09/11/28 15:59:57 O
仕分け人たちは公開の場でやっているのだから、
「歴史の法廷に立つ覚悟」はあるに決まっているし、
なくても立たされることになるのだ。
それどころか、今現在、早くも批判にさらされている。
非の打ち所のない仕分けをしても立場が違えば見解も異なるものだが、
現実にはミスは避けられないから、
必ずボロクソに言われることになる。
仕分け人たちはそれを覚悟でやっている。
この自明なことがわからないというのは、
ノーベル賞を貰っても耄碌してしまったか、
詭弁を弄することが好きな性格かのいずれかであろう。