09/04/12 20:56:53 C5jGVSwv
東西交易で重要な産物となった茶
西洋人にとってその存在は始め中国において富貴な客に対して出されるものとして
知られていたがそれだけであった
状況が変わるのは宣教師が日本で布教し始めたとき
アルメイダが商人の茶室に案内され日本の茶の湯に触れる機会が増えた事から始まる
当初はあまりに形式化され茶室の清潔さや作法を見て宗教儀式と思ったようだが
権力者が重要視し宗教儀式ではないと分かると日本にある全教会に茶室を設けた
ヴァリニャーノははっきり「不味い飲物」としているが始めは布教の手段として受容されたのである
その後現地の西洋人に徐々に受容されていき
1610年、日本から出港したオランダ船が日本茶を伝えられる
質の悪い水を飲みやすくできる茶は後に広く受容され西洋における喫茶文化の皮切りとなった
…その後の歴史を考えると悪い話って事で
開国後、茶は日本の重要な輸出物になるけどさ