21/11/25 16:05:50.82 i4gm9R8V0.net
野球人気の低落がはっきりしたのはやっぱり2004年だろうね
1998年、フランスワールドカップの大狂騒に怯えた野球界は、仕掛人根本氏の
「対抗するにはON対決しかない!」
との提言に従って、まず99年に低迷していた王ダイエーをいきなり日本一にし、
翌00年、満を持して「ONシリーズ」を実現した。
野球関係者やマスゴミが
「視聴率全試合50パーセント超え!ワールドカップの数字なんか消し飛ぶ!」
と大盛り上がりしていたONシリーズだったが、いざやってみたら最高視聴率すら
40パーセントにも届かず、平均は95年のヤクルトvsオリックスの数字に負ける
大期待外れ、「ON神話の崩壊」を知らしめただけに終わり、噂されていた再戦は
二度と実現しなかった。
そして2002年ワールドカップ開催、
ロシア戦の視聴率66%で「野球日本一決定戦」の敗北、権威の崩壊が決定的になると、
ナベツネはあっさり手のひらを返して「長嶋ジャパン」を結成、それまで口を極めて
罵倒していた「国際化」路線に慌てて打って出た。
しかしオールプロ初のアテネ五輪は、プロが出てもメダルを取るのがやっとという
実力の無さでファンを唖然とさせ、まさにそのタイミングでのファンを無視した
ナベツネ思いつき10球団1リーグ制のゴリ押し、「たかが選手が」発言、近鉄の消滅で、
長年野球ファンだった人たちの心がかなり折れた
その後も付け焼き刃的にアジアシリーズやらWBCやらを作って「国際化路線」を
推し進めて以降、日本シリーズの格はダダ下がりになって、とうとう「日本プロ野球
最高峰」のはずの日本シリーズはひとケタ視聴率が当たり前になった。
その2004年から17年、頑張っていたファンがさみだれ式に消えていって、新規の
若い世代はTV中継の激減で育たなくなり、東京オリンピックでトドメが刺された。
野球に黙祷。