09/02/03 12:09:31 PCk+898N0
昨日、某現場でものすごい光景に遭遇したんで、レポ。
その日はBTも少な目で、わりと少人数な現場でラッキー。
お立ち台に向かう─そして俺は眼前の光景に思わず硬直した。
ぶう弟子・昭鉄BTの集団が、誰かに会釈をしていた。
それは、会釈などというものではない。
膝を折り、両手を地につき、頭を深々と下げている。
それでいて、微動だにしない。
背後から差し込む乳化した光がその姿を照らし、ある種の荘厳さすら感じられる。
弥勒菩薩像やラファエロが描くキリストの絵画、ビザンティンのカテドラルの極彩色のステンドグラスのような宗教的様式美。
あるいは、ダヴィンチが会釈を立体化したなら、このような彫像を作り上げるのかもしれない。
─会釈を超越した、会釈。
急に俺は、それまでの自分の会釈を恥じた。
その「軽く会釈」する様は、ただただ形式的なものではなかったか。
そこに鉄道への愛、テツとしての魂はこもっていたか─今なお不動のまま深く会釈し続けるこの人のように。
その会釈を受ける誰かとはがくじんであった。さすが大物といった貫禄であった。もちろん俺もその会釈に続いたのはいうまでもない。