09/06/06 14:06:49 g9/0X7+Y0
>>767
新潮のこの記事じゃまいか。唐突に去年、女官のせいにし出した。
それまでは病気(医師の勧め)路線だったのに。一貫性なさすぎ。
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週刊新潮 2008年5月1・8日号
雅子さま「私は病気ではありません」 宮内庁と女官への「かくも深き不信感」より
以前には、雅子妃は女官に直接口頭で指示せず、用事を書いたメモを自室のドアの下
から差し出していたことがあった。女官との関係が修復できないほど 悪化したきっかけ
が、05年11月、紀宮さま(黒田清子さん)のご成婚時であるという。
「披露宴に雅子妃は洋装で出席された。お立場から言えば和装であるのが常識です。
他の皆様が淡い色合いの着物だったのに比べ、雅子妃は派手な色のドレス姿だったの
で、 周囲が目を疑ったことがあったのです」
「どうしてそんな服装になったのか、披露宴の後、当時の渡辺充侍従長が東宮の女官
に問い質しました。 女官は、"雅子さまから事前にお召し物の相談が無かった"と答えた
そうです。 しかし、雅子妃が和装という常識をご存じなかったとしても、女官を通じて雅子
妃から御所や秋篠宮家に相談なさってもよかったのではないでしょうか。 渡辺侍従長が、
そのように女官に重ねて尋ねると、女官は"雅子さまは、私たちの申し上げることはまっ
たくお耳に入れてくださいません"と言ったそうです」
このとき、雅子妃も、自分だけ服装が浮いてしまったことに苛立ちを隠さなかったという。
「雅子妃は、"どうしてあなたたちが確認しないの。あなたたちのせいで恥をかかされた"
と女官に対しておっしゃったそうです。女官は、"そういったことは妃殿下が我々に命じて
くださって初めて出来ることです。我々は、そこまで雅子さまの全てのご面倒を見なけれ
ばならないのでしょうか"と悩んでいました」