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慰安婦問題年表(part2871より>>930,>>936)
92年 吉田証言は虚偽である、と周知される
93年6月 皇太子結婚
7月 小和田恒「日本ハンデキャップ論」(雑誌対談にて)
93年8月 宮澤内閣、河野洋平内閣官房長官「河野談話」発表
94年4月 小和田恒国連大使就任
← 6・16 天皇陛下・美智子様 国連訪問(案内人 小和田国連大使)
94年8月 村山内閣「村山談話」発表
一般に広く慰安婦募金を呼びかけて、償い金として届ける構想の出発点
94年 慰安婦報告書をつくるよう国連が動き出す(日時不明)
<95年1月 阪神淡路大震災>
<95年3月 オウム地下鉄サリン事件>
95年6月 衆議院で「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」いわゆる戦後50年国会決議)が議決
6月 五十嵐広三内閣官房長官「女性のためのアジア平和国民基金」設置に関する声明発表
7月 総理府と外務省の管轄下で「財団法人女性のためのアジア平和国民基金」が発足
8月 国際会議で鶴見女史が慰安婦問題について講演
美智子様、鶴見女史を御所まで招いて「ありがたい」と礼を言う
吉田「私の役目は終わった」と発言(時期不明)
96年 報告書Ⅰ 完成 (国連報告書が提出される)
97年1月 「韓国人元慰安婦」への見舞金支給を開始
98年 報告書Ⅱ 完成
98年10月 小和田恒 国連大使退官
00年9月 第2次森内閣、中川秀直内閣官房長官「女性のためのアジア平和国民基金」 に関する記者会見で、
同基金に対する政府の認識を改めて表明
01年1月 「女性のためのアジア平和国民基金」は外務省所轄法人に
03年 小和田恒 国際司法裁判所(ICJ、オランダ・ハーグ)判事に任命
05年1月 理事長に就任した元村山首相自身の声明として、総理のお詫びの手紙と共に償い金を届ける事業が行われる
285名の「フィリピン、韓国、台湾」の「慰安婦」に対して行われたことが報告され、
最後に残ったインドネシアでの高齢者社会福祉推進事業が、2007年3月末に終了するのを待って、
2007年3月での基金解散が発表される