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6輪タイレルのデザイナー、デレク・ガードナーが死去 - 暇つぶし2ch1: 生茶パンダ(catv?)
11/01/11 14:20:07.18 RFGcU91s0
有名なティレルのデザイナー、デレク・ガードナーが亡くなった。享年79。

ガードナーがイギリス・サリーにあるパブで出会ったケン・ティレルの下で働き始めたのは1970年のこと。その1年前に、自営のトランスミッションスペシャリストだったガードナーはマトラに加わりF1の世界に飛び込んだ。

ガードナーが設計したティレル最初のシャシー、001は彼のガレージで製造され、1970年カナダGPでレースデビュー。ジャッキー・スチュワートが予選でポールポジションを獲得するも、レースではアクスルの故障によりリタイアを余儀なくされている。

1971年には改良型のティレル003をドライブしたスチュワートとフランソワ・セベールが2人合わせて7勝を記録。スチュワートがドライバーズ選手権の頂点に立ち、ティレルはコンストラクターズタイトルを手中に収めた。

1973年もスチュワートがチャンピオンシップを制する大活躍を見せたが、セベールが事故で天に召され、喜びより悲しみが上回った。同年をもってスチュワートはF1を引退している。

2人の優秀なドライバーを欠いたティレルはトップの位置を維持できず、ガートナーが6輪のP34を投入するもドライバーたちは不満を覚え、衰退を加速させる。1977年になるとチームのコンストラクターズ選手権ランキングは6位に後退した。

R34が失敗に終わり、6輪車で唯一の勝利を挙げたドライバーのジョディ・シェクターがマシンを"ポンコツ"と言い放ったことがガードナーの耳に届き、幻滅したガートナーはシーズン末にチームを去る。

F1に背を向けたガードナーはクラッチ会社である『Borg-Warner(ボルグワーナー)』の工学および研究部門のディレクターに就任した。
URLリンク(ja.espnf1.com)
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