10/03/15 01:08:56 mC5R+0cP
以前ちらっと出てた水軍の方の加藤さんとよくできた嫁さんと松山城の話
関ヶ原の功績を認められて、20万石に加増された加藤さんは勝山山頂に張り切ってお城を建てることにします
その際、その地を「松山」と改め、愛媛の城下町として発展していくことになります
この松山城、20万石の城としては立派しすぎるほどのもので完成までに25年もの歳月を要しております
そして、この城を作る時に活躍したのが「おたたさん」と呼ばれる女性の人たちです
頭の上に御用櫃(ごろびつ)と呼ばれる桶を乗せて魚を売り歩く女性たちです
この女性たちの評判を聞きつけた加藤さんは築城に用いる石礫を運ぶ仕事を頼んだのです
ここでの功績が認められ、おたたさんたちは浄化のみならず城門での商売の許可をもらえました
そんな感じで老若男女総出といった感じで行われた築城作業
藩主の奥方とて黙って完成を待っているわけにはいきません
加藤嘉明の正室は家臣の堀部市右衛門の娘でお万の方というのですが、
何でも彼女は朝から場内で炊き出しを行い、おにぎりを握っておたたさんを始めとする
現場の皆さんに笑顔で給仕をしたそうです
しかし、そんな松山城完成間近になって、加藤さんの宿敵(?)藤堂さんのお節介によって、
会津に加増転封されることになり、後年あの騒動が起きて加藤家は改易され、
近江水口藩とひっそりと続いていくことになります
それにしても、なんでこんな地味ながら堅実な父親と働き者でよくできた母親から
あんな四天王に引けを取らない大物DQNが生まれたのか不思議で仕方がありません
幼少時に父親を亡くして親族間や家臣団の争いに巻き込まれたとか、
辛辣なことに定評のある家臣団にガミガミ言われて育ったとか言うわけでもなさそうなのに