08/12/18 18:13:23 vE6Gr0au
>>709
裁判記録読んだら、本田勝一って勝訴はしたが、
判決で、疑わしいとか言われたんだねw
左翼って、本田が勝ったを強調ばかりしてたがwww
712:日出づる処の名無し
08/12/19 10:03:27 pfOeKXB2
ここを捨てて今度はこちらへ出没かw
【中国】南京大虐殺記念館、信憑性乏しい写真3枚を撤去
スレリンク(newsplus板)
713:核心 ◆3LoJ1r4Lek
08/12/19 18:44:38 ok7K0Eqf
中国側をいろいろ新しい資料を入手できたので、あやしい物は撤去する余裕ができたのだ
と思う。
東史郎は最高裁が板倉由明の詭弁に惑わされた結果だから、最高裁のチョンボだね。
714:核心 ◆3LoJ1r4Lek
08/12/19 18:45:44 ok7K0Eqf
中国側も ← 中国側を
715:日出づる処の名無し
08/12/19 19:36:50 PxuCeEHT
>>714
いちいち訂正しなくてもよろしい。
俺みたいな暇人か、激情に駆られレスをする人以外読んでないだろう。
俺のような暇人は、その程度の間違いは勝手に修正して読むし、
激情に駆られる奴は、訂正しても意味がない。
716:核心 ◆3LoJ1r4Lek
08/12/19 20:30:00 ok7K0Eqf
私もNNNドキュメントの後で小野賢二氏の諸論文を読んで、随分、余裕が出来ました。
私が小学校3年生の時に、親父の膝枕で聞いた中国兵斬首の自慢話は昭和12年12月15日の
下関での出来事だったんだあ、といったところです。
一日に2千人もの首を斬れば「さすがの揚子江も真っ赤」になるだろうなあ、と実感しています。
こんな話ができる人間もほとんどいないでしょう。
日本の歴史の一頁です。
717:核心 ◆3LoJ1r4Lek
08/12/19 22:47:00 ok7K0Eqf
コピペサービス
史実派も捏造派も私がネットに登場したときから、私が父から聞かされていた話が下関での中国兵斬首であることは知っていたハズです。
本多勝一氏の百人斬り訴訟が2003年に起こされたことは偶然でしょうか?
捏造派は私が南京について勉強すれば下関での中国人斬首にまで行き着くことは予測できたでしょう。
そうすれば百人斬りどころではなく2千人斬りまで事実となってしまうのです。
その前に百人斬りを叩きのめしておきたかった、それが真実かもしれません。
素人の私が2千人斬りなどといったところで、百人斬りが否定できてしまえば信じる者は少ないでしょう。
718:核心 ◆3LoJ1r4Lek
08/12/20 06:22:59 jI8Yk+BG
コピペサービス
私と父親は、二人とも個人的な体験に基づいて話をしています。
個人的な体験なので記憶違いや思い違いも時にはありますが、大筋では話のブレることはありません。
私は、家にある資料はある程度の客観性を担保した上で全て中国側に寄贈する予定でいますし、そのように公言しています。
我が家にあってはなにげないアルバムの写真が、ある人には人生を破滅させるほどの犯罪に走らせるだけの価値のあるものなのだ、と自分の体験した事実を通して知ることができました。
719:日出づる処の名無し
08/12/20 12:49:29 n9IlHOxN
軍刀は本人買取の官給品。
一本が少尉の初任給の3分の1ぐらいの値段。
で、斬首は失敗すると一発で刀がダメになる。
数打ちものだと、二、三人切っただけで、刀身が曲がり使い物にならんくなる。
その上で1日2千人もの斬首を行うための刀なんて誰が用意するんだ?
どう計算しても、銃殺より高コストだね。
720:核心 ◆3LoJ1r4Lek
08/12/20 13:10:58 jI8Yk+BG
>719
まあ、そういった話から田母神のような論文や発言が生まれる。
仕方がないでしょう、朝鮮戦争のおかげで旧軍人のパージを解いて生まれた自衛隊なのですから。
国民と自衛隊の歴史認識が乖離するのは世界の平和のためにはいいんじゃないですか?
721:核心 ◆3LoJ1r4Lek
08/12/20 13:14:24 jI8Yk+BG
コピペサービス
戦史部などとの関係(1)
2006年2月に某社にスケッチブックとアルバム2冊を預けました。
2006年4月に某社でCD-R化の詳細を打ち合わせました。
このとき既にスケッチブックとアルバムは破壊されていました。
2006月にCD-Rを受け取り、翌日、オフ会で配布しました。
その翌週にスケッチブック、アルバム、マイクロフィルムを受けとりました。
さらに、その翌週にアルバムから写真が破り盗られていることに気づき花小金井駅前の交番に届け出ました。
某社からメールをもらい、某社に出向き、M社長などと話し合いました。
父の部屋で何か証拠になるものがないか探したところ、阿羅健一氏の記事の草稿のコピーと福永氏、本多氏、森松氏、原氏の名刺の貼られたバインダーを見つけました。
このころ森松氏に二度、電話を差し上げ証言採取についてお聞きしました。
(この回答が嘘であることは12月ころに、氏からの手紙によって明らかになりました。)
また、このころ牛込書に出向き、説明しています。
多少、前後すると思うのですが森松氏の名刺などから戦史室に連絡してCD-Rの寄贈を申し出ました。
最終的に戦史室、八巻氏より回答がありました。
722:核心 ◆3LoJ1r4Lek
08/12/20 13:17:30 jI8Yk+BG
コピペサービス
戦史部などとの関係(2)
2006年12月ころ森松氏や原氏の書簡を見つけました。
これにより森松氏の電話の回答が嘘であり、氏がスケッチブックの破壊をを指示したことを理解しました。
このころ東中野氏の書簡などを見つけました。
森松氏、原氏、秦郁彦氏などが日本「南京」学会の構成員であることを知りました。
2007年中に告訴状の準備をするために同種の写真を入手することに努めました。
昭和の館に行き、戦史叢書がDVD化され資料となっていることを知りました。
2007年秋にNNNドキュメントの取材があり、小野賢二氏からいくつかの説明を受けました。
小野氏の指摘からアルバムの破壊も確認したところ、某社で明らかに私の指示とは異なった箇所を撮影しているのを知りました。
2008年4月にNNNドキュメントの放映があり、それにともない小野賢二氏の諸論文を読むことができ、65連隊の捕虜の殺害について知ることができました。
723:日出づる処の名無し
08/12/20 13:26:37 n9IlHOxN
>>720
なぜ、真偽の検証を避けるのでしょうか?
自身がウソつきであることを認めるのが怖いのですか?
724:核心 ◆3LoJ1r4Lek
08/12/20 15:03:05 jI8Yk+BG
私は武器については知らないのよ。
私が知ってることは森松俊夫氏が私に二度嘘をついた、ことなどです。
725:日出づる処の名無し
08/12/20 15:12:01 jI8Yk+BG
森松俊夫氏の経歴
昭和12年4月 陸軍士官学校入校
昭和15年2月27日 陸軍士官学校卒業
昭和15年5月 陸軍少尉・歩兵
歩兵第74聯隊附
昭和18年12月 陸軍士官学校生徒隊附(第7中隊区隊長)
陸上自衛隊富士学校戦術教官
陸上自衛隊戦車学校戦術教官
陸上自衛隊幹部学校戦史教官
防衛研修所戦史室戦史編纂官
あまり、このような人と武器について討論しても意味がない。
玄人と素人なのですから
726:日出づる処の名無し
08/12/20 16:31:48 w9IN0u1l
>>724
知らないなら語るな屑
727:核心 ◆3LoJ1r4Lek
08/12/20 17:00:27 jI8Yk+BG
>726
私は森松俊夫氏が栗原利一のスケッチブックに手を出して失敗した、
という2年ほど前の事実について多くの人にお知らせして回っています。
犯罪者のほうが人間的には屑だと普通の人は考えるでしょう。
728:核心 ◆3LoJ1r4Lek
08/12/20 17:06:52 jI8Yk+BG
萬世に燦たり―十四軍神を憶う (単行本)
陸士五十三期生会 (編さん), 森松 俊夫 (編集), 村上 浩 (編集), 西宮 正泰 (編集)
目次
積極果敢コレヒドール島攻略の端緒を開く―江浪康彦
挺身北方防衛の盾―横崎二郎
陸軍航空戦闘隊の至寶―尾崎中和
地上作戦直接協力の雄―金子清市
南冥貞察行の偉功―菅井清
陸軍雷撃特攻・軍神橘中佐に続く―瀬戸軫次
陸軍航空雷撃隊の鬼神―富永義夫
長駆サイパン爆撃の勇士―斉藤博
比島戦 特別攻撃隊・菊水隊隊長―丸山義正
海上特攻の先駆者 壮烈 艇と運命を共にした―小串脩〔ほか〕
こういう人たちに自衛隊を作らせたのが間違いの元だったのですが。
729:日出づる処の名無し
08/12/20 17:11:51 w9IN0u1l
>>727
>その前に百人斬りを叩きのめしておきたかった、
屑は自分が書いたモノを忘れたか?(藁
730:核心 ◆3LoJ1r4Lek
08/12/20 20:47:38 jI8Yk+BG
私も、私に衆人環視の中で二度も嘘をおつきになった森松俊夫先生が「萬世に燦たり―十四軍神を憶う (転展社)」の編著者の一人であることを知り、大変驚いています。
まさに防衛研究所戦史部は右翼メディアの礎だったのですね。
731:日出づる処の名無し
08/12/20 22:42:39 UsKkUux4
核心って、主語に「私も」を多用するね。