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池守 りぜね
2024.03.01
今年2月、介護経験を通して感じたことをまとめた『介護現場歴20年。』を上梓したお笑いコンビ・メイプル超合金の安藤なつさん。
学生時代は介護に関わりつつバンドスタッフにお笑いと充実した日々を過ごしたそうですが、30歳でその後の人生を左右する岐路に立ったといいます。(全3回中の2回)
「高校の柔道推薦を断った」意外すぎる理由
─ 小学生の頃から介護の現場で幅広い世代の人と関わりを持ち、コミュニケーション能力が高いお子さんだったのではないかと思うのですが、ご自身ではどんな子どもだったと思いますか?
安藤さん:いつもヘラヘラしてたと思います(笑)。認知症のおばあちゃんとコミュニケーションを取るために、いろいろとキャラを変えたりしたのもその延長で。ただあまり感情を表には出さないタイプだったので、「怒ってる? 」って周りから勘違いされたこともありましたね。
─ 中学時代は、介護の手伝いをしつつ柔道でも成果を出しています。高校進学の際には、柔道部から特待生の推薦が来たとか。
安藤さん:そうなんです。でも、断りました。わざわざ推薦を断るなんて、意味わかんないですよね(笑)。特待生の推薦は4校から来ていて、何校か見学も兼ねて稽古に行きました。そこで練習をしてみて、「特待生だと、ケガをしたら終わりだな…」って思ってしまって。
─ 柔道自体がつらかったのでしょうか。
安藤さん:いえ、楽しかったですし特待生も嬉しかったんです。でも…正直に言うと、朝早く起きたくなくて(苦笑)。親が「高校だけは通ってほしい」っていうので、定時制高校に進学しました。
高校時代は、音楽も好きでバンドのスタッフをやったり、お笑いにも興味があったので16歳から芸人も始めました。もちろん介護の手伝いも続けていたので、やりたいことを全部やっていました。高校時代は、楽しかったですね。
16歳でお笑いと介護。夜勤も「好きだから苦じゃなかった」
─ 高校生のときに、介護の仕事で初給料をもらったそうですね。10代の頃から、自立したいという意識を持っていたのですか?
安藤さん:まだ将来の目標や、自立したいとは明確には抱いていなかったですね。興味があることを見つけて極めようとするわけではなく、やりたいことをまずやってみるっていう感覚でした。
─ 高校卒業後は、ホームヘルパー2級(訪問介護員2級養成研修課程)を取得されています。芸人の活動をしながら介護の仕事をする生活はきつくなかったですか?
安藤さん:周りからみたら大変そうって思われそうですが、そこまでハードとは感じていなかったです。ただお笑いを続けるためにバイトをするんだったら、好きなことをしようって考えて。ヘルパー2級を取ったときに働くようになった施設では、夜勤もしていました。
─ 芸人と介護職の両立はめずらしくはないのですか?
安藤さん:介護職って、昼間の時間が自由になるので実は芸人さんも多いんです。でも自分で二足のわらじっていう言葉は使ったことはなくて。同時進行でなにかをやることが苦ではなかったので。多分、大変だって感じるならその仕事は好きじゃないと思うし、続けられない。お笑いも介護も好きだから続いたんだと思います。
─ お笑いと介護職を続けるために、意識したことなどはありますか?
安藤さん:伯父の施設から働いてくれないかと声を掛けられたタイミングで、「都内に出たいのでそれに見合うお給料をください」って交渉しました。芸能活動もしているので、急にオーディションが入ったら出勤できなくなるという条件を伝えたうえで契約しました。
じつは当時、今着ている衣装を作ってくれたスタイリストの子と6年間ルームシェアをしてたんです。そんな感じで節約もしていました。
30歳でまさかのコンビ解散「お笑いは引退しようと思った」
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