【野球】ヤクルト・川端、再起をかけた父との特訓 39試合 .128 0本 2打点 [砂漠のマスカレード★]at MNEWSPLUS
【野球】ヤクルト・川端、再起をかけた父との特訓 39試合 .128 0本 2打点 [砂漠のマスカレード★] - 暇つぶし2ch1:砂漠のマスカレード ★
20/11/25 15:36:42.54 CAP_USER9.net
【球界ここだけの話】
 7月25日の巨人戦。5-5の同点で迎えた九回1死満塁。あの登場曲が神宮球場に流れると、ファンのボルテージは最高潮に達した。
 打席に立ったのはヤクルト・川端慎吾内野手(33)。サヨナラの左前適時打を放ち、試合を決めた。
 2015年に首位打者と最多安打のタイトルを獲得した希代のバットマンにとって、今年は苦しいシーズンとなった。1月に状態が上がらなかった腰の手術を受け、2月の春季キャンプは初めて不参加で「引退したのかと思った」と漏らしたほど。だからこそ、あの一打は、復活の一歩目となるものだった。
 そして、あの歓喜の瞬間を生んだ裏には、父と親子2人のある特訓があった。それは、1年ほど前の昨年12月にまでさかのぼる。
 川端は徳島県内の病院にいた。腰の状態が上がらず、注射を打っての治療か手術を受けるかで迷っていた。もちろん手術を受ければ長期離脱は避けられない。担当医師と何度も相談。そして、「一度注射を打って、思い切り練習してみます。それでだめなら手術します」と伝え、向かったのは愛媛・松山だった。
 例年ヤクルトの秋季キャンプが行われ、自身も長年オフシーズンに自主トレーニングを行っているなじみの地だが、12月に訪れるのは初めて。大事な人生の決断をすべく練習相手に選んだのが、父・末吉さんだった。
 「松山の人たちにも無理を言って、球場を貸してもらって、手伝いもしてくれた。いつも自主トレで行っているけど、おやじと2人でというのは初めてだったね」
 自身を育ててくれたのが、敬愛する父だった。幼少期には自宅の前で、妹・友紀さん(31)とともに素振りをする毎日。辺りが真っ暗になるまでバットを振った。
 ただ父を実家の大阪から呼び出したのは、治療法を決めるための練習相手としてだけではない。「もう一度バッティングにも向き合わないといけない、変えないといけないというのがあった。小さい頃ずっと教えてくれて、ずっと俺のことを見てくれたのは、おやじだったから。もう一回見てほしいと思って、『久々に2人で特訓してくれないかな』と言ったんだ」。猛特訓が始まった。
 約2週間、松山に泊まって毎日練習した。加減はしない。「いけるところまでやってみよう」と朝から日が暮れるまで汗を流した。そこまで追い込まなければ、シーズン通してプレーできるかわからない。末吉さんの投げる球を打ちながら、打撃フォームを見つめ直した。
 だが、「打っているときは(体が)温まっていたら大丈夫なんだけど、打ち終わったら動けなかったのよ。次の日の朝とか全く起き上がれない。もう手術をしたほうがいいと思った」。野球少年だった頃を思い出しながら父と過ごした2週間。懐かしさを感じるとともに、次へと進む大きな決断の後押しとなった。
 そして、父はボソッと言った。「もう一回活躍しているところが見たいなあ」。そこからの道のりが険しいことは、想像に難くない。だが、こんなに身近で応援してくれる家族がいる。待ってくれているファンがいる。自分のためではない。支えてくれた人のために、再起をかけた。
 川端は現在、フェニックス・リーグに志願して参加中。シーズン後半はファームでの調整が続くなど、完全復活へは道半ばだ。過酷な野球人生を歩む燕の背番号5。再び大きな輝きを放つべく、一歩ずつ前に進む。(赤尾裕希)
11/25(水) 15:00URLリンク(headlines.yahoo.co.jp)
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