14/08/25 02:01:32.38 nVCc1px/0
>>609
皇后陛下叩きはこういう文は読まないか読んでも信じないんだろうな。
そして偽名の批判文を信じて叩く。
人品家柄はよく、違うのは身分だけ。
入内当時は時代背景と身分制度廃止の不満も民間妃攻撃の原因の一つに思えるが、
「民間から」は皇室の方針。批判の矛先が違う。
あちらの世界が腐っているといわれていたようだが頷ける話だ。
>女官らによるいじめも相当あったようだ。皇室の礼儀作法について女官長に尋ねると、
「ご自分でお考えになってください」と冷たい返事をされたこともあるという。
女官達にも上からの通達があったことが窺がえる。針の筵の中、痩せもするだろう。
週刊誌等の記事を見るのは身を守る手段の一つじゃないだろうか。
>「私は今でも、昭和34年のご成婚の日のお馬車の列で、沿道の人々から受けた温かい祝福を、感謝とともに思い返すことがよくあります。
東宮妃として、あの日、民間から私を受け入れた皇室と、その長い歴史に、傷をつけてはならないという重い責任感とともに、
あの同じ日に、私の新しい旅立ちを祝福して見送ってくださった大勢の方々の期待を無にし、私もそこに生を得た庶民の歴史に傷を残してはならないという思いもまた、
その後の歳月、私の中に、常にあったと思います」。
覚悟が集約されている言葉だと思う。
内部でどのような目に遭っても庶民としての意地を示すために、耐え抜いた…ということかなと。