11/05/28 14:21:22.99 amzsnx1o0
遺影に写る恩師の笑顔を見て、闘志がよみがえった。
中日での恩師・与那嶺氏との最後の別れを済ませた星野監督が、熱い誓いを立てた。
“勝負はやるか、やられるかヨ”が口癖だった与那嶺監督の下、
1974年に巨人のV10を阻止したときのエースこそ若き日の闘将。
打倒巨人を前面に押し出し、マウンドに立っていた。
75年5月5日の巨人戦、同点の九回二死一、二塁。打者は王貞治。
サヨナラのピンチに一度は敬遠を指示した与那嶺氏だが、
「逃げられません」という闘将の意見に「じゃあ、ここは抑えろ」と認めてくれた。
結果は直球を痛打されサヨナラ3ラン。←
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