【芸人】ココリコ・田中 若手時代の壮絶苦労話 「パンの耳しか買えない」「シャンプー泡立てながら…」 [爆笑ゴリラ★]at MNEWSPLUS
【芸人】ココリコ・田中 若手時代の壮絶苦労話 「パンの耳しか買えない」「シャンプー泡立てながら…」 [爆笑ゴリラ★] - 暇つぶし2ch1:爆笑ゴリラ ★
21/06/23 13:16:35.16 CAP_USER9.net
6/23(水) 12:57
スポニチアネックス
ココリコ・田中 若手時代の壮絶苦労話 「パンの耳しか買えない」「シャンプー泡立てながら…」
ココリコ・田中直樹
 お笑いコンビ「ココリコ」の田中直樹(50)が22日放送の日本テレビ「幸せ!ボンビーガール」(火曜後10・00)にVTR出演。若手時代に住んでいた家を訪ねた。
 1992年に上京して初めて住んだのは久我山。相方・遠藤章造がいとことルームシェアして住んでいたのが久我山だったという。「俺はお金がなかったから」と木造アパートの6畳一間で風呂なし・トイレ共同、家賃3万6000円の家に住んでいた。
 駅から家までの道中にはサンドイッチ専門店があったといい「200円のサンドイッチが買えず、10、20円のパンの耳しか買えなかった。いつかサンドイッチを買いたいと思っていた。憧れてました」。さらに、こたつの脚が壊れ、「ちょっとでも揺らすと崩壊するから、とにかくゆっくり食事してた」と回想。風呂がないため、4分100円コインシャワーを使っていたが「100円以上使いたくなかったから、頭濡らしてシャンプー泡立てながら行ってた」と貧乏暮らしを振り返った。
 1995年、代田橋に引っ越したが「まだまだ収入の差が激しくて2日ぐらい食べられない時があった」と回想。空腹すぎて「おかしくなりそうになった」という時、先輩芸人のはりけ~んず・前田登に助けを求めたところ、前田は「こっちまで来い。何か食わしてやるから」とご飯をごちそうしてくれたという。当時、前田住んでいた桜上水まで40分ほどかけて歩いて行ったといい「死にそうになりながら歩いて。ほんと命の恩人です。絶対忘れません」と感謝していた。
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