11/07/31 12:44:05.10 ZvMJ69sV0 BE:1168632768-PLT(12000) ポイント特典
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─やはり、テレビが障害者を映さないことで、乙武さんの『五体不満足』の言葉を
借りれば「不便をもって生きている人」がたくさんいるという現状が伝わりづらくなって
いると思うんですが、そうした中で乙武さんご自身が思うところを聞かせてください。
乙武 最近それこそTwitter上で「カタワ」という言葉を意図的に使っているんですけど、
それに対して、差別的用語だから使うべきではないっておっしゃる方が当然いるんですね。
僕の意図としては障害者そのものに対する概念を変えていかなければ意味がないと思って
いて、最近、障害者の「害」の字をひらがなにして「障がい者」と表記しようという動き
が広まっているじゃないですか。
「世の中に害になる」とか何とか。僕はあれ、くっだらないと思うんです。そんなこと
を言ったら、きっと10年20年経ったら今度は障害者の「障」の字は「差し障る」という
意味があるからひらがなにしようという動きが出てきて「しょうがい者」って全部ひらが
なになっちゃう。だったらそもそも、全部ひらがなにした「しょうがい者」だって「カタ
ワ」だって一緒でしょ、と。障害者に対する概念が変わってないのだから、どんな言葉を使ったって
「これは差別的なんじゃないか」って常に考えてしまう。
例えば「背が高いですね」という言葉は一般的にほめ言葉のように使われますけど、そ
れを言われて傷つく女の子って絶対いますよね。モデルさんやバレーボール選手なら、言
われた方も喜ぶかもしれない。だけど、目の前のこの人は傷つくかもしれない。それって、
みんな普通にコミュニケーションしてたら気付くことじゃないですか。そういうコミュニ
ケーションが、対障害者になると、目の前にいる相手がどう感じるかということはスッ飛
ばされてしまって、一般的に「カタワはやめよう、障害者の害の字は開こう」となる。そ
んな風に一概に否定するんじゃなくて、手足のある人、障害のない人と接するときと同じ
ように、その人の前で使っていい言葉かどうか考えながらコミュニケーションをしようよ
っていうのが、僕が言いたいことなんです。