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ダイヤモンド・オンライン 5月25日(月)8時0分配信
TBS系テレビの「サンデー・モーニング」で、たまに一緒になるが、番組の中で会釈するだけで
話したことはなかった。張本勲はスポーツのコーナーが終わると帰ってしまうからである。私が
ホストを務める『俳句界』の対談に出てもらって、はじめて味のある話を聞くことができた。
掲載は2011年1月号である。
● 小心者で臆病、不安だから努力する
まず、「えっ」と思ったのは次の話だった。
「スポーツ選手で、豪気・豪快・強気の人が大成功した例は少ないです。やはり臆病で繊細で
神経質な人のほうが成功する。イチロー、落合博満、長嶋茂雄、王貞治、金田正一も、みんなそ
ういうタイプ。豪快に見えているだけで、陰では毎日こつこつ練習しています。豪気な人は、
すぐできてしまう素質と力があるから『そんなもんすぐできるよ』と安心するし油断するきら
いがあるんですよ」
言われてみれば「なるほど」だが、「成長が止まるんですね」と私が合の手を入れると、張
本は、「自ら止めてしまうんです。ところが我々みたいに小心者で臆病なやつは、不安だから
毎日やる。その積み重ねが結局力になったんだろうと思いますね」と続けた。
張本によれば、野球選手で一番大事なことは「自分を疑う」ことで、たとえ、その日に4打
数4安打だったとしても、たまたまだと思って、常に自分を疑わなければならない。
だから張本は子どもと一緒に寝たことがなかった。毎日300本の素振りをノルマにして、午前
3時か4時にパッと起きてバットを振っていたからである。引退するまで、子どもとは別の部屋
だった。
4月19日の「サンデー・モーニング」で張本がサッカーJ2横浜FCのキング・カズに、「もう、
お辞めなさい」と引退勧告したことが話題になったが、張本自身を含む一流選手の努力の凄絶
さを知った上でのそれだということを忘れてはならないだろう。
● 差別が貧乏を生み、貧乏が差別を激化させる
私との対談で張本は、石川啄木の「たはむれに母を背負ひてそのあまり軽きに泣きて三歩あ
ゆまず」を挙げ、一生忘れられない短歌だと言った。中学生のころに読んで、目頭が熱くなった
という。
張本は母親の寝た姿を見たことがない。
「私はおふくろが40歳のときの子どもでして、おやじと朝鮮半島から日本に渡って来た後に
生まれました。4歳の終わりに、焚き火で右手にやけどをして、不自由になりましてね。私の
右手は、全部内側に曲がっているんですよ。その後すぐ、おやじが亡くなり、おふくろは日本
語も知らない中、子ども4人抱えて生きていくことになった。よく生きられたと思います。兄
貴に話を聞くと、最初は親戚を何軒か回ってお金を工面し、トタン屋根の6畳1間を借りて、そ
の家の前でミカン箱を積み重ねてホルモン焼きを大工さんとか職人さんに出したそうですよ。
隣の人がやっていたのを見て、見よう見まねで」
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