10/12/30 02:22:13 1eAisaTG0
>>92 続き
▶パリも座る直球、アフターバーナー点火
1年先輩の イホジュン (SK)と非常に親しい間柄だ。 林昌勇は"子どもの頃自分の球があまりにも遅いですかホジュンこの型は'窓用のボールはいったん座り込んでお弁当か忘れて、
私の後にゆっくりと立ち上がって歯面になる。その頃、ホームプレート通過しているのだから』とノルリゴンした"と話した。 パリが飛んできて座るだけの球という冗談だった。
グァンジュジンフンゴ3年生に上がるときに変化が生じた。 キーが1m77まで育ち、体重もついた。 そして最終的に腕を上げて、サイドアームズでスタイルに変えた。
林昌勇は"球が速くなった。高3のときに直球が144㎞まで出ている。結局、自分の可能性を見たヘテが指名した"と話した。
ヘテイプダンフキーが1m80を超えた。 プロの新兵の頃から、時速155㎞ポシムパスボールを振った。 日本進出後、160㎞を記録した。
平均128㎞の直球を投げていた『足りない』投手は今'球場にヘビを解く男』に変身した。
林昌勇のうごめくようなポシムパスボールをファンたちは'ベムジクグ'と呼ぶ。 ナチュラルシュート性のポシムパスボールが右打者手前クァク刺さるときに野球ファンは爽快な快感を感じる。
▶私、本当にできるのか
林昌勇は2005年に投手の命をかけた肘じん帯接合手術を受けた。 2006年に復帰して1試合をプレーした後、2007年に本格的にマウンドに上がった。
5勝7敗、防御率4.90。 呉昇桓に仕上げを出してくれて、ソンバルジンエン挟まないこともできない冷や飯になった林昌勇は、長年の夢だった海外進出に心を固めた。
その時だけでも直球の球速が回復されていない状態だった。
"球速が速くならないため、不安な気持ちがなかったか"と質問した。 林昌勇は"率直に言ってスピードは明らかに取り戻す自信があった。
問題は私自身だった。『私は本当にできるのか、通用するのかしら、と心配になった"と述べた。