09/02/10 17:52:55 0
かんなぎに本人として出演した事について
「出張った行為ではない。叩かれてもネタになれば何でもいい」
「コンテ切った回数よりインタビュー受けた回数の方が倍くらい多いが、インタビューやイベントは好きじゃない」
月刊アニメージュ3月号
今月の「この人」―山本寛
ここ数年で、もっとも話題になった監督ではないだろうか。
「フルメタル・パニック?ふもっふ」等でのパワフルな仕事で頭角を現した彼は、ヒット作『涼宮ハルヒの憂鬱』『らき☆すた』に参加。
彼が演出したOPやEDのダンスは、多くのファンの拍手喝采を浴びた。
エッジが効いた作品づくりが印象的な彼だが「自分を出したいとは思っていない」と語る。
最新作『かんなぎ』も、そういったつもりで作ったという。その真意は?
―今日は『作り手としての自意識』をキーワードにして話を聞ければ、と思います。
最新作の『かんなぎ』は、自身では、どういうスタンスで作られたんでしょうか。
山本:かなり自意識を押し殺した作り方でした。
元々作品の中で、自意識を出してるつもりはないんですよ。
5話で僕が出演して、ちょっと騒ぎになりましたけど、あんなのが出張った行為だとは思ってないんです。
原作者である武梨えりさんの、あのごっつい裸のキャラクターがあるじゃないですか。
原作にああいう内輪受けの要素があるんだから、『ああ、だったら自分もネタにせねばなるまい』と思って、
倉田(英之)さんと一緒にやってみたわけですよ。
僕にとってあれは……。(注1)
―仕事でやってる(笑)。
山本:はい。自分を出す行為ではなく、作品のネタ作りとして、身を削ってやったんです。
僕の喋り方を聞いてもらったらわかるとおり、あまり滑舌もよくないんですよ。
声にも顔にもコンプレックスがあるんですよね。ぶっちゃけね、インタビューを受けたり、
イベントに出たりするのもあまり好きじゃないんですよ(笑)
でも、敢えて5話でそれをやってみたら、こっぴどくやられましてね(苦笑)。
倉田さんと武梨さんがいじられる事なく、僕だけがいじられて(笑)。
ファンには、『私物化しやがって』と散々言われました。
それを成功だとはいわないけれど、ネタにしてもらったのなら、まあひとつの成果にはなったと思います。
―『かんなぎ』で自意識を殺したというのは、作品全体の事でもあるんですよね。
山本:なるだけ原作を踏襲したかたちでやったつもりです。
勿論、そのまま原作をトレースするというのは、やっぱり作ってても面白みがないですから、
自分の解釈あるいは倉田さんの解釈を織り交ぜています。
よく言う事ですけど『アニメの時間軸に乗らない』というのがあるんですね。
たとえば、1話のBパートは完全にオリジナルにしたんですけども、原作では仁とナギが出会って、すぐに次の日になっているんですよ。
でも、僕らは、2人がであって初めてひとつ屋根の下で夜を過ごしたのなら、
それがどんなものか気になるし、だったら描いておきたい。
そういう話になって、夜のシーンを作ったんですよね。
武梨さんには、構成会議にも本読みにも参加していただいたんですけど、
そういったかたちで原作では端折られた部分も盛り込んだのが、アニメ版『かんなぎ』だったという事です。だから、原作から引く事はしてないんです。
最初の構成会議の段階で『原作から引くのはやめよう』と宣言したんです。
この原作はデリケートな作品なので、引くと壊れてしまう。
綿密な話し合いの上で、足せる分は足していこう。作品のテイストに則って、
プラスアルファできる要素を足していった結果がこれだということですね。