香りは不変である。





191:              
09/08/11 21:58:29 OGQsH3qX0


六行(りっこう)とは
・孝 …よく父母に仕えること
・友 …兄弟と仲良くすること
・睦 …九族に親しむこと
・姻 …外戚に親しむこと
・任 …人のために力を致すこと
・恤 …慈しむこと

この心に従い、ここに

女性の四徳(しとく)
・婦徳 …操を守り、控えめに行動し、恥知らずな行いをせず、世間の掟に従うこと
・婦言 …言葉を選んで慎重に発言し、人前で悪口を言わず、人を厭わないこと
・婦容 …清潔でいること
・婦功 …家計をしっかりやり繰りしながらも、客が来たときは酒食をケチらずもてなし、
      客と戯笑いをしないこと。

をあきらかにしている。

192:鬼女への挑戦者
09/08/11 22:02:47 OGQsH3qX0
以上、『晋書』列女伝でした。

ここに載せたものは、あるサイトからの転載です。
正確には、それを普段歴史と縁遠い方にも読んで頂けるように手を加えたものです。
改変にあたるので引用元は明かせませんが
原訳者であるサイト主さんには深く感謝しております。

私は列女伝に感銘を受けました。
皆様に列女伝を紹介したく思ったのは、
第一に、女性で歴史に興味を持っているひとが少ないことから
おそらく列女伝の女性たちは世の女性に知られることのないまま
眠り続けるだろうと考えたからです。
それをとても惜しく思いました。
(ここは書き終えるとスレが2、3日で落ちて消えてしまいますが)


さて、このスレは「鬼女への挑戦状」ですが
私は既女と鬼女を区別して用いています。
鬼女の皆さん、よろしければ1から順にお読みください。
既女の皆様もよろしければお読みください。
決して損にはならないと思います。

193:可愛い奥様
09/08/12 06:52:12 kIRBiEpk0
おばさんに挑戦ってwwwwwww

194:可愛い奥様
09/08/12 07:13:14 X89oMDI0i
中国の女性は気が強いけど、異民族を支配したり、支配されたりして、国や紙幣を信用出来ないから、自立心が旺盛だと聞いたな。すぐ外国に行くし。

195:可愛い奥様
09/08/15 01:22:33 X1T3ewjc0
お盆ですね

196:可愛い奥様
09/08/15 10:38:25 Vxk7EeBJ0
そうですね。
里帰りしましたか?

197:可愛い奥様
09/08/16 00:38:30 75/ilMzV0
お墓参りには行きましたか?


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