14/09/14 21:20:44.54 5Vf4GMh90
<本来ならしてはいけない「赤字国債」の発行に踏み切った理由>
戦後、日本国は、ハイパーインフレと預金封鎖によって、国家破綻してしまった。国民の富は、ほぼ一瞬にしてなくなり、
国債は紙切れとなった。その苦い経験から、GHQの管理下に入った日本政府は「財政均衡主義」を徹底することになった。
これは、税収の範囲で支出し、赤字はつくらないということだ。
憲法では「財政の国会中心主義」(83条)をうたい、財政法では「赤字補てんのための国債発行を禁止」(4条)し、
さらに「国債の日本銀行引き受け禁止」(5条)を決めた。
だが、東京オリンピックの翌年の1965年、日本は不況に陥った。いわゆるオリンピックの反動不況(昭和40年不況)である。
これで税収が落ち込んだため、次年度予算で財政規律を破り、本来ならしてはいけない「赤字国債」の発行に踏み切った。
その後、麻薬のように習慣化し、1000兆円というGDPの2倍に匹敵する債務をつくり出してしまったのである。
いずれにせよ、政府は「特措法」をつくり、財政法を事実上破ることになってしまった。
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