17/03/21 17:43:02.66 CAP_USER9.net
福岡県を拠点に活動している宜野湾市出身のシンガー・ソングライター比花知春(ひがちはる)。透き通った高い歌声と鮮やかに爪弾くギターの音色が魅力的だ。比花の弟は現在ブレーク中のタレントりゅうちぇる。弟の活躍で比花も全国的に注目を浴びている。デビュー15周年を迎えた比花に話を聞いた。
沖縄アクターズスクール出身の比花は2002年、「CHIHARU」という名前でデビューした。デビュー曲「君を忘れない」ではソルトレーク五輪のテーマソングに起用され、注目された。デビューして東京に移り住んだが、すぐ沖縄へ戻った。「東京での生活になじめなかった」と当時を振り返る。
しばらく沖縄で活動していたが「居心地が良くて常に甘えていた自分がいた。それによって音楽活動においてもいい成果を出せなかった」。再び県外に行こうか迷っていた時、母から「このままでいいの?」と背中を押され、県外へ出る決心をした。
比花は当初東京で再出発するつもりだった。東京に行くと、友人や世話になった人たちから連絡が入った。うれしかったが、甘えられる環境が東京にもあることを知った。「これでは前と変わらない。誰も知り合いがいない場所で再スタートしたい」と思い、沖縄へ帰る途中に福岡に寄った。「福岡は昔から好きな街だった。誰も知り合いがいないので一からスタートできると思った」
09年、福岡移住と共に名前も「比花知春」に改名した。「福岡の人は耳が良くて厳しかった。ストリート(ライブ)をした時はしばらくまともに聴いてくれなかった」と打ち明ける。自分の歌を聴いてもらえるように一生懸命努力を積み重ね、地道にファンを増やしていった。福岡のラジオ局でパーソナリティーをしたことも功を奏して比花の名前が知られるようになった。
11年2月、福岡県内で当時16歳だった高校生2人が飲酒運転の車にひかれ亡くなった。比花はこの事故をきっかけに、二度と飲酒運転事故が起きないよう「青い空の下でずっと」という曲を作った。「自分ができることを考えた。最初はライブでしか披露しなかったが、亡くなった男の子のお母さんが駆け付けて、私の歌を聞いてくれた。『ぜひCDにしてほしい』と言ってもらい、多くの人が聞いてくれた」。比花の伸びやかな声と強いメッセージが全国的に広まった。
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2017年03月21日 08:30
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