【村上隆】生前は雑音。評価は僕が死ぬまで分からない」――現代美術家・村上隆が語る創作とお金 #はと 【美術】 [少考さん★]at MNEWSPLUS
【村上隆】生前は雑音。評価は僕が死ぬまで分からない」――現代美術家・村上隆が語る創作とお金 #はと 【美術】 [少考さん★] - 暇つぶし2ch1:少考さん ★
20/10/25 14:03:43.55 CAP_USER9.net
「生前は雑音。評価は僕が死ぬまで分からない」―現代美術家・村上隆が語る創作とお金 - Yahoo!ニュース
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10/25(日) 10:00 配信
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「僕が死んだ後は、すっとこどっこいな面白いドラマができるんじゃないかと思いますね」。国際的に活躍する現代美術家、村上隆(58)。作品が約16億円で落札されるなど、アートマーケットにおいても話題を呼んできた。村上はこの夏、自身が代表を務める会社が倒産危機に直面していることを明かした。世界を舞台にどう道を切り開いてきたのか、そして現在進行形でもがき続ける日々について聞く。(取材・文:塚原沙耶/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース 特集編集部)
倒産危機で「いなくなりたい」
この7月、村上隆は、自身が率いるアートカンパニー「カイカイキキ」の倒産危機をインスタグラムで明らかにした。監督を務める映画『めめめのくらげ2 マハーシャンク』に莫大な予算を費やしたことが要因だ。結局、同作の製作と公開を断念する。
「2月から4月がやばかったですね。毎日『この世からいなくなりたい、死にたい』みたいな、そんな感じでした。朝3時半に起きちゃって、ツイッターで『起きた』って書くと『おはよう』って誰かに言われて『あ、ありがとう』とかリアクションして、便所に行ってコーヒー飲んで。いつの間にか気分が上がってきたりとか、われながらお気楽な人間だなあと思いましたけどね」
(略)
生前は雑音。評価は死後まで分からない
そもそも作品の評価というものについて、どう考えているのだろう。
「挑戦する軍資金が入らないと困るので、今現在の評価は必要ではありますが、自分が生きている間の評価、値段ともに高くても仕方がない。僕らの仕事は、アーティスト自身の死後が一番大事で、生きている間は大して意味がないんです。生前はこうやってインタビューを受けたりして、人が興味を持つきっかけをつくれますけど、死ぬと能動的な姿勢が取れない。にもかかわらず作品が残るなら、それは作品の純粋な強さと関連性があるわけです。作家の生前は雑音に惑わされる。芸術の世界における本質的な評価は、作家が死ぬまで絶対に真価を問うことができない」
「作品の全てに時限装置を組み込んでいます。自分がつくったシナリオが死後に起動するかどうかは、時限装置の設計図の実力次第。つくりきった後は、野となれ山となれ、です」
今年、58歳を迎えた。
「動物が生殖する前の、鳥がパタパタ恋のダンスを踊るような時が一番美しい。人間も生物的に美しいそういう時期は一瞬しかない。その瞬間を芸術として残そうとしたのが裸像を描くことなんだなと、最近つくづく実感するんです。若い頃は、裸の絵って何やろうなと思ってたんですけど」
「自分が老いてきて、若い頃と相対化すると、絶望的に何もいいことがない。老いはやっぱり醜怪なものだと思います。でも、それを知り、美との相対化をする時に芸術は生まれたりするんです」
アーティストとして最終的に目指す像は明確にある。ゴールを思い描いたのは10年ほど前、大作《五百羅漢図》を描いていた頃だという。
「白隠和尚が死ぬ直前に描いた禅画みたいなものを描けるようになりたい。西洋では、マティスやモネなど、最晩年の作品がすばらしい芸術家は、枯れた瞬間が自由そのものなんです。醜怪な生き物が残す枯れ果てた痕跡が、生きている人間を癒やすのも真実。自分をそういうコンディションに追い込みたいと思っています」
アートにできることとは、何だろうか。
「時間を旅するエンタメの提供ですね。ガウディとか、奈良の大仏や仁王、モーツァルトやショパンも時間を旅することができる。人間という動物の非論理的な活動分野がなぜあるかといえば、脳みそが発達しすぎて、エンタメが必要不可欠になったから。そのエンタメの究極が芸術だと思うんです。時を行ったり来たりするにも知識が必要で、知識を自分にインストールすれば楽しめるし、しないとそんなに楽しめない。時間の中を、未来に向かって旅していく。それが芸術の本質かと思います」

※省略していますので全文はソース元を参照して下さい。


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