10/06/23 00:59:37
Gショックが好きだから、両手の重量バランスを良くしようと、両手にGショックをした。
Gショックは、カッコイイので、ダブルにカコイイのよ。
しかし、なぜか両手にGショックをつけて電車に乗るのは、恥ずかしかった。
服や靴は派手目の原色系が好きなのでで、なんとも思わないのが、
両手にGショックは違和感があった。
修行が足りないな、漏れ
どうしたら、いいのですか?
2:Cal.7743
10/06/23 01:48:49
両足にもつけるんだ!
3:Cal.7743
10/06/23 04:02:24
5人そろってゴレンジャー
4:Cal.7743
10/06/23 14:08:24
両手にするのは家の中だけにしている・・・
5:Cal.7743
10/06/24 23:07:05
アカレンジャー
6:Cal.7743
10/06/24 23:28:52
両手両足で四人?
あ、真ん中の足がカクレンジャー
7:Cal.7743
10/06/25 00:04:40
ベルトが短すぎる。あと10㌢長いのがあれば足にも付けることがデキルのに。
8:Cal.7743
10/06/25 00:55:41
両手にゴム手袋してろやw
9:Cal.7743
10/06/25 01:50:15
チンコにも付けろや、耐衝撃性のやつな。
10:Cal.7743
10/06/25 02:16:17
大丈夫、本皮カバーが付いて(ry
11:Cal.7743
10/06/25 22:24:06
プロトレックのゴムバンドだと、足につけるにことが可能だ。
爺ショックには、ゴムバンドないのか?
12:Cal.7743
10/06/25 23:35:36
片手Gなら今日一人みかけたよ
右手にSSのNIXON、左手にイエローのGっぽいのしてる奴
13:Cal.7743
10/06/28 10:53:50
本田さんもマラドーナも両腕時計だからな
最新ファッションだよ
14:Cal.7743
10/06/29 00:00:21
マラドーナ グラシアス
15:Cal.7743
10/06/29 22:29:36
画像
マラドーナ
URLリンク(www.asahi.com)
本田
URLリンク(footballnet.sakura.ne.jp)
16:Cal.7743
10/06/29 22:32:37
本田は持ってる“マラドーナ力”/日本
【プレトリア(南アフリカ)27日】日本を決勝トーナメントへと導いた新エースFW本田圭佑(24=CSKAモスクワ)が、偉大なFWに並ぶ。
29日の決勝トーナメント(T)初戦パラグアイ戦に向け、チャーター機で決戦地入りした。今大会3戦2発の本田は、あと3点決めれば
86年メキシコ大会でマラドーナ(現アルゼンチン監督)が記録した5得点に到達する。スタイルは違うが、2人は両腕に時計をする
共通点がある。「伝説の人」に届いた時、公言するW杯優勝が現実味を帯びてくる。
点を取り続けるしかない。一発勝負の決勝Tに向け、本田に緊張感が漂ってきた。岡田ジャパンが目標にする世界4強、
さらに本田が公言するW杯優勝へ、点を取らなければ道は開けない。この日、早朝に合宿地ジョージを離れる際。空港出発ロビーに
姿を現すと、真っすぐに前だけを見つめて人を寄せ付けない雰囲気を漂わせた。それでも過去のW杯の印象を問われると、ぽつりと答えた。
本田 オレの中ではマラドーナよりペレですかね。マラドーナ(のW杯)はあまり見てないんですよね。
マラドーナの記録に肩を並べた時、本田は伝説になる。
URLリンク(southafrica2010.nikkansports.com)
17:Cal.7743
10/06/29 22:34:55
(つづき)
本人はそう言うが、マラドーナとは意外な共通点がある。ともに両腕に時計を着けることを日常とする。本田は周囲の好奇な目を
「誰が時計は片手だけって決めたんですか?」と受け流すが、親しい知人には「マラドーナを意識して両腕に時計をするようになった」
と明かしている。同じ点取り屋でも、プレースタイルは違う。しかし、感性が似ているのは確かだろう。
大舞台で勝ち続けるにつれ、FWが似合うようになってきた。攻撃的MFから緊急コンバートされ、まだ1カ月足らず。カメルーン戦、
デンマーク戦と勝利へ導く1発を決め、調子が上がってきた。日本のエースに上りつめても「まだ、オレはストライカーになれていない」
と貪欲(どんよく)な姿勢は崩さない。今大会2得点はチーム最多。いよいよ29日に迫った決勝T初戦のパラグアイ戦で2戦連発を
挙げれば、86年大会にマラドーナが記録した5得点も見えてくる。
大胆な言動で周囲を驚かせるところも「伝説のFW」とダブる。衝撃的FK弾で1次リーグ突破を決めた24日デンマーク戦後には、
あらためて「オレはW杯で優勝できると思っている」と公言した。マラドーナが7戦5発でアルゼンチンを優勝へと導いた86年は、
ちょうど本田が生まれた年。さらに当時、アルゼンチン-西ドイツの決勝が行われたのは、偶然にも日本-パラグアイ戦と同じ6月29日だ。
マラドーナの記録に肩を並べた時、本田は伝説になる。
URLリンク(southafrica2010.nikkansports.com)