自衛隊は暴力装置ではない。タコ焼きがタコ焼き器ではないのと同じ。at NEWS
自衛隊は暴力装置ではない。タコ焼きがタコ焼き器ではないのと同じ。 - 暇つぶし2ch1: ハギー(鹿児島県)
10/11/21 09:32:14.19 A7b1TJ8u0 BE:696478537-PLT(20438) ポイント特典
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仙谷由人官房長官が18日の参院予算委員会で、「暴力装置でもある自衛隊はある種の軍事組織でも
あるから、シビリアンコントロールも利かないとならない」と発言し、「自衛隊が暴力装置とは
なにごとだ」という文脈で話題になった。仙谷官房長官も即座に失言を認め「実力組織」と言い
換えた。話としては、天皇機関説や女性機械説と同じ類の、学問をしてない人は誤解するという
ことで、たいした失言でもないようにみえる。

社会学や政治学や法学の世界では「暴力」という言葉はドイツ語の“Gewalt”(ゲバルト)の定訳語と
して使われることがある。その意味で社会学での定訳語としての「暴力」は日常使う意味合いと異なる
ことがある。同じことは英語にもあり、ドイツ語“Gewalt”を“violence”(バイオレンス)と訳す
ことがある。英語の“violence”の日常的な意味は、頻度順定義で平易なロングマン辞書などを見ると
わかるように、“behaviour that is intended to hurt other people physically”(他の人びとを身体的に
傷つけることを意図した行為)である。日本語の「暴力」の語感に近い。

日本語における日常的な「暴力」の意味合いは、大辞泉をひいてもわかるように、(1)乱暴な力・行為。
不当に使う腕力。「―を振るう」(2)合法性や正当性を欠いた物理的な強制力、という意味がある。つまり、
政治学の「暴力」とは意味合いが異なる。「暴力装置」というのは、各種の暴力を独占して扱う国家の
装置(“apparat”)という特性を述べている。各種の暴力をあつかう装置(“apparat”)だから「暴力
装置」なのである。タコ焼きを作るのがタコ焼き器(“apparat”)というのと同じことなのだ。タコ焼き
器もまた、コンロ、金型、ひっくり返し用キリ、油引き、粉注ぎと各種の要素をまとめた装置(“apparat”)
なのである。で、タコ焼きは食えますよね。でも、タコ焼き器(“apparat”)は食えない。国家は暴力では
なく暴力「装置」(“apparat”)。もちろん、その文脈でいうなら、自衛隊は「暴力」ではある。そして
「支配手段」(“a means of domination”)でもある。だが、「暴力装置」ではない。よって、自衛隊は
暴力装置ではない。
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