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口蹄疫が問うもの
2010年05月12日
例えたくないが「燎原(りょうげん)の火のごとく」とはこの状態か。口蹄(こうてい)疫は
依然県内で感染の被害を広げる一方だ。経済的な不安に加え、関係者に深刻な精神的ダメージを与えている。
特に、大切に育てた家畜を大量に殺処分しなければならない農家の苦もんは想像を超えている。
「(処分の前に)今日だけは、いい餌を食べてもらおう」「あんな鳴き声を聞くのは初めて」。
伝わってくる悲痛な叫びに、家畜と飼育者の関係について考えてしまう。ペットでも狩猟の対象でもない。
家畜は、屠殺(とさつ)という段階を経ることを前提で飼育される。でも両者の間には、一定の情が
介在することも時折見聞する。各飼育農家が折り合いを付けている気持ちを、みだりに忖度(そんたく)するのは避けたいが。
「茶の間集・ひだまり平成21年版」の中に「牛飼いとの別れ」(野尻町・武ナミ子さん)という一文がある。
「つめ切り、毛刈りをして、ブラシを掛けてやると、別れとも知らず目を細めている」「生活するために
、私たちを支えてくれた牛さんにありがとう」。
他の生命を犠牲にして、人は自らの命を維持している。だが一般に消費者は、食物が食卓に至る過程を想像しない。
農産物をおいしく食べるのは、生産者の願いにもかなうところだが、ともすれば命の恵みに対する感謝を忘れてしまう。
次元は異なるが豊作果実の廃棄や減反も、作り手には心の痛みが伴うだろう。本県が食料供給基地を標ぼうするなら、
消費者はもっと敏感でありたい。自省を込めて思う。口蹄疫は局地的な問題ではなく、日本の食の在り方を問うている。
ソース:URLリンク(www.the-miyanichi.co.jp)