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サザンオールスターズや米津玄師(27)の出場で、例年以上に盛り上がった平成最後の紅白歌合戦
(元旦~1月14日までNHKオンデマンドで見逃し配信中)。
そんな中、NHKホールをシックで暖かい空気に包み込んだ松任谷由実(64)の存在感が際立った。
別撮りと思わせておいてからの、ひょっこりとやって来る登場シーンも粋だったし、何よりも楽曲が群を抜いて素晴らしい。
◆ユーミンが歌えなくなると、名曲たちを誰が歌いつぐのか?
披露した「ひこうき雲」と「やさしさに包まれたなら」、いずれも品の良さと親しみやすさが絶妙なバランスで両立している。
言ってみれば、音楽としてのたたずまいが清々しいのである。
作曲的に高度な試みをするとか、凝った歌詞を書くとかではなく、普段の生活から気を張っていなければ出せない気高さや、
普遍的な美徳がある。改めて、得難い資質の持ち主だと感じた。
だからこそ、いまユーミンを取り巻く困難に触れないわけにはいかない。率直に言って、ユーミンはもう自作曲を歌える状態にないからだ。
しかも、プロの歌手としてどうこうという問題でもない。
たとえば、風邪をひいて喋るのも辛そうにしている人がカラオケにやってきたとき、どう思うだろうか。
きっと、“無理して歌わなくていいよ”と言いたくなるはずだ。いまのユーミンを観て心配になる気持ちは、それに近い。
念のため、これは批判したり価値を下げたりする目的で言っているのではない。
むしろ、ユーミンの楽曲が健全に保護、伝承されるために、今からふさわしい歌い手を探したほうがいいのではないか、と思うのである。
そう言うと、“若くて歌の上手い人はいくらでもいるだろう”と思われるかもしれないが、ユーミンの楽曲は、そのような体力自慢の手にかかると
一気に魅力が失われてしまうから難しい。音程が正確だとか、声が元気だとか以上に、書の“かすれ”のような美しい欠損を嗅ぎ取る感性が
求められるからである。
◆キャロル・キングをカバーしたレディ・ガガの場合
そこで考えたいのが、2014年にグラミー賞のイベントでキャロル・キング(76)の「君の友だち」をカバーしたレディ・ガガ(32)のケースだ。
ボーカリストとしてのガガは、体力的にキャロル・キングを上回っているために、正攻法では原曲のたどたどしさが再現できなくなる。
だから、ガガは歌のフレージングによって自ら破損を作り出したのだ。みずみずしい声や豊かな音域にフタをするように、歌詞を投げつける。
歌い上げたくなる気持ちや、オリジナリティを加えたくなる下心を自制して、語りに重心を置いたことで、キャロル・キング特有の親密さが
保たれたというわけだ。
この種の大局的な判断を下す力は、音楽のことばかり考えていて身につくものではない。
やはり、普遍的な美徳を信じるかどうかの問題なのである。現状、日本の音楽シーンを見渡して、そこまで懐の深いシンガーはいるだろうか?
そういうわけで、ユーミンを歌い継ぐ人物は簡単には見つからないのだ。
今回の紅白出場歌手なら、aiko(43)や島津亜矢(47)はどうだろうとか考えてもみるが、それでもすくい取れない何かがユーミンの楽曲にはある。
改めてその価値を知ると同時に、大きな宿題を与えられたパフォーマンスだった。
<文/音楽批評・石黒隆之>
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