20/09/13 18:08:01.15 F12iHJ0J0.net
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ある国民の愛国的熱狂は、彼らの享受する自国の福祉や
政府の公平さに、必ずしも直接呼応するものではない。
ナショナリストがもつプライドは、他のさまざまなプライドと同様、自尊心の代用になりうる。
それゆえ、政府の政策や歴史的事件が、国民一人ひとりの自尊心の形成と維持を困難にするとき、
国民全体のナショナリズムが一層熱烈かつ過激になるという逆説が生じる。
ファシズムや共産主義の体制下にある民衆が盲目的愛国心を示すのは、
彼らが個々の人間として自尊心を得ることができないからである。
信仰と恐怖はともに、人間の自尊心を一掃するための手段である。
恐怖は自尊心の自律性を破壊し、信仰は多かれ少なかれ自発的な降伏を勝ちとる。
両者がもたらす結果は、人間の自律性の除去―すなわち、自動機械化である。
信仰と恐怖は、人間の実存を意のままに操作できるひとつの定式にしてしまう。
エリック・ホッファー「魂の錬金術」から
「情熱的な精神状態」より