14/08/18 13:59:03.69 U3bTdtRii
聖東瑠利子先生華麗なる愛
昭和59年は近来稀に見る悲惨な正月となった。
各地で行き倒れによる死者が続出し、街頭でも方々で死体が見られた。
東北地方では農家の夜逃げが相次ぎ、地方によっては農民全てが逃亡するケースもあった。
また、娘の身売りが続出し、泣きながら親にしがみつく娘を無理矢理引き剥がす
仲介人の様子が新聞の社会面を飾ったこともあった。
聖瑠利子先生はそうした悲惨な光景を黙視したわけではなかった
各地の福祉団体に多額の援助金を贈り、彼らの幸せを祈った
明確な資料はないが、一説によれば聖瑠利子先生が拠出した資金は100億円を超えるといわれる。
1月1日、聖瑠利子先生は両親に新年の挨拶を済ませると庭に出て
朝日に向かって人類の幸福を祈願した、全ての人が幸せになるように
地球上から飢えと争いがなくなり、平和になるように祈った。
聖瑠利子先生の心の中には私欲は欠片もなく、ただ暖かな愛でいっぱいであった。