22/05/14 02:34:30 7fW5yeLZ0.net
>>1
「ネタとして言い合う仲ってだけ」→いじめ加害者と被害者もそういう仲であることが多い。
「全然怒ってないだろ」→これまでいじめられて自殺した人も怒れずにいた。
「愛があるんだよ」→愛があるとすれば一方的に何してもいいというのはモラルハラスメント。「お前のためにやってるしつけ」といって虐待する人と同じ。
もし時間を戻せたら、上島に「早く死ね死ね」って今度も本気トーンで責め立てて無理やり笑わせる場を作ることなんてしないだろ?
なら、そこにあるのは愛じゃなかったんだよ。
「おいしいイジリだ」→「イジリ」なんてのは、そこにいる奴らしか笑えない局所的なものだ。
同じ属性を持つ人が同じように日常で馬鹿にされる風景を作っていることにまで想像力が働かない人たちの言葉なんだよ。
その「イジリ」とやらが不快なんて「イジリ」をする奴らが一番わかってると思うよ。
なぜなら、自分のことは誰にも本気でいじらせず、本気で馬鹿にされるいじりをされたら怒り出すのだから。
「関係性だ。上島は喜んでいた」→いじめっ子が「僕らは遊びのつもりでした。自殺したあいつが悪い。あいつも俺たちと一緒に遊んでいたしへらへら笑っていた。
俺らのいじりとは関係ない別の理由で自殺しただけ。」って言うのと一緒。
げんに上島さんは番組で後輩からダメ出しされるのがつらいとはっきりいっている。
「有吉は人の心を追い込むのが芸だ。」→すみっこでイヒイヒ笑っているしかできない弱者のガス抜きとして有吉は機能し、
傍観者でいるしかない者の精神安定剤みたいなところがあって、有吉みたいなのを楽しむ人がいたわけ。
ストレスをかかえている人は、笑うこと自体に快感をおぼえるため、
そういう汚い笑いで笑わされる事でも快感をおぼえてしまうからな。
そうやって追い込む芸が弱者にウケたから、有吉みたいなやつらはイジリ芸とやらをやめれないんだよ。
それで他人が笑って自分が金持ちになっていってしまうのだから、そんな自分を肯定して生きていくことになっちゃうわけだ。
「芸人殺す気か」→そんなものが芸と思わない。そういう過去の産物は消えていい。