09/07/20 16:26:55 WmyUl1S6
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捏造派の方は「加害と赦し、南京大虐殺事件と東史郎裁判」を読むこともないでしょうから。
”この点について、控訴人東は、昭和62年ころ、「平和のための京都の戦争展」(以下「京都の戦争展」という。)に資料として貸し出した際に紛失したかのような供述(原審)をするが、
その供述自体極めてあいまい、不明瞭なものであり、他に右資料が紛失したことをうかがわせる証拠は全く存在しない
(原資料というべき貴重な陣中メモが関係者によって紛失されることは、到底考えられない。
京都の戦争展の実行委員会の代表者によれば、当初から、右の資料はなかったというのであるから、右紛失した趣旨の供述は信用することができず、
また、控訴人東が『 東日記』を清書した後にその原資料である陣中メモのうち現在保存されていない部分を廃棄したとは、控訴人東自身、供述しておらず、
かつ、右のとおり相当量の陣中メモがまとまった形で残されていることに照らしても、陣中メモの一部のみ(しかも相当部分)が廃棄されたとは認められない。
...元々作成されていなかったものと認めるほかない。”
これが森松俊夫氏と板倉由明氏の計画した東史郎裁判の事実認定です。
森松俊夫氏がスケッチブックに手を出して失敗した事実の重要さをご理解いただけると思います。
私はこの事実(森松俊夫氏が東史郎裁判を計画したという事実)を今年(2009年)になって知りました。